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第41話 アイゼの決意

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 気がつくと、誰かが僕に覆い被さっていた。

「…レイさま!」

 ベラベッカだった。僕は身動きしようとしたが、彼女は凄まじい力で僕に抱きついていて全く離してくれなかった。
 そこは城内のあの部屋だった。どうやら僕は無事に戻ってこられたらしかった。隣にはアイゼもいて、僕はホッとした。

「あーあ、もう邪魔しないからさ、ここでおっぱじめちゃえば?」

「はじめるって、なにをニャ?」

「ユートは年齢制限や。」

「レイにいちゃんのやり残したことって成功したのかニャ?」

 僕はユートに答えようとしたが、ベラベッカの締め付けで呼吸さえあやしくなってきた。

「ふむう。こりゃあ興味深いわいニャ。過去改変時点で枝分かれして並行世界となるのかニャ? また研究ニャ!」

 機械の計器盤を見ていた前院長は、ブツブツ独り言を言いながら部屋から出て行ってしまった。

「ベラベッカ、痛いよ…。そろそろ…離して…くれる…かな…。」

「絶対にイヤです! 二度と離しません!」

 彼女はかたく拒否して、更に腕に力をこめてきた。

「約束を頂かなければ絶対に離しません! 今後二度と、わたくしを置いてどこかへ行かないと約束してくださいますか!」

「わかった…わかったから…約束…するよ…」

 僕はもう意識を失う寸前だったが、ようやく彼女は力をゆるめてくれた。その隙に僕は空気にありついた。

「ベラベッカ、それって約束じゃなくて脅迫じゃないの?」

「院長、いいがかりはやめて下さい。レイさま、お約束頂きありがとうございます。ですが、口約束だけでは困ります。何か証拠を示してくださらないと。」

「だから、それが脅迫じゃん。」

 僕がためらっていると、ベラベッカの方から僕に唇を重ねてきた。

 レオパルトがユートに手で目かくしをした。アイゼは肩をすくめると、見てらんないわ、とつぶやきながら部屋から出て行ってしまった。

 僕は再び、呼吸困難に陥った。




(トントントントン…)

(カンカンカンカン…)

 山猫族たちが忙しく走りまわり、あちらこちらで金槌をふるい、のこぎりをひいていた。頭にハチマキをしたゲパルドが角材を運んでいて、屋根の上にはレオパルトがいた。

「子猫が増えるで! 急ぎやけど、手を抜いたらあかんで!」

 城から救出した子猫たちや貧民街の子猫たちもこねこの家に来ることが決まり、屋敷の再建と改修工事が急ピッチで進められていた。
 庭のテント内の机ではユートが図面の束とにらめっこをして山猫族の職人たちと議論していた。外には大きなテーブルが置かれ、ベラベッカが食べ物や飲み物を並べていた。


「レイさん!」

 僕が作業の手をとめて振り返ると、大佐がこちらに歩いてきた。軍曹と伍長もうしろについて来ていた。

「大佐! 回復されてよかったです。」

 僕の呼びかたに大佐は苦笑いした。

「もう大佐ではなく、軍をやめたので今はただのユマ・サバーバンです。何か手伝えませんか?」

「では、そこを押さえていてください。」

 彼女はしゃがんで木材を押さえ、僕は金槌で釘を打った。彼女はいつもの制服ではなくて、普通の服を着ていた。

「髪型、変えたのですね。よく似合っていますよ。」

 彼女は前髪で右目を隠すのをやめて、代わりに目に綺麗な飾りのある眼帯をつけていた。

「ありがとう。もう隠すのはやめました。」

「ベラベッカのお父さんが見つかったらしいですね。」

「はい。病院に軟禁されていたのを本官…私が見つけました。毎日、会いに行かれているそうですよ。」

 軍服を脱いだ彼女は雰囲気も話し方も変わっていて、新鮮だった。

「ユマさんは、人間族の国に帰るのですね。」

 彼女は、子猫たちを救おうとしていたことを認められて戦犯として裁かれることはなかったが、猫の街にはもういられないらしかった。

「はい。あんなことを言っておきながら、ベラベッカさんには笑われますね。私の父が倒れてしまい、サバーバン家を継ぐことになりました。私などに当主がつとまるのでしょうか。」

 真面目な彼女は悩んでいる様子で、僕は精一杯励まそうとした。

「ユマさんなら大丈夫ですよ。」

「ありがとう、レイさん。」

 彼女は立ち上がると、僕に手を差し出してきた。

「レイさん。あなたに会えて本当によかった。あなたからは学ぶことができました。」

「僕からですか?」

 僕は照れながら彼女と握手をして、もう彼女に会えないのは残念だと思ってしまった。

「はい。猫と人はわかり合えるということをです。」



「レイーッ! あ! ユマおねえちゃんニャ! ママとパパとお昼ごはんをつくったよ! おじちゃんとちいさいおねえちゃんも食べてニャ!」

 ユキが走ってきてユマさんと手をつないだ。向こうに置かれたテーブルから、キャリアンさんが僕たちに手を振っていた。

「せっかくだしご馳走になりやすか。あ、レイのダンナ。」

 ミルといっしょにテーブルに歩いていくユマさんを目を細めて見ながら、軍曹は僕に革袋を手渡してきた。

「大佐…いや、サバーバンさんからお祝いに渡せと言われやして。彼女の軍人恩給でやす。」

「え!? 受け取れないです、そんな大金! それに、なんのお祝いですか?」

「ダンナ、彼女なりのケジメらしいんで受け取っておくんなさい。結婚祝いですから、レイのダンナの。」

「僕の結婚祝い!?」

 僕は慌てたが、伍長は夢見るような顔つきになっていた。

「レイさん、おめでとうございますですぅ! いいなあ、うらやましいですぅ。ベラベッカおねえさまのドレス姿は綺麗だろうなあ。」

 ふと僕がテーブルの方を見ると、ベラベッカとユマさんが抱き合っているのが目に入った。ふたりはすっかり親友になったらしかった。



 夕刻、こねこの家の一番高い塔の屋根の上にアイゼは座っていた。

「ボス…じゃない、院長。そこにいたんだ。」

 漆黒の狩人はもう解散したので、僕は彼女を今は院長と呼ぶことにしていた。

「レイちゃん。工事は順調?」

 僕は下を見ないようにしながら彼女の隣に座った。

「うん。みんながんばっているよ。」

「そっか。」

 アイゼはすこし元気がないように見えて、僕は心配になった。

「院長を育ててくれたご家族が見つかったんだね。」

「まあね。もうさすがにいっしょには暮らせないけどね。」

 彼女はあまり嬉しそうではなくて、逆になんだかさびしそうにも見えた。

「院長かあ。なんだかその呼ばれかたにも飽きてきたなあ。なーんかヒマだわ。ヒマだからさ、ちょっとここで私とイチャついてみる?」

「院長…?」

 僕は彼女の様子が本当におかしいような気がして、本気で心配しはじめた。

「冗談だよ。すぐに本気にしてさ、バカみたい。あーあ、面白くない。」

「こねこの家が再建したら、忙しくなると思うけど?」

 アイゼは深いためいきをついた。

「そんなの、ベラベッカが院長になった方がうまくいくよ。それくらい、私にもわかるよ。」

「そうかな?」

「だいいち、忙しくなるのはレイちゃんの方でしょ? 結局どうするのよ。元の世界に帰るの? それとも…?」

 僕は痛いところを疲れて黙りこんでしまった。そのあとしばらく、お互いになにも話さずに無言になった。先に静寂をやぶったのはアイゼだった。
 

「そうだ。ママのこと、ありがとうね。レイちゃん。」

「急にどうしたの?」

「茶化さないで。本当に感謝してるんだから。素敵な人だったなあ。なんだか自信をもらっちゃったかも。」

 アイゼがすこし元気をみせたので、僕は嬉しくなって彼女をからかいたくなった。

「いつも自信のカタマリの君が?」

「茶化さないでって言ってるでしょ。私、捨て子だったからさ。ずっと愛することも愛されることもわからなくて、自信がなかったの。ベラベッカにはバレてたけどね。」

「そうだったんだ…。」

「でもママに会って、ようやくわかったの。だからこれからは…。」


 またしばらく沈黙が続いた。陽が傾きはじめて、急にアイゼは立ちあがった。


「私、旅に出る。」

「旅? どこへ?」

「わかんない。どこでも、なにかおもしろそうな所。」

「君らしいね。」

 アイゼは何かを言うか言うまいか、まようそぶりを見せた。彼女の顔が赤いのは夕陽を受けてなのか、そうではないのか僕にはわからなかった。

「…レイちゃんもいっしょに来る?」

「えっ?」

「一週間後の正午に発つわ。もし来るなら、猫女神像の前に来て。来なかったらひとりでいくから。」

「…。」

「私はどっちでもいい。レイちゃんが自分で決めて。」


 それだけ言うと、彼女は屋根から降りていってしまった。僕は屋根の上でひとり考え続けた。


 その夜。


 僕の部屋の扉をノックする音がした。僕はベッドに寝ころびながら、眺めていた図面をたたんだ。

「誰かな? 開いてるよ。」

「レイさま。わたくしです。夜分にすみませんがお話したいことがございます。」
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