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第27話 アイゼの過去
しおりを挟む「レイさま、山上で何かあったのですか?」
ベラベッカがミニキッチンで料理を作りながら、僕に顔を寄せて小声で聞いてきた。
「よくわからないけど、山猫たちともめていたようだよ。」
「お話しして良いのか…。実は、院長は捨て子で猫の街で猫の家庭に拾われて育ったと聞いています。育ての親の猫は占領軍に連れさられてしまったようですが。」
「ということは、娘って言っていたから、ボスの実の父親は山猫族なんですか? でも、見た目は人間だけど。」
「人間の母親と山猫族の父親なので、母親の血が濃く出たのかもしれませんね。腕力は山猫の血筋かと思います。」
僕はアイゼの異様な俊敏さと怪力を思い出した。身をもって体験しただけに、納得ができた。
「ボスの母親って?」
「わたくしは存じ上げません。」
ベラベッカの話に僕は驚くばかりだった。アイゼは山猫の里に援軍を頼みにいったのだろうか。
アイゼがひどく不機嫌なので、無言の食事になってしまった。ベラベッカが突然、フォークにからあげをさして僕に差し出してきた。
「レイさま。はい、あーん。」
僕は彼女の迫力に押されて思わず食べてしまった。
「おいしいですか、レイさま?」
「あ、うん、おいしい!」
いきなり、アイゼが持っていたスプーンをテーブルに叩きつけて、その場が凍りついた。
「ちょっと、いちゃつくなら私の見えないとこでしてくれる? あとさあベラベッカ、料理の腕が落ちたんじゃない?」
「限られた食材と設備ですので、いつものようにはまいりません。気に入らないのでしたらご自分でお作りになって下さい。」
負けじと言い返したベラベッカだったが、僕はいやな予感がしてとめに入った。
「まあまあ、ふたりとも。」
「そーゆーことを言うの? 院長に向かって?」
「では、院長らしくなさってください。家事も手伝わず、私に何年もタダ働きをさせておいて、院長は感謝のひとこともありませんね。」
「人間のあんたをこねこ家に入れてあげただけでも感謝しなよ。」
僕はもうとめるのをあきらめて、レオパルトとユートを見たら、ふたりともに視線を逸らされてしまった。
「お言葉を返すようですが、入れて頂いたのは前院長です。そもそも、なぜあなたが院長に選ばれたのか、わたくしには全く理解できかねます。本来ならわたくしが選ばれて然るべきです。」
さっさと食べ終わったレオパルトとユートはいつのまにか別室に避難していた。
「だって、私の方が前院長に気に入られてたんだからさ、仕方ないじゃん。」
「どうせ、前院長を下品な手段でたぶらかしたのでしょう。」
「そうよねえ、あんたにはそーゆーの、無理だもんねー。」
「それはどういう意味でしょうか。」
僕も避難しようとこっそり席を離れようとしたが、アイゼが決定打を放ってしまった。
「自分で考えたら? わかんないの? じゃ、レイちゃんもたぶらかしちゃおっかな?」
すさまじい音がして、テーブルの一角が割れた。ベラベッカが拳を叩きつけたからだった。
「すみません! 馬車をとめて頂けますか!」
「なに? 外で闘るっての? いいわ、久しぶりにコテンパンにしてやるから。」
僕は勇気をふりしぼり、震えながら最後にムダだと知りつつ提案をしてみた。
「あ、あの、作戦前で気が立ってるのはわかるけど、もうすぐ目的地だし、やめておいた方がいいのでは?」
「レイちゃんは黙ってて!」
「レイさまは黙っててください!」
人形は命じられたとおりに馬車を街道の脇に停めた。近くの草原で、アイゼとベラベッカは対峙した。
「もうやめなよ、こんなの。」
ユートとレオパルトは見にきてさえいなかった。僕の説得を聞く耳を持たない二人は、まだ言い争いを続けていた。
「どうせ私が勝つけど、何か賭けなきゃつまんないね。どう?」
「何を賭けますか? この先の家事一年分はいかがですか?」
「そんなのつまんない、そうね。」
アイゼはあのニヤニヤ笑いをしながら僕を指さしてきた。
「勝ったほうが、リンデンゲルホテルでレイちゃんと同室になるってのはどう?」
「ち、ちょっと待ってよ!?」
「卑怯な。わたくしへの嫌がらせだけが目的ですね。でも、かまいませんわ。ただ勝てば良いだけのこと。どうぞかかってきて下さい。」
ベラベッカは、家宝の尽きずの弩をアイゼに向けてまっすぐに構えた。
そして2人の死闘が始まった。
「あいたたたた…。痛いです、レイさま。」
僕は薬草を彼女の腕にそっと当てて、包帯もできる限り優しく巻いた。
「大丈夫? ベラベッカさん。」
「はい。ありがとうございます、レイさま。あいたたた…。」
結局、勝負は一方的な展開だった。ベラベッカの超速連射もアイゼの動きには全く歯がたたず、すぐに肉薄されて彼女は弩を蹴り上げられた。後は見ていられなかった。
「君とボスの関係って?」
「かなり複雑です。親友であり戦友であり上司であり、喧嘩相手でありライバルのようなものです。」
「今、喧嘩しなくてもいいのに。」
「いえ、わたくしはあの方にだけは、負けるわけにはいかないのです。」
僕はいつも以上に頑固なベラベッカの態度が不思議でならなかった。
「どういうこと?」
「院長はいつもそうなのです。あの方は気分屋で意地がわるく、気に入ったものはなんでもすぐに自分のものにしようとするのです。たとえそれが他人のものでも。」
「何かボスにとられたの?」
ベラベッカは目を閉じて、指を折りながら数えはじめた。
「幼い頃から…お気に入りの櫛、庭の石ころ、セミの抜け殻、おもちゃの指輪…」
「本当に仲が悪くはないんだよね?」
「今まではそうでした。」
彼女は僕を潤んだ目で見つめて、僕までなんだか底が見えないような不安を感じた。
「レイさまは気づいておられないのですか?」
「何に?」
アイゼが部屋に入ってきて、何事もなかったかのように僕たちに話しかけてきた。
「大丈夫? かなり手加減したつもりだけどね。レイちゃんもさ、いつまで治療にかこつけてさわってんの。もうすぐ着くから支度して!」
それだけ言うとアイゼは出て行ったが、ベラベッカは不安げにいつまでもアイゼが出て行ったあとを見つめていた。
『ようこそリンデンゲルリゾートへ。』
僕たちが着いたのは取引の1日前の午前中だった。豪華な装飾がある大門をくぐると、そこは別世界だった。整備された庭園の先には超高級ホテルが立ち並び、すぐ目の前には抜けるような水平線の青い海と白い砂浜が広がっていた。ホテルの前には他にも何台もの自動馬車が行き来していた。
僕たちの自動馬車は最も豪華そうなホテルの前で停まり、ポーターが荷物を次々と運んでいった。
「これは自分で運ぶわ。」
「ボス、そのバッグには何が?」
「ナイショ。」
レオパルトは落ち着かない様子だった。
「こないなとこに泊まるんは初めてやで。もっと普通のとこでええのにな。」
「早く海とプールに行くニャ!」
「わたくしにはこれくらいは普通です。ユート君、まずはチェックインですよ。」
「遊びに来たわけではないのでは?」
僕の指摘に、アイゼは笑いながら僕の背中を叩いた。
「も~、レイちゃんはマジメだなあ。今日くらいは楽しまなきゃね。どうせ奴らの払いだしさ。」
僕はアーリーチェックインの手続きをすませて、まずはパルミエッラの部屋に挨拶に行くことにした。彼女の部屋は最上階のスイートルームだった。廊下に立っている護衛に来訪を告げると豪勢な部屋の中に通された。
「レイのぼうや、来たのね! 待ちかねたわ。」
現れたパルミエッラはうすいガウンを羽織り、相変わらずの妖艶さで椅子に座ると長い足を僕に見せるように組んだが、様子がおかしかった。
「遅くなりましたが無事に着きました。大丈夫ですか?」
彼女は咳き込んでいて顔色も悪かった。
「ちょっと風邪をこじらせちゃって。でも大丈夫よ、明日は大事な取引だしね。それまではぼうやも楽しんできたらいいわ。でもおいたはしちゃダメよ。」
彼女は力なく笑うとまた咳き込んだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。薬も飲んでるし。」
「ところで、取引する物と相手は?」
「それは心配しないで。相手はとっくに来てるでしょうね。まあ、見たらすぐにわかるわ。細かい指示はまた連絡するから。私はすこし横になるわね。」
彼女はヨロヨロと立ち上がると、咳き込みながら別室に消えてしまった。ほとんど知りたい情報を聞けず、仕方なく僕は彼女の部屋をあとにした。
僕はレストランやバー、ゲームセンターやロビーを回ったが何も発見できず、ビーチへと足を向けた。
青い空と水平線がはるか彼方まで広がる美しいビーチで、僕はその光景を見て立ち尽くしてしまった。
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