上 下
9 / 43

第8話 裏通りに赤いドレス

しおりを挟む

 酒場の入口から飛び込んで来たのは一匹の灰色の子猫だった。僕はその子猫をどこかで見たような気がした。子猫は、酒場の客の間をぬって僕たちに向かって駆け寄ってきた。

「レオパルト! やっぱりここだったニャ!」

 レオパルトと呼ばれた大猫は、するどい爪のある手で頭を掻きはじめた。

「なんや、ユートか。ちゃうねんで、ワイはただ飲んでるんとちゃうんやで。ワイはこの兄ちゃんと大切な話をやな…。」

 ユートという名前らしい子猫はレオパルトの話を手をふってさえぎった。

「その話じゃないニャ! またアイゼ院長が無茶をし始めたニャ。すぐに戻るニャ!」

 酔っていたはずのレオパルトは巨体を素早く起こして席を立った。

「兄ちゃん、話はまた今度や!」

 一方的に話を打ち切り、出て行こうとしたレオパルトは思い出したかのように僕に耳打ちした。

「夜は青シャツ野郎に気いつけや。あと、ここのお勘定たのむわな。」

 それだけ言い残すと、二匹のデコボココンビの猫たちは慌ただしく走り去っていった。


 僕はしばらく呆気にとられていたが、とりあえず運ばれてきた料理を食べることにした。それは魚料理で、なかなか美味しかった。


 僕が酒場の外に出るともうすっかり夜だった。

 夜空を見上げると僕がいた世界と同じような月が出ていたが、大きさが二倍くらいあった。今夜は雲が多いようで、大きな月は風に流れる雲の間で隠れんぼをするかのように見え隠れしていた。
 表通りで野宿をするわけにもいかないので、僕はハンドライトを手にして人気のない通りを選んで進んでいった。しばらく行くと、僕は裏通りのようなところに出てしまった。
 地面は整備されておらず、所々の石畳が割れたり欠けたりしており、中には汚い水たまりがあり異臭がする箇所もあった。

 その辺りにある建物はみすぼらしい小屋でもまだ良い方で、ただの板切れを立てかけただけのものもあった。目つきの悪い猫が道の端々にうずくまっており、縄張りがあるのか僕が通るたびにシャーッと威嚇された。
 凶暴そうな猫がいない場所を探して歩くうちに、僕はどんどん裏通りの奥に入って来てしまっていた。
 こんなことなら、かなり怪しかったがあの大猫の言う仕事とやらの話を聞けばよかったかもしれないと僕は思った。

 僕が後悔しながら引き返そうかどうか迷っていると、前方に松明のような灯りが複数見えた。大猫の忠告を思い出し、僕は慌ててライトを消して近場の物陰に身を隠した。ちょうどまた月が雲に陰って都合が良かった。
 松明の一団は、大猫が言っていた青シャツかもしれなかった。格好は昼間の赤シャツ兵とほぼ同じで、腕には例のマークの腕章をして長い剣を背中に装備していた。

 僕が見ていると、その一団は裏路地の子猫たちを押さえ込んで無理矢理に箱に押し込めると、運んで行ってしまった。僕は思わず銃に手をやったが、多勢に無勢なので思いとどまった。

(子猫をどこに連れて行ったのだろう?)


 青シャツ兵たちをやり過ごすと、僕は歩みを再開してようやく空いている場所を見つけた。木箱が落ちていたので僕は椅子の代わりにして座り、バックパックと銃を地面に置いた。
 もう夜も遅いがそれほど寒くないのだけは救いだった。知らない猫の街の裏路地でひとりでいると、無性に誰かと会話したくなってきた。以前の僕では考えられないことで、なぜかユキさんの笑顔を思い出した。

 僕は眠くなってきたのでバックパックから銀色の保温シートを出してくるまり、そのままウトウトと眠ってしまった。


 凄まじい悲鳴が聞こえてきて僕は目が覚めた。いくぶんげんなりしながらノロノロと僕は立ち上がった。おそらくもう真夜中ごろだった。
 また月が雲の切れ目から出てきて、月明かりに照らされた人影が路地の向こうからすごい勢いで走ってきた。


「た、助けて! お願い!」


 叫びながら走って来たのは胸元が開いた真っ赤なドレスを着た人間の女性だった。こんな裏通りには完全に場違いな人で、僕は目を丸くした。彼女ははだしで走って来て、足は泥や血でひどく汚れていた。その顔は涙や汗で濃い化粧が崩れまくっていた。

 ドレスの女性は燃えるような赤い髪を振り乱しながら、まっしぐらに近づいてきて、僕を楯にするかのようにして身を隠そうとした。その女性が異常に取り乱している理由が僕にはわからなかった。

「どうされたのですか?」

 赤いドレスの女性は一瞬、僕の格好を見て怪訝な顔をしたがすぐに自分が来た暗闇の方向をまっすぐに指差した。

「奴に、奴に殺される! お願い! 助けて!」

 状況が全く飲み込めなくて、僕は女性が指差した先にライトを向けた。目をこらした僕は、信じられない光景を見てライトを落としそうになった。

「あれは…黒猫!?」

 ちょうどまた月が陰り出した。

 徐々に深くなる闇の中から足音を立てずに悠然と歩いてくるその黒い姿に対して、僕は全身を貫く冷たい恐怖に必死で耐えながら身構えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...