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第6話 少女と灰色の子猫
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猫の街の大通りは通行する者で溢れかえっていて、ひっきりなしに馬車や人力車が行き交っていた。地面は石畳で建物は石やレンガで精巧に造られていて、中には塔や教会のような大きな建物もあった。はるか先には巨大なお城のようなものも見えた。
特に大きな建物には剣と盾と星を組み合わせたようなマークが描かれた巨大な垂れ幕があり、風に揺れていた。所々の壁にはどれも同じ人物である軍服を着た年配の男性の巨大な肖像画がかかっていた。
見た目は古風な街でそれだけでも僕にとっては珍しいが、往来する歩行者は茶トラ猫、キジトラの猫、サバトラ猫、白猫、本当の黒猫、茶白猫、黒白猫、三毛猫、短毛、長毛などなど、様々な種類の猫たちが服を着て二本足で歩いていた。なぜか長毛の猫は服を着ていない者が多いようだった。
あまりにも普通に猫たちが歩いているので、これが当たり前の光景だと僕は錯覚しそうだった。猫の街とは言え、それに混じって人間や、たまによくわからない生き物も歩いていた。人通りはかなり多くて、道の脇には商店も沢山あるが今ひとつ街全体にはなにか活気が無いように僕は感じた。
歩きながらよく街を見ると、あちらこちらの壁にたくさんの張り紙があり似顔絵と文章のようなものが書かれていた。僕はそれに近寄り、なんとなく眺めていてその内の一枚に気づいて目を見開いた。噂話の黒猫のイメージによく似ている似顔絵を見つけたからだった。
僕は思わず壁から一枚を剥がして、じっくりと見つめた。その張り紙にはかなり雑に黒猫の全身の姿が描かれていたが、文字はぜんぜん読めなくて意味がわからなかった。
(文字をユキさんに教えてもらえばよかった。)
僕が道端で考えていると、後ろに人の気配がした。
「貴様、何をしている。」
ふりむくと、口髭の男が僕をにらんでいた。その人は野球帽みたいな帽子を被り、赤いワイシャツにネクタイをしていて、腕には街中の垂れ幕と同じマークが描かれている腕章をしていた。僕が黙っていると、口髭男は勝手に納得したようだった。
「なんだ、手配書を見ていたのか。何か情報があるのか?」
「いえ…。あの、なんと書いてあるのですか?」
僕の返事に赤シャツの口髭は呆れたようだった。
「なんだ、貴様は文字も読めんのか? きちんと幼年学校には行ったのか?」
ブツブツ言いながらも口髭男は張り紙の内容を僕に読み聞かせ始めた。
『栄光ある我が占領軍暫定政府に仇なす不逞の輩、「黒猫」を捕縛せし者、あるいは捕縛につながる情報を提供せし者には、望む金額の褒賞を金貨で与える。
占領軍統合参謀本部
作戦総参謀長官 ドリンケン大将』
僕は赤いシャツの口髭男に礼を言うと、その場を離れた。更に街を歩きながら見ていると、猫たちは人間からひどい扱いを受けているように見えた。所々で建物をこわしたり、或いは建設する作業が行われていたが監督しているのは人間で、作業員は大抵は猫がこき使われていて、鞭や棒で打たれている猫もいた。
ロープで繋げられて連行される猫の一団とも僕はすれ違った。猫たちは遠巻きにしてヒソヒソと会話をしていた。通りのあちらこちらには物乞いをしている猫もおり、中には小さな子猫も混じっていた。
そんな光景を見ていると、本当にこの街に来てよかったのかと僕はすこし不安になった。
その上、僕は孤独には慣れていたつもりだったが、土地勘どころかこの世界の基本的なことさえよくわからず、心細かった。貨幣の単位も不明だし、文字も読めないし買い物すらおぼつかなかった。
それに、僕のこの格好は明らかに浮いていた。またあのような兵士に職質を受ける前に、どこかで適当な服を買って着替えた方が良さそうだった。僕はまずは拠点となる宿屋を確保しようと考えた。
宿屋を探して通りを歩くと、あちらこちらにさっきのような赤いシャツを来て腕章を付けた兵士が立っていることに僕は気がついた。腰には剣を帯びていて、あたりを油断なく監視している様子だった。
ちょうどお昼時だった。
茶トラ猫がニジマスのような魚を串焼きにして売っている屋台があったので、僕は近づいて銅貨を渡した。
「はい、熱いよニャ!」
魚の串を一本渡された僕は、意外と簡単に買えたのでついでに聞いてみることにした。
「あそこに立ってる赤いシャツの人って…」
言い終わらない内に、茶トラ猫はシャーッと僕の言葉をさえぎった。
「見ちゃダメニャ! あいつらは占領軍の監視兵ニャ。占領軍への不平不満や悪口を聞かれると、たとえ人間でも連れていかれるニャ!」
僕は礼を言うと屋台から離れて近くのベンチに座った。そこは広場になっており、まんなかには噴水があって澄んだ綺麗な水が湧いていた。噴水の中にも猫女神の像があったらしく、無残にも壊されてそのままになっていたが噴水自体は機能していて水飲み場にもなっているようだった。時折、猫が寄ってきては水を飲んでいた。
(監視か…僕がやっていたことと同じだな。)
僕が元の世界でしていた様な事をあの赤シャツの兵士がしていて、そして猫からは当たり前だがひどく嫌われていた。生活の為とは言え僕はひどい仕事をしていたのかもしれかった。そう思うと僕は何だか気分が落ち込んでしまった。
気がつくと、すぐそばに灰色の毛並の子猫が立っていて、じっと僕を見ていた。僕は二本足で歩く猫の姿を見るのにも慣れてきたようだった。その子猫は、僕ではなくて魚の串焼きを見ていたようで、口からヨダレが出ていた。
「君にあげるよ。」
僕はその子猫に魚の串を差し出した。その途端に、灰色の子猫は串を僕の手からひったくると一目散に広場の向こうへ駆けていった。僕はあ然としながら子猫の背中がグングン遠くなるのを見送ると、また歩き出した。街は思いのほか広く、なかなか宿屋街にはたどり着かなかった。
(この地図は本当に合っているのかな…。)
僕が立ち止まり、地図とにらめっこをしている時にいきなり後ろから声をかけられた。
「あの、すみません。」
僕が振り返ると、目の前にかなり若い人間の女性が立っていた。白いエプロンを身につけていて、右手には買い物用なのか大きな網かごを持ち、左手はさっきの灰色の子猫とつないでいた。
「はい、なにか?」
僕が問いかけると、女性はいきなり深々と体を折り曲げてとめどなく謝り始めた。
「本当に申し訳ございませんでした! この子ったら、ちょっと目を離した隙にあなた様から食べ物を盗ったそうで、いったいどなた様なのとこの子に聞いたら、あそこを歩いている変な格好の人間だ、と申すので見てみると確かに通りに変な格好のあなた様が歩いているので、とにかくまずはお詫びを申し上げに馳せ参じた次第です。何卒おゆるしを…」
彼女は体を90度以上におり曲げようとした。
「あいたたた腰が…。」
まだ若いのに、彼女は顔をしかめながらつぶやいた。
僕は、謝りに来たのかなんだかよくわからないその相手をよく観察して今まで感じたことがない衝撃を受けた。なぜなら、その女性は身なりは質素だが、信じられないくらいに美しい人だったからだった。
特に大きな建物には剣と盾と星を組み合わせたようなマークが描かれた巨大な垂れ幕があり、風に揺れていた。所々の壁にはどれも同じ人物である軍服を着た年配の男性の巨大な肖像画がかかっていた。
見た目は古風な街でそれだけでも僕にとっては珍しいが、往来する歩行者は茶トラ猫、キジトラの猫、サバトラ猫、白猫、本当の黒猫、茶白猫、黒白猫、三毛猫、短毛、長毛などなど、様々な種類の猫たちが服を着て二本足で歩いていた。なぜか長毛の猫は服を着ていない者が多いようだった。
あまりにも普通に猫たちが歩いているので、これが当たり前の光景だと僕は錯覚しそうだった。猫の街とは言え、それに混じって人間や、たまによくわからない生き物も歩いていた。人通りはかなり多くて、道の脇には商店も沢山あるが今ひとつ街全体にはなにか活気が無いように僕は感じた。
歩きながらよく街を見ると、あちらこちらの壁にたくさんの張り紙があり似顔絵と文章のようなものが書かれていた。僕はそれに近寄り、なんとなく眺めていてその内の一枚に気づいて目を見開いた。噂話の黒猫のイメージによく似ている似顔絵を見つけたからだった。
僕は思わず壁から一枚を剥がして、じっくりと見つめた。その張り紙にはかなり雑に黒猫の全身の姿が描かれていたが、文字はぜんぜん読めなくて意味がわからなかった。
(文字をユキさんに教えてもらえばよかった。)
僕が道端で考えていると、後ろに人の気配がした。
「貴様、何をしている。」
ふりむくと、口髭の男が僕をにらんでいた。その人は野球帽みたいな帽子を被り、赤いワイシャツにネクタイをしていて、腕には街中の垂れ幕と同じマークが描かれている腕章をしていた。僕が黙っていると、口髭男は勝手に納得したようだった。
「なんだ、手配書を見ていたのか。何か情報があるのか?」
「いえ…。あの、なんと書いてあるのですか?」
僕の返事に赤シャツの口髭は呆れたようだった。
「なんだ、貴様は文字も読めんのか? きちんと幼年学校には行ったのか?」
ブツブツ言いながらも口髭男は張り紙の内容を僕に読み聞かせ始めた。
『栄光ある我が占領軍暫定政府に仇なす不逞の輩、「黒猫」を捕縛せし者、あるいは捕縛につながる情報を提供せし者には、望む金額の褒賞を金貨で与える。
占領軍統合参謀本部
作戦総参謀長官 ドリンケン大将』
僕は赤いシャツの口髭男に礼を言うと、その場を離れた。更に街を歩きながら見ていると、猫たちは人間からひどい扱いを受けているように見えた。所々で建物をこわしたり、或いは建設する作業が行われていたが監督しているのは人間で、作業員は大抵は猫がこき使われていて、鞭や棒で打たれている猫もいた。
ロープで繋げられて連行される猫の一団とも僕はすれ違った。猫たちは遠巻きにしてヒソヒソと会話をしていた。通りのあちらこちらには物乞いをしている猫もおり、中には小さな子猫も混じっていた。
そんな光景を見ていると、本当にこの街に来てよかったのかと僕はすこし不安になった。
その上、僕は孤独には慣れていたつもりだったが、土地勘どころかこの世界の基本的なことさえよくわからず、心細かった。貨幣の単位も不明だし、文字も読めないし買い物すらおぼつかなかった。
それに、僕のこの格好は明らかに浮いていた。またあのような兵士に職質を受ける前に、どこかで適当な服を買って着替えた方が良さそうだった。僕はまずは拠点となる宿屋を確保しようと考えた。
宿屋を探して通りを歩くと、あちらこちらにさっきのような赤いシャツを来て腕章を付けた兵士が立っていることに僕は気がついた。腰には剣を帯びていて、あたりを油断なく監視している様子だった。
ちょうどお昼時だった。
茶トラ猫がニジマスのような魚を串焼きにして売っている屋台があったので、僕は近づいて銅貨を渡した。
「はい、熱いよニャ!」
魚の串を一本渡された僕は、意外と簡単に買えたのでついでに聞いてみることにした。
「あそこに立ってる赤いシャツの人って…」
言い終わらない内に、茶トラ猫はシャーッと僕の言葉をさえぎった。
「見ちゃダメニャ! あいつらは占領軍の監視兵ニャ。占領軍への不平不満や悪口を聞かれると、たとえ人間でも連れていかれるニャ!」
僕は礼を言うと屋台から離れて近くのベンチに座った。そこは広場になっており、まんなかには噴水があって澄んだ綺麗な水が湧いていた。噴水の中にも猫女神の像があったらしく、無残にも壊されてそのままになっていたが噴水自体は機能していて水飲み場にもなっているようだった。時折、猫が寄ってきては水を飲んでいた。
(監視か…僕がやっていたことと同じだな。)
僕が元の世界でしていた様な事をあの赤シャツの兵士がしていて、そして猫からは当たり前だがひどく嫌われていた。生活の為とは言え僕はひどい仕事をしていたのかもしれかった。そう思うと僕は何だか気分が落ち込んでしまった。
気がつくと、すぐそばに灰色の毛並の子猫が立っていて、じっと僕を見ていた。僕は二本足で歩く猫の姿を見るのにも慣れてきたようだった。その子猫は、僕ではなくて魚の串焼きを見ていたようで、口からヨダレが出ていた。
「君にあげるよ。」
僕はその子猫に魚の串を差し出した。その途端に、灰色の子猫は串を僕の手からひったくると一目散に広場の向こうへ駆けていった。僕はあ然としながら子猫の背中がグングン遠くなるのを見送ると、また歩き出した。街は思いのほか広く、なかなか宿屋街にはたどり着かなかった。
(この地図は本当に合っているのかな…。)
僕が立ち止まり、地図とにらめっこをしている時にいきなり後ろから声をかけられた。
「あの、すみません。」
僕が振り返ると、目の前にかなり若い人間の女性が立っていた。白いエプロンを身につけていて、右手には買い物用なのか大きな網かごを持ち、左手はさっきの灰色の子猫とつないでいた。
「はい、なにか?」
僕が問いかけると、女性はいきなり深々と体を折り曲げてとめどなく謝り始めた。
「本当に申し訳ございませんでした! この子ったら、ちょっと目を離した隙にあなた様から食べ物を盗ったそうで、いったいどなた様なのとこの子に聞いたら、あそこを歩いている変な格好の人間だ、と申すので見てみると確かに通りに変な格好のあなた様が歩いているので、とにかくまずはお詫びを申し上げに馳せ参じた次第です。何卒おゆるしを…」
彼女は体を90度以上におり曲げようとした。
「あいたたた腰が…。」
まだ若いのに、彼女は顔をしかめながらつぶやいた。
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