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第23話 さくらんぼの若さま(後編)
しおりを挟む駆けつけた衛兵たちにロープでぐるぐる巻きにされてしまった僕に、ドリスさんは再び頭を深々とさげた。
「すまぬ! だが、勝手に歩きまわるお主もわるいぞ。たいていの客はまよいますからな。」
「先に言ってください…。」
ロープが体にくいこんで、僕が苦痛にあえいでいると廊下がざわつき始めた。
「ご母堂さまだ!」
衛兵や召使たちが整列すると、なめらかな絹のドレスに身をつつみ、髪を結いあげたジェシカさんがゆっくりと歩いてきた。
正装した彼女はもう輝くばかりに美しくて、僕はぼうっとしてしまった。
「ジェシカさん、その姿は?」
「無理やり着せられてな。それより店主殿こそどうしたのだ、その姿は?」
「はやく…ほどいて下さい…。」
「いや、もうすこし、そのままでいてくれないか。…あん、かわいい。」
ジェシカさんは僕の苦しむ姿を見てまた変なツボにはいったらしかった。
なぜかドリスさんが赤くなり、咳ばらいをした。
「…オホン! 若さま、お客さまに失礼ですぞ。ハナヤさまは、さくらんぼのお話をしたいと仰せなのですぞ。」
「そうか。ほどいてやれ!」
客間に場所をうつして、僕は若さまに質問をはじめた。
「それはどんなさくらんぼですか?」
「あまくて! あかくって、おいしいの!」
若さまはさくらんぼの話になると子どもらしくニコニコと笑った。
「どこでそれを食べましたか?」
「いつもお庭で、ママが食べさせてくれたんだよ。」
僕は考えこんで、ドリスさんに耳うちした。
(この子が保護された家の庭に、桜の木はありましたか?)
(拙者が調べてまいりましょう。)
「なんの騒ぎだ? 客か?」
僕がさくらんぼの絵を若さまに描いてもらっていると、立派な口ひげの人が部屋に入ってきた。
「ご当主さま!」
ドリスさんが直立不動になり、事情を説明すると当主はとたんに不機嫌になった。
「くだらん! そんなつまらない事で部外者を屋敷にいれたのか! ドリス、はやくおいだせ!」
ドリスさんは青くなって慌てまくったけど、まずいことにジェシカさんが鋭い目になってソファから立ちあがった。
「つまらない事だと? そなたの子息のためではないか!」
「なんだ、エルフまでいたのか! ふん、その子はひきとってやったのに親の言うこともきかない役立たずだ。ほうっておけ!」
『やくたたず!』
僕の頭の中でことばが刃のように反響して、僕は頭をかかえてしまった。
「どうしたのだ? 店主殿!?」
ジェシカさんが驚いた様子で僕の手を握りしめてきた。僕は自分を落ち着かせると、声を張りあげた。
「この子は役立たずなんかじゃありません!」
「なんだと。」
当主は冷たくにらんできたけど、僕はジェシカさんの手を握りながら相手を見かえした。
「親の都合でふりまわされて、戸惑っているだけなんです! なぜわからないんですか!」
「むむ…。」
当主の顔が怒りで赤くなり、口ひげをいじりはじめた。ドリスさんは更に青くなったけど、場をおさめようとしてくれた。
「ご当主様。せめて、さくらんぼの件が解決するまでは大目にみてやっていただけませんか。」
「ふん、よかろう。ただし花屋、貴様がもし解決できなかったら、そのエルフは返さんぞ。わかったか!」
大変なことになってしまい、後になってから僕は急にこわくなってきた。
「ジェシカさん、ごめんなさい。」
「大丈夫だ。店主殿なら必ず解決できる。それに、先ほどは凛々しかったぞ。私はますます店主殿が…。」
ジェシカさんは僕の手を握りしめた。
「ジェシカさん…?」
「店主殿…。」
突然、彼女は僕を壁につよく押しつけて、顔をちかづけてきた。僕は身動きできず、受け入れそうになった。
「なにをしている! 花屋と母上!」
いつのまにやら若さまがすぐそばにいて、ジェシカさんは残念そうに身をひいた。
「さくらんぼの絵が描けたから持ってきたぞ!」
「これは!?」
若さまが渡してくれた絵を見て、僕は思わずジェシカさんに抱きついた。
「店主殿、なんと大胆な。」
「わかったんです! 若さまの言う、さくらんぼの正体が!」
「そうか! でも、もうすこし…このままでよいぞ…。」
ジェシカさんはぼうっとした表情で、体は熱をおびていた。
数日後。
僕はユリさんを連れて、再びワサビンカ家の屋敷を訪れた。
「うわあ広いお庭! ユリは夢みたいです。」
庭には長いテーブルと椅子がセッティングされていて、当主とその妻と若さま、ジェシカさんとドリスさんも座っていた。
ドリスさんが立ちあがり、僕に駆けよってきた。
「おおハナヤ殿! まずいですぞ、若さまが住んでおられた家には桜の木はありませんでしたぞ!」
「それでいいんですよ。」
「なんと?」
僕がユリさんにうなずきかけると、彼女は布をかぶせたカゴをテーブルの上に置いた。当主がギロリと僕を見た。
「花屋よ、本当に持ってきたのであろうな? わが子が満足するさくらんぼをな。まちがっていたら容赦せんぞ。」
「はい。ユリさん、お願いします。」
ユリさんが布をとり去ると、カゴの中には柄のついた赤い小さな実が山盛りになっていた。
僕とユリさんが集めたもので、さくらんぼに似ているけどすこし楕円形でほそ長かった。
若さまが興奮した様子で手を出し、一粒を口にほうりこんだ。
「これだ! これだよ、ママが…ボクに食べさせてくれた…さくらんぼ…。」
若さまは実を食べながら、涙で顔をぐしゃぐしゃにした。もらい泣きをしていたドリスさんも手を伸ばし、カゴの実をひとつつまんだ。
「そうか! これでしたか。気づきませんでしたな。」
「はい。さくらんぼではなく、若さまはこの実、『グミ』の実のことを言っておられたんです。若さまの絵を見てひらめきました。」
「グミだと…!?」
当主と妻も立ちあがり、実を手にとった。
「はい。バラ科の低木の『グミの木』になる実です。山野に自生したりしていますが、果物屋さんにはないですね。」
「ユリもいただきまーす! プクプクしてておいしそう!」
実をひとつ、口に入れたユリさんは微妙な顔をした。
「うーん。甘くて、まずくはないけど…。すこし渋くてすっばいかも?」
「ううん、おいしいよ! ママが、ボクのママが、お庭になっていたのを食べさせてくれたんだ! さくらんぼを食べようねって…。」
グミの実を口にしていた当主は、目を閉じてうつむいた。
「そうであったか。貧しい暮らしの中で母が我が子に、おやつ代わりの果物として与えていたのだな…。」
皆はしんみりとしてしまったけど、しばらくすると当主は僕に笑みを向けてくれた。
「ハナヤさん、みごとだ。私の非礼をおわびする。」
貴族が頭をさげたので、僕はびっくりしてしまった。
でも、若さまを愛しげに抱っこする当主と妻の姿を見て僕は安心したし、すこしうらやましかった。
当主は若さまを引き続き大切に育てることと、跡を継ぐかは大きくなってから本人に決めさせることを宣言した。
当主がぜひにと言うので僕たちは屋敷で夕食をいただいて、おまけに泊まることになってしまった。
「ハナヤ殿! 盆栽について聞きたいのだが。」
その夜、与えられた個室の扉の向こうからドリスさんの声がした。扉を開けた途端、ジェシカさんがとびついてきて僕は床に押したおされてしまった。
「魔法変声術だ。さあ、続きを…。」
「本当に、こういうことはやめてください! 本気で怒りますよ!」
あんまりにも僕が怒るものだから、ジェシカさんはすこしシュンとしてしまった。
「なぜだ? 店主殿はどうして私を受け入れてくれないのだ?」
「僕は…ある人に誓ったからなんです。」
ジェシカさんは金色の目をパチパチさせて、まるで珍しい生き物でも見るかのような目で僕を凝視したあと、隠し持っていたロープをとりだした。
「誓っただと!? 誰になにを誓ったのだ!」
ジェシカさんはついにブチきれてしまったらしく、僕をロープでしばりはじめた。
「や、やめてください! 今回はいい話で終わらせましょうよ!」
「やだ。言え。」
僕が気をうしなう前に最後に見たのは、ジェシカさんの背後でフライパンをふりあげているユリさんの姿だった。
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