22 / 42
第22話 さくらんぼの若さま(前編)
しおりを挟む「店主はおるか!」
偉そうな怒鳴り声が聞こえてきたので、僕は慌てて店の売り場にでた。
ジェシカさんもユリさんも接客中で、僕は店内を探したけどお客さんらしい人はいなかった。
「おかしいなあ?」
首をひねっていると、急に僕のおしりに衝撃がはしった。
「あいたたた…! 誰ですか、僕を蹴ったのは!?」
「我輩だ! 文句があるか!」
僕がうしろを見おろすと、やけに立派な服を着たちいさな子どもが下からにらみつけてきていた。
「ボク、パパかママはどこかな? お店であばれちゃダメだよ? …わっ! いたい!」
僕はまたそのガ…じゃなくって子どもに蹴られて、さすがに腹がたってきた。
「君ね、いくら子どもでも怒るよ。」
「子どもではない! 吾輩は客だ!」
その子は僕に革袋を投げつけてきた。
「金ならあるぞ! はやく、さくらんぼを持ってこい!」
僕は革袋の中身を見て息をのんだ。中には大金貨がぎっしりと詰まっていたからだった。
「あ、あの、受けとれません。うちはお花屋さんなんです。さくらんぼなら果物屋さんに行ってください。」
「果物屋なら町中すべて行ったわ! ここにもないのか! この愚か者が!」
その子はまた僕を蹴ろうとしたけど、間にジェシカさんがふわりと立ってくれた。
「やめよ。子どもといえども、礼儀をまもらぬなら容赦はせんぞ。」
僕はその子どもが泣きだすのではないかとヒヤヒヤしたけど、相手は意外な反応を見せた。
「は…母上…!」
子どもはジェシカさんに駆けよって抱きつき、泣きはじめた。彼女は戸惑いながらも、その子の頭を優しく撫ではじめた。
「ジェシカさん、お子さんがいらしたんですか?」
「ちがう! 誤解だ。私はしらぬ。」
ようやく泣きやんだ子どもはジェシカさんの手を握って離さなかった。
「さあ母上、屋敷へもどるぞ。」
「ま、待って下さい! ジェシカさんは当店の店員さんなんです。」
「うるさい! 金はくれてやっただろうが! ドリス隊長!」
子どもが叫ぶと、店内に紋章入りの全身甲冑すがたの兵士たちが乱入してきて、商品の生花や植木鉢を踏み倒した。
「若さま! なにごとですか!」
白髪まじりの長髪に、傷だらけの顔のおそろしい顔の人が、子どもにうやうやしくひざまずいた。
僕はもう、何がなんだかわからなくってオロオロするばかりだったけど、ジェシカさんは落ち着いていた。
「やめぬか。他の客に迷惑であろう。それとも、私が相手をしてやろうか。」
完全武装の兵士たちを相手に全くひるまないジェシカさんはカッコよすぎて、僕は思わず見とれてしまった。
逆に兵士たちのほうが戸惑っている様子だった。
「店主殿、どうする? 私なら一瞬でこやつら全員を2回ずつは倒せるが。」
その前に店が破壊されそうな気がして僕が迷っていると、誰がが僕の背中をつっついた。ユリさんだった。
「店長さん、やめておいたほうがいいですよ。ユリはあの紋章を知っています。たしか王国五大家のひとつ、ワサビンカ家ですよ。」
僕でさえ五大家は知っていた。王国で最も力のある貴族の家柄である五大家。それに逆らうのは(ここは王国に属さない自治都市とはいえ)かなりまずかった。
僕はジェシカさんに首を振り、逆らわないように目でつたえた。
「わかった、店主殿。あとで必ず迎えに来てくれ。」
彼女はおとなしく兵士に囲まれて連れていかれてしまった。後にはおそろしい顔のおじさんだけが残った。
僕とユリさんはあまりのその顔こわさに、抱きあってブルブルふるえた。
おじさんはゆっくりと僕たちをにらみながら近づいてきた。
そして…。
「すまんかった! 許してくれ! このとおりだ!」
おじさんは巨体をちぢこめて僕たちに頭を下げた。僕はあっけにとられて声もだせなかった。
「中で話しましょう、ユリがお茶をいれますね。」
「ぷぷぷ。ジェシカさん、連行されちゃいましたね。これでふたりっきりですね。」
事務室のテーブルを囲んで、ユリさんは上機嫌だったけど、僕はジェシカさんが心配で不機嫌だった。
「拙者、ワサビンカ家護衛隊長のドリスと申す。部下の狼藉をおわびする。こわした品は弁償し、エルフの店員殿もすぐに無傷でおかえしする。」
「ありがとうございます。ですが、事情を教えていただけませんか?」
「どうかご内密に…。」
ドリスさんが話してくれたのは、こんな話だった。
ワサビンカ家の当主は妻との間に跡継ぎができず、困り果てていたらしい。
ところが、実は当主には子どもが既にいたのだった。以前、当主が手をだした使用人が、身ごもったことを隠して家を出ていたのがわかったという。
当主はなんとかその子の居場所を探しだしたが、かつて使用人だった母親は既に亡くなったしまっていたという。
当主はその子を跡継ぎにしようとひきとったが…。
「これがとんでもない暴れんぼうの若さまでしてな。」
ドリスさんはため息をつき、紅茶をすすった。
「じゃ、あなたたちはあの子を守るためじゃなくって?」
「はい。若さまが無茶をしないように見はっておるのです。」
「いきなり貴族の生活なんて、ユリは無理があると思いますよ。」
ユリさんの指摘に、ドリスさんはまたため息をついて白髪あたまをかいた。
「たしかに。それに、困りごとがもうひとつありましてな。あなたがたなら植物には詳しいのではないか?」
「ええ…まあ。」
確かに僕はこの世界の植物にもある程度は詳しかったけど、まだまだ勉強中だった。
同じ花なのにこの世界では名前が違っていたり、この世界にしかない花があったり、その逆もあったりでややこしかったのだ。
「若さまがな、さくらんぼが食べたいと暴れられるのだ。」
僕はユリさんと顔を見あわせた。ユリさんも僕と同じ意見だったにちがいなかった。
「さくらんぼなら果物屋さんに普通にあるとユリは思うけど?」
「それがですな、あらゆる種類のさくらんぼを買い集めたのですがどれも違うと仰せでな。ほとほとわしは疲れはてましたわい。」
顔はこわいのに、ドリスさんは意外とやさしくて繊細なのかもしれなかった。
「すみませんが僕にもさっぱりわかりません。ジェシカさんを迎えにいくついでに、若さまと話してみていいですか?」
「おお、それはぜひ!」
とびあがって喜ぶドリスさんだったけど、ユリさんがこわい顔で僕に迫ってきた。
「そんなこと言って、店長さんは早くジェシカさんに会いたいだけなんでしょ? せっかくユリとふたりっきりなのに!」
「むむ。ハナヤ殿はなかなかもてますな? 拙者、感服いたしましたぞ。」
「やめてください…。」
僕はお店をユリさんに任せて、ドリスさんが呼んだ馬車に乗せてもらった。
僕は今のうちにドリスさんに疑問をぶつけてみた。
「ジェシカさんと、若さまの亡くなられたお母さんとはそんなに似ているのですか?」
「うーむ、確かにすこし面影はありますな。お美しい点は同じですな。」
馬車が着いたのは信じられないくらいに広くて立派なお屋敷だった。
ドリスさんにはホールで待つように言われたけど、僕ははやくジェシカさんを探そうと広大な屋敷の中をさまよった。
僕が長い廊下を右往左往していると、うしろからあの子の声が聞こえてきた。
「おまえ、あの無礼な花屋か! 吾輩の母上を連れ去りにきたな! であえ! 衛兵ども!」
僕はあっという間に兵士たちにつかまってねじ伏せられてしまった…。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
空から落ちてきた皇帝を助けたら、偽装恋人&近衛騎士に任命されました-風使いの男装騎士が女嫌いの獣人皇帝に溺愛されるまで-
甘酒
恋愛
夭折した双子の兄に成り代わり帝国騎士となったビリー・グレイがいつものように城内を巡視していると、空から自国の獣人皇帝のアズールが落下してくるところに遭遇してしまう。
負傷しつつもビリーが皇帝の命を救うと、その功績を見込まれて(?)皇帝直属の近衛騎士&恋人に一方的に任命される。「近衛騎士に引き立ててやるから空中庭園から皇帝を突き落とした犯人を捕らえるために協力してほしい。ついでに、寄ってくる女どもが鬱陶しいから恋人の振りもしろ」ということだった。
半ば押し切られる形でビリーが提案を引き受けると、何故かアズールは突然キスをしてきて……。
破天荒でコミュニケーション下手な俺様系垂れ耳犬獣人皇帝×静かに暮らしたい不忠な男装騎士の異世界恋愛ファンタジー(+微ミステリとざまぁ要素少々)
※なんちゃってファンタジーのため、メートル法やら地球由来の物が節操なく出てきます。
※エブリスタにも掲載しております。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
TS異世界小説家〜異世界転生したおっさんが美少女文豪になる話〜
水護風火・(投稿は暫し休んでます)
ファンタジー
主人公は小説家志望のおっさんだったが、事故で命を落としてしまう。
目を覚ますと大好きな漫画の重要キャラクターである美少女『エルシー・マーチャント』に転生していた。
エルシーも小説家志望だが、その願いを叶えることなく殺されてしまう運命だった。
主人公はエルシーが殺される運命を回避しつつ、自分と彼女の願いを叶え、プロの売れっ子小説家なる為に奮闘を始める。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~
すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。
そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・!
赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。
「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」
そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!?
「一生大事にする。だから俺と・・・・」
※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。
※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。)
※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。
ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる