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第22話 さくらんぼの若さま(前編)

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「店主はおるか!」

 偉そうな怒鳴り声が聞こえてきたので、僕は慌てて店の売り場にでた。

 ジェシカさんもユリさんも接客中で、僕は店内を探したけどお客さんらしい人はいなかった。

「おかしいなあ?」

 首をひねっていると、急に僕のおしりに衝撃がはしった。

「あいたたた…! 誰ですか、僕を蹴ったのは!?」

「我輩だ! 文句があるか!」

 僕がうしろを見おろすと、やけに立派な服を着たちいさな子どもが下からにらみつけてきていた。

「ボク、パパかママはどこかな? お店であばれちゃダメだよ? …わっ! いたい!」

 僕はまたそのガ…じゃなくって子どもに蹴られて、さすがに腹がたってきた。

「君ね、いくら子どもでも怒るよ。」

「子どもではない! 吾輩は客だ!」

 その子は僕に革袋を投げつけてきた。

「金ならあるぞ! はやく、さくらんぼを持ってこい!」

 僕は革袋の中身を見て息をのんだ。中には大金貨がぎっしりと詰まっていたからだった。

「あ、あの、受けとれません。うちはお花屋さんなんです。さくらんぼなら果物屋さんに行ってください。」

「果物屋なら町中すべて行ったわ! ここにもないのか! この愚か者が!」

 その子はまた僕を蹴ろうとしたけど、間にジェシカさんがふわりと立ってくれた。

「やめよ。子どもといえども、礼儀をまもらぬなら容赦はせんぞ。」

 僕はその子どもが泣きだすのではないかとヒヤヒヤしたけど、相手は意外な反応を見せた。


「は…母上…!」


 子どもはジェシカさんに駆けよって抱きつき、泣きはじめた。彼女は戸惑いながらも、その子の頭を優しく撫ではじめた。

「ジェシカさん、お子さんがいらしたんですか?」

「ちがう! 誤解だ。私はしらぬ。」

 ようやく泣きやんだ子どもはジェシカさんの手を握って離さなかった。

「さあ母上、屋敷へもどるぞ。」

「ま、待って下さい! ジェシカさんは当店の店員さんなんです。」

「うるさい! 金はくれてやっただろうが! ドリス隊長!」

 子どもが叫ぶと、店内に紋章入りの全身甲冑すがたの兵士たちが乱入してきて、商品の生花や植木鉢を踏み倒した。

「若さま! なにごとですか!」

 白髪まじりの長髪に、傷だらけの顔のおそろしい顔の人が、子どもにうやうやしくひざまずいた。
 僕はもう、何がなんだかわからなくってオロオロするばかりだったけど、ジェシカさんは落ち着いていた。

「やめぬか。他の客に迷惑であろう。それとも、私が相手をしてやろうか。」

 完全武装の兵士たちを相手に全くひるまないジェシカさんはカッコよすぎて、僕は思わず見とれてしまった。
 逆に兵士たちのほうが戸惑っている様子だった。

「店主殿、どうする? 私なら一瞬でこやつら全員を2回ずつは倒せるが。」

 その前に店が破壊されそうな気がして僕が迷っていると、誰がが僕の背中をつっついた。ユリさんだった。

「店長さん、やめておいたほうがいいですよ。ユリはあの紋章を知っています。たしか王国五大家のひとつ、ワサビンカ家ですよ。」


 僕でさえ五大家は知っていた。王国で最も力のある貴族の家柄である五大家。それに逆らうのは(ここは王国に属さない自治都市とはいえ)かなりまずかった。


 僕はジェシカさんに首を振り、逆らわないように目でつたえた。

「わかった、店主殿。あとで必ず迎えに来てくれ。」

 彼女はおとなしく兵士に囲まれて連れていかれてしまった。後にはおそろしい顔のおじさんだけが残った。
 僕とユリさんはあまりのその顔こわさに、抱きあってブルブルふるえた。

 おじさんはゆっくりと僕たちをにらみながら近づいてきた。

 そして…。

「すまんかった! 許してくれ! このとおりだ!」

 おじさんは巨体をちぢこめて僕たちに頭を下げた。僕はあっけにとられて声もだせなかった。

「中で話しましょう、ユリがお茶をいれますね。」



「ぷぷぷ。ジェシカさん、連行されちゃいましたね。これでふたりっきりですね。」

 事務室のテーブルを囲んで、ユリさんは上機嫌だったけど、僕はジェシカさんが心配で不機嫌だった。

「拙者、ワサビンカ家護衛隊長のドリスと申す。部下の狼藉をおわびする。こわした品は弁償し、エルフの店員殿もすぐに無傷でおかえしする。」

「ありがとうございます。ですが、事情を教えていただけませんか?」

「どうかご内密に…。」


 ドリスさんが話してくれたのは、こんな話だった。


 ワサビンカ家の当主は妻との間に跡継ぎができず、困り果てていたらしい。
 ところが、実は当主には子どもが既にいたのだった。以前、当主が手をだした使用人が、身ごもったことを隠して家を出ていたのがわかったという。

 当主はなんとかその子の居場所を探しだしたが、かつて使用人だった母親は既に亡くなったしまっていたという。
 当主はその子を跡継ぎにしようとひきとったが…。


「これがとんでもない暴れんぼうの若さまでしてな。」

 ドリスさんはため息をつき、紅茶をすすった。

「じゃ、あなたたちはあの子を守るためじゃなくって?」

「はい。若さまが無茶をしないように見はっておるのです。」

「いきなり貴族の生活なんて、ユリは無理があると思いますよ。」

 ユリさんの指摘に、ドリスさんはまたため息をついて白髪あたまをかいた。

「たしかに。それに、困りごとがもうひとつありましてな。あなたがたなら植物には詳しいのではないか?」

「ええ…まあ。」


 確かに僕はこの世界の植物にもある程度は詳しかったけど、まだまだ勉強中だった。
 同じ花なのにこの世界では名前が違っていたり、この世界にしかない花があったり、その逆もあったりでややこしかったのだ。
 

「若さまがな、さくらんぼが食べたいと暴れられるのだ。」

 僕はユリさんと顔を見あわせた。ユリさんも僕と同じ意見だったにちがいなかった。

「さくらんぼなら果物屋さんに普通にあるとユリは思うけど?」

「それがですな、あらゆる種類のさくらんぼを買い集めたのですがどれも違うと仰せでな。ほとほとわしは疲れはてましたわい。」

 顔はこわいのに、ドリスさんは意外とやさしくて繊細なのかもしれなかった。

「すみませんが僕にもさっぱりわかりません。ジェシカさんを迎えにいくついでに、若さまと話してみていいですか?」

「おお、それはぜひ!」

 とびあがって喜ぶドリスさんだったけど、ユリさんがこわい顔で僕に迫ってきた。

「そんなこと言って、店長さんは早くジェシカさんに会いたいだけなんでしょ? せっかくユリとふたりっきりなのに!」

「むむ。ハナヤ殿はなかなかもてますな? 拙者、感服いたしましたぞ。」

「やめてください…。」


 僕はお店をユリさんに任せて、ドリスさんが呼んだ馬車に乗せてもらった。
 僕は今のうちにドリスさんに疑問をぶつけてみた。

「ジェシカさんと、若さまの亡くなられたお母さんとはそんなに似ているのですか?」

「うーむ、確かにすこし面影はありますな。お美しい点は同じですな。」


 馬車が着いたのは信じられないくらいに広くて立派なお屋敷だった。
 ドリスさんにはホールで待つように言われたけど、僕ははやくジェシカさんを探そうと広大な屋敷の中をさまよった。

 僕が長い廊下を右往左往していると、うしろからあの子の声が聞こえてきた。

「おまえ、あの無礼な花屋か! 吾輩の母上を連れ去りにきたな! であえ! 衛兵ども!」


 僕はあっという間に兵士たちにつかまってねじ伏せられてしまった…。
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