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第12話 ディープな事件
しおりを挟む自慢じゃないけど、僕の花屋さんはこの異世界の港町でかなり評判がよかった。
店頭で売るお花の他に、冠婚葬祭や貴族のパーティーにも商品をおさめるようになり、売上は順調に伸びていた。
でも、まだまだ足りなかった。
僕はもっともっと、この店を大きくしたかった。
この異世界に、僕の居場所をつくるために。
ただ、僕にはひとつ心配ごとができた。
ジェシカさんに、どうやら僕の秘密を勘づかれてしまったらしいのだ。
彼女のことだからきっと、それをネタにして僕になにかをしかけてくるんじゃないかって、僕は毎日が気が気じゃなかった。
それに、どうやら彼女には厄介な気質がありそうだった。
あの時、自警団支部での出来事には続きがあったのだ。
僕は絶対に秘密を明かしたくなくて、腕を折られることを覚悟して必死で苦痛に耐えていた。
すると、急にジェシカさんが力をゆるめてくれた。
「あん…。」
彼女は妙な声をだして、紅潮した顔で僕をじっと見つめていた。僕はなにが起こったのかわからなくて、痛みをやわらげようと自分の腕をさすった。
「ど、どうしたんですか?」
「それが…痛みに耐えている店主殿の顔を見ていたら、なんだか気持ちが…。」
「わるくなったんですか?」
僕の問いかけに、彼女はゆっくりと首をふった。
「ちがう。逆だ。気持ちいいというか、なんというか…妙な気分だ。もう一度、試してみてよいか? 次は店主殿の肩の関節を外してみよう。」
僕が悲鳴をあげるのと、コナさんが釈放を告げに来たのが同時だった。
エルフと暮らしてみて、僕が気づいたことがいくつかあった。
ひとつめ。
意外に大食。
ふたつめ。
朝には弱いが夜には強い。
みっつめ。
細いのにめちゃくちゃ力が強い。
僕なんか、簡単に組み伏せられてしまうくらい。
よっつめ。
やたらと服をたくさんもっている。
いつつめ。
水浴びが大好きで長風呂。
そしていつもいい香り。
むっつめ。
怒るとなにをしでかすかわからない。
そして、怒る基準がわからない。
目と長い耳に怒りの兆候があらわれるから要注意だった。
ななつめ。
足音がしない。
やっつめ。
まちがいなく、彼女は正真正銘のドエスだ。
ここのつめ。
キリがないから書くのをやめる。
どうやら、僕が思い描いていたエルフの神秘的なイメージと実際は違っているようだった。
ジェシカさんだけが特別なエルフなのかもしれないけど…。
「店主殿、先ほどから一生懸命になにを書いているのだ?」
「な、なんでもないです! ただの日記です。」
「ほう。」
ジェシカさんが興味津々で手元をのぞきこんできたので、僕は慌ててノートを伏せた。
「見ないでってば、ジェシカさん。」
万が一、読まれでもしたら僕はジェシカさんに死ぬよりひどい目に遭わされるにちがいなかった。
「店主殿。日記などに書かずとも、私への想いは直接言ってもらってよいのだぞ。」
「じゃ、言いますね。」
「うむ。」
「仕事をしてください。」
ジェシカさんは肩をすくめて店先に戻っていった。
僕はジェシカさんの後姿に見とれながら、彼女が本当に僕のことなんかを気に入っているのだろうかと疑問に思った。
(からかわれているだけなんじゃ…。)
でも、コナさんは言った。
エルフは、自分の真の名前は神から与えられた聖なるものと考えているらしい。
エルフの間では、真の名前を知られてしまった相手とは決して結ばれないと信じられているそうだ。
「妹が咄嗟に偽名を使ったのは、信じられませんがおそらくハナヤさんに一目惚れしたのだと思います。」
「まさか!? 僕だって信じられません。」
「はい。まったく、妹は趣味が変わっているとしか言えません。あ、これは失礼。」
コナさんが深々と頭を下げたので、彼女が真剣に言ってるのかどうか僕にはわからなかった。
僕がもの思いにふけっていると、ユリさんが帰ってきた。
「配達おわりました! あと、これはドワーフさんから改装工事の見積書です。」
「ありがとう。」
僕がにこやかにユリさんと話すのを、ジェシカさんは水やりするフリをしながらチラチラと見ていた。
僕は見積書の金額を見て青くなった。
「店長さん、どうせジェシカさんはすぐに出ていくから、改装なんかしなくていいですよ。」
「え?」
「ユリが追いだしますから! 任せてください。はやく追いだして、ふたりきりになりましょうね。」
ユリさんが大きな目でウインクをしてきて、僕はまた妄想がふくらみそうになり、見積書を見るふりをしてごまかした。
「ところでユリさん。先日の晩、花き商会長さんに会いました?」
「いいえ。どうしてですか?」
ユリさんは首をかわいく傾けてから、売り場に戻っていった。僕は腕組みをして考えこんでしまった。
店内から悲鳴が聞こえてきて僕は我にかえった。
かけつけると、ユリさんがしゃがみこんでブルブル震えていた。
「どうしたんですか!?」
「ユリ、あれ、ダメなんですぅ…。」
ユリさんはふるえる指で鉢植えの果樹をさした。その枝に、丸々とした青虫が1匹はっていた。僕がホッとしていると、ジェシカさんもやってきた。
「なんだこれくらいで騒々しい。非常識な。客が驚いておるぞ。」
ジェシカさんが素手で青虫をつまみあげると、ユリさんは尊敬のまなざしでそれをみあげた。
「ジェシカさん、すごいです。」
そして次に、ジェシカさんはその青虫をポイっと口に放りこんで、ムシャムシャと食べてしまった。
ユリさんの絶叫が店中に響き渡り、お客さんたちが何ごとかと集まってきた。
「やだ! 信じらんない! 店長、今の見ました!?」
「なにか問題か? 旅のあいだは野ネズミや木の実、虫などを食していたが。そなたは食べないのか?」
「ユリが食べるわけないじゃない! ありえない! そんなものを食べた口で、もしも好きな人ができたらどうするの!? 口づけもできないじゃない!?」
ユリさんは興奮してまくしたてた。僕はなんとなく、イヤな予感がした。例によってジェシカさんの目が鋭くなってきたからだった。
僕のイヤな予感は当たってしまった。
ジェシカさんはツカツカとユリさんに歩み寄り、ひっぱり起こすと、有無を言わさず強引に唇を重ねた。
心からびっくりしただろうユリさんは、両腕でジェシカさんを押したけどムダだった。
ジェシカさんは長い時間をかけて、おそらく舌も使ってユリさんに深い口づけを続けた。途中からユリさんは抵抗すらできなくなり、されるがままになって、体はピクピクと痙攣していた。
僕はもう、驚くばかりで身動きできなかった。
ようやくジェシカさんがユリさんを解放すると、ユリさんは完全に脱力してしりもちをついてしまった。
「どうだユリ殿。口づけくらいできるぞ。」
ジェシカさんはじょうろを拾うと、店先に悠然と戻っていった。僕はユリさんにかけよって声をかけたけど、彼女は放心状態でぜんぜん聞いちゃいなくて、なにか同じ言葉をずっと繰り返していた。
「ユリの…はじめてが…エルフ…ユリの…はじめてが…エルフ…ユリの…」
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