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2.ちゃんと話しましょう⑶
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なんて幸せなんだと思っていたはずなのに……
あれ以来、困ったことが起きてしまった。
セレーノ様を前にすると、胸が苦しくて、顔が熱くなって、恥ずかしくて……彼のことをまっすぐに見れなくなってしまったのだ。
なのに、見ないことはできなくて、彼をいつでも探してしまう。
しかも、彼を見ると、あのキスの瞬間を鮮明に思い出してしまって、唇を目で追ってしまうのだ。
なんて、はしたないと思うけれど、それだけセレーノ様が素敵だったんだもの……仕方ないと思う。
朝食を終えて、自室に戻った私は、ため息を吐いた。
「困ったわ……セレーノ様ともっとお話したいのに……」
今まではたわいないこともスラスラと話せていたのに、緊張してしまってどうも上手くいかない。
その時、扉をノックする音が聴こえた。
「どうぞ」
「奥様、失礼いたします」
侍女長のナリアと、セレーノ様の執事であるキースだった。
ナリアはいつでも物腰が柔らかくこちらにも優しく話しかけてくれるため随分と打ち解けてきたと思う。しかし、キースは基本的にセレーノ様と一緒にいるため話す機会が少ないこともあり、あまりどういう人か分からない。悪い人ではないはずだけど……
ただ今日のキースはすこぶる機嫌が悪いみたい。私を睨みつけているような気さえする。
「どうしたの?」
私はできるだけ明るくナリアとキースに話しかけた。
「それが……キースが奥様にお聞きしたいことがあるそうで」
「聞きたいこと……?」
すると、キースがナリアを押し除けるように前に出てきた。
「はい。単刀直入に言わせていただきます。奥様。
ただ遊ぶだけのつもりなら、旦那様を弄ぶような行為は今すぐにやめていただきたいっ!」
「こらっ、キース!!」
へ? 弄ぶ……?
私が? セレーノ様を?
ただでさえ、上手く誘惑できなくて、その気にさせられなくて困っているというのに、私が彼を弄ぶとはどういうことなのか?
「ちょっと、待ってくれる?
……私がセレーノ様を弄ぶってどういうこと?」
「ついこないだまではニコニコと愛想を振り撒いてたくせに、旦那様がその気になった途端、急に冷たくなさってるじゃないですか! そのせいで旦那様は傷ついているんです!」
ますます意味がわからない。
私がセレーノ様に冷たくしてる?
大体セレーノ様がその気になったってどういうこと?
でも、一番ショックなのは、私のせいでセレーノ様が傷ついているということだった。
混乱して言葉を失っている私に、ナリアが話しかける。
「奥様、申し訳ございません。キースは幼い頃から旦那様と一緒に育ってきたこともあり、恐れ多くも兄のように旦那様を慕っているのです。ですから、今回旦那様が奥様のご対応に心を傷められていることに過剰に反応してしまったようです」
「そう……。でも、私には何故、セレーノ様が心を傷められているかわからないの……
私、何かしてしまったのかしら?」
不安感が胸を覆っていく……
キースは、少し戸惑ったようにまた話し出した。
「私は食事の席にいないので、その場を見たわけではございませんが……
奥様が旦那様との会話を拒否されるようになったと仰っていました」
「拒否? 私が? セレーノ様を?」
状況の飲み込めない私にナリアが説明してくれる。
「えぇ、奥様。お二人で朝食を召し上がるようになって以来、私たち使用人は部屋から出るようにしておりますが、食事係が扉前に待機しております。その者たちの話によると、ここ数日はほとんど会話をされていないと。私は勘違いかと思ったのですが……」
「旦那様は、名前を呼んだ翌日から奥様の様子がおかしくなったと仰っておりました」
確かにずっとドキドキして、緊張して、ほとんど会話できていなかった……
そのことでそんなにセレーノ様が傷ついていたなんて。
キスしてもらって、名前を呼んでもらって、舞い上がっていた自分が情けない。私は自分の感情に振り回されて、セレーノ様のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
ホロホロと涙が溢れてしまう。
キースがギョッとした顔でこちらを見ている。
ナリアは慌てて私に寄り添い、背中を撫でてくれた。
「ぐすっ……。実は、私、セレーノ様の顔を見ると恥ずかしくなっちゃって。
その、キス……のこととか思い出しちゃって……」
「は……?」
キースがポカンとしている。
「名前を呼ばれるのもすごくすごく嬉しいのに、胸がいっぱいになって上手く返事もできなくて……」
「ふふふっ」
隣のナリア様が私を優しく撫でて、微笑んでくれた。
「私……セレーノ様のことが、大好きで、大好きで……頭から離れなくて。
もっと上手にセレーノ様とお話ししたいのに、最近はどうしてもドキドキしちゃって……」
呆れ顔のキース。微笑むナリア。
「ほら、キース言ったでしょう?
奥様は本当に旦那様がお好きなんだって」
「はぁ……クビ覚悟で来たのに、こんな結末だなんて……」
「クビ? 私がキースをクビにするはずないわ」
「なんというか……奥様はとことん予想の上を行くお方ですね。
その……元敵国の姫だからと、勝手な推測で奥様を侮辱して大変申し訳ございませんでした」
キースは私に深々と頭を下げた。きっとキースはセレーノ様のことがとても大事なんだろう。私はセレーノ様をこんなに大事に思ってくれる人がいることを嬉しく思った。
「いえ……普通は本当に好きだなんて信じられないと思うし、勘違いしてしまうのも仕方のないことだわ。気にしないでね。
私だって思わなかったのよ、こんなにセレーノ様を好きになるなんて。嫁ぐ時は、良いことなんて起こるはずないって諦めてたのに。セレーノ様は……まるで太陽みたいだったの。一瞬で私の世界を変えてくれた」
「奥様……」
ナリアは私の手をぎゅっと掴んでくれた。
「じゃあ……奥様はどんな旦那様でも離れるつもりはないってことですね」
「えぇ。セレーノ様に受け入れてもらえなくても、私はずっとセレーノ様と一緒にいたい……」
次の瞬間、バシッとキースが自分の両頬を叩いた。
少し赤くなってるけど、大丈夫かな……?
キースは、こちらを見て、微笑んだ。
ナリアとよく似た優しい笑みだ。
「まったく……手のかかる旦那様と奥様ですね。
ここからは、私に任せてください」
でも、キースは少し悪そうな顔して、ニッと笑った。
あれ以来、困ったことが起きてしまった。
セレーノ様を前にすると、胸が苦しくて、顔が熱くなって、恥ずかしくて……彼のことをまっすぐに見れなくなってしまったのだ。
なのに、見ないことはできなくて、彼をいつでも探してしまう。
しかも、彼を見ると、あのキスの瞬間を鮮明に思い出してしまって、唇を目で追ってしまうのだ。
なんて、はしたないと思うけれど、それだけセレーノ様が素敵だったんだもの……仕方ないと思う。
朝食を終えて、自室に戻った私は、ため息を吐いた。
「困ったわ……セレーノ様ともっとお話したいのに……」
今まではたわいないこともスラスラと話せていたのに、緊張してしまってどうも上手くいかない。
その時、扉をノックする音が聴こえた。
「どうぞ」
「奥様、失礼いたします」
侍女長のナリアと、セレーノ様の執事であるキースだった。
ナリアはいつでも物腰が柔らかくこちらにも優しく話しかけてくれるため随分と打ち解けてきたと思う。しかし、キースは基本的にセレーノ様と一緒にいるため話す機会が少ないこともあり、あまりどういう人か分からない。悪い人ではないはずだけど……
ただ今日のキースはすこぶる機嫌が悪いみたい。私を睨みつけているような気さえする。
「どうしたの?」
私はできるだけ明るくナリアとキースに話しかけた。
「それが……キースが奥様にお聞きしたいことがあるそうで」
「聞きたいこと……?」
すると、キースがナリアを押し除けるように前に出てきた。
「はい。単刀直入に言わせていただきます。奥様。
ただ遊ぶだけのつもりなら、旦那様を弄ぶような行為は今すぐにやめていただきたいっ!」
「こらっ、キース!!」
へ? 弄ぶ……?
私が? セレーノ様を?
ただでさえ、上手く誘惑できなくて、その気にさせられなくて困っているというのに、私が彼を弄ぶとはどういうことなのか?
「ちょっと、待ってくれる?
……私がセレーノ様を弄ぶってどういうこと?」
「ついこないだまではニコニコと愛想を振り撒いてたくせに、旦那様がその気になった途端、急に冷たくなさってるじゃないですか! そのせいで旦那様は傷ついているんです!」
ますます意味がわからない。
私がセレーノ様に冷たくしてる?
大体セレーノ様がその気になったってどういうこと?
でも、一番ショックなのは、私のせいでセレーノ様が傷ついているということだった。
混乱して言葉を失っている私に、ナリアが話しかける。
「奥様、申し訳ございません。キースは幼い頃から旦那様と一緒に育ってきたこともあり、恐れ多くも兄のように旦那様を慕っているのです。ですから、今回旦那様が奥様のご対応に心を傷められていることに過剰に反応してしまったようです」
「そう……。でも、私には何故、セレーノ様が心を傷められているかわからないの……
私、何かしてしまったのかしら?」
不安感が胸を覆っていく……
キースは、少し戸惑ったようにまた話し出した。
「私は食事の席にいないので、その場を見たわけではございませんが……
奥様が旦那様との会話を拒否されるようになったと仰っていました」
「拒否? 私が? セレーノ様を?」
状況の飲み込めない私にナリアが説明してくれる。
「えぇ、奥様。お二人で朝食を召し上がるようになって以来、私たち使用人は部屋から出るようにしておりますが、食事係が扉前に待機しております。その者たちの話によると、ここ数日はほとんど会話をされていないと。私は勘違いかと思ったのですが……」
「旦那様は、名前を呼んだ翌日から奥様の様子がおかしくなったと仰っておりました」
確かにずっとドキドキして、緊張して、ほとんど会話できていなかった……
そのことでそんなにセレーノ様が傷ついていたなんて。
キスしてもらって、名前を呼んでもらって、舞い上がっていた自分が情けない。私は自分の感情に振り回されて、セレーノ様のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
ホロホロと涙が溢れてしまう。
キースがギョッとした顔でこちらを見ている。
ナリアは慌てて私に寄り添い、背中を撫でてくれた。
「ぐすっ……。実は、私、セレーノ様の顔を見ると恥ずかしくなっちゃって。
その、キス……のこととか思い出しちゃって……」
「は……?」
キースがポカンとしている。
「名前を呼ばれるのもすごくすごく嬉しいのに、胸がいっぱいになって上手く返事もできなくて……」
「ふふふっ」
隣のナリア様が私を優しく撫でて、微笑んでくれた。
「私……セレーノ様のことが、大好きで、大好きで……頭から離れなくて。
もっと上手にセレーノ様とお話ししたいのに、最近はどうしてもドキドキしちゃって……」
呆れ顔のキース。微笑むナリア。
「ほら、キース言ったでしょう?
奥様は本当に旦那様がお好きなんだって」
「はぁ……クビ覚悟で来たのに、こんな結末だなんて……」
「クビ? 私がキースをクビにするはずないわ」
「なんというか……奥様はとことん予想の上を行くお方ですね。
その……元敵国の姫だからと、勝手な推測で奥様を侮辱して大変申し訳ございませんでした」
キースは私に深々と頭を下げた。きっとキースはセレーノ様のことがとても大事なんだろう。私はセレーノ様をこんなに大事に思ってくれる人がいることを嬉しく思った。
「いえ……普通は本当に好きだなんて信じられないと思うし、勘違いしてしまうのも仕方のないことだわ。気にしないでね。
私だって思わなかったのよ、こんなにセレーノ様を好きになるなんて。嫁ぐ時は、良いことなんて起こるはずないって諦めてたのに。セレーノ様は……まるで太陽みたいだったの。一瞬で私の世界を変えてくれた」
「奥様……」
ナリアは私の手をぎゅっと掴んでくれた。
「じゃあ……奥様はどんな旦那様でも離れるつもりはないってことですね」
「えぇ。セレーノ様に受け入れてもらえなくても、私はずっとセレーノ様と一緒にいたい……」
次の瞬間、バシッとキースが自分の両頬を叩いた。
少し赤くなってるけど、大丈夫かな……?
キースは、こちらを見て、微笑んだ。
ナリアとよく似た優しい笑みだ。
「まったく……手のかかる旦那様と奥様ですね。
ここからは、私に任せてください」
でも、キースは少し悪そうな顔して、ニッと笑った。
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