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2.ちゃんと話しましょう⑴
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「むむむぅ……」
「どうしたんだ? 姫さん」
翌朝、私はセレーノ様と二人で朝食を摂っていた。
今日は早くには仕事に行かず、珍しく待ってくれていたらしい。
だが、よく考えたら、昨日のことは納得がいかない。
私の告白をはぐらかし、逃げようとしたかと思えば、子供扱いして寝かしつけられてしまった。
「よく考えたら、あれはずるくないですか?」
「じゃあ、寝なければよかっただろう」
「セレーノ様の手が気持ちいいのが悪いんです。大体私はもっとセレーノ様と――」
「おいっ、そんなこと話すな!」
キーン……
何かが金属が落ちたような音が部屋に響く。
その方向を見れば、執事長のビルさんが金属製のお盆を落としたようだった。
お盆はコロコロと転がってきて、私の足元に落ち着いた。
セレーノ様は、どこか困ったように頭をがしがしと頭を掻いている。
一体どうしたんだろう?
とりあえず私は足元のお盆を拾い上げた。
「あの、これ……」
私が声を掛けると、執事長がカツカツと歩み寄ってきた。
「奥様、ありがとうございます!」
「へ?」
キラキラした瞳で、見られてもなんでお礼を言われているかわからない。
「ご主人様に仕えて、苦節二十五年。こんな日はもう来ないだろうと私、諦めかけておりました……
しかしっ! ここに来て! ようやく! 素晴らしい奥様をお迎えできたこと、心から嬉しく思います!」
「嬉しいわ。どうもありがとう!」
ビルさんは目に涙を浮かべて、今にも泣きだしそうだ。
「実は私、大変申し訳ないことに、奥様を初めてお迎えした時にあまりにも若く、綺麗な方なので、これはご主人様が相手にしてもらえないかもしれない、と思っていたのです。しかし! 私の心配などよそにお二人は既に愛を育まれていたのですね! 素晴らしい! これが運命の出会いなのでしょうか!!」
「そうよね! 私もそう思うわ!」
「おい、勘違いするな」
セレーノ様がそう言って睨みつけても、ビルさんには全く効いてないみたい。
「はいはい。ご主人様は素直でないんですから~!
では、私はこの素晴らしい事実を使用人の皆に伝えて参ります!
ふふふっ……お二人でごゆっくり、どうぞ」
「おいっ、待て! ビル!!」
焦って、セレーノ様は席を立ったが、その時にはビル様はいらっしゃらなかった。
なかなかインパクトがあった。ただの物腰柔らかな老紳士って感じなのに、あんなになることもあるのね。
「ビルさんって、あんなに面白い方だったんですね」
「面白いことあるか、くそっ。完全に勘違いしてやがる」
セレーノ様は乱暴にフォークでお肉を突き刺すと、口に押し込んだ。
食べ方が随分とワイルドだけど、これが普段のセレーノ様なのかもしれないな、と思う。
「勘違いって何ですか?」
「俺と姫さんが、その……したと思ってるんだろ……」
「したって何をです?」
「そりゃあ……その、夫婦の営みを」
夫婦の営み……要するにビルさんは私たちがやるべきことをやっていると勘違いしたのか。
「まぁ。なんでそんな勘違いを?」
「姫さんが気持ちいいとか、俺ともっと……とか言うからだろうが」
「でも、いいじゃないですか。ビルさん、喜んでましたし」
「だからと言って、間違った内容を――」
「じゃあ、本当にしちゃいましょう!」
私がそう言って両手を叩くと、彼は顔を赤くした。
「ば、馬鹿言うなっ!」
その反応からするに、少しは前進できたのかも。
「ふふふっ、次こそは逃がしませんからね!
私、いっぱい勉強して、上手にセレーノ様を誘惑してみせます!」
私が拳を握りしめて、そう決意してみせるが、セレーノ様は呆れたように頬杖を付く。
「せいぜい頑張れよ」
「そんな残念なものを見る目で見ないでください!」
結局、ビル様が二人にしてくれたにも関わらず、私はセレーノ様に揶揄われて、朝食を終えたのだった。
★ ☆ ★
「あ、ビルさん! ここにいたんですね!」
私が厨房をひょこっと覗き込むと、ビルさんは驚いたようにこちらを振り返る。料理長と話し込んでいた様子からして夕食の支度について話していたのかな?
「奥様! こんなところにいらっしゃらずとも呼んでいただければ参りましたのに!」
「いいのよ、みんな忙しいだろうし。それにセレーノ様の許可もいただいたから、お屋敷の中を見てまわりたかったの」
私は嫁いでからこの日までずっと自室で過ごしていた。
許可が出た時しか部屋から出れない生活を何年も続けていたため、勝手に出てはいけないと思っていたのだ。
しかし、お優しいセレーノ様なら……と思い、部屋から出ていいか朝食の終わりに聞いてみたところ、「好きにすればいい」とあっさりと許可をいただけた。
「そうですか。使用人も皆、奥様が部屋から出て来て喜んでおりますよ」
「みんなの邪魔をしないよう気をつけるわ!」
「とんでもない! 旦那様と奥様のお屋敷ですから、どうか好きなようにお過ごしになってください」
「ありがとう……」
私が御礼を言うと、ビルさんは目尻の皺をより深くして笑った。
「それに私のことはどうぞ、ビルとお呼びくださいね。
この屋敷の奥様なのですから」
「そうだった。セレーノ様にも注意されたんだったわ」
「ふふっ。旦那様と本当に仲がよろしいようで」
「仲良くできるように努力してるところよ。
それでね、ビルに用意してもらいたいものがあるの」
私は次回に備えるべく、ビルにあるものをお願いしたのだった。
「どうしたんだ? 姫さん」
翌朝、私はセレーノ様と二人で朝食を摂っていた。
今日は早くには仕事に行かず、珍しく待ってくれていたらしい。
だが、よく考えたら、昨日のことは納得がいかない。
私の告白をはぐらかし、逃げようとしたかと思えば、子供扱いして寝かしつけられてしまった。
「よく考えたら、あれはずるくないですか?」
「じゃあ、寝なければよかっただろう」
「セレーノ様の手が気持ちいいのが悪いんです。大体私はもっとセレーノ様と――」
「おいっ、そんなこと話すな!」
キーン……
何かが金属が落ちたような音が部屋に響く。
その方向を見れば、執事長のビルさんが金属製のお盆を落としたようだった。
お盆はコロコロと転がってきて、私の足元に落ち着いた。
セレーノ様は、どこか困ったように頭をがしがしと頭を掻いている。
一体どうしたんだろう?
とりあえず私は足元のお盆を拾い上げた。
「あの、これ……」
私が声を掛けると、執事長がカツカツと歩み寄ってきた。
「奥様、ありがとうございます!」
「へ?」
キラキラした瞳で、見られてもなんでお礼を言われているかわからない。
「ご主人様に仕えて、苦節二十五年。こんな日はもう来ないだろうと私、諦めかけておりました……
しかしっ! ここに来て! ようやく! 素晴らしい奥様をお迎えできたこと、心から嬉しく思います!」
「嬉しいわ。どうもありがとう!」
ビルさんは目に涙を浮かべて、今にも泣きだしそうだ。
「実は私、大変申し訳ないことに、奥様を初めてお迎えした時にあまりにも若く、綺麗な方なので、これはご主人様が相手にしてもらえないかもしれない、と思っていたのです。しかし! 私の心配などよそにお二人は既に愛を育まれていたのですね! 素晴らしい! これが運命の出会いなのでしょうか!!」
「そうよね! 私もそう思うわ!」
「おい、勘違いするな」
セレーノ様がそう言って睨みつけても、ビルさんには全く効いてないみたい。
「はいはい。ご主人様は素直でないんですから~!
では、私はこの素晴らしい事実を使用人の皆に伝えて参ります!
ふふふっ……お二人でごゆっくり、どうぞ」
「おいっ、待て! ビル!!」
焦って、セレーノ様は席を立ったが、その時にはビル様はいらっしゃらなかった。
なかなかインパクトがあった。ただの物腰柔らかな老紳士って感じなのに、あんなになることもあるのね。
「ビルさんって、あんなに面白い方だったんですね」
「面白いことあるか、くそっ。完全に勘違いしてやがる」
セレーノ様は乱暴にフォークでお肉を突き刺すと、口に押し込んだ。
食べ方が随分とワイルドだけど、これが普段のセレーノ様なのかもしれないな、と思う。
「勘違いって何ですか?」
「俺と姫さんが、その……したと思ってるんだろ……」
「したって何をです?」
「そりゃあ……その、夫婦の営みを」
夫婦の営み……要するにビルさんは私たちがやるべきことをやっていると勘違いしたのか。
「まぁ。なんでそんな勘違いを?」
「姫さんが気持ちいいとか、俺ともっと……とか言うからだろうが」
「でも、いいじゃないですか。ビルさん、喜んでましたし」
「だからと言って、間違った内容を――」
「じゃあ、本当にしちゃいましょう!」
私がそう言って両手を叩くと、彼は顔を赤くした。
「ば、馬鹿言うなっ!」
その反応からするに、少しは前進できたのかも。
「ふふふっ、次こそは逃がしませんからね!
私、いっぱい勉強して、上手にセレーノ様を誘惑してみせます!」
私が拳を握りしめて、そう決意してみせるが、セレーノ様は呆れたように頬杖を付く。
「せいぜい頑張れよ」
「そんな残念なものを見る目で見ないでください!」
結局、ビル様が二人にしてくれたにも関わらず、私はセレーノ様に揶揄われて、朝食を終えたのだった。
★ ☆ ★
「あ、ビルさん! ここにいたんですね!」
私が厨房をひょこっと覗き込むと、ビルさんは驚いたようにこちらを振り返る。料理長と話し込んでいた様子からして夕食の支度について話していたのかな?
「奥様! こんなところにいらっしゃらずとも呼んでいただければ参りましたのに!」
「いいのよ、みんな忙しいだろうし。それにセレーノ様の許可もいただいたから、お屋敷の中を見てまわりたかったの」
私は嫁いでからこの日までずっと自室で過ごしていた。
許可が出た時しか部屋から出れない生活を何年も続けていたため、勝手に出てはいけないと思っていたのだ。
しかし、お優しいセレーノ様なら……と思い、部屋から出ていいか朝食の終わりに聞いてみたところ、「好きにすればいい」とあっさりと許可をいただけた。
「そうですか。使用人も皆、奥様が部屋から出て来て喜んでおりますよ」
「みんなの邪魔をしないよう気をつけるわ!」
「とんでもない! 旦那様と奥様のお屋敷ですから、どうか好きなようにお過ごしになってください」
「ありがとう……」
私が御礼を言うと、ビルさんは目尻の皺をより深くして笑った。
「それに私のことはどうぞ、ビルとお呼びくださいね。
この屋敷の奥様なのですから」
「そうだった。セレーノ様にも注意されたんだったわ」
「ふふっ。旦那様と本当に仲がよろしいようで」
「仲良くできるように努力してるところよ。
それでね、ビルに用意してもらいたいものがあるの」
私は次回に備えるべく、ビルにあるものをお願いしたのだった。
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