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1. その気にさせてみせましょう⑷
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呆然とするセレーノ様。
「………………は? 夢、か?」
ふふ、唖然としちゃって可愛い。
興味を引けたようで嬉しくなった私は、調子に乗って、彼の指先を掴んだ。
「夢じゃないですよ。一目惚れってやつですね」
「う、嘘だ……。信じられない……」
セレーノ様は信じたくないように首をブンブンと振る。
「私も信じられなかったです。こんな幸運が私に起こるなんて。
本当なんですよ。信じてほしいです」
私は彼の手を取って、その大きな掌にキスを落とした。
本当に大きな手。私の顔がすっぽり入ってしまいそう。
でも、温かくて、優しくて、少しごつごつしたこの手が好きみたい。
頑張って戦ってきたセレーノ様の手。
私はその手を労わるように、彼の手のひらを頬にぺたっとくっつけた。
あぁ、気持ちいい。
ずっとくっついていたいなぁ……なんて思っていたのに。
彼は急に立ち上がって一言。
「……今日は帰る」
「あっ! ずるい! 逃げるんですか?」
立ち上がる彼の手を思いきり引っ張る。
「おいっ! 離せ! さ、さ、触るな!」
「嫌です! 私の好きにしていいって言いました!」
「今は……今は、とにかく駄目だ!」
絶対離してやるもんか! 私の気持ちが伝わるまで離してやらない。
しかし、やはりセレーノ様は屈強で、私の制止などお構いなしにズンズンと扉に向かう。
その時――
「きゃっ!」
私は、カーペットに躓いて、転んでしまった。
すかさずセレーノ様が私を抱きとめてくれる。
大きくて、温かな腕の中。こんな風に人のぬくもりを感じるなんていつぶりだろうか。
それになんだかセレーノ様はいい匂いがする……
私は気付けば彼の分厚い胸板にすり寄っていた。
「ちょっ……そんなにくっつくな……」
「だって、セレーノ様、いい匂い……」
太陽のような安心する匂い。セレーノ様にぴったりの匂いだ。
「や、やめろ。大体、なんでさっきから意味もなく、スリスリしてくるんだ。
俺が変な気でも起こしたらどうするんだ」
「はっ! そうでした! セレーノ様をその気にさせるんでした!
えっと、えっと……じゃあ、んっ!!」
私は唇を突き出し、やる気満々でぐぐっと距離を詰めてみたけども……
なんか残念な目で見られているような……
「じゃあ……ほら」
けれど、セレーノ様が手を広げてくれた。
やった! その気になったのね!
私は喜んで彼に飛びつこうとしたのだが……
セレーノ様の手は私の背中ではなく、私の脇の下に差し込まれた。
「へ?」
まるでペットのように抱っこされて、ベッドに運ばれてしまった。
そして、何が起こったのか分からない間に、丁寧に布団を掛けられ、頭を撫でられる。
「もう子供は寝る時間だ。寝ろ」
セレーノ様はゆっくりゆっくり私の頭を撫でてくれる。
「私、ねむくなんてないです」
唇を尖らせて、そう訴えても。セレーノ様はその手を止めてくれなくて。
眠くなんてないはずなのに、彼の大きな手が気持ち良くて、どんどん瞼が重くなっていってしまう。
「今日は特別サービスだ。眠るまでいてやる」
「いやです。その気にさせるつもりだったのに……」
「でも、眠そうだぞ? 今日は無理するな。俺たちには時間なんていくらでもあるだろう?」
時間なんていくらでもある……
その言葉に嬉しくなった。ここにずっといてもいいと許してもらえた気がした。
「んー、わかりました。じゃあ、セレーノ様のこともっと教えてください」
「何が知りたい?」
「好きな食べ物は?」
「そうだな……」
結局、私はセレーノ様とたわいもない話をしながら、そのまま大きな手に誘われて、すっかり目を閉じてしまったのだった。
★ ☆ ★
「……ふぅ……。完全に寝たようだな」
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聴こえる。
とても気持ちよさそうに眠るその姿が愛らしくて、ついこちらも笑みが漏れてしまう。って何を思っているんだ、俺は。
姫さんがこの屋敷に来て一週間。俺は仕事で忙しく、顔もろくに見れなかったが、屋敷の皆の反応は悪くなかった。部屋からは一向に出てこないらしいが、給仕などをすれば笑顔で御礼を言い、横柄な態度を取ることはないようだ。
あの帝国の姫さんだから、わがまま放題の小娘であることも想定していたが、予想は当たらないものだ。
しかも……
俺を好きだなんて、ありえないことを言うから、つい動揺してしまった。
小さな彼女をすっぽり覆い隠してしまうほどの体格な上に、年齢は十五も上だ。そんな俺に恋をしただなんて。
「……馬鹿なことを考えるな。ありえない。そんなことあるはずがない」
王弟という身分からして、すり寄ってくる女は少なくなかったが、皆、裏では私のことを怖がっていた。
大きな体格に、化け物じみた力……
「ただ若いから大人への憧れを恋心と勘違いしてるだけだ……
彼女もいつかは離れていく。それに純粋なふりをしているだけで、何か企みがあるのかもしれない……」
そう自分に言い聞かせるのに、彼女から離れようと思うのに、身体が上手く動かない。
子供のように安心しきった寝顔……もっとずっと近くで見ていたい。
最初に見た時から彼女は美しかった。
無垢で、真っすぐで、何者にも穢されていない、美しい姫。
それでありながら、よく笑い、よく話し、無邪気で……
美しい銀髪を揺らしながら、彼女の蒼い瞳は、いつでも私を真っすぐに見つめた。
「だからこそ……駄目なんだ……」
細く柔らかな銀髪に触れると、さらさらと指から零れ落ちていく。まるで分不相応だと言われているようだ。
なのに……
「むにゃ、むにゃ……。セレーノ、さま……」
そう言ったかと思えば、寝返りを打って、俺にすり寄ってくる。
「はぁ……全く勘弁してくれよ……」
俺は暫く彼女のベッドから去ることが出来なかった。
「………………は? 夢、か?」
ふふ、唖然としちゃって可愛い。
興味を引けたようで嬉しくなった私は、調子に乗って、彼の指先を掴んだ。
「夢じゃないですよ。一目惚れってやつですね」
「う、嘘だ……。信じられない……」
セレーノ様は信じたくないように首をブンブンと振る。
「私も信じられなかったです。こんな幸運が私に起こるなんて。
本当なんですよ。信じてほしいです」
私は彼の手を取って、その大きな掌にキスを落とした。
本当に大きな手。私の顔がすっぽり入ってしまいそう。
でも、温かくて、優しくて、少しごつごつしたこの手が好きみたい。
頑張って戦ってきたセレーノ様の手。
私はその手を労わるように、彼の手のひらを頬にぺたっとくっつけた。
あぁ、気持ちいい。
ずっとくっついていたいなぁ……なんて思っていたのに。
彼は急に立ち上がって一言。
「……今日は帰る」
「あっ! ずるい! 逃げるんですか?」
立ち上がる彼の手を思いきり引っ張る。
「おいっ! 離せ! さ、さ、触るな!」
「嫌です! 私の好きにしていいって言いました!」
「今は……今は、とにかく駄目だ!」
絶対離してやるもんか! 私の気持ちが伝わるまで離してやらない。
しかし、やはりセレーノ様は屈強で、私の制止などお構いなしにズンズンと扉に向かう。
その時――
「きゃっ!」
私は、カーペットに躓いて、転んでしまった。
すかさずセレーノ様が私を抱きとめてくれる。
大きくて、温かな腕の中。こんな風に人のぬくもりを感じるなんていつぶりだろうか。
それになんだかセレーノ様はいい匂いがする……
私は気付けば彼の分厚い胸板にすり寄っていた。
「ちょっ……そんなにくっつくな……」
「だって、セレーノ様、いい匂い……」
太陽のような安心する匂い。セレーノ様にぴったりの匂いだ。
「や、やめろ。大体、なんでさっきから意味もなく、スリスリしてくるんだ。
俺が変な気でも起こしたらどうするんだ」
「はっ! そうでした! セレーノ様をその気にさせるんでした!
えっと、えっと……じゃあ、んっ!!」
私は唇を突き出し、やる気満々でぐぐっと距離を詰めてみたけども……
なんか残念な目で見られているような……
「じゃあ……ほら」
けれど、セレーノ様が手を広げてくれた。
やった! その気になったのね!
私は喜んで彼に飛びつこうとしたのだが……
セレーノ様の手は私の背中ではなく、私の脇の下に差し込まれた。
「へ?」
まるでペットのように抱っこされて、ベッドに運ばれてしまった。
そして、何が起こったのか分からない間に、丁寧に布団を掛けられ、頭を撫でられる。
「もう子供は寝る時間だ。寝ろ」
セレーノ様はゆっくりゆっくり私の頭を撫でてくれる。
「私、ねむくなんてないです」
唇を尖らせて、そう訴えても。セレーノ様はその手を止めてくれなくて。
眠くなんてないはずなのに、彼の大きな手が気持ち良くて、どんどん瞼が重くなっていってしまう。
「今日は特別サービスだ。眠るまでいてやる」
「いやです。その気にさせるつもりだったのに……」
「でも、眠そうだぞ? 今日は無理するな。俺たちには時間なんていくらでもあるだろう?」
時間なんていくらでもある……
その言葉に嬉しくなった。ここにずっといてもいいと許してもらえた気がした。
「んー、わかりました。じゃあ、セレーノ様のこともっと教えてください」
「何が知りたい?」
「好きな食べ物は?」
「そうだな……」
結局、私はセレーノ様とたわいもない話をしながら、そのまま大きな手に誘われて、すっかり目を閉じてしまったのだった。
★ ☆ ★
「……ふぅ……。完全に寝たようだな」
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聴こえる。
とても気持ちよさそうに眠るその姿が愛らしくて、ついこちらも笑みが漏れてしまう。って何を思っているんだ、俺は。
姫さんがこの屋敷に来て一週間。俺は仕事で忙しく、顔もろくに見れなかったが、屋敷の皆の反応は悪くなかった。部屋からは一向に出てこないらしいが、給仕などをすれば笑顔で御礼を言い、横柄な態度を取ることはないようだ。
あの帝国の姫さんだから、わがまま放題の小娘であることも想定していたが、予想は当たらないものだ。
しかも……
俺を好きだなんて、ありえないことを言うから、つい動揺してしまった。
小さな彼女をすっぽり覆い隠してしまうほどの体格な上に、年齢は十五も上だ。そんな俺に恋をしただなんて。
「……馬鹿なことを考えるな。ありえない。そんなことあるはずがない」
王弟という身分からして、すり寄ってくる女は少なくなかったが、皆、裏では私のことを怖がっていた。
大きな体格に、化け物じみた力……
「ただ若いから大人への憧れを恋心と勘違いしてるだけだ……
彼女もいつかは離れていく。それに純粋なふりをしているだけで、何か企みがあるのかもしれない……」
そう自分に言い聞かせるのに、彼女から離れようと思うのに、身体が上手く動かない。
子供のように安心しきった寝顔……もっとずっと近くで見ていたい。
最初に見た時から彼女は美しかった。
無垢で、真っすぐで、何者にも穢されていない、美しい姫。
それでありながら、よく笑い、よく話し、無邪気で……
美しい銀髪を揺らしながら、彼女の蒼い瞳は、いつでも私を真っすぐに見つめた。
「だからこそ……駄目なんだ……」
細く柔らかな銀髪に触れると、さらさらと指から零れ落ちていく。まるで分不相応だと言われているようだ。
なのに……
「むにゃ、むにゃ……。セレーノ、さま……」
そう言ったかと思えば、寝返りを打って、俺にすり寄ってくる。
「はぁ……全く勘弁してくれよ……」
俺は暫く彼女のベッドから去ることが出来なかった。
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