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1. その気にさせてみせましょう⑵

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 こうして私は一目惚れをした方と夫婦になったわけだが……私はベッドの上で首を傾げた。

 「なんで来ないのかしら?」

 無事に結婚式を終えて、迎えた初夜。
 しかし、待っても待ってもセレーノ様は来ない。

 時計の針も真上を指し、諦めたその時、ようやく扉が開いた。

 「セレーノ様!」

 遅れるような人にはそっけない対応でもしてしまおうかと考えていたのに、つい嬉しさのあまり、駆け寄ってしまう。

 しかし、彼は、信じられないものを見るかのように固まってしまった。

 「……どうか、されましたか?」

 私が下から覗き込むようにそう尋ねると、彼はわざとらしく咳払いをして、目を逸らした。

 「どうかしてるのは姫さんの方だろうが。窓から灯りが見えたから、まさかと思って来てみたが……

 なんでこんな時間まで起きてる?」

 「なんでって……今日は初夜ですよね?」

 「……俺と初夜を過ごすつもりだったなんて言わないよな?」

 なんでそんなことを言うのだろうか……私は唇を噛んだ。

 政略結婚でも、夫婦は夫婦だし、初夜は初夜だ。
 それを期待することさえ許されないのだろうか。

 「そんなに……私が嫌ですか?」

 『嫌じゃない』と彼が一言言ってくれるだけで良かったのに、私の耳に届いたのは、いかにも面倒くさそうな彼の溜息だった。

 「はぁ……姫さんが嫌だとか、そういう話をしているんじゃなくだな……」

 「話を逸らさないでください!
 私のことが……嫌い、なんでしょ……っ」

 「だから、そんなことじゃなく――」

 眉間に皺を寄せて、機嫌の悪そうな声。
 まるで怒っているみたいで……

 「う……グスっ……。……ふぇ、グスっ」

 運命の人だと思ったのに、素敵な人だと思ったのに!
 抱きしめてもくれないどころか、怒られるだなんて。

 私はあまりの悲しさに、気付けば泣いていた。

 彼は困った顔をしながらも、私をソファまで誘導して隣に座り、背中にそっと手を置いた。

 「明日、目が腫れちまうぞ?」

 彼が優しく背中をさすってくれる。面倒そうにはするくせに、私のことを放置して帰ったりしない。

 やっぱりセレーノ様は、優しい人なんだろう。

 暫くして、ようやく涙が止まってくる。

 「すみません……泣くなんて」

 「ほんとだよ……ったく。まじでお子ちゃまだな、姫さんは」

 呆れたような溜息が頭上から聞こえて、また泣きそうになるけど、私は唇を噛みしめた。

 「だから……、ですか?」

 「は?」

 「私が子供っぽいから、初夜を過ごしてもくれないんでしょう?」

 「また、訳のわからんことを……」

 顔を上げて彼をキッと睨むと、また面倒そうな顔をしている。でも、ここで引き返すわけにはいかない。

 「そうじゃないなら、初夜を過ごしたくない理由を教えてください!」

 ぐいっと身体を近づけ、彼を問いただすと、彼は身体をのけ反らせて、私から距離を取ろうとする。

 「わかった! わかったから近づくな!
 お、俺は十五も下の子供に手を出す趣味はないんだ!」

 両手をあげて、降参するようなポーズをする彼。

 「やっぱり……!」

 「というわけだから、諦めろ。な?
 それに姫さんもいつか俺に感謝する日が来るって」

 「そんな日は来ません! なんで……私たち夫婦なのに……
 ねぇ? どうやったら……抱いてくれますか?」

 「抱いてって……。全く姫さんは欲求不満なのか?
 なら、愛人でもなんでも囲えばいい」

 ありえないっ! 初夜でそんなことを言うなんて!!
 私は頬を膨らませて抗議した。

 「酷いっ! あまりにも酷すぎます!私は欲求不満なんかじゃないですし、それどころか経験もありません!
 私の旦那様はセレーノ様なんだから、セレーノ様と結ばれたいと思うのは普通でしょう?!」

 「結ばれたいって……何馬鹿なことを……」

 いよいよセレーノ様は頭を抱えてしまった。

 「とりあえず、私が子供だから抱けないというのはわかりました」

 「なら、話は終わり――」

 「終わらせません!

 私が子供で抱けないと言うなら、私が大人になればいいんですよね?」

 「そんなことしなくていい」

 「嫌です。私にも努力する余地があってしかるべきです」

 セレーノ様の瞳をじっと見つめる。ここで引き下がるつもりなんてない。

 だって、せっかく一目惚れした人と夫婦になれたんだもの。
 私だって……誰かに愛してもらいたい……

 そして、その相手は他でもないセレーノ様がいい。

 セレーノ様はそんなに私が嫌なのか、なんとか顔を背けようとするが、私は距離を詰め、見つめ続けた。

 「や、やめてくれ。わかったから、それ以上こっちを見るな。

 じゃあ、こうしよう。俺をその気にさせたら抱いてやる」

 「その気……?」

 その気……ってセレーノ様が私を抱きしめたいと思うようにってことよね?

 とは言っても、帝国では女性側が閨教育を受けることはない。

 もちろん私も何も知らず、結婚が決まってから付けられた家庭教師から聞いたことと言えば……

 『夜のことは男性にお任せすればよろしいのです』の一言のみ。

 だから、どのようにそういう流れに持っていくのかなどわかるはずもない。

 「俺は、週に一度だけこの夫婦の寝室に来るようにする。
 俺からは何も手出しはしないが、姫さんは好きなようにやればいい。出来るもんならな」

 ニカッと笑う顔が憎たらしい……けど、かっこいい。

 そして、きっとセレーノ様は私みたいな帝国の姫にそんなことできないと思ってこの提案をしているに違いない。

 でも……
 諦めてなんてやるもんか。

 「本当に、私がセレーノ様をその気にさせたら抱いてくれるんですね?」

 こうして私はセレーノ様を誘惑することに決めたのだった。




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