女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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番外編 ヴァンとセイ

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 エアロがシルヴィの父に挨拶に行ってから数日後、王都のはずれにある小さな小屋の中で、男達は向かい合っていた。その小屋には似つかわしくない上等な紅茶の香りが室内に漂う。

 「今日はどうしたんじゃ?…エアロ君?」

 「…あんたにそう呼ばれると寒気がする。
 いつもの通りに呼べ。」

 「そうかの?わしは品行方正なエアロ君と話したいもんじゃがのぉ。まぁ、良い。この小屋にいる間はワシもパデルではないのでな。
 で、ヴァン。今日は何の用じゃ?」

 「シルヴィのことだ。シルヴィの父も、母親がどこの血筋か知らなかった。
 ……賢者のあんたなら知ってるんだろう?セイ。」

 セイは、ニヤリと笑う。

 「なんじゃ。今日は立場が逆じゃな。いつもはお前さんから情報をもらっとんのに。報酬はなんじゃ?」

 ヴァンは、不機嫌な顔を隠そうともしない。

 「……次の依頼はタダで受ける。
 それでいいだろ?」

 「はっはっはっ!じゃあ、次の依頼はよく吟味して、頼まなきゃいかんなぁ。」

 セイの笑い声が小屋に響く。

 セイはこの世界にいる三賢者のうちの一人であった。あらゆる情報を知り、この世の歴史を密かに記録している。しかし、彼らがあらゆることを知っているとは言え、現在起こっていることの情報を全て集めるのは限界がある。
 そこで賢者らは自分の目や耳として、情報屋を使ってきた。賢者・セイにとって、ヴァンはここ最近のお気に入りだった。だから、初めて指揮官室で会った時は驚いたものだった。
 普段のヴァンからは想像もつかないような全く違う話し方に表情。そして…本気でシルヴィを愛しているらしいということに。

 「はぁ…。さっさと教えろ。
 …知ってるんだろ?シルヴィの母親について。」

 「そんなに気になるか?コティーズ国の血筋だとしても、かなり遠い血だろうし、そんなに気にしなくても良いだろうに。同じ血筋だったら、シルヴィを諦めるのか?」

 ヴァンは、セイに聞こえるように舌打ちをする。

 「そんなわけない。ただ俺はシルヴィの全てを知りたい。…護りたいだけだ。」

 「そんな弱い女じゃないがな。
 このわしが指導したからの。」

 「それは分かってる。だが、強いから護らなくていいって話じゃない。シルヴィ自身も周りもシルヴィが強いと…シルヴィは護る側だと思ってる。
 だからこそ、俺が護る。」

 ヴァンがじっと紅茶を見つめながら、決意した表情を浮かべるのを見て、セイは密かに笑った。

 「そうじゃな。
 …お主くらいは知っといても良かろう。

 ヴァン。シルヴィは、風の民の血筋じゃ。」

 「…風の民?」

 セイは頷く。

 「風の民は、ドラゴンに愛された民族じゃ。少人数で洞窟の中と転々としながら暮らすのが常でー」

 「…俺はおとぎ話を聞きに来たわけじゃー」

 セイが鋭い視線をヴァンに向ける。

 「……真剣に聞け。ふざけてなんかおらぬ。
 ドラゴンはいるんじゃ。ここ百年は姿を見せておらぬが、ドラゴンはこの世にいる。

 信じられぬなら話さぬ。」

 セイは席を立とうと机に手をつく。

 その手をヴァンはガシッと掴んだ。

 「悪かった。信じる。
 …話してくれ。」

 セイは席に座り直した。

 「風の民の一族は、数十年前まで確かに存在した。しかし、一族の規模が小さいため、その存在を知っている者自体ほとんどいない。
 風の民の特徴は、薄い紫の瞳、そして風を読めることじゃ。」

 「…風を読める?」

 「あぁ。風の民は、昔ドラゴンに乗って移動していたと言う。だから、風を読むのが上手いし、風に乗るのも好きじゃ。
 シルヴィが剣舞姫と呼ばれていたのは知ってるな?あやつは無意識だろうが上手く風を読み、自分の身体を乗せる。
 おそらくお主が抱いて飛んでも、シルヴィは全く動じないだろう?それどころか喜んでいるんじゃないか?」

 ヴァンは目を丸くして答える。

 「あ、あぁ…。その通りだ…。」

 「常人じゃそうもいかない。騎士として色んな経験を積んできたマリエルでさえ、もう二度と空を飛びたくないと言っておったろう?」

 セイはヴァンに問う。ヴァンは、マリエルを抱いて飛んだ時のことを思い出し、頷いた。

 「このことからしても、シルヴィが風の民の末裔だと言うことは間違いないだろう。風の民の一族は、ここ数十年その存在を確認できておらぬ。ひっそりと生きているか…もしくは全員死んだかもしれん。」

 ヴァンは少し考えた素振りをした後に、セイに尋ねた。

 「その風の民が魔女の力を手に入れようとしたことはあるか?」

 セイは眉を顰める。

 「どういうことじゃ?」

 「俺の祖母の日記に紫の瞳の一族が魔女の力を狙っていた、という記述があったんだ。」

 「風の民がそんなことするはずがない。彼らは温厚で無駄な争いをするような一族ではないからの。大体強大なドラゴンが味方だというのに、魔女の力まで欲しがったりしないだろう。」

 「じゃあ、誰が…。」

 小屋の中に暫し沈黙が流れる。
 先に口を開いたのはセイだった。

 「……魔女の悪戯、かもしれないのぉ。」

 「…は?」

 ヴァンの間の抜けた顔を見て、セイが笑う。

 「はっはっ。魔女と言っても、お主の祖母や母親のことではない。この世に他の魔女がいることも知っておろう?」

 「…それは知っているが…。」

 「魔女ならば、少しの期間、人の瞳の色を変えるなど容易いことじゃ。ここからは私の持っている情報を基に推測したに過ぎんが…恐らくヴィンドの魔女の仕業じゃろうな。」

 「ヴィンドの魔女…。」

 ヴァンもその名だけは聞いたことがあった。ラボラの魔女に一番近い位置にいるのはヴィンドの魔女だと聞いたことがある。しかし、近いと言っても、この国からはかなり遠かったはずだ。コティーズ国よりももっと奥だと。そんな遠い所にいる魔女が何故祖母に悪戯なんてしたのかが分からなかった。

 「ヴィンドの魔女にサリ族が力を求めて会いに行った、とあると聞いたことがある。今から六十年近く前のことじゃが。しかし、ヴィンドの魔女は極度の面倒くさがりじゃ。人のために力を使うのなんてあり得ない。そこでラボラの魔女をサリ族に紹介した。」

 「そのサリ族とかいう奴らは、瞳の色が紫なのか?」

 「いや、特に珍しくもない茶色じゃ。瞳の色を変えたのは、ヴィンドの魔女だろう。あやつはコティーズ国王家を嫌っておるからな。コティーズ国王家の血筋だと思われる一族が色んなところで魔女の力を寄越せと騒げば、王家にも迷惑がかかる。ちょっとした悪戯のつもりだったんじゃないのかのぉ。」

 「なんでコティーズ国王家を嫌っていたんだ?その魔女は。」

 セイは、ククッと笑う。

 「ずっと昔に振られたらしいぞ。当時の王太子に。」

 ヴァンは拍子抜けして、呆れたように溜息を吐いた。

 「…そんなことで。」

 「ははっ。魔女は美しくプライドの高い者が多いからな。お主の母親のような魔女はほぼいない。魔女とはもっと利己的な存在じゃ。」

 ヴァンにはそう言われてもピンと来なかった。自分にとっての魔女は母であるシーラだけだし、他の魔女には興味もない。

 「…そういうもんか。」

 「ま、その先代のヴィンドの魔女も死んでおる。今は新しい魔女だから、気にすることもないじゃろう。」

 ヴァンは、祖母の日記を思い出しながら、呟いた。

 「そうか…。
 他の魔女の悪戯がとんだ勘違いを生んだんだな…。」

 耳聡くセイがその呟きを拾う。

 「…勘違いとは?」

 ヴァンは首を振って、微かに微笑んだ。

 「いいんだ。もう過ぎたことだから。」

 それを見て、セイもフッと笑う。

 「お主が納得してるならもう何も言うまい。

 あ、忘れておったが、お主とシルヴィの間に子供が出来れば、その子も風の民の特徴を持つ可能性があることも忘れるなよ。」

 ヴァンは不意にシルヴィとの子供の話を出されて、内心焦った。

 「…そういうことになるのか。」

 「はっはっ。風の民の末裔で、コティーズ国王家の血筋で、魔女の孫なんて随分と欲張りな子供になりそうじゃな。」

 「…出来るかどうか分からないだろ。」

 勿論子供が欲しくないわけではないし、シルヴィも出来れば自分との子供が欲しいと言ってくれてはいるが、出来ない可能性があることくらいヴァンも理解している。
 その可能性を想像し、少し拗ねたような口調になってしまう。

 それを見て、セイは楽しそうに笑った。

 「大丈夫じゃろ。魔女は確実に子孫を残そうとする故に懐妊するのも早い。お主にも魔力があるということは、その可能性も十分高い。

 …ふむ。…出す時に魔力を込めてみる、ということも出来るかもしれんな。身体の中で魔力を循環させておるんだろ?」

 セイは当たり前のように言うが、そんなことを考えたこともなかった。ヴァンは呆れたように答える。

 「…何、馬鹿みたいなことを。」

 セイがとぼけたように答える。

 「あながち嘘でもないと思うんじゃがのう。
 ここぞという時に試してみるのもありじゃぞ。」

 「勝手に言ってろ。

 じゃあな、俺は帰る。
 …教えてくれたことには感謝する。」

 そう言って、残りの紅茶をグッと飲み干し、足早に扉へ向かう。

 「くくっ。
 またな。依頼があれば呼ぶ。」

 ヴァンは返事もせずに出て行った。

 セイは、ヴァンの心の内が見透かすように分かった。
 これは早々と子供が出来るやもしれんな…と一人、小屋の中で静かに笑った。

 
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