女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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24.任命

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 父から結婚の許可を得て、私達は無事に結婚の手筈が整った。結婚式などは特にやるつもりはなかったが、シーラ様がドレスを作ってくれると張り切っているので、城の中でごく少人数で行うことにした。シーラ様とアクア様、父様と叔母様、パデル爺。あとはジルベルトとマリエルになる予定だ。
 シーラ様をお城に残したまま、外で結婚式を挙げるのは嫌だったし、私の父も特に盛大に挙げなくてもいいと賛成してくれた。シーラ様も喜んでくれた。

 結婚証明書を提出し、正式に夫婦になるのは、私が騎士団を辞めてからとなった。騎士団を辞めて、結婚したら家事をしっかりとやろうと思っている。苦手な料理や洗濯だって毎日やっていれば上達もするだろう。シーラ様のお手伝いで時々針子をやってもいいかもしれない。
 確かに少し寂しいが、もうエアロと離れることなんて考えられない。この選択に悔いは一片もない。

 そう思い、荷物の紐をキュッと縛る。
 エアロが扉を開けて、部屋に入ってくる。

 「シルヴィ、準備できましたか?」

 「えぇ、今、最後の荷物の準備が出来たところ。
 そんなに量も無かったしね。」

 「この量だったら、一回で十分運べそうですね。」

 「ありがとう。お願い。」

 私は一人暮らしをしていたこの家を出て、シーラ様のお城に行く。父が援助してくれたお金を使って、今、家を作っている最中だ。
 今日は荷物をエアロに運んでもらう日。明日、王宮で新副団長の任命式があるから、私はそこで解任されて、騎士団を辞めることになる。今日一日は実家に帰る予定だ。

 エアロが「あれ?」と声を上げる。

 「どうしたの?」

 エアロの手には捨てる物の箱に入れておいたはずの騎士服だった。

 「…捨ててしまうんですか?」

 「うん…なんかこんなの持ってるなんて、未練がましいじゃない?もう騎士はやめるんだし!!明日からは普通のシルヴィに戻るの。あー、やっと解放された気がする!」

 「シルヴィ…。」

 エアロが眉を下げて、私を見つめる。

 「エアロ…そんな顔しないの!
 本当に私、後悔してないのよ?

 一生一人きりで生きて行くと思ってたのに、エアロと出会って、私の人生は大きく変わった。毎日ドキドキして、楽しくて、愛おしくて…ずっとエアロといたいの。
 確かに騎士団を辞めるのは寂しいけど、そんなのは今だけよ。エアロがそばにいてくれたら、私はそれで幸せ。」

 私はそう言って、エアロに微笑みかけた。
 エアロは私をギュッと抱きしめた。

 「シルヴィ。愛しています…何よりも、誰よりも。」

 「えぇ…私も。」


   ◆ ◇ ◆


 翌日、私はジルベルトとドリーと一緒に王宮に来ていた。

 「あー、副団長なんてめんどくせぇ…。」

 文句を言うドリーを見て、ジルベルトが溜息を吐く。

 「一回やると決めただろうが。今さらごちゃごちゃ文句を言うな。」

 「はいはい、分かりましたよ、団長様。」

 私は二人を見て、笑う。

 「ふふっ。…ありがとね、ドリー。
 引き受けてくれて。」

 ドリーは十代の頃に結婚して、もう子供も三人いる。万が一の時に国のために命を捨てることに迷うかもしれないから、と以前副団長の打診を断ったことがあった。そして、私が副団長に任命されたのだ。
 しかし、今回ドリーは引き受けてくれた。

 ドリーはにかっと笑う。

 「気にすんな!副団長になって子供に自慢するかと思っただけだ。それに、どうせ俺はアランに副団長やらせる前の繋ぎだから、あと一、二年もしたらお役御免だろうよ。」

 「おい、二人ともそろそろ口を閉じろ。
 陛下が入られる。」

 私達は片膝をついて、頭を下げる。
 扉が開く音がして、陛下の足音が聞こえた。

 「面をあげよ。」

 陛下の厳かな声が響く。

 「これよりチューニヤ国王騎士団副団長の任命式を行う。

 まずは、現副団長シルヴィ・ショーターから副団長職の返還を。」

 「はい。」

 私は副団長の任を受けた時に賜った剣を返還する。剣と言っても形式上の物なので、実際に使うことはなく普段は指揮官室にジルベルトの剣と並んで壁に飾っている。

 私は剣を陛下に返還する。

 「これを以って、シルヴィ・ショーターの副団長職を解任する。

 …シルヴィ。今までご苦労であった。」

 「はっ。陛下の下で働けたことを光栄に存じます。」

 私はそう言って、陛下に礼をし、下がる。
 陛下の思わぬ労いの言葉に涙腺が緩む。

 続いて、新副団長の任命が行われる。

 ドリーが任命され、剣を受け取る。ドリーが珍しく緊張して、陛下に所信表明をする姿を見て、私は自分が副団長に任命された時のことを思い出していた。
 私が任命された時もあんな風に緊張してたっけ。でも、大好きな騎士団のために自分が何か出来ると思ったら嬉しくて…誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。大変なことも多かったけど、本当に騎士団が大好きだったな…。今までのことが思い出され、少し視界が滲む。

 ドリーへの任命が終わり、あとは陛下が退室するだけとなったところで、陛下が再び口を開く。

 「では、ジルベルト。次に行こうか。」

 「はっ。」

 …何事?次ってなんだろう。ジルベルトは扉の方に歩いていく。私はここにいて良いのかしら、とキョロキョロしていると、隣に立つドリーが笑った。

 「前向いて、じっとしとけ。」

 ドリーも何か知ってるの?訳がわからない。

 扉が開いたと思ったら、何人か入ってくる足音がした。前を向いているから、後ろにある扉から誰が入ってきたかは分からないが。

 「では、結婚証明書の提出を。」

 陛下が言う。
 …結婚?誰かが結婚するの?
 というか、私達はこのままでいいのかな…。

 そんなことを思っていたら、後ろからー

 「はい。」

 エアロの声がした。

 私は思わず振り返る。

 「エアロ?!」

 エアロが私にゆっくり近づき、隣に立つ。

 ドリーはいつの間にか離れ、ジルベルトの隣に立っている。他にも第二王子殿下とアクア様までいる。

 「…え…ど、どういうこと…?」

 呆然とする私を見て、エアロがクスクスと笑う。

 「アクアに今日、証明書を提出すると話したら、直接陛下に提出したらいいと言うので。」

 少し離れたところで、しっかりとセレク殿下に腕を絡ませたアクア様が言う。

 「水くさいですわ、シルヴィお姉様!
 そんな大切な日に声をかけてくださらないなんて。
 ねぇ、セレク様?」

 殿下は蕩けるような瞳でアクア様を見つめて言う。

 「ふふっ。そうだね、アクア。
 こんなにおめでたい日なんだ、皆でお祝いしないと。」

 陛下まで笑っている。

 「そう言う訳だ。シルヴィ。

 さぁ、エアロ君。証明書の提出を。」

 「はい。

 ほら、シルヴィ?」

 そう言ってエアロは私に腕を差し出す。私はおずおずとその腕に手を添え、陛下の方に歩き出した。

 陛下の前で二人とも止まり、一礼する。

 「陛下。私、エアロとシルヴィ・ショーターの結婚を認めていただけるようお願い申し上げます。」

 エアロがそう言って、証明書を差し出すと、陛下はそれを受け取った。それを見て、頷くと言った。

 「ここに二人の結婚を認める。
 二人に神の祝福があらんことを。」

 室内に拍手が響き渡る。
 皆が笑顔で祝福してくれていた。それが心から嬉しかった。

 私はエアロをペシっと叩く。

 「もう!驚かせないでよ。
 大体、平民が陛下に直接結婚証明書を提出するなんて聞いたことないわ。」

 「まぁ、ちょっと特殊な平民なので。」

 「ちょっと、どころじゃないけどね。

 ふふっ。でも、ありがとう。嬉しい。」

 エアロは微笑み、私の頭を撫でた。

 「…でも、まだ続きがありますよ?」

 「続き?」

 私が首を傾げたところでジルベルトが後ろまで来ていた。

 「エアロ、交代だ。」

 「はぁ…本当はシルヴィの隣なんて誰にも渡したくないんですが、仕方ないですね。
 宜しくお願いします、ジルベルト。」

 エアロはそう言うと、ジルベルトと拳を合わせて、アクア様の隣に戻って行ってしまった。

 「シルヴィ、こっちだ。」

 ジルベルトはそう言うと、さっきの任命式の位置に立つよう私に指示した。

 陛下が咳払いし、口を開く。

 「では、これより騎士団の分隊である魔獣討伐隊隊長の任命式を行う。

 シルヴィ、前へ。」

 …は?私は固まる。
 魔獣討伐隊?隊長?騎士団の分隊?

 その時、セレク殿下が口を開く。

 「父上、分隊の説明が先かと。」

 「あぁ、そうだったな。

 実は以前から魔女殿の力を国が主導して、国民に解放したらどうかと言う議論があったんだ。しかし、魔女殿は力を使うことを嫌がっていたため、交渉は無理だと思っていた。十年前、交渉をした時もかなり渋っておられたからな。

 しかし、今回ジルベルトから相談を受けたんだ。『魔女殿の力は使い方さえ間違えなければ、その力に救われた自分のように多くの人を救う力になる。魔獣討伐を速やかに行える分隊を作れないか。』と。

 それを受け、私達は魔女殿の力について把握するところから始めた。魔女殿のご意向を聞く必要もあったしな。その役目は魔女殿と交流の深いウィンタール公爵夫人にお願いした。
 その結果、人の生死に直接関わる依頼でなければ、そこまで強い魔獣は生み出されないことが分かり、魔女殿も大きな危険なく魔獣討伐が出来るのであれば、是非この力を役立てて欲しいと先日、回答をいただいた。

 そのため、これからは国が依頼内容を精査した上で魔女殿に打診し、魔女殿が了承すれば力を持って使っていただくことにした。それと同時に魔獣討伐に特化した分隊を今回設けることにしたのだ。

 その初代隊長が、シルヴィ。君だ。」

 「…私が…初代隊長…。」

 呆然とし、呟く。
 しかし、ハッとして答える。

 「陛下。…も、申し訳ありませんが、私、結婚したら騎士団を辞めることになっているのです。

 …夫ともそのように話を。」

 陛下は、顎に手を当て、考える素振りをする。

 「そうなのかね?今回の件はジルベルトだけではなく、アクアを通してエアロ君からも相談を受けたことなんだが。」

 「えっ?!」

 思わずエアロの方を振り返る。
 エアロはいつものように微笑んで、私に頷いてくれた。

 …騎士団を辞めなくていいの?みるみる視界が歪み、私の瞳からは涙が溢れ出した。俯き、涙を流す私に隣に立つジルベルトが言う。

 「エアロは…
 自分の為に何かを諦めて欲しくない、と。
 シルヴィの全てを受け入れたいんだと言ってたぞ。

 …愛されてるな、シルヴィ。」

 「…ぐすっ…、…うん…!」

 私は溢れる涙をぐいっと拭った。
 微笑む陛下の顔をしっかり見つめる。

 「陛下。取り乱しまして、大変失礼致しました。

 有り難く、魔獣討伐隊初代隊長を務めさせていだきます。どうぞ今後とも当国の発展のために力を持って尽くして参りますので、何卒宜しくお願い致します。」

 陛下は満足そうに頷いた。

 「うむ。これからも宜しく頼む。

 其方の活躍は今後の女性団員の道しるべとなる事だろう。」

 私はこうして新たな任を受けることになった。
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