女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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23.影

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 そこからは、全てが順調に進んだ。

 アクア様は第二王子殿下との婚約が決まり、チューニヤ国の王宮に滞在することが決まった。一年後には正式に結婚することになる。二人は既に仲睦まじく、お互いを想いあっているのが伝わって来るし、二人が並ぶ姿は本当に絵になる。アクア様の美貌もあり、今やすっかり注目の的だ。

 また、アクア様はシーラ様にも再会を果たした。二人とも抱き合いながら、泣いていた。それを傍で見ていた私もつい泣いてしまった。隣にいたエアロが私の肩を抱いてくれた。二人はロイ様の話を中心に今までの時間を埋めるように沢山話した。話しても話しても時間が足りないようたった。ただ、魔女の力を継ぐかどうかは、国全体に関わる問題であるため、陛下も交えてよく話し合って決めることとなった。

 ついでに、隣国はあの後、すぐに内乱が起こり、王弟が国王に成り代わった。エアロはもうすぐ内乱が起こることは予測していたようだが、思ったよりも早かったですね、とニコニコ笑っていた。エアロは私を売れ、とストラ前国王が発言したことにすごく怒っていたから…もしかしたらどこかの情報屋が暗躍したのかもしれない。
 前国王は、王弟に討ち倒されたが、スカーレット姫は殺されることなく、修道院に送られることになった。そこでは、今までの振る舞いが嘘のように大人しく暮らしているそうだ。…どうか幸せになってほしい。

 そして、私達はと言うとー

 「…やはり少し緊張しますね。」

 「ふふっ。エアロでもそんなに緊張することあるのね。大丈夫よ、叔母さんからも今日行くって話してもらってるし、大体あの人は研究にしか興味ないって。」

 「そんなことないと思いますよ。お父様なりにシルヴィの幸せを祈ってると思います。だからこそ、ちゃんとご挨拶しないと。」

 エアロは私を見つめて微笑む。私もそれに微笑み返す。

 「ありがとう。まぁ、私の母のことについても確認しないとだしね。」

 「そうですね。では、行きましょうか。」

 私達はすぐに結婚することにした。ちゃんとした貴族でもないし、別に婚約期間なんて取らなくてもいいかという話になったのだ。エアロは父のことを気にしていたが。

 今日は私の父に結婚のお願いに来た。

 いつも通り、軋む扉を強めに押して開ける。服屋の近くに立つこの家は、私達が平民の頃からずっと暮らしてきた家だ。一代男爵として爵位を頂いてからも、父は変わらず研究に没頭し、この家に住んでいた。

 本が積み上がった机に突っ伏して、父は寝ていた。

 「はぁ…。父様!」

 私と同じストロベリーブロンドの頭が微かに動く。
 エアロは驚きで固まっている。私は近くに行って、身体を揺らす。

 「ねぇ!父様ってば!!」

 「…ん?シルヴィか?」

 父様は、頭を掻きながら、上半身を起こし、大口を開けて欠伸をする。

 「…もう。叔母さんから聞いたでしょ?
 今日は紹介したい人がいるから連れてくって。
 もう…しっかりしてよ、ほんと恥ずかしい…。」

 「ふわぁ…。…そんなこと言ってた気もするな。
 で、そのお相手はどこだ?」

 「そこにいるでしょ!エアロよ。」

 私は扉の近くで固まっているエアロを見る。
 父様は、エアロを見ると、慌てて机上の眼鏡を掛け、エアロに近づく。目の前まで行くと。顔にぐーっと顔を近づけ、瞳を覗き込んだ。

 「ちょっ…父様?!」

 さすがのエアロも私の父のおかしな行動に身体を逸らせている。

 「エアロ君…。君は…。
 君はなんて興味深い瞳をしているんだ!!
 ここまで綺麗な赤い瞳は初めて見た!!
 是非私の実験に協力してくれないか?!」

 「は、はぁ…。」

 「ちょっと父様!!何言ってるの?!
 今日は結婚の挨拶に来たの!研究のことは忘れて!」

 父様は、エアロの肩をがっちり掴む。

 「結婚のことは、二人で好きにしたらいい!!

 それより今はこの赤い瞳だ!!あぁ…素晴らしい…。
 シルヴィと結婚するということは、私の息子になると言うことだろう?
 そうなれば、実験にも協力してくれるね?」

 私は、ツカツカと父とエアロの間に割り入り、父と向かい合う。

 「はっ…シルヴィー」

 私は父が何かを言い終える前に父の額にデコピンをくらわせた。

 「ぎゃあぁあーっ!!」

 父は額を抑え、床に転がる。

 「父様?今日は結婚の挨拶に来たのです。研究の話をしに来たのではありません。
 …今すぐ机を片付けて、席に着きなさい!!」

 「…はい。」

 父様はしょんぼりとして、机を片付け始めた。私もエアロも手伝う。とりあえず机の上のものがなくなって、話せる状態になったところで、席に着く。

 父様が咳払いをする。

 「エアロ君、先程はすまなかった。
 つい研究に関することとなると我を忘れてしまって。

 私はシルヴィの父、アルバ・ショーターだ。
 いつもシルヴィが世話になっている。」

 「今日はお時間を取って頂き、ありがとうございます。

 遅れましたが、私エアロと申します。
 北の大地に住む魔女の息子です。

 この度はシルヴィさんとの結婚を認めていただきたくご挨拶に参りました。魔女の息子との結婚など不安に思われるかも知れませんが、必ずシルヴィさんを幸せにしますので、どうかー」

 父は、エアロの言葉を遮って、話し始める。

 「勝手にしたらいい。
 二人ともいい大人だし、シルヴィは私の物でも何でもない。別にエアロ君が相手でもそこら辺の酔っ払いが相手でも不安になんて思わないさ。シルヴィは妻に似て、聡明だからな。幸せになんてしてもらわなくても、シルヴィなら勝手に幸せになるから二人で楽しく生きなさい。」

 父様は何でもないことのように言う。

 「父様…。」

 私は父様にほとんど褒められた記憶がないので、不安に思わないとか、聡明だとか、私を信頼してくれているのだと感じて、密かに感動していた。

 エアロは父様の言葉に呆気に取られていたが、少ししてフッと微笑むと言った。

 「…そうですね。ありがとうございます。
 二人で楽しく生きていこうと思います。」

 父様は、ニッと笑ってくれた。
 結婚の許可が貰えたところで、私は今日のもう一つの本題について話を切り出した。

 「ねぇ、父様。これを機に教えてほしいんだけど…
 私の母様について教えてくれないかしら。」

 父様は、一気に渋い表情になり、俯く。
 口を固く閉し続ける父様を見て、私は続けた。

 「教えてもらえないなら…
 私達から話していいかしら?母様のことを。」

 父様は、パッと顔を上げる。

 「…何か…知ってるのか…?」

 私とエアロは顔を見合わせ、二人揃って頷く。

 「……何を知ってる?」

 私は口を開く。

 「母様は…コティーズ国のアンヌ様の影をやっていたんでしょう?」

 父様は、それを聞くと、大きく溜息を吐いた。

 「…何で知っている?」

 次はエアロが口を開いた。

 「実は私にはコティーズ国王家の血が流れています。
 …アンヌはわたしの叔母です。」

 父様は唖然とする。

 「じゃあ…君は…ロイ王太子殿下の…?」

 「はい。私は前国王ロイ・コティーズと、魔女シーラの息子なんです。」

 「…まさか。」

 「父様、本当なのよ。
 ねぇ、父様から直接、母様のことを聞きたいの。」

 父様は眼鏡を取り、目頭に手を当てた。

 「そこまで知ってるなら隠す必要もないな…。
 …分かった。母さんのことを話そう。」

 そう言って、父様は母様のことを話し出した。

 「お前の母であるレティは元々孤児院で育ったそうだ。それを幼い頃、ある組織に引き取られた。その中でレティは訓練され、コティーズ国の影として任務に着くことになった。」

 「孤児院…。影…。」

 「あぁ。レティは親を知らない。

 森の中に捨てられているのを、見つけられて孤児院に入ったらしい。紫の瞳を気味悪がった親が捨てたのかもしれないと言っていた。俺が見るからに、コティーズ国王家特有の紫とは少し質が違うから、すごく遠い国の出身なのかもしれない。
 影は…まぁ言うなれば王族の身代わりだな。本来は王族しか知らない機密だ。だから、シルヴィには今まで言えなかった。すまない。」

 父様は、少し頭を下げた。

 「私たちが出会ったのは、王宮の庭園だった。私は当時庭師だった。私は庭師の傍、新たな色の花の交配の研究や、作物の研究をしていた。

 庭園には二日に一度、王女殿下であるアンヌ様が花を見にやってくるのが、定例となっていた。庭師である私も殿下に話しかけて頂き、花の説明などをよくしていた。

 しかし、ある日からアンヌ様の眼の色が変化しているのに気付いた。研究のせいもあって、色の変化にはよく気付く方だったからな。それになんだか香りもいつもと違っていたんだ。

 アンヌ様はいつもの通り、私に話しかけてきた。でも、私にはアンヌ様に見えなかったので、『どちら様ですか?』と聞き返したんだ。」

 我が父ながら、なんて空気の読めない男なんだろうと思い、頭を抱える。

 「…父様、よく不敬罪に問われなかったわね。」

 「あぁ。庇ってくれたのは、アンヌ様に扮したレティだった。距離を取り、私と二人きりで話せるよう取り計らってくれた彼女は私が本人でないと見破ったことに驚きながらも、これからは気をつけるのよ、と微笑んでくれた。

 それから私は時々レティと話すようになった。ロイ王子殿下が行方不明になってからは、常に外に出るのはレティだったからな。

 私は私のつまらない話も熱心にニコニコと聞いてくれる彼女に恋をした。」

 父様が研究以外のことをこんなに嬉しそうに話すのを初めて見た。それを見て、本当に母様のことが好きだったんだな、と思った。

 しかし、父様は険しい顔をした。

 「…でも…レティは日に日に弱っていった。
 王子殿下が行方不明になってから、アンヌ様への攻撃は激しくなるばかりで…。その影を務めるレティも何度も危ない目に遭った。

 ある日…レティは言ったんだ。『こんな瞳じゃなかったら、私も普通に生きられたのかな…』って。」

 エアロはぐっと唇を噛み締めている。
 同じ王族として思うことがあるのかもしれない。

 「…私はレティを連れて逃げることを決めた。

 妹のジュジュがこの国にいたから、それを頼ってこっちに来た。すぐには見つけられなかったが、何とか会うことができ、ジュジュの助けを借りながら、私達は暮らし始めた。

 そして、レティはシルヴィを妊娠した。しかし、度重なる無理が祟り、レティの身体はシルヴィの出産に耐えられなかった。シルヴィを産んで、まもなくしてレティは亡くなった。」

 …私のせいで母様は亡くなった…
 思わぬ事実に戸惑いが隠せなかった。目にじんわりと涙が溜まる。
 私の様子を気にして、エアロが手を握ってくれた。

 「なんで…なんで私なんか産んだの…?
 私を産まなければ、母様は……。」

 やっとの思いで言葉を吐き出した。
 すると、父様は首を横に振った。

 「…レティが望んだんだ。愛する人との子供が欲しい、と。母になりたい、と。

 レティは産まれたばかりのシルヴィを抱いて、本当に嬉しそうに笑っていたよ。何度も『可愛い、可愛い』と言って、私が疲れるだろうと止めるまでずっとシルヴィを抱いていた。

 私はその姿を見て、シルヴィを産んだのは間違っていなかったと思った。シルヴィ…お前は普通を手に入れられなかったレティにとって、人並みに掴んだ初めての幸せだったんだ。私なんか…なんてそんな風に言ってやるな。レティが悲しむ。」

 父様はそう言って、笑った。
 私は涙を拭い、言った。

 「そう、だね。母様が私を産んでくれたお陰でこんなに私、幸せだもの…。
 …私、ちゃんと父様から母様のことが聞けて良かった。愛されて生まれてきたんだなって実感できた。」

 父様は、首を傾げる。

 「なに当たり前のことを言っているんだ?」

 「だって父様は研究に夢中で私のことには興味なさそうだったし。母様のことも話さないから、たまたま出来ちゃった子で本当は母様に逃げられちゃったのかなぁ…とか思ってたし。」

 父様は固まる。

 「…私の愛情は伝わってなかったのか…?」

 私は意味が分からず、答える。

 「伝わるも何も伝えたことなんてないでしょ。」

 私の答えに悲しそうに眉を下げる父様。

 「お前がこの家に住んでいる間は毎週花を一輪贈っていただろう?」

 「え、食卓の上の一輪挿しに刺さってた花のこと?あれは研究で使った花の余りかと。」

 父様は机を叩く。…びっくりするからやめて欲しい。

 「わざわざお前のために用意していたものだ!
 花言葉まで意識しながら選んでたのに!!

 毎月、お前の好きなチーズケーキも作ってやったろ?」

 確かに月の初めによくチーズケーキを作ってた。随分大きなのを焼いて、数日に分けて二人で食べていたっけ。父様は研究の傍らに食べていた気がする。

 「あれだけは自分で作るから、余程好きなんだなって思ってた。研究用のお茶菓子かと。」

 「あれはお前が六歳の頃にこれが大好きで、毎日でも食べたいと言うので、毎日は無理だから毎月と約束して作り始めたものじゃないか?!」

 …全く覚えてない。

 「そうだった?私、別に好きでも嫌いでもなかった。」

 父様はワナワナと震える。

 「毎年誕生日には本を贈った!」

 「…あんな難しい学術書が贈り物だったの?もう読まなくなったから、捨てろって意味かと。やけに綺麗だから取っておいてはあるけど…。」

 もう父様は机に突っ伏していた。小さな声で言う。

 「…時間はかかったが、研究して爵位を賜ったのもシルヴィのためなんだ……。」

 「え?!嘘でしょ?!なんで?!」

 少し顔を上げ、私を下から見上げる。

 「お前は美人だから…色んな男が寄ってくるだろうと。その時に好きになった相手が貴族なら平民じゃ結婚できないだろうと思って…。
 大体、私はシルヴィと団長殿は想い合っているものとばかり…。」

 …やばい。隣から黒いオーラが漂ってくる。
 私は慌てて否定した。

 「そ、そんなわけないでしょ!!ただ騎士団で長い時間一緒にいるってだけ!私もジルベルトも異性としてなんて、これっぽっちも見てないから!全然惹かれないから!私が好きなのは、エアロだけだから!私にはエアロじゃないと駄目だから!!」

 そうすると、父様は目を丸くした。

 「意外にシルヴィは情熱的なんだな…。
 まぁ仲が良いのは良いことだ。」

 そう言って、父様は笑った。
 思わず大きな声で言ってしまったが、父様の前で何を言っているんだろう、私は。顔が熱い。

 隣にいるエアロを盗み見れば、先程の黒いオーラはすっかり消え、微笑んでいた。

 私は話を変えた。

 「そう言えば、母様の所属してた組織が追ってきたりしなかったの?そこの一員だったんだよね?」

 「それがな…アンヌ様がその組織にレティは死んだと伝えてくれたらしいんだ。私は庭師の師匠にだけレティを連れて逃げることを伝えたんだが、その師匠から手紙が来てな。そこに書いてあった。」

 「アンヌ様が…。」

 「あぁ。アンヌ様がそう組織に伝えて下さらなかったら、私達は僅かな時間も共に過ごすことは出来なかっただろうし、シルヴィも産まれていないだろう。
 アンヌ様には感謝しかない。レティもアンヌ様のことは大好きだった。」

 そう言って、父様は微笑んだ。
 エアロが口を開く。

 「…私の親族のせいでそんな思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」

 父様は首を横に振った。

 「いや、エアロ君。レティがアンヌ様の影とならなかったら私達は出会っていなかっただろう。そういう運命だったんだ。私もレティも誰も恨んでなんかいない。人にはそれぞれ役割がある。人に言えない事情もある。大切なのはその中で自分がどう生きるか、だろ。

 私達が共にいた時間は普通の夫婦と比べると短かったが、とても…とても幸せな時間を過ごしたんだ。そこに何も後悔なんてないし、君が責任を感じる必要もないんだ。」

 「…ありがとう、ございます。」

 「ははっ。エアロ君は真面目で謙虚な人なんだね。王族だとは思えない。

 あ、そう言えば、結婚したらどこで暮らすんだい?まさかコティーズ国まで行ったりしないよな?」

 エアロが首を振って否定する。

 「それはないです。私はただ王家の血が流れているだけで、王族でも何でもない平民ですから。」

 父様はふぅ、と息をついた。

 「そうか…それを聞けて安心した。国を越えるとなると流石に寂しいからな…。王都で暮らすのか?」

 「暫くはシーラ様のお城で一緒に暮らそうと思ってるの。私達はずっと一緒にお城で暮らしても構わないんだけど、シーラ様がちゃんと私達の家を作った方が良いって。

 だから、お城のすぐ側に家でも建てるつもりよ。」

 「それはいいな!あ、ちょっと待て。」

 父様は奥に下がって、何かを探している。そして、何やら袋を取り出してきた。

 それを机にどんっと置く。

 「これを使ってくれ。」

 こんな大金を父様が持っているなんて知らなかった私は思わず目を見開く。

 「ど、どうしたの…このお金…。」

 「爵位を賜った時に頂いたんだ。俺はこの家で十分だし、使い道もない。ジュジュにやってもいいが…最近は潤ってるようだし。必要ないだろう。」

 「だけど、これは父様がー」

 「爵位を賜ったのはシルヴィのためだと言ったろう?だから、これはお前のものだ。」

 父様は真剣な表情をして、その袋をずいっと私たちの方に押しやった。いつにない真剣な眼差しに私は父様の厚意を有り難く受け取ることにした。

 「ありがとう…。」

 そう言うと、父様はにっこり笑った。



 

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