女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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20.情報

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 「まずは、おかえり。エアロ。」

 シーラ様がエアロに微笑み掛けると、エアロもそれに笑顔を返した。

 「シルヴィにも母上にもご心配お掛けしました。」

 「本当よ!三日もあれば戻ってくると思ったのに、全然戻らないんだもの!……何かあったんじゃないかって本当に心配したんだから。」

 話していてエアロがいない時期のことを思い出し、思わず視界が滲む。隣に座っているエアロは優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。

 「すみませんでした、シルヴィ。
 でも、もう二度とシルヴィが危険な目に会わないようにこれで終わらせたかったんです。そう出来る力が自分にあるかもしれないと思ったので。」

 シーラ様が首を傾げる。

 「力?情報屋の話?」

 今度は私が首を傾げる。

 「情報屋?」

 エアロが笑う。

 「あ、まだシルヴィには話してなかったんですけど…
 私、周辺国で情報屋をやっているんです。」

 「え?!何それ?
 そんな活動してる素振りなんてちっとも…。」

 「私はほとんど依頼人との接触と取りまとめしてるだけですからね。情報は友達が。」

 「友達?」

 シーラ様までクスクス笑う。

 「エアロはね、鴉に変身できるだけじゃなくて、鴉と話せるのよ。正しくは鴉に変身できるようになってから、そのお友達とやらに鴉とのコミュニケーションを教えてもらったらしいけど。」

 「…へぇ。」

 驚きすぎてコメントが見つからない。

 「なので、情報を集めるのは得意なんです。

 そして、私が最近集めていた情報は三つ。

 まず一つ目は、ストラ国王家を黙らせるような情報。
 二つ目は、胡椒が豊富に採れ、かつ輸出に応じてくれそうな国の情報。
 三つ目は、攫われた妹の行方。」

 私とシーラ様は黙ってエアロの話を聞く。

 「隣国の姫に会いに行く前、私は隣国に関する醜聞を掴んでいました。

 姫が父親である国王と関係を持ち、過去に子供を妊娠したこと。そして、国王がそれを薬を使い、堕胎させたことで、姫は子供が産めないこと。にも関わらず、二人はそれ以降も身体を重ねていること。

 国王は亡くなった王妃を深く愛していたらしいんです。その代わりだったんでしょう…王妃に似た姫を大層可愛がっていたそうで。それが姫が大きくなるにつれて、情欲まで抱くようになってしまったのではないかと思います。」

 先程も聞いたが、本当に聞いていて身体がゾッとした。

 「しかし、約一年前、二人の関係が変わる出来事がありました。国王が他の娘を姫に内緒で自室で囲うようになったのです。その娘は、隣国の町娘でした。

 私は情報屋として、数ヶ月前にその娘の捜索を依頼されていました。依頼者にその情報を伝えると、なんとか助け出してくれないかと泣きながら頼まれました。国に言っても行方不明だと処理され、全く動いてくれないのだと。私はあくまでも情報屋なので、そういうことはしていないのですが…実はその依頼者に以前、鴉姿の時に助けられたことがありまして。今回に限り、引き受けることにしました。

 しかし、よく深く調べるにつれ、国王がその娘に深く執着し、監視体制を強化したことが分かりました。特に王宮に入るには、厳しい審査がありました。

 だから、今回姫に夜の王宮に招かれたのは、彼女を救い出す良い機会だと思ったのです。」

 「言ってくれたら、何か手伝えたかもしれないのに…。」

 私が少し俯きがちに言うと、エアロは笑った。

 「そう言うと思ったから黙っていたんですよ。騎士団副団長が隣国の王宮に忍び込む手伝いなんてしたら、大問題でしょう?」

 確かにそれは大問題だけど…。

 「それに中に入れさえすれば、一人助け出すくらいどうってことないですよ。

 まぁ、そういう訳もあり、姫からの呼び出しに応じることにしたのです。

 それから、二人も知ってる通り、私は姫の呼び出しに応じ、隣国の王宮に行きました。特に問題なく、姫の部屋に案内されました。

 案内された私に姫は果実酒を出しました。案の定、その果実酒には大量の媚薬が仕込まれていました。正直、あの量だとおかしくなってしまう人もいると思います。まぁ、私は大丈夫でしたが。

 姫は私が持って行ったお酒を飲みました。ここらへんでは手に入らない貴重な物です。警戒するかと思ったのですが、目の前で毒見だと言って私が飲むと、安心して飲みましたね。そのお酒には事前に睡眠薬を仕込んでおいたので、すぐに姫は眠りました。」

 本当に姫とは何もなかったんだ…。分かってはいたけど、本人の口からしっかり聞けて、ほっとした。私は安心して息を吐いた。

 エアロはそれを横目で見て、笑う。

 「こうして指一本触れられることなく、私は姫の部屋を出ました。そして、王の部屋に向かいました。」

 私は尋ねた。

 「流石に王宮内にも監視の衛兵がいるでしょ?」

 「あぁ、それは鴉の姿で移動すれば、大抵は見つかりませんでしたよ、廊下も暗かったので。どうしてもバレそうな時は手刀で気絶してもらいました。」

 簡単なことの様に言うけど、これが平然とできるエアロは本当に強いのだと、改めて感心する。

 「それで王の部屋へ着いて、騒がれると厄介なので扉の下から睡眠薬の香を入れました。暫くして、扉を開けると、王と町娘が寝ていました。町娘は足を紐で繋がれ、監禁されていたようでした。姫のような服を着せられ、傷一つありませんでしたが…何をされていたのかは分かりません…。私は紐を切り、眠ったままの町娘を抱いて、窓から飛んで、逃げました。」

 …拉致して、監禁するなんて最低だ。先ほどあったストラ国王の顔を思い出し、腹の底から怒りが込み上げてくる。

 シーラ様が口を開く。

 「…その、彼女は大丈夫なの?」

 エアロは首を振る。

 「分かりません。その後、私が依頼者にその子を引き渡す時もまだ寝ていましたから。もしかしたら、心に大きな傷を負っているかもしれないし、身体も見えないだけで酷く乱暴されているかもしれません…。」

 「…そう。」

 部屋には沈黙が流れる。

 エアロが口を開く。

 「その子の様子は、また今度見に行くつもりです。とりあえずは家の奥に隠し、何を言われても帰って来てないと言うように依頼者である彼女の父には言っておきました。」

 シーラ様は何かを考えているようだった。
 エアロは言う。

 「話を続けますね。
 彼女を引き渡した私は、一旦シルヴィに無事だと顔を見せに行こうかと思いました。しかし、その時、鴉たちが新たな情報を持ってきました。

 王の薬の効きが弱かったらしく、もう起きて、町娘と私を探していると。そして、ある暗殺者にシルヴィを見張るよう指示を出したと。」

 暗殺者?そんな殺気を感じる人は、近くにいなかったはずだけど…。私は考え込んだ。そんな私を見て、エアロは微笑んだ。

 「その暗殺者は私も何回かやり取りしたことがあるのですが、すごい腕利きでしてね。言われたことを完璧に遂行するんです。ただ暗殺者なのに、他の同業者に比べて、暗殺を依頼すると恐ろしくお金が掛かるので、殆ど暗殺の依頼はないそうです。第一、今のストラ国にそんな余裕はないですし。
 だから、今回見張るようにだけ指示が出たということは、シルヴィに危害を与えることはないだろうと思いました。ただ私が近づけば、私もシルヴィも面倒なことになると思い、一旦離れることにしたのです。」

 私は尋ねる。

 「それなら、ここに戻ったら良かったんじゃないの?」

 エアロは頷く。

 「そうですね。でも、その時、別の鴉がまた一つ情報を持って来ました。

 それがアクアに関する情報でした。
 コティーズ国王家に隠された姫がいて、その姫が紫の瞳で黒髪の絶世の美女だと。

 鴉の話では名前まで分かりませんでした。しかし、母上からアクアの話を聞いて、情報を集め始めて、初めて掴んだ有力な情報だったので、すぐに確かめに行きたいと思いました。
 同時にコティーズという国名は、事前に調べていた胡椒が豊富に採れる国の一つでした。ただコティーズ国に関しては情報が少なくて…。もしアクアが王家に何らかのパイプを持つ人物ならば、交渉も可能かもしれないと思い、すぐに飛ぶことにしたのです。

 前から母上にはアクアを探しているから、居場所が遠くであれば、長く戻らないことが今後あるかもしれないと伝えていましたしね。」

 シーラ様は頷く。私は少し寂しくなった。

 「私にも教えて欲しかった…。」

 エアロは困ったように笑った。

 「すみません。遠くに飛ぶ前に言えばいいかと思っていただけなんです。それが言えない状況になってしまっただけで。」

 「うん。分かってる。
 ちょっと寂しくなっちゃっただけよ。
 大丈夫、話を続けて。」

 エアロは頷くと、再び話し始めた。

 「コティーズ国に着き、鴉の姿のまま王宮近くを観察しました。すると、王宮の奥に石造りの小さな家があることに気付きました。
 中には、鴉の言った通り、紫の瞳に、黒髪の女性がいました。…彼女は瞳こそ紫ですが、母上によく似ていました。私は一目見て、彼女がアクアだと気付きました。」

 シーラ様の瞳にぶわっと涙が溜まる。

 「…生きて、たのね…」

 シーラ様はハンカチで目を押さえつつ、言う。

 「ごめんなさい。続きを聞かせて。」

 エアロは、笑顔でシーラ様には頷く。

 「はい。

 アクアが見つかったはいいものの、私はどうコミュニケーションを取ろうかと悩みました。急に人間になっても、不審者や悪魔と騒がれるのではないかと思いましたし。どうしようか考えたまま、窓の下に鴉姿のまま立っていると、窓から話しかけられました。『鴉さん』と。

 私は呼ばれるがまま窓枠に飛び乗りました。すると、アクアは『赤い目なんて珍しい。私のお兄様だったらいいのに。』と言いました。私は驚き、固まりました。まさか兄がいる事実を知っているとは思いませんでしたから。

 固まった私を見て、アクアは首を傾げ、『まるで人間みたい。本当の姿があるなら見せて』と言いました。私は鴉姿のまま部屋に入り、人間の姿を見せました。

 人間に変身した私を見て、アクアは驚いた様子でしたが、急に泣き始めました。怖かったのかと問うと、首を振って『家族に会えて嬉しい。ずっと会いたかった』と。

 アクアが泣き止んだ後、私たちはお互いに自己紹介しました。」

 シーラ様の涙は止まり、エアロの話に聞き入っていた。エアロはシーラ様をしっかり見つめて、言った。

 「母上…。私達の父親は、コティーズ国の前国王です。」

 シーラ様は唖然とする。

 「……こく、おう?」

 エアロは、ゆっくりと頷いた。

 「…アクアは言いました。『この石造りの家からなかなか出してもらうことは出来なかったけど、国王であった父は多忙ながらもしっかり愛情を注いでくれた。お母様のこともずっと愛していた。』と。」

 「う、うそ…よ。
 だって、この城から…アクアを攫って…。」

 シーラ様は混乱しているようだった。

 「…母上、誤解なんです。」

 「そんなはずないっ!!じゃあ、ロイは今どこで何をしてるの?!なんで、私に会いに来ないのよっ?!」

 エアロは悲しそうに、シーラ様を見つめた。

 「母上…父上は三年前に亡くなっています…。」

 「……亡くなった?死んだの…ロイが?」

 シーラ様は呆然とする。

 「えぇ。病死だそうです。

 そして、亡くなる間際にアクアにこの手紙を託したそうです。この手紙に母上から離れることになった事情も全て書いてあります。」

 エアロはそう言って、机の上に水色の封筒を置いた。
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