女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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18.大国

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 セレク王子に手を取られ入って来たのは、真っ黒な長い髪と紫の瞳を持つ人形のような美しい女性だった。

 私は一目見て気付いた。

 「アクア…さん…」

 私の呟きに気付いたのか、その女性は私にフッと笑いかけた。

 その場にいる誰もがその美しさに見惚れていた。

 その女性はセレク王子と目を合わせ頷くと、綺麗な礼を取った。

 「私、海の向こうにあるコティーズ国から参りました、アクア・コティーズと申します。前国王の娘でございます。」

 「コティーズ国って…あの、コティーズ、なのか?
 海の向こうの…大国の?」

 陛下が信じられない様子で尋ねる。
 …私は混乱しすぎて何がなんだか分からない。

 アクア…様が、大国の前国王の娘?
 と言うことはエアロも?
 
 …ただ呆然とする。

 セレク王子は陛下の問いに頷く。

 「先程、いらっしゃいまして。
 是非我が国と取引をしたいと。」

 「取引…?」

 「えぇ。レクス様、私からお話を。」

 アクア様はそう言って、セレク王子殿下に美しく微笑んだ。王子殿下の頬が赤く染まる。

 「突然のご訪問、失礼致します。

 今回セレク王子殿下とスカーレット姫がご婚約されると聞きました。実は私、レクス王子殿下に一目惚れしてしまいましたの。どうにかスカーレット姫との婚約を破棄して、私と婚約していただけないかとお願いに参りました。」

 突拍子もないお願いに沈黙が部屋を覆う。
 沈黙を破ったのは、ストラ国王の下品な笑い声だった。

 「ぶふっ!!失礼、失礼。
 貴女は扉の前にいて聞こえなかったかもしれないが、婚約破棄にはこいつらに渡した倍の胡椒が必要なのだよ。何も知らない貴女が口を出さないでいただきたい!」

 唾を飛ばして話すストラ国王にも動じず、アクア様は美しく微笑んだ。

 「存じておりますわ。胡椒を返還出来れば婚約を破棄できる、とセレク王子殿下から事前に聞いておりましたので、既に貴国に胡椒を送っております。念のため三倍量をお送りしておいて良かったですわ。少し多く送り過ぎましたが、今回の件は私の我儘ですので、どうぞ迷惑料としてお受け取り下さい。」

 「なっ…、三倍量だと?!そ、そんな量を用意できるはずがないだろう!!嘘をつくな!」

 ストラ国王は声を張り上げ、机を叩いた。
 アクア様は美しい姿勢を保ったまま、言い放つ。

 「嘘ではございません。あまり我が国の情報は開示されないので、ご存知ないかもしれませんが、こちらの大陸では胡椒が豊富に採れますの。」

 「…そ、そんなはず。」

 「ふふっ。本当です。
 こちらに当国王がそれを証明した文書もございます。
 なんなら、こちらの胡椒より品質も格段上ですわ。どうぞ国に帰ってお確かめ下さい。」

 ストラ国王は、唸りながら考えている。
 それを見た姫が慌てて、国王に身体を押し付けて縋り付く。…自分の父親にあんな風に縋り付くなんて気持ち悪い。

 「お父様、あんな怪しい女の言うことなんて信じちゃいけません!!婚約破棄なんてしませんよね?!」

 「だが…スカーレットー」

 ストラ国王が姫を身体から離そうとする。しかし、姫はしがみついて離れなかった。子供のようにドンドンと足を踏み鳴らす。

 「嫌よっ!!私が欲しがって、手に入らなかった物なんてなかったもの!私は第二王子も、エアロも欲しいの!!お父様にはあの女をあげるんだからいいでしょ?!
 それに、お父様は私の欲しい物、全て下さるってあの時約束したわ!!」

 「…し、しかし、これ以上、我が儘を通せば、わしの地位も危うくなる。」

 その時、扉がノックされた。
 アクア様がはぁ…と溜息を吐く。

 「ストラ国…欲を出さず、ここで引き下がっていれば良かったものを。そうすれば、醜聞を広げずに済んだかもしれないのに。

 モタモタしてるから、待ちきれず乗り込んで来てしまいましたわ。陛下、私の付添人もお邪魔させていただきます、ご容赦ください。

 どうぞ、お兄様。」

 そう言って、アクア様が扉を開けると、
 そこには…


 エアロがいた。


 「…エア…ロ…?」

 そこに立つのは確かにエアロのはずなのに、服装も、その表情も、いつもとは違っていた。
 服装は真っ白な軍服のようなものを身に纏っているが、所々に金の刺繍が施された厳かで煌びやかなものだった…まるで…王子が着るような。
 表情は厳しく、そして凛々しかった。

 予想外の人物の登場に皆、唖然とする。エアロを見たことのない陛下とストラ国王は、訳が分からないようだ。

 「エアロッ!!貴方!よくも私から逃げー」

 スカーレット姫が騒ぎ始めた瞬間、エアロが鋭い視線で姫を睨み付ける。その視線の恐ろしさに思わず姫が怯む。

 エアロはアクア様の隣に立ち、礼を取った。

 「陛下、不躾なご訪問、失礼致します。

 私、エアロと申します。そちらにおります、シルヴィ・ショーターの婚約者でございます。此度はお騒がせして申し訳ございませんでした。」

 陛下は、唖然としながらも、何とか返事をした。

 「あ、あぁ…。君がエアロか…。」

 それを後ろで聞いてたアクア様が可愛く口を尖らせて言う。

 「お兄様。ちゃんと名乗ってください!」

 エアロは優しい眼差しをアクア様に向ける。

 「すまんな。
 でも、私はこの国ではただのエアロなんだ。」

 アクア様は不満気な顔を隠しもしない。

 「お兄様が言わないなら、私が言います。

 皆様、こちらの方は私の兄であり、前国王の息子であるエアロ・コティーズでございます。」

 …エアロが…前国王の息子…?

 じゃあ、シーラ様を騙してアクア様を連れ去ったのは、コティーズ国の前国王ってこと…?

 もう情報量が多くて、頭が割れそうだった。

 それでも、エアロから目が離せなくて、私は瞬きも忘れてエアロを見つめていた。
 その視線に気付いたエアロは、私を見つめると、いつも通り優しげに微笑んでくれた。しかし、その表情はすぐに険しいものに戻る。

 「ストラ国王。コティーズ国を代表して申し上げる。

 今回、私の妹が貴国の姫の婚約者であるセレク第二王子との婚約を望んでいる。婚約解消の条件である胡椒については送らせた。それで手を打ってくれれば、こちらもそれ以上は貴国に干渉しない。

 …しかし、これ以上の見返りを求めるのならば、容赦はしない。私が知っている全てのことを公のものとしよう。」

 「お、お前が何を知っていると言うのだ。大国と言えども、所詮海の向こうの国。我が国の情報など掴んでいるわけじゃなかろうに。」

 エアロはストラ国王の言葉にも動じない。

 「そう思うなら結構。別に私も貴国に優しくしたいわけではない。
 それならば、胡椒は貴国から引き上げさせてもらう。」

 エアロがそう告げると、ストラ国王はすぐさま声を上げる。

 「まっ、待て!!

 …我が国に戻り、胡椒を確認させてくれ。確認でき次第、婚約破棄には応じる。」

 エアロは、表情一つ変えず、返答する。

 「…分かった。」

 今度はスカーレットは姫が甲高い声で騒ぎ出した。

 「お父様っ!!なんで、こんな平民の言うことを聞くんですか?!全部嘘に決まってます!!

 ついこの間まであの女と普通に歩いてたんですから!」

 姫は私を指差し、思いきり睨みつける。

 「し、しかし、スカーレット…。」

 ストラ国王が姫を止めようとするが、姫は止まらない。

 「私はこんなの認めない…っ!!
 私は絶対に第二王子と結婚して、エアロも私の物にするの!!」

 その時、エアロが笑った。皆の視線が一気にエアロに集まる。エアロはいかにも楽しそうに話し出す。

 「ははっ!それならば仕方ない。

 貴国の醜聞を周辺諸国にお伝えし、これ以上被害が出ないようにしなければ。」

 「な、何のことだ…?!」

 ストラ国王の額に汗が滲む。
 アクア様が隣にいるエアロの腕を掴む。

 「お兄様!」

 アクア様の制止も聞かず、エアロは言い放った。

 「スカーレット姫。
 貴女は、子を産めない身体だろう?」

 姫が否定するよりも先にストラ国王が否定する。

 「…っ!!そ、そんな訳なかろうに!!」

 エアロは楽しそうに、恐ろしく綺麗に笑った。

 「ふふっ。その原因を作った方は誰だったか…

 そういえばストラ国王は亡くなった王妃を深く愛していたらしいな。…その容姿はスカーレット姫とよく似ていたとか。」

 陛下が息を呑み、口を開く。

 「ま、まさか…」

 エアロは、陛下に向き直り、少し頭を下げた。

 「えぇ、陛下ご想像通りでございます。

 二年前、スカーレット姫は子を身篭り、堕胎しております。それが原因で、子が出来ない身体となってしまったそうです。その姫を他国に嫁がせるとは如何なものかと。しかも、子の父親は実の父であるストラ国王ですから…この事実を知らないはずがございません。」

 陛下は顔に手を当て、声を震わせる。

 「この大陸で親子の交わりがどれだけ禁忌とされているか…。それを国王自ら破るとは…!」

 部屋に沈黙が流れる。それを破ったのは、スカーレット姫だった。ボソッと話し出す。

 「…何が悪いの…。

 何が悪いのよ!!

 お父様が私を愛してしまっただけでしょう?!私がこんなに美しいんだもの、仕方ないわっ!

 お父様はその代わりに私が欲しいものを全て与えてくれると言った…子供なんていらない!!避妊もしなくていい、快感に好きなだけ溺れることの出来るこの身体が私は好きなのっ!!欠陥品みたいに言わないで!!」

 エアロは尚も厳しい口調で、姫に尋ねる。

 「…本当に国王が姫を愛していると思っているのか?」

 姫は立ち上がり、エアロを思いきり睨みつける。

 「当たり前じゃない!!」

 エアロは淡々と話す。

 「…貴女が寝ている最中に、隣で寝そべる王が呼ぶ名前は亡くなった母君の名前だぞ。」

 「…え?」

 姫の動きが止まる。エアロは話し続ける。

 「国王と会う時に貴女に着せる服は母君の着ていた服だろう。会う時はいつもドレスを指定されてはいないか?」

 「…嘘よ。」

 姫の瞳にはみるみるうちに涙が溜まっていく。エアロはまだ止めない。

 「…約一年前から亡くなった母君によく似た若い平民の娘を国王は自室に囲っている。貴女の婚約の話が出たのもその頃だろう?」

 「…な、なによそれ…。」

 姫はストンと座った。涙がポロリと流れ、ドレスを濡らす。

 呆然として話を聞いていたストラ国王は、ハッとして声を上げた。

 「き、貴様!!嘘をつくなっ!!

 そんなはずないだろう!
 私が愛しているのはスカーレットだ!!」

 エアロは馬鹿にしたように笑う。

 「やはり実の娘を異性として愛しているんだな。それならば、さっさと二人で自国に帰れ。

 それとも、周辺諸国だけではなく、今の話を貴国の有力貴族に教えて回ろうか?…今回、姫の婚約を強行した件もあるだろうし、今の地位も危ういかもしれないな。」

 ストラ国王は、縋るような目でエアロを見る。

 「ま、ま、待ってくれ…!!」

 「お父様!!どういうことですの?!」

 スカーレットは怒りを自覚したのか、ストラ国王に掴みかかり、問い詰める。ギャアギャアとみっともなく二人が騒いだ。

 「黙れっ!!」

 陛下の威厳のある声が響き、部屋にビリっと緊張感が走った。
 陛下は大きく溜息を一つ吐くと、スカーレット姫を見つめた。

 「スカーレット姫、子供が産めないと言うのは本当か?」

 「えぇ。」

 姫は悪びれもせず答える。陛下は続ける。

 「…其方の境遇については、気の毒に思う。

 しかし、我が国の王太子夫妻にはまだ子供がいない。そのため、第二王子であるセレクの妃は当王家にとって重要なのだ。嫁いでから子が産めないことが判明するならまだしも、既に子が産めないことが判明している姫を当王家は受け入れることは出来ない。

 …ストラ国王、正式に婚約を破棄させていただく。
 異論はないな?」

 「し、しかし…!」

 ストラ国王は慌てている。
 追い討ちをかけるようにエアロが口を開いた。

 「立場がまだ分かってないようだな。
 婚約破棄に応じないと、ストラ国の優秀な王弟に全てを話す。そうなれば、貴方がどうなるか。それくらい分かるだろう?」

 ストラ国王は言葉を飲み込んだ。

 「…ぐっ。

 分かった。婚約破棄に応じよう。」

 エアロが続ける。

 「胡椒はチューニヤ国に前祝いとして贈った分のみ、貴国に戻そう。それ以外は渡すつもりはない。」

 ストラ国王は頭を抱えた。
 スカーレット姫は、国王を睨みつける。

 「お父様…、国に戻ったら、ゆっくりお話を。」

 姫がそう言うと、ストラ国王は恐ろしい形相で姫を睨み、頬を叩いた。乾いた音が室内に響く。

 「黙れ!お前が余計なことをしなければ、全て上手く行っていたんだ!!」

 ストラ国王は立ち上がると、ドスドスと足音を立てながら、部屋を出て行ってしまった。

 姫の頬は赤くなっている。しかし、頬を隠すこともせず、姫は呆然としている。そして、呟いた。

 「……本当に…私は、愛されていなかったのね…。」

 姫の瞳からはボロボロと涙が溢れていく。そして、それはすぐに嗚咽に変わった。

 アクア様がスカーレット姫に寄り添い、ハンカチを差し出す。アクア様は、殿下にお願いする。

 「セレク様、姫の帰りの手配を。」

 「分かった。」

 殿下は、それに頷き、動き出した。
 なんか…すごい息が合ってる。

 一連の騒動をただ見ていただけの私は、呆然として立ち尽くしたままだ。

 エアロが隣にやって来て、私の手をギュッと握る。
 そのまま扉の方へ歩いていく。

 「ちょっ…、エアロ?!」

 扉の前まで行くと、クルッと陛下の方へ向き直った。

 「陛下、こちらで御前を失礼致します。

 詳細については、妹が全て把握しておりますので、何かございましたら、妹へお願い致します。」

 エアロはそう言って、礼を取ると、訳もわからず、されるがままの私の手を引いて、部屋を出た。
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