女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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16.謁見

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 エアロと離れる日がやって来た。

 あの後、私から姫にエアロが会いたいと言っていると手紙を送ると、すぐに返信があり、会う日程が決まった。今回の面会時間も夜だった。しかも、面会場所として指定されたのは、隣国の王宮だった。
 確かに姫はまだ婚約者の立場であるため、チューニヤ国に滞在する日はほとんどない。けれど、まさか隣国の王宮を指定されるとは思っていなかった。

 姫が寄越した迎えの馬車の前に私達はいた。

 「エアロ…気をつけてね。」

 「はい。シルヴィも私がいない間に無理しすぎないように。」

 「うん…。大丈夫。
 最近は騎士団の仕事も少なくしてもらってるし。」

 「それでも心配なんです。」

 「…エアロ。本当に大丈夫?
 帰ってくるわよね…?」

 「えぇ。必ず帰ってきますよ。私が戻るのは、シルヴィの所です。大丈夫。」

 私は人目も憚らず、エアロに抱きつく。
 エアロも強く抱きしめ返してくれる。

 「…ふふっ。最初の頃は人前で手を繋ごうとしただけで、手を引っ込めてたのに。」

 「こんな時に意地悪言わないで。
 …仕方ないでしょ。エアロが何よりも大切になってしまったんだもの。」

 「嬉しい…。
 …シルヴィ、愛しています。」

 「…私もよ、エアロ。
 どうか無事で。」

 「ふふっ。ただ断りに行くだけなのに、心配しすぎです。…出来るだけ早く帰って来ますね。」

 「うん、待ってる。」

 私たちはゆっくりと唇を合わせた。


   ◆ ◇ ◆


 エアロと別れてから、一週間が経った。
 本当は三日後にでも帰って来ているはずだった。

 一日毎に不安が募っていく。

 訓練にも、書類仕事にも身が入らない私は、ジルベルトに指揮官室から追い出されてしまった。今は家でエアロの帰りを待て、と。

 家でエアロが前にくれたジャムを紅茶に溶かして飲む。その紅茶の温かさに涙腺が緩む。

 やっぱり行かせるんじゃなかった…何かあったに違いない。姫にベッドに縛り付けられているのかもしれない。流石のエアロも何人もの騎士に剣を向けられたら、姫に従わざるを得ないだろう。抵抗して、もしかしたら殺されてしまったのかもしれない。

 そこまで考えて、首を横に振る。

 そんなはずない、エアロは強いもの。私のところに戻ってくるって約束してくれた。何か事情があって、すぐに戻れないだけ。絶対に大丈夫。

 けれど、悪いことばかり想像してしまう。
 家に篭っていたら、駄目だ…。

 思いきり愛馬のバフと駆けようと思って、家を出た。

 厩に着くと、そこには指揮官室にいるはずのジルベルトがいた。

 「あれ?ジルベルト。」

 ジルベルトはこちらを向き、少し驚いたようだった。

 「シルヴィ。家に帰ったんじゃなかったのか?」

 「うん……。
 どうしても一人で家にいると悪いことばっかり考えちゃって…。ちょっと走ろうかと思って。」

 私が俯きがちに言うと、ジルベルトも俯く。

 「そうか…」

 「ジルベルトは?」

 雰囲気を変えようと、無理矢理明るい口調で尋ねる。

 「あぁ。意見書に厩の損傷が目立ってきたとあったから、休憩がてら様子を見にきたんだ。」

 ジルベルトはそう言って、厩の柱をコツコツと叩いた。

 「そう。酷かった?」

 「そうでもない。あとで、新人に直させよう。」

 「そっか。その程度で良かったわ。」

 私達の間に暫し沈黙が流れる。
 先に口を開いたのはジルベルトだった。

 「なぁ、シルヴィ。…大丈夫か?」

 そう問われて、すぐには答えられなかった。

 「…うん。

 …いや…ごめん。あんまり大丈夫じゃないかも。」


 「そう…だよな。」

 ジルベルトは、そう言うと、頭を掻いた。
 そして、私に近付き、肩に手を置き、言った。

 「でも、エアロは強い。俺は捕まったり、怪我をさせられてることはないと思うんだ。きっとエアロは何か考えがあって動いてるんじゃないか?」

 私もそう考えたことはある。だけど、エアロが何を考えているのか分からなかったし、ずっとシーラ様のお城で暮らしてきただけのエアロに出来ることはそう多くない気がした。

 「…そう、なのかな?
 だって、飛べばすぐに戻れる距離なのに顔も見せに来ないのよ?それっておかしくない?」

 視界が涙でぼやける。

 「それは…。」

 ジルベルトが言い淀む。
 ぐんっと涙が溢れて出て、上手く言葉が紡げない。

 「…もし…

 もう…っ、もう二度と会えなかったら…

 どうしたらいいの…っ!」

 地面に涙が落ちる。

 「…シルヴィ。」

 涙の止まらない顔を両手で覆う。

 「嫌…そんなの、いや…。
 どうしたらいい…?

 本当は今すぐにでも隣国の王宮に行きたい…。
 姫の部屋に乗り込んで行って、エアロは何処だと剣を突きつけてやりたい…っ!」

 ジルベルトが両肩を掴む。

 「…落ち着け。」

 「…っ!落ち着けるはずないでしょ!!」

 「シルヴィ!!
 しっかりしろ!!」

 ジルベルトはじっと私を見つめて、声を張り上げた。

 「ジルベルト…」

 そこではっとした。ジルベルトに八つ当たりしてしまった。ジルベルトは何も悪くないのに、私…取り乱して…。
 ジルベルトは私に怒るでもなく、諭すようにゆっくりと語りかける。

 「お前は騎士団副団長だ。今の姿を他の団員に見せられるか?
 シルヴィは今までいくつもの困難を乗り越えてきた強さがあるだろう。今は耐えろ。」

 「でも…。」

 グッと唇を噛み締める。
 自分のことは耐えられてもエアロのこととなると冷静じゃいられなくなる。

 「大丈夫だ。エアロは強い。
 あいつは俺にシルヴィを幸せにすると誓った。それを破るようなら俺が見つけて、叩き斬ってやる。

 シルヴィ、あいつを信じてやれ。」

 「……分かってる…けど…。

 待つしか出来ないってこんなに辛いのね。」

 ジルベルトは私の肩から手を下ろす。

 「あぁ…自分の無力さを思い知るよな。」

 …ジルベルトも少し前に似たような思いをしたんだったな、と思って、少し笑う。

 「…ジルベルトがいて良かった。
 ありがとう。」

 「それはお互い様だ。」

 私たちは拳を合わせた。


   ◆ ◇ ◆


 それからまた二週間が経った。
 
 その間、シーラ様のことが心配で手紙を出したり、叔母さんに状況を聞いたりした。しかし、思いの外、シーラ様は元気に過ごしているようだった。エアロから連絡があったわけでは無さそうだが、「必ず帰ってくるから大丈夫。信じて待っていて。」と書いてあった。シーラ様は何かを知っているのかもしれない。
 料理は最近作れるようになったものを繰り返し食べていると手紙には書いてあった。あと、エアロが城を離れる前に日持ちするものを多く用意していたらしい。

 仕事は順調で、王太子妃殿下とライラ様から再度注文が入ったらしい。もうすでに噂を聞きつけた他の御令嬢からの予約も入っているそうだ。

 騎士団でも私の退団にむけて、後進の育成と副団長の選定が進んでいた。まだ正式に辞めるとは団員に伝えてはいないが、それとなく私が副団長ではなくなることは皆感じているようだった。そのせいか、訓練に出る度に私から吸収しようとする皆の意欲を感じた。私は全てを託すような思いで、指導に当たった。

 …エアロがいないこと以外は全てが順調だった。

 そんな時、ジルベルトと私は陛下に呼ばれた。
 ジルベルトが陛下に呼ばれることはそれなりにあるのだが、私まで一緒に呼ばれることはあまり多くない。何事だろう…。二人で謁見室へ向かう。

 謁見室へ入ると、陛下が険しい表情をしていた。
 いつもの通り、礼を取る。

 陛下がゆっくりと頷き、話し始める。

 「本日、招集したのは、第二王子の婚約者であるスカーレット姫に対する…不敬についてだ。」

 不敬…?どういうことだろう。
 陛下の次の言葉を待つ。

 「不敬とされているのは、シルヴィ、其方だ。

 今回ジルベルトには副団長をよく知る者として、意見を聞きたいと思い、共に招集した。」

 まさか陛下まで巻き込んで、私に言いがかりを付けてくるなんて…。奥歯を噛み締める。

 「まず、シルヴィ。
 其方は不敬について身に覚えはあるか?」

 陛下は厳しい顔をして、私に尋ねる。

 「いえ、ございません。」

 私がそう即答すると、短い溜息を吐く。

 「そうか…。実は…今、隣国から其方を不敬罪で拘束しろと要求が来ておる。」

 「…んなっ!!」

 ジルベルトが声を上げる。その声にはあからさまに怒気が含まれていた。それを陛下が宥める。

 「落ち着け、ジルベルト。

 私とてそれを鵜呑みにするつもりはない。ただ二人も聞いている通り、胡椒を盾にあらゆる要求を通そうとしてきている。こちらも下手なことは言えないのだ。」

 …随分と卑怯なやり方をする。
 私は黙ったまま話を聞く。

 「隣国が主張している不敬の内容なんだが…シルヴィがスカーレット姫の寝所に男を送り込んだ、と。しかも、その男は姫に乱暴を働き、逃走したと言っている。シルヴィが匿っている可能性がある。家を捜索し、その男を差し出せ、とも。

 シルヴィ、この内容について心当たりはあるか?」

 エアロが逃走?隣国もエアロを捕捉している訳じゃないのか…じゃあ、エアロはどこにいるんだろう。
 そう考えながらも、口を開く。

 「陛下。全く心当たりがない訳ではございませんが、私は姫の要求に従ったまででございます。不敬などあり得ません。」

 陛下は眉間に手をやり、私を睨むように見つめた。

 「…心当たりがあるのか。
 では、その内容について詳しく話せ。」

 「はい。」

 私は姫と王宮の門の前で会ってから一連のことを話した。
 私が話し終えると、陛下は小さく溜息を吐いた。

 「その話が本当だとしたら、隣国の主張は全くの出鱈目ではないか。

 ジルベルト、シルヴィが嘘をついている可能性は?」

 陛下がジルベルトを見遣ると、ジルベルトは大きく首を横に振った。

 「あり得ません。私も姫が最初にエアロに送った手紙を見ましたから。」

 「そうか…。ついでに姫が送った手紙はどこにある?」

 私は答える。

 「エアロ本人が持っていきました。」

 「…うむ。

 私もジルベルトやシルヴィが嘘をついているとは思わないが、隣国の主張が嘘だと証明する術がない。そのエアロという者も見つかっていないしな。」

 ジルベルトが硬い表情で尋ねる。

 「陛下、もしシルヴィを不敬罪で拘束した場合、その身柄は…。」

 「隣国に引き渡せと言われている。」

 「…っ。」

 ジルベルトは額に青筋を立てて、唇を噛み締めている。
 …こんなに心配かけて申し訳ないな、と思う。

 「…シルヴィもエアロという者の居場所は知らないのだな?」

 「はい。」

 「魔女の城には?」

 「帰っていないと聞いています。」

 「念のため、急いで魔女の城に確認に行かせてくれ。」

 「はい。」

 陛下は、険しい顔のまま、再び溜息を吐くと、言った。

 「とりあえず五日後、再び隣国の姫と国王が揃って来ると連絡があった。その時までに何らかの対策を考えないといかんな。こちらもそう易々とシルヴィを渡すわけにはいかん。これまでシルヴィは国のために力を尽くしてくれているからな。」

 「…陛下。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」

 陛下はふわりと顔を緩め、私に笑い掛けた。

 「ははっ。シルヴィのせいではない。元はと言えば、第二王子と姫の婚約を決めた私のせいだ。

 それにしても、これだけ問題が起こす姫だとは……
 本気で婚約破棄を考えた方が良さそうだな。ただ事前に貰った胡椒を返せないと話が進まない。

 …とりあえずは返還分の胡椒だけ複数の国から少量ずつ買い取るか。かなり高くつくが、仕方ない。それもどこまで集められるか…。」

 その日の謁見は、そこで終了した。

 私は陛下の指示で自宅待機となった。

 五日間、私は家でエアロの無事を祈りながら過ごすしかなかった。
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