女騎士と鴉の秘密

はるみさ

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13.馬車

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 殿下との話し合いを無事に終えた私は王宮を出た。

 エアロは近くで待ってるって言ってたけど、何処にいるんだろう…。キョロキョロしながら、王宮の門を出ると、そこにエアロはいた。

 「エアロ!」

 「シルヴィ!」

 私たちはギュウッと抱きしめ合う。
 身体を離して、笑みを交わす。

 「大丈夫でしたか?」

 「えぇ!殿下に分かっていただけたわ!

 愛する人と幸せになってくれって。」

 「良かった…、本当に。」

 エアロは私の頬を撫でる。
 その手に私は顔を擦り付ける。

 「うん…。

 詳しい話はジルベルトに御礼を言ってからね。エアロも一緒に来てくれるよね?」

 エアロは頷いた。

 「勿論です。」

 「じゃあ、行きましょう!」

 私たちは手を繋いだ。

 そして、歩き出そうとした時、王宮の目の前に豪奢な馬車が止まった。

 まずい…!

 「エアロ、行こう!」

 エアロの手を引き、その場をすぐ去ろうとした。
 しかし、後ろから呼び止められてしまった。

 「待ちなさい。
 …貴女達、こちらを向いて。」

 私とエアロは渋々、声の主の方へ身体を向けた。
 声の主は思った通り、隣国の姫・スカーレットだった。

 「あらあら…。貴女はシルヴィとか言う騎士だったわね。その派手で下品な髪色ですぐに分かったわ。」

 「申し訳ございません。この髪色で姫様のお目汚しをしてはいけませんので、こちらで失礼させて頂きます。」

 私が礼を取ると、フフッとスカーレット姫は笑った。

 「いいのよ、私も見慣れなくちゃね。貴女、男爵令嬢のくせに図々しくも後宮に入るんでしょう?」

 私は表情を硬くしたまま答える。

 「いえ。そのお話は殿下と私の間に誤解があったようでして…先程、その命は取り消されました。姫様には不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。」

 スカーレット姫は、一瞬驚いたような顔をしたが、小首を傾げて、可愛らしく笑った。

 「そう。それなら良かったわ。一応身分は弁えてるのね。あまりにもあり得ない話だったから、どうやって貴女に教えてあげようか、考えてたのよ。」

 「…申し訳ございません。」

 さっきから腹が立つ。でも、ここで逆らうのは得策ではない。ぐっと耐える。

 「いいわ、許してあげる。
 ねぇ…ところで、そちらの見目麗しい方はどなたなの?」

 やっぱり…。思わず声が低くなる。

 「…こちらは私の婚約者でございます。」

 「へぇ…素敵な方ねぇ。」

 そう言って、じっとりとエアロを舐め回すように見る。
 一歩ずつゆっくりとエアロに近づく。

 私は、姫とエアロの間に立ち塞がった。

 「何?退きなさい。」

 「…彼は私の婚約者です。

 美しい姫様に触れられて心変わりしたら、困りますので、これ以上はご容赦下さい。」

 姫はいやらしく笑った。

 「ふふっ。確かに私の前では卑しい身分の貴女なんて霞んでしまうものね。

 でも…本当に綺麗な顔…」

 姫は私をぐいっと押し退けると、エアロの顔に手を伸ばした。…嫌!!

 しかし、姫が手を伸ばした瞬間、エアロはざっと後ろに二歩下がった。

 「…は?どうして避けるのよ?」

 エアロは地面に片膝を着き、頭を下げた。

 「私は平民なのです。男爵令嬢であるシルヴィが卑しいのであれば、私はそれ以上に卑しい身…。姫様の綺麗な御手を汚してはならないと思いまして。」

 姫はエアロを見下げて言う。

 「ふーん。平民のくせにちゃんと弁えてるじゃない。
 …気に入ったわ。貴方、名前は?」

 「…名乗るほどの名前ではございません。」

 姫はもう一度、強い口調で言った。

 「いいから名乗りなさい。」

 「エアロ…と申します。」

 姫は首を傾げる。

 「エアロ…ね。

 貴方はどこに住んでるの?」

 「普段はここから遠く離れたところに。」

 「そう…ちょっと待ってて。」

 姫はそう言うと、侍従に何かを告げて、折り畳んだ小さな紙を用意させ、エアロの前に置いた。

 「待ってるわね。」

 そう言って、踵を返すと王宮の門をくぐり、去って行った。

 …完全にエアロに目をつけられた。
 私は大きく溜息を吐いて、エアロに声を掛ける。

 エアロは先程のメモを手に持ち、眉を顰める。

 「シルヴィ…さっきのおかしな人は誰ですか?」

 「隣国の姫よ。私のことを敵視しているんだって。
 あと、無類の男好きらしいの。エアロのことを気に入ってたから、そのメモには夜の誘いでも書いてあるんじゃないかしら。」

 エアロは、心底気持ち悪いというような顔で王宮の方を見つめる。

 「…あんな下品な人間いるんですね。」

 「本当よね…あり得ないわ。
 大体彼女が今回私が側室にさせられそうになったことの元凶だし。」

 「そうなんですか?」

 「えぇ。詳しい話は指揮官室で話しましょ。」

 私達はジルベルトの待つ指揮官室へ向かった。


   ◆ ◇ ◆


 指揮官室にはパデル爺もいた。ジルベルトが呼んだらしい。パデル爺が私に微笑み掛ける。

 「シルヴィ。おかえり。」

 「うん!ただいま!!」

 「そして…そちらの方がエアロさんかの?」

 パデル爺はエアロに視線を移す。
 エアロは綺麗な礼を取る。

 「初めてお目にかかります、エアロと申します。

 パデル様のことは、以前よりシルヴィから聞いております。ジルベルトとシルヴィの師匠だと。」

 パデル爺は口を開けて笑う。

 「はっはっ!そんな大層なもんじゃない。わしの稽古に付き合ってもらってたら、二人が勝手に強くなっただけじゃよ。
 エアロさんも相当お強いようじゃな?
 今度ぜひ手合わせを願いたい。」

 「ありがとうございます。是非。」

 二人の挨拶が終わったところで、皆ソファに座った。

 「ジルベルト、ありがとう。色々と調整してくれて。仕事も任せちゃってごめんね。」

 ジルベルトは首を横に振る。

 「どうってことない。それより、殿下との話し合いはどうだったんだ?」

 私は笑顔で頷く。

 「分かってもらえた。側室には別の令嬢を探すって。」

 ジルベルトも、パデル爺も安心したように息をついた。

 「…良かった。
 で、なんでシルヴィを側室にという話になったんだ?」

 「それがねー」

 私は先程殿下から聞いた話を掻い摘んで話した。
 皆の顔がどんどんと強張っていくのが、分かる。
 話し終えた時には三人とも唖然としていた。

 「なんだ…その女は…」

 「酷い姫じゃな…。殿下もお可哀想に。」

 「話を聞くだけでも寒気がしますね。」

 私は思わず笑ってしまった。

 「ふふっ。すごい反応。
 もうみんなに嫌われてる。」

 ジルベルトが口を開く。

 「当たり前だろ…気持ち悪い。そんな女に付いてくる男妾も頭がおかしいんじゃないか?」

 私は頷く。

 「うーん。そうかも。媚薬で溺れさせてるって噂もあるって言ってたし。

 とにかくジルベルトもエアロも気をつけてね。もうエアロは遅いかもしれないけど。」

 エアロはハハッと困ったように笑った。
 ジルベルトがエアロに尋ねる。

 「何かあったのか?」

 「えぇ。さっきシルヴィを王宮の前まで迎えに行ったら、タイミング悪く遭遇してしまいましてね。
 こんなメモを渡されました。」

 エアロはメモを机の上に置く。

 そこには日時と場所。そして、護衛には話を伝えておくから一緒にお茶でも飲みましょう、と書いてあった。

 ジルベルトがメモを覗き込む。

 「これ、深夜じゃないか。
 こんな時間にお茶なんて飲むわけないだろうに。」

 エアロが大きく溜息を吐く。

 「ですね、思いきり夜の誘いですね。」

 私は机に怒りをぶつける。

 「行くわけないでしょは!無視よ、無視。」

 パデル爺は、メモをじっと見ている。
 そして、ゆっくりと口を開いた。

 「行かなくてもいいんじゃが、そうなった場合、シルヴィは大丈夫かの?嫌がらせしてきたりせんか?」

 私はパデル爺を睨みつけた。

 「嫌がらせくらい、いくらでも受けてやるわよ!エアロを行かせるなんてあり得ないわ!」

 ジルベルトも言う。

 「パデル。流石に嫌がらせがあるからと言って、エアロを行かせるわけには行かないだろう。変なものを飲まされたらどうするんだ。」

 エアロはじっと何かを考えているようだった。
 パデル爺はそれを見て、ニヤッと笑った。

 「いや、わしは嫌がらせをしてくる可能性があると言っただけで、会いに行けなんて言っておらんよ。エアロさんが決めることじゃ。」

 私はエアロの手をギュッと握り、エアロを見つめる。

 「絶対に行かせないからね!
 この日の、この時間には私といること!
 分かった?」

 エアロは眉を下げて、笑った。

 「分かりました。
 この日はシルヴィといるようにします。」

 エアロはそう言ってくれたけれど、私はさっきのエアロが何を考えていたのか、気になって仕方なかった。


   ◆ ◇ ◆


 エアロは一旦城へ帰ると言うので、指揮官室の窓から見送った。鴉の姿は久しぶりに見た。あの姿も今や可愛く見えてくるから、随分とエアロに夢中なんだな、と自分に笑えてくる。

 久しぶりにジルベルトと二人、指揮官室で仕事をする。思ったよりも仕事は少ないことに驚いた私はジルベルトに尋ねた。

 「そんなに仕事溜まってないのね。驚いたわ。」

 ジルベルトは手を止めて、私を見る。

 「あぁ。ドリーとアランが随分と手伝ってくれてな。これからも手伝ってくれるそうだ。特にアランが本当に優秀でな…俺も驚いている。」

 「そう…。」

 私はじっと手元に視線を移す。

 「なんだ?物足りなかったか?
 もっと仕事を増やそうか?」

 ジルベルトはニヤッと笑う。
 私は短く溜息を吐く。

 「やめてよね。もうお腹いっぱい。

 …ねぇ。ジルベルト…。

 …私…、騎士団を辞めてもいいかな?」

 ジルベルトは特に驚く様子もなく、持っていたペンを置き、私の方に身体を向けた。

 「エアロのため、か?」

 私は首を横に振る。

 「エアロのためじゃない。私のためよ。

 …もっとたくさんの時間をエアロと、シーラ様と過ごしたい。あの城で本当の家族になりたいって、この二週間過ごして思ったの。本当は騎士団も続けたいけど、距離もあるし、両方は出来ないから…。」

 ジルベルトは優しく微笑んでくれた。

 「…いいんじゃないか?女性騎士の受け入れ体制も整ってきたし、下も育ってきた。

 でも、続けたい気持ちもあるんだな。」

 「…難しいのは分かってるから、大丈夫。
 もう十分戦ったわ。」

 ジルベルトは、何かを思案している。

 「ジルベルト…?」

 「あぁ、すまん。

 なぁ、シルヴィ…
 辞めるのは、三ヶ月待ってくれないか?」

 「そ、それは構わないけど…。」

 ジルベルトは笑顔で大きく頷いた。

 「ありがとう。
 じゃあ、改めて宜しく頼むな。」

 「うん。宜しく。」

 ジルベルトと私は、いつもと変わらない…けれど、残り少ない日常を指揮官室で過ごした。

 
 
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