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8.ジャム
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二人とも落ち着くと、お腹が空いてきた。
エアロが「何か作りましょうか?」と言うので、お言葉に甘えて、作ってもらった。甘いものが食べたいと要望したらホットケーキを作ってくれた。しかも、自家製のジャム付きだ。
本当にすっごく美味しかった。これから二週間のご飯が楽しみになるほど。……もちろん私も出来るだけ手伝おうと思う。
二人でホットケーキを食べながら話す。
「シーラ様は私のこと、会うまでは歓迎してくれたのよね?」
ホットケーキにたっぷりのジャムを付ける。
普段ならこんな夜にホットケーキなんて食べないけど、今日は特別だ。甘いものは人を元気にするんだから。
「えぇ。マリエルからも話を聞いていて、早く会いたいと思っていたと。」
「そっか…。」
少し私は俯いた。
「そういえば、シルヴィの服も日中作っていましたよ。」
「え?!わざわざ服を?」
私は思わず顔を上げて、エアロを見る。
そこまで歓迎してくれてたとは…。
エアロは気にせず食べ進める。
「えぇ。調整は実際に会ってからだと言ってました
が…。」
エアロはあんまりジャムを付けてない。甘さ控えめが好みなのかな。それにしてもシーラ様に何があったんだろう。
「そこまで楽しみにしてくれてたのに、なんで…」
「様子がおかしかったですよね…」
「うん。私の姿を…いや、目かな。私の目を見た瞬間、顔を逸らした気がする。」
「目…?」
エアロは首をかしげる。
「私の目の色、珍しいからかな?」
「確かに紫の瞳って、殆ど見ないですよね。」
じっと瞳を見つめられて、少し恥ずかしくなり、目を逸らす。
「紫に何か嫌な思い出とかあるのかな?」
「特に聞いたことありませんが…。」
「まぁ、考えても分かんないわね。
まずは仲良くならなきゃ!!
ご馳走様!とっても美味しかったわ。」
ホットケーキを食べ終わってフォークを置く。
「流石シルヴィですね…。
シーラを怖がる人も多いのに。」
エアロも食べ終わったようでフォークを置いた。
私はエアロに微笑んだ。
「んー、だってエアロのお母様でしょ?
悪い人なはずないわ。マリエルもいい人って言ってたし。大丈夫!
それに、エアロの全てを受け入れるって約束したでしょ?」
「シルヴィ…。」
「ふふっ。不安がないわけじゃないけどね。一緒に頑張ってくれるかしら、エアロ?」
「そうですね。私もシーラとシルヴィが仲良くなったら嬉しいですし。それにシーラも訳もなく人を傷つける人ではないはずなので、何か理由があるんだと思います。」
私は少し気になったことを聞く。
「そういえば、何でお母様とか母上とかじゃなく、シーラって呼び捨てなの?」
エアロは寂しそうに笑った。
「幼い頃、『母上』と呼んだら、そんな風に呼ばないで、と怒られまして。鴉に変身する息子なんて気持ち悪くて嫌なのかもしれません…ね。」
「それはないと思うけど…」
エアロはお皿を持って、席を立った。
「どうでしょうね。
さて。食べ終わったので、片付けしましょうか。
しっかりシルヴィにも手伝ってもらいますよ。」
「はーい!」
私達は二人並んで仲良く片付けをした。
◆ ◇ ◆
次の日から私はシーラ様と仲良くなるべく行動を開始した。
朝食と昼食は、みんなで食べることになっているからシーラ様を私が呼びに行ったり、食事の時にはよく話しかけるようにした。
毎回断られているけどお茶に誘ったり、庭に出て季節の花を摘んでお部屋まで届けたりした。シーラ様は目は合わせてくれないものの受け取って、部屋に飾ってくれている。
エアロと庭で打ち合いをしている時に窓からこちらを見ているようであれば、剣を振る手を止めて大きく笑顔で手を振った。すぐに隠れてしまうが。
森までシーラ様の好きな果物を取りに行ったこともあった。それを使って、エアロにお菓子を作ってもらった。
一日の終わりには、城で過ごして楽しかったことを書いた短い手紙を出して、扉の下から入れた。
シーラ様は相変わらず私の目を見てくれることは無かったけど、少しずつ話してくれるようになった。やっぱり、何か訳があって、私の瞳を見れないだけで、本当は良い人なんだと思う。
今日はお茶会のためのお菓子を用意する予定だ。お菓子なんて作るの初めてだけど、大丈夫かしら…。私はお手伝い程度だから変な味にはならないでしょう、多分。
お菓子作りは、エアロと同じようにやっているのに、何故かエアロのようにはならなかった。一応出来たけど…私の料理の適性のなさを披露するだけとなった気がする。シーラ様に出すのは、エアロの作った方にしてもらった。
私はいつもの通り、シーラ様をお茶会に誘った。焼きたてのお菓子付きですよ、と言って。その効果か分からないが、シーラ様は初めてお茶会に参加してくれることになった。
◆ ◇ ◆
エアロがお茶を淹れてくれる。
シーラ様は窓の外を眺めていて、私の方を見ようともしない。でも、気にはしてくれているみたい。さっきから何かを話そうと口を開いかけて、言葉を飲み込んでいるもの。
「シーラ様、このワンピース、ありがとうございます!クローゼットにあったものを着させていただきました。シーラ様が作ってくださったんですよね?」
シーラ様はこちらを見ずに答える。
「そんなに凝った物ではないわ。でも…貴女によく似合ってる。貴女は元がいいから…。」
やっぱり優しい人なんだな。見つめ合えないだけで、なんだかんだ見てくれてるんだもの。
「ありがとうございます!
大事に着させてもらいますね!」
私が笑顔で答えると、エアロがフッと笑い、口を開く。
「お茶が入りましたよ。」
「「ありがとう。」」
シーラ様と私の声が被る。
エアロが笑う。
「息がぴったりですね。
シーラ、今日はシルヴィがお茶菓子作りを手伝ってくれました。」
そう言って、私が作ったお菓子を出した。
「ちょっ、エアロ!エアロが作ったのを出すって!!」
「いいじゃないですか、大体味は同じです。」
私が作った方は、なんというか…見た目が悪い。
シーラ様は目を丸くして、お菓子を見ている。
「これを貴女が…?」
「え、えぇ。なんでか料理は全く出来ないんです。
ほんと…恥ずかしい…。」
シーラ様はフワッと笑った。
「貴女みたいな綺麗な人でも、苦手なことはあるのね。」
エアロが言う。
「シーラも料理出来ないじゃないですか。」
「エアロッ!」
シーラ様が思わずと言った様子で顔を上げた。
「シーラ様と同じなんて、なんだか嬉しいです。」
私がそう言うと、シーラ様は私の方を見た。
そして、少し寂しそうに私の瞳を見つめた。
「…貴女の瞳は紫でも、少し明るいのね。
菫色に近いわ。」
「あ、はい。…珍しいですよね。
シーラ様は…紫がお嫌いですか?」
シーラ様は少し迷ったように口を開いた。
「…大好きな色だったわ。
でも、今は見ていると辛くなってしまうの…。」
そう言うと、目を伏せた。
「そう…なんですか?」
シーラ様は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「えぇ。紫は…
エアロの父親である、あの人の瞳の色だから…。」
「…私の父親?」
エアロは眉を顰める。
私はその反応を見て、シーラ様に尋ねた。
「エアロに話したことは…?」
「…ないわ。前に聞かれたこともあったけど。」
エアロは予想外の展開に戸惑っているように見える。
「え、えぇ…その時に話したくないと言われ、それ以来聞いたことがありませんでした。」
私はシーラ様をしっかり見つめる。
「ねぇ、シーラ様。聞かせてくださいませんか?
…一人で抱えるより、エアロや私に話してくれたら何か出来ることがあるかもしれない。」
シーラ様は俯き、首を横に振る。
「出来ることはもう何もないの。全て終わって、あとは私が罪を抱えて生きていくだけ…。」
部屋に沈黙が流れる。
それを破ったのはエアロだった。
「…じゃあ、その罪を分け合えませんか?
…私達は家族でしょう?」
「…エアロ。」
シーラ様はエアロを見る。その瞳は揺れていた。
「私はずっとシーラの苦しそうな姿を見てきました。本当のシーラは優しくて…誰も傷つけたくないと思っているのを知っています。」
シーラ様は俯いて黙ったままだ。
「シーラ様…。どうか、お願いです。
…エアロも、私も、シーラ様を助けたい。」
シーラ様は、顔を上げて、私を見る。
もう目は逸らされなかった。
「どうして…貴女がそこまで…」
私は隣にいるエアロを見た。
「…エアロが、好きです。彼の全てを愛したいんです。
エアロが好きなシーラ様も、全部。」
シーラ様は目を見開いて、信じられないと言った顔をする。
「…エアロが…私を、好き?」
「えぇ。私はそう思います。
…ねぇ?エアロ。」
エアロは目を逸らす。ほんのり顔が赤い。
「……もう大人になってるのに、好きなんて言えないでしょう。…でも、唯一の肉親です。嫌いなはずありません。」
シーラ様の瞳から一筋の涙が零れた。フルフルと首を横に振り、唇を噛み締めた。
「…でも、私は貴方に何も与えられなかった。普通の生活も、普通の身体も…母親から与えられるべき愛でさえ。」
エアロは微笑んで言った。
「普通の生活なんて求めていません。私は大切な人が側にいたらそれで良いんです。
…シーラはこの鴉に変身できる身体が気持ち悪いですか?」
エアロは悲しそうに問う。
シーラ様は、バッと顔を上げた。
「そんなはずない!!黒く輝くエアロの羽は美しいし、鴉の姿は私にはとても可愛く見えるわ!!」
「ふふっ。ありがとうございます。
私は、ずっと…
シーラに気味が悪いと思われてると思っていました。」
「そんなっ…!
……ごめんなさい。
私はエアロがこんな身体に産んだことを恨んでいるかと…。」
エアロが首を横に振る。
「いいえ。なんで変身できるんだと悩んだ時期もありましたが、それでシーラを恨んだことなど一度もありません。
それに…今は…。
シルヴィが空を飛べて羨ましいと…
この羽を美しいと優しく撫でてくれました。
この身体だから、シルヴィと出会えたのだと思います。
だから、私は自分のこの身体が好きです。」
「…そう。そうなのね。
貴方達は愛し合って…。
…シルヴィさん、ありがとう。
それに失礼な態度を取って…ごめんなさい。」
「大丈夫です。
でも、理由が知りたいです。
教えてくれませんか?その紫の瞳の男性と何があったのか。」
エアロがシーラ様をじっと見つめる。
「……シーラ。」
シーラ様は短くため息をつき、顔を上げた。
「…分かったわ。
聞いてくれるかしら。
…私とあの人のことを。」
そう言って、シーラ様は話し出した。
エアロが「何か作りましょうか?」と言うので、お言葉に甘えて、作ってもらった。甘いものが食べたいと要望したらホットケーキを作ってくれた。しかも、自家製のジャム付きだ。
本当にすっごく美味しかった。これから二週間のご飯が楽しみになるほど。……もちろん私も出来るだけ手伝おうと思う。
二人でホットケーキを食べながら話す。
「シーラ様は私のこと、会うまでは歓迎してくれたのよね?」
ホットケーキにたっぷりのジャムを付ける。
普段ならこんな夜にホットケーキなんて食べないけど、今日は特別だ。甘いものは人を元気にするんだから。
「えぇ。マリエルからも話を聞いていて、早く会いたいと思っていたと。」
「そっか…。」
少し私は俯いた。
「そういえば、シルヴィの服も日中作っていましたよ。」
「え?!わざわざ服を?」
私は思わず顔を上げて、エアロを見る。
そこまで歓迎してくれてたとは…。
エアロは気にせず食べ進める。
「えぇ。調整は実際に会ってからだと言ってました
が…。」
エアロはあんまりジャムを付けてない。甘さ控えめが好みなのかな。それにしてもシーラ様に何があったんだろう。
「そこまで楽しみにしてくれてたのに、なんで…」
「様子がおかしかったですよね…」
「うん。私の姿を…いや、目かな。私の目を見た瞬間、顔を逸らした気がする。」
「目…?」
エアロは首をかしげる。
「私の目の色、珍しいからかな?」
「確かに紫の瞳って、殆ど見ないですよね。」
じっと瞳を見つめられて、少し恥ずかしくなり、目を逸らす。
「紫に何か嫌な思い出とかあるのかな?」
「特に聞いたことありませんが…。」
「まぁ、考えても分かんないわね。
まずは仲良くならなきゃ!!
ご馳走様!とっても美味しかったわ。」
ホットケーキを食べ終わってフォークを置く。
「流石シルヴィですね…。
シーラを怖がる人も多いのに。」
エアロも食べ終わったようでフォークを置いた。
私はエアロに微笑んだ。
「んー、だってエアロのお母様でしょ?
悪い人なはずないわ。マリエルもいい人って言ってたし。大丈夫!
それに、エアロの全てを受け入れるって約束したでしょ?」
「シルヴィ…。」
「ふふっ。不安がないわけじゃないけどね。一緒に頑張ってくれるかしら、エアロ?」
「そうですね。私もシーラとシルヴィが仲良くなったら嬉しいですし。それにシーラも訳もなく人を傷つける人ではないはずなので、何か理由があるんだと思います。」
私は少し気になったことを聞く。
「そういえば、何でお母様とか母上とかじゃなく、シーラって呼び捨てなの?」
エアロは寂しそうに笑った。
「幼い頃、『母上』と呼んだら、そんな風に呼ばないで、と怒られまして。鴉に変身する息子なんて気持ち悪くて嫌なのかもしれません…ね。」
「それはないと思うけど…」
エアロはお皿を持って、席を立った。
「どうでしょうね。
さて。食べ終わったので、片付けしましょうか。
しっかりシルヴィにも手伝ってもらいますよ。」
「はーい!」
私達は二人並んで仲良く片付けをした。
◆ ◇ ◆
次の日から私はシーラ様と仲良くなるべく行動を開始した。
朝食と昼食は、みんなで食べることになっているからシーラ様を私が呼びに行ったり、食事の時にはよく話しかけるようにした。
毎回断られているけどお茶に誘ったり、庭に出て季節の花を摘んでお部屋まで届けたりした。シーラ様は目は合わせてくれないものの受け取って、部屋に飾ってくれている。
エアロと庭で打ち合いをしている時に窓からこちらを見ているようであれば、剣を振る手を止めて大きく笑顔で手を振った。すぐに隠れてしまうが。
森までシーラ様の好きな果物を取りに行ったこともあった。それを使って、エアロにお菓子を作ってもらった。
一日の終わりには、城で過ごして楽しかったことを書いた短い手紙を出して、扉の下から入れた。
シーラ様は相変わらず私の目を見てくれることは無かったけど、少しずつ話してくれるようになった。やっぱり、何か訳があって、私の瞳を見れないだけで、本当は良い人なんだと思う。
今日はお茶会のためのお菓子を用意する予定だ。お菓子なんて作るの初めてだけど、大丈夫かしら…。私はお手伝い程度だから変な味にはならないでしょう、多分。
お菓子作りは、エアロと同じようにやっているのに、何故かエアロのようにはならなかった。一応出来たけど…私の料理の適性のなさを披露するだけとなった気がする。シーラ様に出すのは、エアロの作った方にしてもらった。
私はいつもの通り、シーラ様をお茶会に誘った。焼きたてのお菓子付きですよ、と言って。その効果か分からないが、シーラ様は初めてお茶会に参加してくれることになった。
◆ ◇ ◆
エアロがお茶を淹れてくれる。
シーラ様は窓の外を眺めていて、私の方を見ようともしない。でも、気にはしてくれているみたい。さっきから何かを話そうと口を開いかけて、言葉を飲み込んでいるもの。
「シーラ様、このワンピース、ありがとうございます!クローゼットにあったものを着させていただきました。シーラ様が作ってくださったんですよね?」
シーラ様はこちらを見ずに答える。
「そんなに凝った物ではないわ。でも…貴女によく似合ってる。貴女は元がいいから…。」
やっぱり優しい人なんだな。見つめ合えないだけで、なんだかんだ見てくれてるんだもの。
「ありがとうございます!
大事に着させてもらいますね!」
私が笑顔で答えると、エアロがフッと笑い、口を開く。
「お茶が入りましたよ。」
「「ありがとう。」」
シーラ様と私の声が被る。
エアロが笑う。
「息がぴったりですね。
シーラ、今日はシルヴィがお茶菓子作りを手伝ってくれました。」
そう言って、私が作ったお菓子を出した。
「ちょっ、エアロ!エアロが作ったのを出すって!!」
「いいじゃないですか、大体味は同じです。」
私が作った方は、なんというか…見た目が悪い。
シーラ様は目を丸くして、お菓子を見ている。
「これを貴女が…?」
「え、えぇ。なんでか料理は全く出来ないんです。
ほんと…恥ずかしい…。」
シーラ様はフワッと笑った。
「貴女みたいな綺麗な人でも、苦手なことはあるのね。」
エアロが言う。
「シーラも料理出来ないじゃないですか。」
「エアロッ!」
シーラ様が思わずと言った様子で顔を上げた。
「シーラ様と同じなんて、なんだか嬉しいです。」
私がそう言うと、シーラ様は私の方を見た。
そして、少し寂しそうに私の瞳を見つめた。
「…貴女の瞳は紫でも、少し明るいのね。
菫色に近いわ。」
「あ、はい。…珍しいですよね。
シーラ様は…紫がお嫌いですか?」
シーラ様は少し迷ったように口を開いた。
「…大好きな色だったわ。
でも、今は見ていると辛くなってしまうの…。」
そう言うと、目を伏せた。
「そう…なんですか?」
シーラ様は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「えぇ。紫は…
エアロの父親である、あの人の瞳の色だから…。」
「…私の父親?」
エアロは眉を顰める。
私はその反応を見て、シーラ様に尋ねた。
「エアロに話したことは…?」
「…ないわ。前に聞かれたこともあったけど。」
エアロは予想外の展開に戸惑っているように見える。
「え、えぇ…その時に話したくないと言われ、それ以来聞いたことがありませんでした。」
私はシーラ様をしっかり見つめる。
「ねぇ、シーラ様。聞かせてくださいませんか?
…一人で抱えるより、エアロや私に話してくれたら何か出来ることがあるかもしれない。」
シーラ様は俯き、首を横に振る。
「出来ることはもう何もないの。全て終わって、あとは私が罪を抱えて生きていくだけ…。」
部屋に沈黙が流れる。
それを破ったのはエアロだった。
「…じゃあ、その罪を分け合えませんか?
…私達は家族でしょう?」
「…エアロ。」
シーラ様はエアロを見る。その瞳は揺れていた。
「私はずっとシーラの苦しそうな姿を見てきました。本当のシーラは優しくて…誰も傷つけたくないと思っているのを知っています。」
シーラ様は俯いて黙ったままだ。
「シーラ様…。どうか、お願いです。
…エアロも、私も、シーラ様を助けたい。」
シーラ様は、顔を上げて、私を見る。
もう目は逸らされなかった。
「どうして…貴女がそこまで…」
私は隣にいるエアロを見た。
「…エアロが、好きです。彼の全てを愛したいんです。
エアロが好きなシーラ様も、全部。」
シーラ様は目を見開いて、信じられないと言った顔をする。
「…エアロが…私を、好き?」
「えぇ。私はそう思います。
…ねぇ?エアロ。」
エアロは目を逸らす。ほんのり顔が赤い。
「……もう大人になってるのに、好きなんて言えないでしょう。…でも、唯一の肉親です。嫌いなはずありません。」
シーラ様の瞳から一筋の涙が零れた。フルフルと首を横に振り、唇を噛み締めた。
「…でも、私は貴方に何も与えられなかった。普通の生活も、普通の身体も…母親から与えられるべき愛でさえ。」
エアロは微笑んで言った。
「普通の生活なんて求めていません。私は大切な人が側にいたらそれで良いんです。
…シーラはこの鴉に変身できる身体が気持ち悪いですか?」
エアロは悲しそうに問う。
シーラ様は、バッと顔を上げた。
「そんなはずない!!黒く輝くエアロの羽は美しいし、鴉の姿は私にはとても可愛く見えるわ!!」
「ふふっ。ありがとうございます。
私は、ずっと…
シーラに気味が悪いと思われてると思っていました。」
「そんなっ…!
……ごめんなさい。
私はエアロがこんな身体に産んだことを恨んでいるかと…。」
エアロが首を横に振る。
「いいえ。なんで変身できるんだと悩んだ時期もありましたが、それでシーラを恨んだことなど一度もありません。
それに…今は…。
シルヴィが空を飛べて羨ましいと…
この羽を美しいと優しく撫でてくれました。
この身体だから、シルヴィと出会えたのだと思います。
だから、私は自分のこの身体が好きです。」
「…そう。そうなのね。
貴方達は愛し合って…。
…シルヴィさん、ありがとう。
それに失礼な態度を取って…ごめんなさい。」
「大丈夫です。
でも、理由が知りたいです。
教えてくれませんか?その紫の瞳の男性と何があったのか。」
エアロがシーラ様をじっと見つめる。
「……シーラ。」
シーラ様は短くため息をつき、顔を上げた。
「…分かったわ。
聞いてくれるかしら。
…私とあの人のことを。」
そう言って、シーラ様は話し出した。
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