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6.会議室
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昨夜は殆ど寝れなかった。
この歳で側室として召し上げられることも信じられなかったし、騎士団を辞めなければならないことも信じられなかった。何とかしなきゃと思うのに、混乱し過ぎて、どうすれば良いのか全く思いつかない。頭が真っ白で涙も出なかった。
結局一人じゃどうしようもなくて、朝早く指揮官室でジルベルトが来るのをひたすら待つ。パデル爺に相談しようとも思ったが、今の時間はまだ医務室にいない。
その時、扉が開いた。
「あぁ、シルヴィ。もう来てたのか。
この二週間ありがとうー」
ジルベルトは私の顔をしっかり見た瞬間、動きを止めた。
「…どうしたんだ、シルヴィ…。
ひどい顔だ。何かあったのか…?!」
ジルベルトの顔を見たら、涙が溢れてしまった。
ボロボロと涙を零す私を見て、ジルベルトは驚いた顔をしたが、私に近寄り、落ち着くまで背中を撫でてくれた。
暫く泣き、私は落ち着いた。
「ごめん、ジルベルト。」
「いや、それはいいが…。何があったんだ?
この二週間のうちにそんな困ったことが起きたのか?」
「ううん。仕事のことじゃない。」
私は力なく首を横に振った。ジルベルトは私が何かを言う前に一人険しい顔をして、言った。
「なんだ?プライベートか?
…もしかして、あの鴉か?」
「は…?鴉?」
ポカンとする私。ますます怒り始めるジルベルト。
「そうだ。シルヴィを大切にするとか言っといて、こんなに早く泣かすとは!許せん!!」
私は慌てて確認する。
「ま、待って!!鴉ってエアロのこと?」
「そうだが。」
ジルベルトの顔がまだ怖い。
「エアロが私を大切にするって言ってたの?」
「あぁ。魔女の城に行った時に話があると言われてな。聞くと、シルヴィを愛していると。一生大切にするつもりだと。だから、俺はあいつと剣を交えたんだ。」
「は?剣を交えた?」
ジルベルトは当たり前だと言うような顔をする。
「あぁ。弱い奴にシルヴィを任せるわけにはいかないからな。俺が直々に試してやった。」
私は思わず頭を抱え、言った。
「任せられないって…ジルベルトは私の何なのよ…」
ジルベルトはキョトンとする。
「家族みたいなもんだろ?違うのか?」
指揮官室に短い沈黙が流れる。
「…うん。……そう、よね。
……ありがとう。」
嬉しくて、視界が歪む。
「なんだ、今日のシルヴィは泣き虫だな。」
ジルベルトが笑って言った。
「そんなことないわよ、ばか。」
ジルベルトを軽く睨む。
「ふっ。いつもの調子が戻って来たな。
で、本当に何があったんだ?」
私はジルベルトに例の手紙を渡した。
「…この手紙。セレク第二王子殿下からの。」
「なんだ。また来たのか?」
ジルベルトは手紙を開いて、中に目を通す。
「…なんだ。これは…」
ジルベルトは目を見開く。反応が私と同じで笑ってしまう。
「本当よね。急に意味が分からないわ。
かなり前に貰ったんだけど、開けるのを忘れてたの。昨日、たまたま目について開けてみたら、こんなことが書いてあって驚きよ。」
ジルベルトは眉を顰める。
「…本当だな。俺も何も聞いてない。
とりあえず事実関係を確認した方が良さそうだ。」
「私はどうしたらいいと思う?」
ジルベルトは、落ち着いた様子で私に言う。
「明日から少し長い休みを取ると良い。その間に俺が何とかする。
…あいつの所に行ったらどうだ?あそこなら王子殿下が何かしようと思っても無理だろう。」
「エアロ…。」
エアロの顔を思い浮かべて、名前を呟く。
「そうだ。ちょうどよく迎えに来てくれるといいんだが…そう都合よく来ないよな。
…とりあえずうちの屋敷に来い。魔女の手紙をマリエルに届けに来た時に連れて帰ってもらえ。」
私は首を振った。
「ううん、公爵家のお屋敷なんて恐れ多いわ。
それに…今日は来る気がするの。
通知が来るにはあと二日あるし、家で待ってる。」
ジルベルトは、優しく笑った。
「そうか。でも、来なかったら言えよ?
あと、今日中にパデルにも報告行っとけ。」
「分かった。」
私は素直に頷いた。
◆ ◇ ◆
今はランチの時間だ。一人になりたくて、人のあまり来ない官舎の屋上で食べている。今日のメニューはハーブで焼いたチキンやら、サラダやらが詰め込まれたランチボックスだ。
ジルベルトに話して、私の気持ちも随分落ち着いた。
そして、気持ちが落ち着くと、ふつふつと怒りが沸いてきた。
チキンにフォークを勢いよく刺す。
だれが見てるわけじゃないから、構わない。
何で私が側室となんかにならなきゃいけないんだ!
第二王子殿下のことを好きでもないのに!
若くもないのに!
ほぼ平民なのに!
しかも、騎士団を辞めろなんて!
…それに何でこのタイミングなの?
一緒に居たいと思う人が見つかったのに…なんで…。
もう怒りと悲しみで胸がいっぱいになる。
…エアロはなんて言うだろう。ジルベルトはあぁ言っていたけど、エアロもシーラ様も受け入れてくれるだろうか…。
その時、空から鴉が飛んできた。
…あれがエアロだったらなぁ、と思っていると、鴉は私の目の前に降り立った。…エアロだ!!
赤い目の鴉に私は駆け寄る。
まばらだが、人はいる。私は小声で話しかけた。
「エアロ…なのよね?」
鴉はこっくりと頷いた。
「分かった。ここじゃ人が多くて変身出来ないから移動しなきゃ。抱くわよ?」
鴉はしゃがみ込んだ私の腕の中にぴょんっと飛び込んできた。…可愛い。
私は鴉のエアロを抱いて、屋上を後にした。
◆ ◇ ◆
階段を降りて、すぐの会議室が空いていたので、そこに入った。鍵を閉めると、鴉はエアロになった。
「シルヴィ!」
エアロは、すぐにギュッと抱きしめてくれた。
「エアロ?」
エアロはいつもと違う様子だった。まだ何も話してないのに、何事かと思っていると、エアロが私の顔を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。
「シルヴィ…泣いていましたよね?」
私は思わず尋ねる。
「うん…どうして知ってるの?」
エアロは少し躊躇った後、言った。
「…すみません。…鏡を見たんです。」
「鏡?」
「はい。遠真鏡という遠くにいる人の姿が見える鏡です。」
それを聞いて思い出した。マリエルが言っていたシーラ様の城にある、魔道具だ。私はエアロの言葉を待った。
「許可なく遠くから姿を覗き見るなんていけないと思ったんですが、なんだか胸騒ぎがして…。念のためと思い、今朝、鏡を使いました。
そうしたら…シルヴィは泣いていて、ジルベルトに慰められていました。」
「うん…」
「なんで側にいるのが私じゃないのかと…悔しくて。シルヴィとジルベルトがそういう関係じゃないと分かっていても…ひどく嫉妬しました。」
エアロは強く拳を握った。
「そっか。
…でも、私も本当はエアロに一番に相談したかったのよ?」
首を傾げて私がそう告げると、エアロは肩を落とした。
「ごめんなさい。肝心な時にそばにいなくて。」
私は大きく首を横に振る。
「ううん。責めてるわけじゃない。
今、会いに来てくれて嬉しい。
エアロの最速で来てくれたんだと思うから。」
「シルヴィが辛い時に側にいなくちゃ意味ありません。
ねぇ、私にも何があったか教えてくれますか?」
「…うん。」
私は第二王子殿下から騎士団を辞めて側室として後宮に入るよう手紙を貰ったことを話した。
「側室…。」
エアロは呟く。私は自嘲気味に笑う。
「うん。ほんと馬鹿馬鹿しいよね。」
エアロは私の瞳を見つめる。
「…シルヴィは…第二王子のことをどう思っているんですか?」
「どうも何も、何とも思っていない。もう七年も想われているけど、私は一度だって惹かれたことはない。
それに…」
私はエアロをじっと見つめる。
「それに?」
「今はエアロがいるもの。エアロ以外の人に抱かれるなんてごめんだわ。そんなことしそうなもんなら、蹴り飛ばしてやる。」
エアロは吹き出すように笑った。
「ふふっ。頼もしいですね。
でも…やっぱり心配です。ねぇ、シルヴィ?
いったん騎士団はお休みして、私のところに来ませんか?」
「うん、ありがとう!
実は私からお願いしようと思ってたの。
ジルベルトもそうさせてもらえって。」
エアロの目線が厳しくなり、何かを呟いた。
「…またジルベルト。」
「何か言った?」
私が聞き直すと、エアロは微笑んだ。
「いいえ。
城に滞在するのは私としては大歓迎です。
シーラもきっと喜ぶでしょう。」
「ほんと?シーラ様、大丈夫かしら?」
少し不安になり、指先を弄る。
「大丈夫だと思いますよ。前々からシルヴィとは会いたいと言ってましたし、マリエルからも連れて行きたいお友達だとシルヴィのことを聞いているそうで。」
「そっか…!」
私の顔を見て、エアロは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。
「では、一旦帰って、シルヴィを迎え入れる準備をしてから、仕事が終わる頃に迎えに来ますね。シーラにも話しておきます。」
「分かったわ。…本当にありがとう。」
私は頭を下げた。エアロは首を振る。
「いいえ、愛しい人の頼みですから。
それに、私としては危険が多い王都より、側にいてくれた方が安心です。」
「ふふっ。エアロ、私ほど強い彼女はいないと思うわよ?」
「それでも、心配なんです。
こんなに美しいのですから。」
真っ直ぐに褒められて、恥ずかしくなる。
「あ、ありがとう。」
エアロが真剣な表情で私を見つめる。
「シルヴィ…好きです。
今までこんなに激しい感情を抱いたことはありません。誰にも渡したくない…シルヴィが縋るのは私だけであってほしい…。」
エアロは、妖しく目を細めると、私に優しくキスを落とした。角度を変えて、何度も何度も口付けをする。それはどんどん深くなって、苦しいくらい。
「ぷ…はぁ…っ。え、あろぉ…」
「あぁ…こんなところでそんな顔を見せないで下さい。止められなくなる。」
そう言って、エアロは服の上から胸を揉む。
「ひゃ…んぅ。」
「服の上からでも、こんなに柔らかい…」
「えあろ…だめぇ…っ!」
「シルヴィが嫌なら、すぐに逃げられるでしょう?他の男にこんなことされたら、どうするんです?」
「他の人にっ…、ぁ…こんなことさせない…っ」
「本当?
……ジルベルトにも?」
…ジルベルト?…あいつがそんなことすると思ってるの…?
そう考えられてるのかと思ったら、イラッとした。
「…いい加減してっ!!」
私はエアロの手をパンっと弾いた。
エアロは悲しそうな顔をする。そして、微笑んだ。
「本当ですね。どうかしてました。
…ごめんなさい。」
私は表情を固くしたまま答える。
「…大丈夫。
でも、ジルベルトはそんなことしない。」
エアロは頷いた。
「分かっています。大体あの人はマリエル以外に興味ないですもんね。失礼しました。」
沈黙が会議室を覆う。
先に口を開いたのはエアロだった。
「では、仕事が終わる頃に迎えに行きますね。
家で用意して待っていてください。」
そう言ってエアロは、会議室の窓を開けて、鴉へと姿を変え、飛び立って行った。
私は見えなくなるまで、鴉の後ろ姿を窓から見つめていた。
この歳で側室として召し上げられることも信じられなかったし、騎士団を辞めなければならないことも信じられなかった。何とかしなきゃと思うのに、混乱し過ぎて、どうすれば良いのか全く思いつかない。頭が真っ白で涙も出なかった。
結局一人じゃどうしようもなくて、朝早く指揮官室でジルベルトが来るのをひたすら待つ。パデル爺に相談しようとも思ったが、今の時間はまだ医務室にいない。
その時、扉が開いた。
「あぁ、シルヴィ。もう来てたのか。
この二週間ありがとうー」
ジルベルトは私の顔をしっかり見た瞬間、動きを止めた。
「…どうしたんだ、シルヴィ…。
ひどい顔だ。何かあったのか…?!」
ジルベルトの顔を見たら、涙が溢れてしまった。
ボロボロと涙を零す私を見て、ジルベルトは驚いた顔をしたが、私に近寄り、落ち着くまで背中を撫でてくれた。
暫く泣き、私は落ち着いた。
「ごめん、ジルベルト。」
「いや、それはいいが…。何があったんだ?
この二週間のうちにそんな困ったことが起きたのか?」
「ううん。仕事のことじゃない。」
私は力なく首を横に振った。ジルベルトは私が何かを言う前に一人険しい顔をして、言った。
「なんだ?プライベートか?
…もしかして、あの鴉か?」
「は…?鴉?」
ポカンとする私。ますます怒り始めるジルベルト。
「そうだ。シルヴィを大切にするとか言っといて、こんなに早く泣かすとは!許せん!!」
私は慌てて確認する。
「ま、待って!!鴉ってエアロのこと?」
「そうだが。」
ジルベルトの顔がまだ怖い。
「エアロが私を大切にするって言ってたの?」
「あぁ。魔女の城に行った時に話があると言われてな。聞くと、シルヴィを愛していると。一生大切にするつもりだと。だから、俺はあいつと剣を交えたんだ。」
「は?剣を交えた?」
ジルベルトは当たり前だと言うような顔をする。
「あぁ。弱い奴にシルヴィを任せるわけにはいかないからな。俺が直々に試してやった。」
私は思わず頭を抱え、言った。
「任せられないって…ジルベルトは私の何なのよ…」
ジルベルトはキョトンとする。
「家族みたいなもんだろ?違うのか?」
指揮官室に短い沈黙が流れる。
「…うん。……そう、よね。
……ありがとう。」
嬉しくて、視界が歪む。
「なんだ、今日のシルヴィは泣き虫だな。」
ジルベルトが笑って言った。
「そんなことないわよ、ばか。」
ジルベルトを軽く睨む。
「ふっ。いつもの調子が戻って来たな。
で、本当に何があったんだ?」
私はジルベルトに例の手紙を渡した。
「…この手紙。セレク第二王子殿下からの。」
「なんだ。また来たのか?」
ジルベルトは手紙を開いて、中に目を通す。
「…なんだ。これは…」
ジルベルトは目を見開く。反応が私と同じで笑ってしまう。
「本当よね。急に意味が分からないわ。
かなり前に貰ったんだけど、開けるのを忘れてたの。昨日、たまたま目について開けてみたら、こんなことが書いてあって驚きよ。」
ジルベルトは眉を顰める。
「…本当だな。俺も何も聞いてない。
とりあえず事実関係を確認した方が良さそうだ。」
「私はどうしたらいいと思う?」
ジルベルトは、落ち着いた様子で私に言う。
「明日から少し長い休みを取ると良い。その間に俺が何とかする。
…あいつの所に行ったらどうだ?あそこなら王子殿下が何かしようと思っても無理だろう。」
「エアロ…。」
エアロの顔を思い浮かべて、名前を呟く。
「そうだ。ちょうどよく迎えに来てくれるといいんだが…そう都合よく来ないよな。
…とりあえずうちの屋敷に来い。魔女の手紙をマリエルに届けに来た時に連れて帰ってもらえ。」
私は首を振った。
「ううん、公爵家のお屋敷なんて恐れ多いわ。
それに…今日は来る気がするの。
通知が来るにはあと二日あるし、家で待ってる。」
ジルベルトは、優しく笑った。
「そうか。でも、来なかったら言えよ?
あと、今日中にパデルにも報告行っとけ。」
「分かった。」
私は素直に頷いた。
◆ ◇ ◆
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ジルベルトに話して、私の気持ちも随分落ち着いた。
そして、気持ちが落ち着くと、ふつふつと怒りが沸いてきた。
チキンにフォークを勢いよく刺す。
だれが見てるわけじゃないから、構わない。
何で私が側室となんかにならなきゃいけないんだ!
第二王子殿下のことを好きでもないのに!
若くもないのに!
ほぼ平民なのに!
しかも、騎士団を辞めろなんて!
…それに何でこのタイミングなの?
一緒に居たいと思う人が見つかったのに…なんで…。
もう怒りと悲しみで胸がいっぱいになる。
…エアロはなんて言うだろう。ジルベルトはあぁ言っていたけど、エアロもシーラ様も受け入れてくれるだろうか…。
その時、空から鴉が飛んできた。
…あれがエアロだったらなぁ、と思っていると、鴉は私の目の前に降り立った。…エアロだ!!
赤い目の鴉に私は駆け寄る。
まばらだが、人はいる。私は小声で話しかけた。
「エアロ…なのよね?」
鴉はこっくりと頷いた。
「分かった。ここじゃ人が多くて変身出来ないから移動しなきゃ。抱くわよ?」
鴉はしゃがみ込んだ私の腕の中にぴょんっと飛び込んできた。…可愛い。
私は鴉のエアロを抱いて、屋上を後にした。
◆ ◇ ◆
階段を降りて、すぐの会議室が空いていたので、そこに入った。鍵を閉めると、鴉はエアロになった。
「シルヴィ!」
エアロは、すぐにギュッと抱きしめてくれた。
「エアロ?」
エアロはいつもと違う様子だった。まだ何も話してないのに、何事かと思っていると、エアロが私の顔を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。
「シルヴィ…泣いていましたよね?」
私は思わず尋ねる。
「うん…どうして知ってるの?」
エアロは少し躊躇った後、言った。
「…すみません。…鏡を見たんです。」
「鏡?」
「はい。遠真鏡という遠くにいる人の姿が見える鏡です。」
それを聞いて思い出した。マリエルが言っていたシーラ様の城にある、魔道具だ。私はエアロの言葉を待った。
「許可なく遠くから姿を覗き見るなんていけないと思ったんですが、なんだか胸騒ぎがして…。念のためと思い、今朝、鏡を使いました。
そうしたら…シルヴィは泣いていて、ジルベルトに慰められていました。」
「うん…」
「なんで側にいるのが私じゃないのかと…悔しくて。シルヴィとジルベルトがそういう関係じゃないと分かっていても…ひどく嫉妬しました。」
エアロは強く拳を握った。
「そっか。
…でも、私も本当はエアロに一番に相談したかったのよ?」
首を傾げて私がそう告げると、エアロは肩を落とした。
「ごめんなさい。肝心な時にそばにいなくて。」
私は大きく首を横に振る。
「ううん。責めてるわけじゃない。
今、会いに来てくれて嬉しい。
エアロの最速で来てくれたんだと思うから。」
「シルヴィが辛い時に側にいなくちゃ意味ありません。
ねぇ、私にも何があったか教えてくれますか?」
「…うん。」
私は第二王子殿下から騎士団を辞めて側室として後宮に入るよう手紙を貰ったことを話した。
「側室…。」
エアロは呟く。私は自嘲気味に笑う。
「うん。ほんと馬鹿馬鹿しいよね。」
エアロは私の瞳を見つめる。
「…シルヴィは…第二王子のことをどう思っているんですか?」
「どうも何も、何とも思っていない。もう七年も想われているけど、私は一度だって惹かれたことはない。
それに…」
私はエアロをじっと見つめる。
「それに?」
「今はエアロがいるもの。エアロ以外の人に抱かれるなんてごめんだわ。そんなことしそうなもんなら、蹴り飛ばしてやる。」
エアロは吹き出すように笑った。
「ふふっ。頼もしいですね。
でも…やっぱり心配です。ねぇ、シルヴィ?
いったん騎士団はお休みして、私のところに来ませんか?」
「うん、ありがとう!
実は私からお願いしようと思ってたの。
ジルベルトもそうさせてもらえって。」
エアロの目線が厳しくなり、何かを呟いた。
「…またジルベルト。」
「何か言った?」
私が聞き直すと、エアロは微笑んだ。
「いいえ。
城に滞在するのは私としては大歓迎です。
シーラもきっと喜ぶでしょう。」
「ほんと?シーラ様、大丈夫かしら?」
少し不安になり、指先を弄る。
「大丈夫だと思いますよ。前々からシルヴィとは会いたいと言ってましたし、マリエルからも連れて行きたいお友達だとシルヴィのことを聞いているそうで。」
「そっか…!」
私の顔を見て、エアロは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。
「では、一旦帰って、シルヴィを迎え入れる準備をしてから、仕事が終わる頃に迎えに来ますね。シーラにも話しておきます。」
「分かったわ。…本当にありがとう。」
私は頭を下げた。エアロは首を振る。
「いいえ、愛しい人の頼みですから。
それに、私としては危険が多い王都より、側にいてくれた方が安心です。」
「ふふっ。エアロ、私ほど強い彼女はいないと思うわよ?」
「それでも、心配なんです。
こんなに美しいのですから。」
真っ直ぐに褒められて、恥ずかしくなる。
「あ、ありがとう。」
エアロが真剣な表情で私を見つめる。
「シルヴィ…好きです。
今までこんなに激しい感情を抱いたことはありません。誰にも渡したくない…シルヴィが縋るのは私だけであってほしい…。」
エアロは、妖しく目を細めると、私に優しくキスを落とした。角度を変えて、何度も何度も口付けをする。それはどんどん深くなって、苦しいくらい。
「ぷ…はぁ…っ。え、あろぉ…」
「あぁ…こんなところでそんな顔を見せないで下さい。止められなくなる。」
そう言って、エアロは服の上から胸を揉む。
「ひゃ…んぅ。」
「服の上からでも、こんなに柔らかい…」
「えあろ…だめぇ…っ!」
「シルヴィが嫌なら、すぐに逃げられるでしょう?他の男にこんなことされたら、どうするんです?」
「他の人にっ…、ぁ…こんなことさせない…っ」
「本当?
……ジルベルトにも?」
…ジルベルト?…あいつがそんなことすると思ってるの…?
そう考えられてるのかと思ったら、イラッとした。
「…いい加減してっ!!」
私はエアロの手をパンっと弾いた。
エアロは悲しそうな顔をする。そして、微笑んだ。
「本当ですね。どうかしてました。
…ごめんなさい。」
私は表情を固くしたまま答える。
「…大丈夫。
でも、ジルベルトはそんなことしない。」
エアロは頷いた。
「分かっています。大体あの人はマリエル以外に興味ないですもんね。失礼しました。」
沈黙が会議室を覆う。
先に口を開いたのはエアロだった。
「では、仕事が終わる頃に迎えに行きますね。
家で用意して待っていてください。」
そう言ってエアロは、会議室の窓を開けて、鴉へと姿を変え、飛び立って行った。
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