6 / 26
6.会議室
しおりを挟む
昨夜は殆ど寝れなかった。
この歳で側室として召し上げられることも信じられなかったし、騎士団を辞めなければならないことも信じられなかった。何とかしなきゃと思うのに、混乱し過ぎて、どうすれば良いのか全く思いつかない。頭が真っ白で涙も出なかった。
結局一人じゃどうしようもなくて、朝早く指揮官室でジルベルトが来るのをひたすら待つ。パデル爺に相談しようとも思ったが、今の時間はまだ医務室にいない。
その時、扉が開いた。
「あぁ、シルヴィ。もう来てたのか。
この二週間ありがとうー」
ジルベルトは私の顔をしっかり見た瞬間、動きを止めた。
「…どうしたんだ、シルヴィ…。
ひどい顔だ。何かあったのか…?!」
ジルベルトの顔を見たら、涙が溢れてしまった。
ボロボロと涙を零す私を見て、ジルベルトは驚いた顔をしたが、私に近寄り、落ち着くまで背中を撫でてくれた。
暫く泣き、私は落ち着いた。
「ごめん、ジルベルト。」
「いや、それはいいが…。何があったんだ?
この二週間のうちにそんな困ったことが起きたのか?」
「ううん。仕事のことじゃない。」
私は力なく首を横に振った。ジルベルトは私が何かを言う前に一人険しい顔をして、言った。
「なんだ?プライベートか?
…もしかして、あの鴉か?」
「は…?鴉?」
ポカンとする私。ますます怒り始めるジルベルト。
「そうだ。シルヴィを大切にするとか言っといて、こんなに早く泣かすとは!許せん!!」
私は慌てて確認する。
「ま、待って!!鴉ってエアロのこと?」
「そうだが。」
ジルベルトの顔がまだ怖い。
「エアロが私を大切にするって言ってたの?」
「あぁ。魔女の城に行った時に話があると言われてな。聞くと、シルヴィを愛していると。一生大切にするつもりだと。だから、俺はあいつと剣を交えたんだ。」
「は?剣を交えた?」
ジルベルトは当たり前だと言うような顔をする。
「あぁ。弱い奴にシルヴィを任せるわけにはいかないからな。俺が直々に試してやった。」
私は思わず頭を抱え、言った。
「任せられないって…ジルベルトは私の何なのよ…」
ジルベルトはキョトンとする。
「家族みたいなもんだろ?違うのか?」
指揮官室に短い沈黙が流れる。
「…うん。……そう、よね。
……ありがとう。」
嬉しくて、視界が歪む。
「なんだ、今日のシルヴィは泣き虫だな。」
ジルベルトが笑って言った。
「そんなことないわよ、ばか。」
ジルベルトを軽く睨む。
「ふっ。いつもの調子が戻って来たな。
で、本当に何があったんだ?」
私はジルベルトに例の手紙を渡した。
「…この手紙。セレク第二王子殿下からの。」
「なんだ。また来たのか?」
ジルベルトは手紙を開いて、中に目を通す。
「…なんだ。これは…」
ジルベルトは目を見開く。反応が私と同じで笑ってしまう。
「本当よね。急に意味が分からないわ。
かなり前に貰ったんだけど、開けるのを忘れてたの。昨日、たまたま目について開けてみたら、こんなことが書いてあって驚きよ。」
ジルベルトは眉を顰める。
「…本当だな。俺も何も聞いてない。
とりあえず事実関係を確認した方が良さそうだ。」
「私はどうしたらいいと思う?」
ジルベルトは、落ち着いた様子で私に言う。
「明日から少し長い休みを取ると良い。その間に俺が何とかする。
…あいつの所に行ったらどうだ?あそこなら王子殿下が何かしようと思っても無理だろう。」
「エアロ…。」
エアロの顔を思い浮かべて、名前を呟く。
「そうだ。ちょうどよく迎えに来てくれるといいんだが…そう都合よく来ないよな。
…とりあえずうちの屋敷に来い。魔女の手紙をマリエルに届けに来た時に連れて帰ってもらえ。」
私は首を振った。
「ううん、公爵家のお屋敷なんて恐れ多いわ。
それに…今日は来る気がするの。
通知が来るにはあと二日あるし、家で待ってる。」
ジルベルトは、優しく笑った。
「そうか。でも、来なかったら言えよ?
あと、今日中にパデルにも報告行っとけ。」
「分かった。」
私は素直に頷いた。
◆ ◇ ◆
今はランチの時間だ。一人になりたくて、人のあまり来ない官舎の屋上で食べている。今日のメニューはハーブで焼いたチキンやら、サラダやらが詰め込まれたランチボックスだ。
ジルベルトに話して、私の気持ちも随分落ち着いた。
そして、気持ちが落ち着くと、ふつふつと怒りが沸いてきた。
チキンにフォークを勢いよく刺す。
だれが見てるわけじゃないから、構わない。
何で私が側室となんかにならなきゃいけないんだ!
第二王子殿下のことを好きでもないのに!
若くもないのに!
ほぼ平民なのに!
しかも、騎士団を辞めろなんて!
…それに何でこのタイミングなの?
一緒に居たいと思う人が見つかったのに…なんで…。
もう怒りと悲しみで胸がいっぱいになる。
…エアロはなんて言うだろう。ジルベルトはあぁ言っていたけど、エアロもシーラ様も受け入れてくれるだろうか…。
その時、空から鴉が飛んできた。
…あれがエアロだったらなぁ、と思っていると、鴉は私の目の前に降り立った。…エアロだ!!
赤い目の鴉に私は駆け寄る。
まばらだが、人はいる。私は小声で話しかけた。
「エアロ…なのよね?」
鴉はこっくりと頷いた。
「分かった。ここじゃ人が多くて変身出来ないから移動しなきゃ。抱くわよ?」
鴉はしゃがみ込んだ私の腕の中にぴょんっと飛び込んできた。…可愛い。
私は鴉のエアロを抱いて、屋上を後にした。
◆ ◇ ◆
階段を降りて、すぐの会議室が空いていたので、そこに入った。鍵を閉めると、鴉はエアロになった。
「シルヴィ!」
エアロは、すぐにギュッと抱きしめてくれた。
「エアロ?」
エアロはいつもと違う様子だった。まだ何も話してないのに、何事かと思っていると、エアロが私の顔を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。
「シルヴィ…泣いていましたよね?」
私は思わず尋ねる。
「うん…どうして知ってるの?」
エアロは少し躊躇った後、言った。
「…すみません。…鏡を見たんです。」
「鏡?」
「はい。遠真鏡という遠くにいる人の姿が見える鏡です。」
それを聞いて思い出した。マリエルが言っていたシーラ様の城にある、魔道具だ。私はエアロの言葉を待った。
「許可なく遠くから姿を覗き見るなんていけないと思ったんですが、なんだか胸騒ぎがして…。念のためと思い、今朝、鏡を使いました。
そうしたら…シルヴィは泣いていて、ジルベルトに慰められていました。」
「うん…」
「なんで側にいるのが私じゃないのかと…悔しくて。シルヴィとジルベルトがそういう関係じゃないと分かっていても…ひどく嫉妬しました。」
エアロは強く拳を握った。
「そっか。
…でも、私も本当はエアロに一番に相談したかったのよ?」
首を傾げて私がそう告げると、エアロは肩を落とした。
「ごめんなさい。肝心な時にそばにいなくて。」
私は大きく首を横に振る。
「ううん。責めてるわけじゃない。
今、会いに来てくれて嬉しい。
エアロの最速で来てくれたんだと思うから。」
「シルヴィが辛い時に側にいなくちゃ意味ありません。
ねぇ、私にも何があったか教えてくれますか?」
「…うん。」
私は第二王子殿下から騎士団を辞めて側室として後宮に入るよう手紙を貰ったことを話した。
「側室…。」
エアロは呟く。私は自嘲気味に笑う。
「うん。ほんと馬鹿馬鹿しいよね。」
エアロは私の瞳を見つめる。
「…シルヴィは…第二王子のことをどう思っているんですか?」
「どうも何も、何とも思っていない。もう七年も想われているけど、私は一度だって惹かれたことはない。
それに…」
私はエアロをじっと見つめる。
「それに?」
「今はエアロがいるもの。エアロ以外の人に抱かれるなんてごめんだわ。そんなことしそうなもんなら、蹴り飛ばしてやる。」
エアロは吹き出すように笑った。
「ふふっ。頼もしいですね。
でも…やっぱり心配です。ねぇ、シルヴィ?
いったん騎士団はお休みして、私のところに来ませんか?」
「うん、ありがとう!
実は私からお願いしようと思ってたの。
ジルベルトもそうさせてもらえって。」
エアロの目線が厳しくなり、何かを呟いた。
「…またジルベルト。」
「何か言った?」
私が聞き直すと、エアロは微笑んだ。
「いいえ。
城に滞在するのは私としては大歓迎です。
シーラもきっと喜ぶでしょう。」
「ほんと?シーラ様、大丈夫かしら?」
少し不安になり、指先を弄る。
「大丈夫だと思いますよ。前々からシルヴィとは会いたいと言ってましたし、マリエルからも連れて行きたいお友達だとシルヴィのことを聞いているそうで。」
「そっか…!」
私の顔を見て、エアロは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。
「では、一旦帰って、シルヴィを迎え入れる準備をしてから、仕事が終わる頃に迎えに来ますね。シーラにも話しておきます。」
「分かったわ。…本当にありがとう。」
私は頭を下げた。エアロは首を振る。
「いいえ、愛しい人の頼みですから。
それに、私としては危険が多い王都より、側にいてくれた方が安心です。」
「ふふっ。エアロ、私ほど強い彼女はいないと思うわよ?」
「それでも、心配なんです。
こんなに美しいのですから。」
真っ直ぐに褒められて、恥ずかしくなる。
「あ、ありがとう。」
エアロが真剣な表情で私を見つめる。
「シルヴィ…好きです。
今までこんなに激しい感情を抱いたことはありません。誰にも渡したくない…シルヴィが縋るのは私だけであってほしい…。」
エアロは、妖しく目を細めると、私に優しくキスを落とした。角度を変えて、何度も何度も口付けをする。それはどんどん深くなって、苦しいくらい。
「ぷ…はぁ…っ。え、あろぉ…」
「あぁ…こんなところでそんな顔を見せないで下さい。止められなくなる。」
そう言って、エアロは服の上から胸を揉む。
「ひゃ…んぅ。」
「服の上からでも、こんなに柔らかい…」
「えあろ…だめぇ…っ!」
「シルヴィが嫌なら、すぐに逃げられるでしょう?他の男にこんなことされたら、どうするんです?」
「他の人にっ…、ぁ…こんなことさせない…っ」
「本当?
……ジルベルトにも?」
…ジルベルト?…あいつがそんなことすると思ってるの…?
そう考えられてるのかと思ったら、イラッとした。
「…いい加減してっ!!」
私はエアロの手をパンっと弾いた。
エアロは悲しそうな顔をする。そして、微笑んだ。
「本当ですね。どうかしてました。
…ごめんなさい。」
私は表情を固くしたまま答える。
「…大丈夫。
でも、ジルベルトはそんなことしない。」
エアロは頷いた。
「分かっています。大体あの人はマリエル以外に興味ないですもんね。失礼しました。」
沈黙が会議室を覆う。
先に口を開いたのはエアロだった。
「では、仕事が終わる頃に迎えに行きますね。
家で用意して待っていてください。」
そう言ってエアロは、会議室の窓を開けて、鴉へと姿を変え、飛び立って行った。
私は見えなくなるまで、鴉の後ろ姿を窓から見つめていた。
この歳で側室として召し上げられることも信じられなかったし、騎士団を辞めなければならないことも信じられなかった。何とかしなきゃと思うのに、混乱し過ぎて、どうすれば良いのか全く思いつかない。頭が真っ白で涙も出なかった。
結局一人じゃどうしようもなくて、朝早く指揮官室でジルベルトが来るのをひたすら待つ。パデル爺に相談しようとも思ったが、今の時間はまだ医務室にいない。
その時、扉が開いた。
「あぁ、シルヴィ。もう来てたのか。
この二週間ありがとうー」
ジルベルトは私の顔をしっかり見た瞬間、動きを止めた。
「…どうしたんだ、シルヴィ…。
ひどい顔だ。何かあったのか…?!」
ジルベルトの顔を見たら、涙が溢れてしまった。
ボロボロと涙を零す私を見て、ジルベルトは驚いた顔をしたが、私に近寄り、落ち着くまで背中を撫でてくれた。
暫く泣き、私は落ち着いた。
「ごめん、ジルベルト。」
「いや、それはいいが…。何があったんだ?
この二週間のうちにそんな困ったことが起きたのか?」
「ううん。仕事のことじゃない。」
私は力なく首を横に振った。ジルベルトは私が何かを言う前に一人険しい顔をして、言った。
「なんだ?プライベートか?
…もしかして、あの鴉か?」
「は…?鴉?」
ポカンとする私。ますます怒り始めるジルベルト。
「そうだ。シルヴィを大切にするとか言っといて、こんなに早く泣かすとは!許せん!!」
私は慌てて確認する。
「ま、待って!!鴉ってエアロのこと?」
「そうだが。」
ジルベルトの顔がまだ怖い。
「エアロが私を大切にするって言ってたの?」
「あぁ。魔女の城に行った時に話があると言われてな。聞くと、シルヴィを愛していると。一生大切にするつもりだと。だから、俺はあいつと剣を交えたんだ。」
「は?剣を交えた?」
ジルベルトは当たり前だと言うような顔をする。
「あぁ。弱い奴にシルヴィを任せるわけにはいかないからな。俺が直々に試してやった。」
私は思わず頭を抱え、言った。
「任せられないって…ジルベルトは私の何なのよ…」
ジルベルトはキョトンとする。
「家族みたいなもんだろ?違うのか?」
指揮官室に短い沈黙が流れる。
「…うん。……そう、よね。
……ありがとう。」
嬉しくて、視界が歪む。
「なんだ、今日のシルヴィは泣き虫だな。」
ジルベルトが笑って言った。
「そんなことないわよ、ばか。」
ジルベルトを軽く睨む。
「ふっ。いつもの調子が戻って来たな。
で、本当に何があったんだ?」
私はジルベルトに例の手紙を渡した。
「…この手紙。セレク第二王子殿下からの。」
「なんだ。また来たのか?」
ジルベルトは手紙を開いて、中に目を通す。
「…なんだ。これは…」
ジルベルトは目を見開く。反応が私と同じで笑ってしまう。
「本当よね。急に意味が分からないわ。
かなり前に貰ったんだけど、開けるのを忘れてたの。昨日、たまたま目について開けてみたら、こんなことが書いてあって驚きよ。」
ジルベルトは眉を顰める。
「…本当だな。俺も何も聞いてない。
とりあえず事実関係を確認した方が良さそうだ。」
「私はどうしたらいいと思う?」
ジルベルトは、落ち着いた様子で私に言う。
「明日から少し長い休みを取ると良い。その間に俺が何とかする。
…あいつの所に行ったらどうだ?あそこなら王子殿下が何かしようと思っても無理だろう。」
「エアロ…。」
エアロの顔を思い浮かべて、名前を呟く。
「そうだ。ちょうどよく迎えに来てくれるといいんだが…そう都合よく来ないよな。
…とりあえずうちの屋敷に来い。魔女の手紙をマリエルに届けに来た時に連れて帰ってもらえ。」
私は首を振った。
「ううん、公爵家のお屋敷なんて恐れ多いわ。
それに…今日は来る気がするの。
通知が来るにはあと二日あるし、家で待ってる。」
ジルベルトは、優しく笑った。
「そうか。でも、来なかったら言えよ?
あと、今日中にパデルにも報告行っとけ。」
「分かった。」
私は素直に頷いた。
◆ ◇ ◆
今はランチの時間だ。一人になりたくて、人のあまり来ない官舎の屋上で食べている。今日のメニューはハーブで焼いたチキンやら、サラダやらが詰め込まれたランチボックスだ。
ジルベルトに話して、私の気持ちも随分落ち着いた。
そして、気持ちが落ち着くと、ふつふつと怒りが沸いてきた。
チキンにフォークを勢いよく刺す。
だれが見てるわけじゃないから、構わない。
何で私が側室となんかにならなきゃいけないんだ!
第二王子殿下のことを好きでもないのに!
若くもないのに!
ほぼ平民なのに!
しかも、騎士団を辞めろなんて!
…それに何でこのタイミングなの?
一緒に居たいと思う人が見つかったのに…なんで…。
もう怒りと悲しみで胸がいっぱいになる。
…エアロはなんて言うだろう。ジルベルトはあぁ言っていたけど、エアロもシーラ様も受け入れてくれるだろうか…。
その時、空から鴉が飛んできた。
…あれがエアロだったらなぁ、と思っていると、鴉は私の目の前に降り立った。…エアロだ!!
赤い目の鴉に私は駆け寄る。
まばらだが、人はいる。私は小声で話しかけた。
「エアロ…なのよね?」
鴉はこっくりと頷いた。
「分かった。ここじゃ人が多くて変身出来ないから移動しなきゃ。抱くわよ?」
鴉はしゃがみ込んだ私の腕の中にぴょんっと飛び込んできた。…可愛い。
私は鴉のエアロを抱いて、屋上を後にした。
◆ ◇ ◆
階段を降りて、すぐの会議室が空いていたので、そこに入った。鍵を閉めると、鴉はエアロになった。
「シルヴィ!」
エアロは、すぐにギュッと抱きしめてくれた。
「エアロ?」
エアロはいつもと違う様子だった。まだ何も話してないのに、何事かと思っていると、エアロが私の顔を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。
「シルヴィ…泣いていましたよね?」
私は思わず尋ねる。
「うん…どうして知ってるの?」
エアロは少し躊躇った後、言った。
「…すみません。…鏡を見たんです。」
「鏡?」
「はい。遠真鏡という遠くにいる人の姿が見える鏡です。」
それを聞いて思い出した。マリエルが言っていたシーラ様の城にある、魔道具だ。私はエアロの言葉を待った。
「許可なく遠くから姿を覗き見るなんていけないと思ったんですが、なんだか胸騒ぎがして…。念のためと思い、今朝、鏡を使いました。
そうしたら…シルヴィは泣いていて、ジルベルトに慰められていました。」
「うん…」
「なんで側にいるのが私じゃないのかと…悔しくて。シルヴィとジルベルトがそういう関係じゃないと分かっていても…ひどく嫉妬しました。」
エアロは強く拳を握った。
「そっか。
…でも、私も本当はエアロに一番に相談したかったのよ?」
首を傾げて私がそう告げると、エアロは肩を落とした。
「ごめんなさい。肝心な時にそばにいなくて。」
私は大きく首を横に振る。
「ううん。責めてるわけじゃない。
今、会いに来てくれて嬉しい。
エアロの最速で来てくれたんだと思うから。」
「シルヴィが辛い時に側にいなくちゃ意味ありません。
ねぇ、私にも何があったか教えてくれますか?」
「…うん。」
私は第二王子殿下から騎士団を辞めて側室として後宮に入るよう手紙を貰ったことを話した。
「側室…。」
エアロは呟く。私は自嘲気味に笑う。
「うん。ほんと馬鹿馬鹿しいよね。」
エアロは私の瞳を見つめる。
「…シルヴィは…第二王子のことをどう思っているんですか?」
「どうも何も、何とも思っていない。もう七年も想われているけど、私は一度だって惹かれたことはない。
それに…」
私はエアロをじっと見つめる。
「それに?」
「今はエアロがいるもの。エアロ以外の人に抱かれるなんてごめんだわ。そんなことしそうなもんなら、蹴り飛ばしてやる。」
エアロは吹き出すように笑った。
「ふふっ。頼もしいですね。
でも…やっぱり心配です。ねぇ、シルヴィ?
いったん騎士団はお休みして、私のところに来ませんか?」
「うん、ありがとう!
実は私からお願いしようと思ってたの。
ジルベルトもそうさせてもらえって。」
エアロの目線が厳しくなり、何かを呟いた。
「…またジルベルト。」
「何か言った?」
私が聞き直すと、エアロは微笑んだ。
「いいえ。
城に滞在するのは私としては大歓迎です。
シーラもきっと喜ぶでしょう。」
「ほんと?シーラ様、大丈夫かしら?」
少し不安になり、指先を弄る。
「大丈夫だと思いますよ。前々からシルヴィとは会いたいと言ってましたし、マリエルからも連れて行きたいお友達だとシルヴィのことを聞いているそうで。」
「そっか…!」
私の顔を見て、エアロは安心したような柔らかい笑みを浮かべた。
「では、一旦帰って、シルヴィを迎え入れる準備をしてから、仕事が終わる頃に迎えに来ますね。シーラにも話しておきます。」
「分かったわ。…本当にありがとう。」
私は頭を下げた。エアロは首を振る。
「いいえ、愛しい人の頼みですから。
それに、私としては危険が多い王都より、側にいてくれた方が安心です。」
「ふふっ。エアロ、私ほど強い彼女はいないと思うわよ?」
「それでも、心配なんです。
こんなに美しいのですから。」
真っ直ぐに褒められて、恥ずかしくなる。
「あ、ありがとう。」
エアロが真剣な表情で私を見つめる。
「シルヴィ…好きです。
今までこんなに激しい感情を抱いたことはありません。誰にも渡したくない…シルヴィが縋るのは私だけであってほしい…。」
エアロは、妖しく目を細めると、私に優しくキスを落とした。角度を変えて、何度も何度も口付けをする。それはどんどん深くなって、苦しいくらい。
「ぷ…はぁ…っ。え、あろぉ…」
「あぁ…こんなところでそんな顔を見せないで下さい。止められなくなる。」
そう言って、エアロは服の上から胸を揉む。
「ひゃ…んぅ。」
「服の上からでも、こんなに柔らかい…」
「えあろ…だめぇ…っ!」
「シルヴィが嫌なら、すぐに逃げられるでしょう?他の男にこんなことされたら、どうするんです?」
「他の人にっ…、ぁ…こんなことさせない…っ」
「本当?
……ジルベルトにも?」
…ジルベルト?…あいつがそんなことすると思ってるの…?
そう考えられてるのかと思ったら、イラッとした。
「…いい加減してっ!!」
私はエアロの手をパンっと弾いた。
エアロは悲しそうな顔をする。そして、微笑んだ。
「本当ですね。どうかしてました。
…ごめんなさい。」
私は表情を固くしたまま答える。
「…大丈夫。
でも、ジルベルトはそんなことしない。」
エアロは頷いた。
「分かっています。大体あの人はマリエル以外に興味ないですもんね。失礼しました。」
沈黙が会議室を覆う。
先に口を開いたのはエアロだった。
「では、仕事が終わる頃に迎えに行きますね。
家で用意して待っていてください。」
そう言ってエアロは、会議室の窓を開けて、鴉へと姿を変え、飛び立って行った。
私は見えなくなるまで、鴉の後ろ姿を窓から見つめていた。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編10が完結しました!(2024.6.21)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる