【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ

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赤の他人⑴

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 早く言い出さなければと思えば思うほど、私はいつも通りリルに接することができなくなっていった。

 それでも、リルは一人、使用人のことまで考えてか、いつものように振る舞ってくれていた。

 情けない……。当主は私なのに、リルの方がよっぽど屋敷のみんなのことを考えて行動している。

 「はぁ~~……」

 大きく私がため息をつくと、ベス村の村長であるカムイが山羊のミルクを差し出してくれた。周りに誰もいないと思ってたのに、失敗した。

 私は咳払いを一つしてカップを受け取った。

 今日は領地視察の日だ。ベス村は我が領地にある農村の一つで、山羊の放牧で生計を立てている。カムイは若い村長で、私とそう年も大きく変わらないが、もう三人の子供の父親だ。

 「当主様、何かお悩みでも?」

 「い、いや……この先の伯爵領のことを考えていてな」

 「ふふっ。お一人で悩むことなどないでしょうに。当主様にはリル様がいらっしゃるのですから」

 「なんでここでリルが出てくるんだ……」

 どこに行ってもリルリルと……。ここに来る前にももう一つ村に寄ってきたのだが、そこでもリルの話をされたのだ。あんなに素晴らしい青年はいないとかなんとか。そんなの私が一番よくわかってる。

 ミルクを啜る。独特な香りだが、それも味わい深く美味しい。

 「リル様には幾度となく助けていただきましたからね。お若いのに、本当に思慮深いお方です」

 「リルに助けてもらった?」

 そんなことリルから報告を受けていない。

 「えぇ。嘆願書に記載するほどではないけれど、困ってることが現場には山ほどあるのです。当主様もこうやって足を運び様々ご配慮くださいますが、リル様は私たちと同じ目線で物事を考え、自分たちでできることを教えてくださるんです」

 「そうだったのか……」

 「しかも、私たちの村だけではなく領地全体を定期的に見回ってくださってますから。村長陣は皆、当主様だけではなくリル様のことも心から信頼しております。お二人の元で暮らすことができ、本当に幸せなんです」

 時々領地の方々に行くことは知っていたが、リルが視察を兼ねているとは知らなかった。私には勉強しに行くとか、観光しに行くとか言っていたのに、実際は皆を助けてくれていたんだと知り、じんわりと胸が温かくなる。

 「リルは……本当にこの伯爵領が好きなんだな……」

 しかし、カムイは目を丸くして私を見つめた。
 何か見当違いなことでも言ったか?

 気まずい沈黙が漂うが、少ししたらぷっとカムイが吹き出した。

 「何をおっしゃってるんですか? リル様が好きなのは、あくまでも当主様ですよ。当主様の力になりたいと、いつもおっしゃってますから」

 「私の?」

 「えぇ。心から当主様のことを大切に思ってらっしゃるのでしょう。リル様が当主様のことを語る時は顔が違いますからね。村の娘たちに見せる作ったような笑みとは雲泥の差です」

 村の娘……

 「その……リルは村の娘たちと仲が良いのか?」

 「まぁ、それなりに、ですね。お優しい方なので邪険にはしませんが、一線引いております。村の娘たちも一度はリル様に憧れはしますが、リル様のお気持ちがどこにあるかわかっているので、分不相応な望みを持ったり、まとわりつくことはありませんよ」

 ニコニコとカムイは私を見つめる。

 私は胸に広がった甘い優越感を隠したくて、ミルクで暖をとるふりをして、マグカップで熱った顔を隠したのだった。


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 視察から帰ってくると、爺やから一通の手紙を渡された。

 差出人を見て驚く。

 「ヒューバル公爵……だと?」

 ヒューバル公爵家とはこの国に三つある公爵家の中で最も大きな権力を持つ。夜会でお見かけすることはあっても、たかが伯爵家の若年当主が話しかけられる相手ではない。

 よって、今まで接点など持ったことはなく、本来ならば手紙が届くなど考えられないことなのだ。

 しかし、確かに差出人はヒューバル公爵。宛名は私。

 私は恐る恐る手紙を開封する。高級なインクの香り漂うそれを開けば、予想だにしないことが書いてあった。

 いつまでも言葉を発しない私を心配した爺やが声を掛けてくる。

 「当主様? 良くない知らせでもありましたか?」

 「……いや。……きっと、良い知らせだ」

 「そのような顔には見えませんけれども」

 「……少しの間、一人にしてくれないか」

 「かしこまりました」

 爺やが静かに部屋を出ていく。

 私は机の上にヒューバル公爵からの手紙を置いて、祈るように手を組み、そこに額を預けた。

 手紙の内容は……リルに関することだった。

 この間の剣術大会での活躍を見たことと……
 ぜひ一度、リルに会わせてほしいというお願いが。

 「確かヒューバル公爵のところには、リルと同じくらいのの娘が二人いたな……」

 きっと、そういうことなのだろう。

 娘の婿を探していたヒューバル公爵の目に、リルの活躍が止まった。そして、娘の婿として白羽の矢が立った。公爵家からしたら、伯爵家の養子など普通婿候補などならないはずだが……歴代の騎士団長などを輩出している家柄だ。きっと実力を重視したのだろう。

 「あとは、リルと会ってみて、人物が良ければ……ということなんだろうな……」

 私は背もたれに身体を預け、天井を見つめる。

 「ははっ、本当にすごい奴だ。リルは……」

 私の育てた義弟がこんなにも評価されて、公爵家からも声がかかるくらいに成長したことが嬉しい……

 その、はずなのに……

 「なんで……私はーー」

 こんなに息が詰まるのか……

 しばらく目を瞑って、天を仰いでいたが、私は姿勢を正し、机に向かった。

 どんなに苦しくとも、ヒューバル公爵家に早く返信を書かなければ。

 こんなに名誉なことはない、こんなに喜ぶべきことはないんだから……そう自分に言い聞かせてみても、やっと持ったペンが重くて仕方ない。

 それでも、この手紙を見なかったことなどにはできない。私は、一文字一文字丁寧に返信を書き記していった。

 やっとの思いで返信を書き終え、重いペンを置いた。

 「リルにも話さなくちゃな……
 本当に……全部終わりにしないと……」

 その日の午後の仕事は山積みだったが、私は結局、何一つ手を付けることができなかった。

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