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婿候補はまさかの義弟?!⑷

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 大会が終わり帰ってきてから、二人でお茶をしていたはずが……
 今、リルは私の隣に座り、手を握っている。

 「義姉さんが応援してくれて、嬉しかった……。僕に勝ってほしかったんだよね?」

 「そ、それはオーター伯爵がリルのことを馬鹿にしたからで……っ」

 「それでも嬉しかった。僕が優勝するのなんて望んでないと思ったから……」

 「望んでない、わけじゃない。
 今後のためには、リルの実力を対外的にアピールするのは良いことだと思うし……だな」

 「……僕の剣の腕は、義姉さんのため以外に使う予定はない」

 急にリルの顔が険しくなる。慌てて私は話の流れを変えた。

 「だっ……大体な、剣術を習うのなんて許可してないのに、いつできるようになったんだ!? 一ヶ月であそこまでの腕前になれるはずないだろ! 危険だから剣術は駄目だとあれほど言ったのに」

 「だって、強くなきゃ義姉さんに何かあった時に守れないだろ?」

 「お前は、私の義弟なんだから。私を守ったりしなくていいんだ……」

 「義姉さんは、僕の愛しい人だ。守りたいと思うのは当然だろ?」

 恥ずかしげもなく『愛しい人』だなんて言わないでほしい。どう反応していいか分からなくなる。

 「はぁ……もう、とんだ義弟に育ってしまった……」

 私は頭を抱えた。リルは楽しそうにクスクス笑っている。

 「で、まだテストはあるの? 結構大きなハードルを僕クリアしたと思うんだけど?」

 本当にどうしたらいいものか……。リルは優秀で、魅力的な男性であることは紛れもない事実だ。
 でも、あくまで義弟なのだ。それ以上になどなりえない……なってはいけない。

 リルが私への感情はただの家族愛だとわかってくれればいいのだが……

 その時、ふと一つの案が思い浮かぶ。

 そうだ……あえて、恋人にやることをやってみれば、なんか違うとリルも気付くんじゃないか?

 やはりそういったことはできないと、直前で思いとどまるかもしれない。

 そう思ったら、なんだかすごく良いアイデアのような気がしてきた。

 私は姿勢を正して、リルに向き直り、ごほんと一つ咳払いをした。

 「ん? まだなにかあった?」

 自信ありげにこちらを見つめるリル。でも、そんな表情をしていられるのも今のうちだ。

 「リル。お前も知っている通り、私は十七歳で爵位を継ぎ、そこからがむしゃらに当主として邁進してきた」

 「そうだね、本当に尊敬してる」

 リルはこうやってよく私を褒めてくれる。
 そういうところがたまらなく可愛いのだが……今はそんな言葉に喜んでいる場合ではない。

 「そ、そうか。それでだな……そんな私は男女交際など全くしたことがない。
 よって……キスなどといった男女交際にまつわる、あらゆることが未経験なのだ」

 「あらゆることが……」

 リルが息を呑む。やはり少しこういった話題は、躊躇するところがあるのかもしれない。

 今回の作戦は成功するかもしれないと、私は内心一人ガッツポーズだ。

 「だからな、私の婿はそういった方面においては、私をリードできる力量を持っていることが理想なのだ」

 「義姉さんをリードできる技量……。それも、テストするの?」

 まいった。こういった話を出した時点で尻込みするかと思ったのだが……

 リルは私の提案を馬鹿にするでもなく、真剣な表情でこちらを見つめている。

 「……そ、そうなるな」

 「わかったよ……。これに関しては、自信はないけど、頑張ってみる……」

 リルが私との距離を詰めてきて、ぎしっとソファが軋む。私は思わず手を前に出して、彼を止めた。

 「えっ、ちょっと待て! こ、ここでか?」

 「駄目なの?」

 「駄目じゃないが……」

 「じゃあ……」

 リルの綺麗な顔が近づいてくる。ええい! もうこうなったら、と私はぎゅっと目を瞑った。

 その数秒後、唇になんとなく感触を感じた。一瞬。

 目を開けると、顔を真っ赤にしたリルが。

 「……できてた?」

 「えー、うん、多分? したんだよな?」

 「しっ、したよ!」

 「そっか……。案外あっさりしたもんなんだな」

 「そ、そう……」

 がっくりと肩を落とすリル。さっきまでの自信に溢れた姿はどこに行ったのか。

 やっぱり剣術大会でかっこいいと思ったのは、ただの気のせいに違いない。リルは私の可愛い義弟だ。

 そのギャップが面白くて、私はつい声を上げて笑ってしまった。

 「ははっ! リルにもうまくできないことがあったんだな!」

 「そんなに笑わないで。……ねぇ、再試験を希望します!」

 「再試験?」

 「僕だってなにも知らなければできないよ。今までのは基礎があって、それを応用するだけだった。でも、今回のは本当に経験のないことだったから、上手くできなかったんだ。少し勉強すれば、必ず義姉さんのことを満足させてみせる」

 「まったく……負けず嫌いな奴め」

 「義姉さん、お願い」

 「わかった、わかった。あと、一回だけな。
 あ! じゃあ、五日後の夜、私の寝室に来い」

 「五日後……寝室……。わかった、僕、頑張るから」

 「五日後だからな、間違えるなよ」

 「うん。待ってて、義姉さん」

 何かを決意したようにリルは部屋を出て行った。

 本当は一瞬だったけど、ちゃんとリルの唇を感じていた。
 柔らかくて温かくて、リルの優しさが表れたようなキスで……

 「きっとリルも……ファーストキス、だよな?」

 なぜだかその事実が胸をくすぐった。
 ふわふわして、ドキドキした。

 それが義弟に向ける感情ではないことに、その時の私は気付いていなかった。


   ◆◇◆◇◆


 あの日から五日後の夜。今日は満月だ。

 今日を指定したのは、ある理由があった。

 私の部屋の窓から見える大きな木は、満月の日にだけピンク色の大輪を咲かすのだ。前から見せたいと思っていたのだが、夜は子供の寝る時間……ということで、この時間にリルを花見に誘ったことはなかった。

 「でも、もう十八歳なんだ。夜更かしして、一緒に花見をしても良いだろう」

 キス……もすることになってはいるが、あんな可愛らしいキスを一つされたところで、何かが変わるはずもない。

 今日の想い出を最後に明日からは真剣に婿探しをしなきゃな……

 寝室の扉がノックされる。この時間に来るということは、リルだろう。

 私は内側から扉を開けてやった。

 「寝室の扉はノックするんだな?」

 「女性の寝室を勝手に開けちゃいけないことくらい僕にもわかるよ」

 「偉いぞ、紳士だな」

 私は笑いながら、少し緊張した面持ちのリルを部屋に招き入れた。

 ソファを外に向けて置き、花見がしやすいようにしておいた。そこにリルを座らせ、彼の好きなハーブティーを淹れる。彼はこんなおもてなしは想定外だったようで、きょとんとしている。

 「義姉さん、これは……?」

 「リルに満月の夜に咲く大輪をずっと見せたかったんだ。私の部屋からとびきりよく見えるんだが、寝室だし、夜だし流石に誘いにくくてな。だから今回はいい機会だと思って」

 「いい機会って……義姉さん、僕がなにしに来たかわかってるの?」

 「……わかってる。でも、そんなの一瞬で終わるし、花見くらい……駄目だったか?」

 私はカップをリルに差し出す。
 が、もしカップも受け取らずに部屋を出て行ってしまったらどうしようと少し不安がよぎる。

 しかし、そんなものは杞憂だったようで、リルは少し寂しそうに微笑みながらカップを受け取ってくれた。

 「駄目じゃないよ。……駄目じゃないけど、意識してたのは僕だけで少しだけ寂しくなっちゃっただけ。
 紅茶、ありがとう。……美味しいよ」

 少し可哀想なことをしてしまったかもしれないが、とりあえず彼が私とのお茶を楽しんでくれることに安心した私はリルの隣に座り、二人で静かに外を眺める。寒いかと思って用意したひざ掛けを二人で掛ける。

 「綺麗だね」

 「そうだろう? ずっとリルに見せたかったんだ。でも、リルは子供だったし、見れるのは夜だけだし、今までは一人で楽しむほかなかったから、こうやって一緒に見れて嬉しいよ」

 「……なんで僕なの?」

 「なんでって……」

 なんで、なんて考えたことなかった。

 でも、いつからか素敵なものを見たらリルにも見せてあげたいって思ったし、美味しいものを食べたらリルに食べさせてあげたいと思うようになっていた。そう思うのが当たり前すぎて、理由なんて考えたことなかった。

 でも、たぶんーー

 「たった一人の家族だからじゃないか?」

 しかしながら、それはどうもリルの求めていた答えと違ったらしく、彼は今にも泣きだしそうなひどく切ない表情をした。

 「僕と義姉さんの思うことはすごく似てるのに……なんでこんなにも出した答えが違うんだろう」

 リルはカップを窓枠に置き、私の肩にトンと頭を預けた。

 「リル……?」

 おかしな彼の様子が心配で、私もカップを置き、彼の顔を覗き込む。

 すると、ばちっと目が合って……その澄んだ緑の瞳に囚われたように動けなくなる。
 
 「義姉さん、好きだよ……。この世界の誰よりも。義姉さんは僕の世界の全てだ。

 僕が願うことはたった一つなのに……なんでそれがこんなに難しいんだろう」

 リルは甘えるように私の肩に顔を埋めた。
 風呂上がりのせいか、彼からやけに良い匂いがする。

 私はこの雰囲気をなんとかしなけばと、おどけて言った。

 「お、おい……まさかハーブティーで酔ったんじゃないだろうな? は、ははっ……」

 「僕をいつも酔わせるのは、義姉さんだろう? 義姉さんといると、僕はおかしくなるんだ……」

 リルは私の頬にその長い指を滑らせた。頬に添えた親指をすりすりと動かす。

 「ひゃっ……。や、やめろ……くすぐったい……」

 「あぁ……可愛いな。義姉さんのこの可愛い声も、顔も……誰にも渡したくない」

 「リル……んぅっ!?」

 次の瞬間、リルから口づけが与えられた。しかし、それは前回とはまるで違って……

 しっかりと感じるリルの柔らかで滑らかな唇は、私の唇をいろんな方向から攻め立てた。

 何度も私の唇を堪能したリルは、最後にチュっとリップ音を響かせ、離れていった。

 「っ……はぁ。リル、今のは……」

 「キス、だよ? それにまだ終わりじゃない」

 今度はリルに顎を掴まれ、再びのキス。遊ぶようにキスを繰り返すリルに、翻弄される私。

 途中、私の下唇をかぷっと食んだことに抗議しようと口を開けると、驚いたことに彼の舌が入ってきた。

 「んっ、やっ……」

 初めて聴く自分のやけに高い声に驚く。でも、それ以上にリルのキスを拒否できない自分に驚いていた。

 彼の舌が別の生き物のように私の舌に絡みつく。こちらには全く余裕がないというのに、ゆっくりと私を味わうようにキスを楽しんでいる。

 嫌なはずなのに、鼻から漏れる私の声は、まるで女性の嬌声そのもので。
 リルに感じているということがたまらなく恥ずかしい。

 長い長いキスの後、ようやく唇が離れる。初めての経験に、私の頭ははっきりしない。

 ……リルとこんなキスをするなんて、これは本当に現実?
 窓の外を見れば、幻想的な大輪の花が咲いている。そして、目の前には見たこともない色香を漂わせるリル。

 「義姉さん……僕を選んでよ……」

 「ん……っ」

 再び与えられるキス。そして、彼は私の腰に手を回して、するするとその手を動かした。
 彼の手は、私の腰から臀部を優しく撫で、まるでその柔らかさを確認しているようだった。

 あぁ……キスも、触られるのもこんなに気持ちいいなんて……

 理性が駄目だと告げるのに、胸に溢れる愛しさと、身体に満ちていく気持ち良さに抗えず、私はリルの首に腕を回した。

 バランスを崩して、私たちは二人ソファに倒れ込んだ。

 それを合図としたように、リルの激しさが増す。
 唇を離したリルは、私の首元に噛み付くようにキスをした。

 それだけなのに、いつもの自分とは違う声が漏れてしまう。
 私は自分の口を押えてできるだけ声が響かないようにするが、慣れていないせいか、少しの刺激だけで声が漏れてしまう。

 恥ずかしくてたまらないのに……拒否できない。

 リルは、身体を少し下にずらし、私の右鎖骨にゆっくりと舌を這わせる。

 丁寧に……まるで壊れ物を扱うかのように優しくゆっくりと舐めていく。同時に、左手は私の胸の上に。

 身体にぞくぞくと走る感覚……
 もっと欲しいと思う自分がいると同時に、自分が自分でなくなってしまいそう……

 「あ、ん……はぁっ……。リ、リルぅ……」

 リルで頭が埋め尽くされようとした、その時ーー

 ……パリンっ!!

 「あ……」

 窓枠なんて不安定なところに置いていたせいか、カップが落ちて、割れた。
 そこで、ようやく我に返る。

 ……私は、リルとなんてことをしようと……

 慌てて体勢を整え、下を向く。恥ずかしさでリルの顔が見えない。

 「ご……ごめん、義姉さん……僕ーー」

 「悪い。今日は出て行ってくれ……」

 「…………わかった」

 リルは反論することもなく、寝室を出て行った。

 彼が寝室から出て行って、身体からずるっと力が抜ける。

 私は一体リルと何をしようとしてた?

 彼からキスを与えられて……
 それを拒否もできず受け入れてしまった。

 ドキドキした。それに……

 すごく……気持ち良かった……

 そんなことを考えてしまい、私は慌てて自分の頬を叩いた。

 「私は義弟相手になんてことを考えてるんだ……
 しっかりしろ、しっかりしなきゃ……」

 それでも胸の高鳴りはなかなか止まってくれなくて、私はそのむずがゆさに頭を掻きむしった。

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