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1巻

1-3

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「私はシルワに来て、実際に皆さんと話して、人間と魔族はそう大きく変わらないと思いました。確かに帝国の権力者は腐っています。今までこちらに来た人間の振る舞いも酷かったかもしれない。でも、それによって私自身の価値を決めないでほしいんです。私はこの国を帝国以上の国にしたい」

 二人は唖然としてこちらを見ている。私はポケットから薬草を取り出した。

「今日、お二人と話す機会をいただいたのも、この薬草の話をするためです」
「それはキキユラ……」
「そうです。先日、私の専属侍女が倒れた時、私は自分のかばんに入れてあったこれを彼女に飲ませました。そこで人間には熱冷ましの効果くらいしかないこの薬草が、魔族では万能薬として使われていると知りました。そして、私はこの薬草を育てたことがあるのです。苗さえ輸入していただければ、私のノウハウでこの薬草が国内で栽培できるように――」
「無理、じゃ」
「え?」

 陛下の大きなため息が聞こえて、私は思わず振り返った。
 陛下は厳しい表情をしながら言った。

「無理、なんじゃよ。この土地では、ほとんどの植物が育たないのだ。大地の精霊王の加護を失ってしまったからの」
「大地の、精霊王?」
「そう。昔、この大陸には四つの精霊王が住んでおった。風、火、水、そして大地。それぞれの精霊王は生き物にその加護を与え、国を作った。風の精霊はエルフに、火の精霊は獣人に、水の精霊は人間に、大地の精霊は魔族に。大地の精霊の加護を失うまで、この国は最も作物が育つ土地じゃった。しかし、ある日突然シルワ国は大地の精霊王の加護を失った。今、植物を育てられるのは限られたひと区域だけじゃ。……それ以外は帝国からの輸入に頼るほかないのじゃよ」
「そんな……」
「食は命……帝国との関係性を断ち切るというのは、私たちの命綱を切るということじゃ。……リリアナ、申し訳ないが、シルワを帝国以上の国にするのはどうやっても無理なんじゃよ」
「そう、なんですか?」

 納得なんてしたくなかった。私は不敬にも陛下に異議を唱えた。

「え?」
「本当にそうなんですか? どうやっても無理なんですか? シルワが帝国より勝っているところもあるはずだし、他の国と同盟を結ぶことだって――」
「無理じゃ。エルフも、獣人も、精霊至上主義じゃからな……精霊王の加護を失った我々は精霊王に生きることを許されなかった者と認識されておる。我々を助けるのは精霊王の意思に反することだと思っておるのだろう」
「……そんなことって……」

 精霊王の加護の何がそんなに重要なのか。精霊の加護がなくたって確かにそこには人がいるわけで、その人たちに死ねとでも言うつもりか。私は強く奥歯を噛んだ。

「リリアナ、シルワのことを考えてくれてありがとう。確かにそなたは今まで来た人間とは全く違うようじゃ。帝国以上の、という夢は叶えてあげられないだろうが、どうか一緒にこの国をより良い方向へと導いてもらいたい」
「……もちろんです。私にできることがあれば、何でもいたします」
「それは頼もしいな。さて、申し訳ないが、今日はここでお開きにしても良いか? 身体の具合が少し、な」

 そう言うと、陛下が立ち上がろうとする。それを支えようとしたが、私より早くゼノ殿下が駆け寄った。

「父上、どうかご無理は」
「ははっ。それがわかっているなら、早く私を安心させい。この馬鹿息子が」

 口ではそう言うが、そう話す陛下の顔は少し呆れたような笑みを浮かべ、愛情に溢れていた。その顔だけでどれだけゼノ殿下のことを大切に思っているかがわかる。
 ……彼は愛情をたくさん受けて育ったんだろうな。
 二人が寄り添う姿を見て、私はいつもニーナの方ばかり見つめていた父の背中を思い出していた。


 あの後、陛下とゼノ殿下は部屋に帰っていった。帰り際に私が持っていた薬草を全て渡し、陛下に使ってくださいと言うと、陛下は笑顔でそれを受け取ってくださった。あのゼノ殿下でさえ私に「ありがとう」と言った。それだけキキユラは高価で特別なものなのだろう。キキユラは魔族にとっての万能薬というけれど、どのくらい効くのだろうか。陛下の病状が良くなるといいな……
 私はそんなことを思いながら、晩餐会場で一人、お茶をすすっていた。使用人は外に出ているため、この広い部屋には私一人だ。

「さて、私一人長居しても迷惑だろうし、そろそろ部屋に帰ろうかな」

 そう立ち上がろうとした時、会場の扉が開いた。

「……ゼノ、殿下?」

 驚いたことにゼノ殿下が晩餐会場に戻ってきた。彼は、私の真向かいにどかっと座った。
 意味がわからず、なんと声を掛けていいかわからない。彼は私とお茶をするためにこの場に帰ってきたんだろうか。しかし、椅子に座ったわりに彼が話す雰囲気はなく、すっかり冷えたお茶をすすっている。私は話しかけていいものか迷うが、このままらちが明かないのも嫌なので、こちらから声を掛けてみる。

「あの……新しいお茶でも淹れましょうか?」
「いい」

 一蹴。まじで何のために戻ってきたんだ、こいつ。少しキレそうになりながらも、引きる笑顔を貼り付けた。私、本当に令嬢の鑑だと思う。

「えっと、では、殿下はなぜここに戻られたのですか?」

 沈黙。……こいつと話すの面倒くさいな。貼り付けた笑顔がとうとうがれ落ちるかという時、ようやく彼が口を開いた。

「本当か?」

 ……なんだ? こいつは王太子なのにまともに言葉も使えないのか? イライラが募るが、ぐっと堪える。

「本当か? ……と、申しますと?」
「……帝国以上の国にしたいと言ったことだ」
「えぇ、本心です。心から本気でそう思っています」
「お前は……俺たちが怖くないのか?」
「怖い……ですか? いえ……そう感じたことはありませんが」

 確かに魔族はツノこそ生えているが、逆にそれ以外の違いなんてほとんど見当たらなかった。事前に帝国で聞いてた話と違って、彼らは本能のままに生きているということは皆無で、ちゃんと統率が取れていた。私を怖がっているものの、侍女たちの仕事ぶりはしっかりしているし、こちらが怖がる要素などなかった。むしろいつも一生懸命で帝国の人間なんかよりずっと好感が持てる。
 彼は私の返答を受けて、なにやら考え込んでいる。
 いちいち長考しないでほしい。毎日アイナとテンポの速い会話をしている私としてはストレスしかない。

「お前は本当にこの国の王太子妃になるというのが、どういうことかわかっているのか?」
「……と、申しますと?」
「王太子妃になるということは、俺の妻になるということだ」

 まったく、なにを言っているんだか。そんな当たり前のこと、わかっていないはずないじゃない。私はため息を吐いた。

「もちろん、しっかりと理解しております!」
「じゃあ……」

 そう言って、彼はおもむろにこちらに歩いてくると私の真横に立った。何事かと首をかしげ彼を見上げると、なぜか彼はかがんで、その綺麗な顔を近づけてきた。
 ……は、恥ずかしい。男性とこんなに顔を近づけたことなんてない。しかも、こんな綺麗な顔。男性なのに肌は私よりきめ細やかで、思わず触りたくなる。瞳も大きく、彼に見つめられると感じたことのない胸の動悸を感じる。
 ど、どうしちゃったの……私。
 彼は私の顎を掴んだが、意外にもその手は優しかった。いつでも私が逃げられるようにしてる。それが、きっと本当は彼も陛下のように優しい人なのかな、と思わせた。黒い大きな瞳が私をじっと見つめる。黒水晶のように透き通ってて、まるで吸い込まれそう。

「妻になるってことは……魔族とこういうことをするってことも?」
「……――っ!?」

 次の瞬間、彼の唇が私の唇と重なる。重なったところからびりびりっと身体に電気のようなものが走った。

「ん……っ」

 頭の隅でお互いをよく知らないうちにキスをするなんて……と思う。
 でも、初めてなのに……温かく優しいその唇が気持ちいい。
 私が強く反抗できないことがわかったのか、彼はもう一度私に短く唇を押し付け、ゆっくりと顔を離した。

「あ……なんで、キスなんて……っ」
「お前の覚悟を確かめてやろうと思って」

 ニッと笑う悪戯いたずらな彼の笑みに心臓が跳ねる。……この顔、身体に悪いわ。
 私はふいと顔を背けた。

「なっ、なら、これでわかったでしょ……‼」
「いや、まだだ」

 彼は再び私の顎を掴み、先ほどより深いキスをした。
 こんなキス、知らない。頭がぼうっとしてきて、身体から力が抜けていく。
 彼は角度を変え、強さを変え、私を追い詰める。……途中、息をしようと、口を開けば今度はにゅるんと、彼の舌が侵入してきた。彼は逃げる私を追いかけるように舌を絡ませる。

「や、はぁっ……」

 酸素が足りない。身体が熱い。まるで私を味わうようなねっとりとしたキス……
 なんで私は強く拒否できないの? 
 ……キスってこんなに気持ちいいものだったの……?
 最後にチュッとリップ音を立てて、彼の唇が離れてしまう。

「あ……」

 名残惜しいような声を出してしまって、そこでようやく我に返る。
 気付けば私は彼の胸元のシャツを握っていた。まるで欲しがっていたことがばれそうで、慌ててその手を離して、俯いた。
 頭も顔も身体も熱い。これじゃまるで、こういう行為が好きな女性みたいじゃない!
 恥ずかしくて顔も上げられない。
 その時、ボソッと声が聞こえた。

「……人間なのに……っ、くそ」
「え?」

 私が顔を上げた時には、彼はもう背中を向けていた。
 でも彼の耳の先は赤くなっていた。
 ……もしかして、彼も気持ち良かった……?

「これからは何かあれば俺に相談しに来い。これ以上、父上の手を煩わせたくはない」
「わ、わかりました。殿下」
「ゼノでいい。……リリアナ」
「は、はい!!」
「その、色々とすまなかった。今日は俺ももう寝る。あと……嫌でなければ俺だけでもこれからは夕食を共にしよう」
「う、嬉しいです……。ぜ、ぜひ」
「そうか。……じゃあ、な」

 去っていこうとする大きな背中が少し名残惜しい。

「お、おやすみなさい!」

 私がそう大きな声で言うと、彼ははたと足を止めた。

「……おやすみ」

 パタンと静かに扉が閉まる。彼との関係が一歩……どころか二、三歩進んだ気がする。
 私のことを少しでも知ろうとしてくれたことが嬉しい。その上、謝ってくれた、明日からの食事の約束も、おやすみの挨拶もしてくれた。
 それに……キス、まで。

「あんなに気持ちいいなんて知らなかったな……」

 唇にふと指を置いて、先ほどの熱さを思い出す。ロマンチックさも何もかも皆無だったけど、彼が私を求めてくれているようで嬉しかった。
 そういえばブルーズにキスを迫られた時は、唇をくっつけるなんてなんか考えられなくて、思いきり拒否したっけ……
 なのに、今日は拒否するどころか……キスをねだるように縋った自分の手を思い出して、また顔が熱くなる。

「あー、だめだ。もう少し頭冷やしてから帰ろ」

 扉の外で待つ使用人には悪いと思ったが、私はお茶をもう一杯自分で淹れた。



   第二章 お忍びデートは蜜の香り


 翌日。宣言した通り、ゼノ殿下は私と食事をするべく夕食会場に現れた。半分くらい本気にしていなかった私は、驚きを隠せなかった。

「こんばんは……」
「あぁ」

 彼はぶっきらぼうに答え、私の向かいの席に着いた。
 挨拶には挨拶で返すのがコミュニケーションってものだと思うんだけど……。一歩前進したと思ったのは私の勘違いだったのだろうか。
 一方で私より驚いていたのはアイナだった。

「ちょっと! どういうことよ、リリ。あなた、王太子との仲が深まったなんて報告してこなかったじゃない!」

 私の耳元でギャーギャー喚いているが、彼の目の前でアイナに反応するわけにはいかない。私は無視を決め込んだ。

「あのね、私にとっては薬草がどうのよりも、断然恋愛話の方が聞きたいの! 一緒にいる私にドキドキを提供しなさいよ、私だって女子なのよ!? 恋愛トークとかしたいのよ!」

 そんなこと言って、ブルーズの時は文句しか言ってこなかったじゃない、と反論したくなるが、私は何も聞こえてないように目の前の食事を黙々と食べ始める。

「リリ、あとで洗いざらい話してもらうからね! キスもまだのあなたが――」
「うっ……!!」

 キスという言葉に反応して、思わず喉に物を詰まらせる。

「大丈夫か?」

 彼が向かい側から心配して水を差し出してくれる。

「あ、ありがとうございます」

 私がそれを受け取ろうと顔を上げた瞬間、彼とパチっと視線が合った。昨日の顔の近さを思い出して、私は慌てて顔を背ける。
 肩の上にいるアイナが、ショックを受けたように私の耳にまとわりつく。

「……うそ、でしょ。リリは私の知らない間に大人の階段を上ってしまったというの……? 私の可愛いリリが……」

 何がそんなにショックかわからないが、がっくりしてるアイナより今は目の前の彼の方が重要だ。彼は私が目を背けた瞬間、驚いた表情を見せたものの今はなぜか悪い笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「ずいぶんと初心うぶなんだな。昨日のことを思い出して顔を赤くするなんて。そんなに良かったか?」
「べ、別にそんなんじゃありません」
「正直じゃないんだな。頼めば、またやってやるのに」
「なっ……そ、そんなハレンチなことするわけないでしょ!?」
「そうなのか? 昨日キスだけであんなに感じてたから、そういう行為がてっきり好きなのかと思った」
「そんなわけないじゃない!! し、失礼ですよ!」
「そんな恥ずかしがることないだろ、面倒な処女じゃあるまいし。もう十八で恋愛も経験してきているだろうに、キスの一つや二つで大騒ぎするなんて」

 ……最低だ。私のファーストキスだったのに。それをキスの一つや二つで済ますなんて……
 少しでも気持ちいいと、もっと欲しいと思ってしまった自分を殴ってやりたい。私は拳を固く握った。

「………………、だもん」
「は?」
「処女だって言ってんのよっ! 面倒で悪かったわね! 大体キスをするのなんて初めてだったんだから、意識しちゃうに決まってるじゃない!! そんなに面倒に思うなら、私のファーストキス、返してよっ!!」

 そう早口でまくし立てれば、なんか恥ずかしくて情けなくて、涙が浮かんできてしまった。

「いや……嘘、だろ?」

 彼は信じられないという顔でこちらを見ている。

「こんなことで、嘘なんてつかないわよ……。昨日のキスが初めてかは証明できないけど、とりあえず処女かどうかはいつか証明することになるわよ、あなたが拒否さえしなければ」

 一回キレたら、なんだか冷静になってきた。私は淡々と言い放つ。

「あなたにとっては、多くの人とキスしたうちの一回だろうけど、私にとっては人生で初めてしたキスが昨日なの。あなたは私にそんな目で見られて煩わしいかもしれないけど、今日くらいは仕方ないと思って」

 ようやく平静を取り戻して、彼の顔を見ると、なぜか今度は彼が顔を染めていた。

「あ、れが……リリアナのファーストキスだったのか?」
「そうだと言ってるじゃないですか。ファーストキスの相手にされたのがそんなに嫌ですか?」
「いや、そういうわけではなく……だな。えーっと……なんというか、君は帝国の王太子の女だったと聞いていたから、そういうことも、経験が豊富なのかと」
「なっ……! あの馬鹿にはキスの一つも許したことはありません!!」
「ま、まさか」
「本当です!! なんでそんなに疑うんですか?」

 彼は気まずそうに目を泳がせた後、観念したように口を開いた。

「…………上手かったから、だ」
「は? 何が」
「キスがだよ。こんなことは言いたくないが……あんなに痺れるキスをしたのは初めてだった」
「――っ!!」

 なんでそんなに恥ずかしいことをさらっと言うのか。自分で何を言っているのかわかってるの!? しかし、私に追い討ちをかけるように、彼は続ける。

「それに、君は身体つきも――」
「や、やめてください! ……か、身体は元々こうなんです」
「……すまない、デリカシーに欠ける発言だった」
「いえ。……そういう風に見られるのは慣れていますので」

 きっと彼は私の胸が大きいことを言っているのだろう。
 しかし、胸の大きさは母譲りだ。そういう行為とはなんら関係がない。だが、昔からこの身体つきから何かと言われることが多かった。
 気まずい空気が私たちの間に流れる。その時ボソッと彼が何か呟くのが聴こえた。

「リリアナとは、無理かもしれないな……」

 彼は私に聴こえてるとは気付いていないようで、なにか神妙な面持ちで考えている。
 私とは無理って……どういうこと? 処女なんて面倒な女とはやれないってこと? それとも、やっぱり人間だからってこと?
 その言葉の真意が気になったが、また彼との距離が離れるのが怖くて、私はそれ以上何も言えなかった。


「あー……。それはきっと、リリアナ様では殿下のモノは入らないという意味で言ったんだと思います」

 平然とした態度でベルナは言った。
 彼女の言葉もそうだが、こういった話題を恥ずかしげもなく話す彼女に開いた口が塞がらない。
 ゼノにああ言われた日から私はため息ばかり吐いていた。それを察して、ベルナが「なんでもご相談ください」と優しく微笑みかけてくれるので、私は彼が呟いた一言について相談したのだ。夕食会場の隅に彼女も待機していたので、全ての会話が聞こえていないにせよ、大体の内容を把握しているようだったし。
 ……ついでに、今までの私の唯一の相談相手はいまだに拗ねているようで、ゼノとのことなど相談できる雰囲気ではなかった。
 そして、ベルナにほだされて相談した結果が冒頭の一言。

「基本的に魔族の男性のモノは、他種族より大きいとされていて、それに伴って性欲も強いです。魔族の女性もしかり、です。魔族の中では、十八歳という年齢で処女の方はほとんどいないと言っても過言ではありません」
「そ……そうなんだ。じゃあ、ベルナも……」
「ええ、もちろん処女ではありませんし、現在性行為を行うパートナーも複数人おります」
「ふ、複数人……」
「うさぎちゃんが……うそでしょ……」

 ヒェ……と息を呑む音が聴こえたと思えば、いつの間にか私の肩にアイナが座っていた。その表情は驚嘆を隠せていない。

「で、でも、そんなに頻繁に交わっていては子供ができてしまうのではないの?」
「それはほとんどありませんね。魔族は半年に一度ほどしか妊娠のチャンスは来ないので。タイミングを計れば特に難しいことではありませんよ」

 ここに来る前に、人間とはほとんど変わらない身体だと聞いていたのに、ずいぶんと話が違う。

「ついでに魔族が本能に忠実な種族とされているのは、性欲が強いからでしょう。十八で処女が珍しくない帝国の常識からすれば、確かに魔族は動物に近いかもしれませんね。性に奔放な人が多いのも事実ですし」

 ハハハ、と世間話をするかのようにこの話を平然とするベルナ。
 もう何と言ったらいいのか……

「ですから、王太子殿下はリリアナ様が十八まで処女だと知り、自分の性欲を受け止められないだろうと判断されたのでしょう。第一、処女でしたら、王太子殿下のモノなんて入らないでしょうしね」

 まさかとは思うが、念のため聞いてみる。

「……ベルナは王太子殿下のモノを見たことがあるの?」
「まさかっ! 兄から『すごい』と聞いたことがあるだけです。あと、侍女仲間からも……」
「な、なんて言われているの!?」
「おぅ……リリアナ様、すごい食いつきですね」

 おっと……今のは貴族令嬢として、下品な真似をしてしまった。ちょっと反省。私は少し身を引いて、咳払いをした。

「ごほん。私は将来の可能性のために知っておいた方がいいかと思っただけよ。で?」
「侍女の中には朝、王太子殿下の部屋のカーテンを開けに行く者もいるので……その、股の部分が大きく盛り上がっている、と」
「ん? どういうこと? 朝に興奮してるってこと?」
「えっと……リリアナ様は朝勃ちというのはご存じですか?」
「いいえ」
「男性は興奮している、していないにかかわらず、朝勃つことがあるのです」
「そ、そうなの……不思議ね」

 無知な私に呆れたようにベルナはどうしたものかと頭を掻いた。

「……というわけでリリアナ様、この国では若い頃から経験を積むのが一般的なのでねや教育などございません。ですから、いつか殿下のものを受け入れたいと思うのであれば、腹を割って王太子殿下と話し合うことをオススメいたします」
「……そう、よね。でも……彼は人間が嫌いなようだし……」
「でも、リリアナ様が嫌いなわけじゃないと思いますよ。むしろ人間なのに、好感を抱いてしまっているから戸惑っている、というところではないでしょうか?」

 ベルナは私にウィンクをした。

「え?」
「きっと殿下も私と同じなんです。実は、私、リリアナ様に会うまで、人間のお世話なんてする自信なかったんです。それで病む人も多いって聞いてたし、お兄ちゃんからも無理だけはするなって言われてたから、何かあったら逃げてやるくらいに思ってました。でも、実際にリリアナ様を見たら、その姿に惚れちゃったんです。生贄いけにえのようにこの国に来たっていうのに、馬車から降りてきた姿は背節がピンっと伸びていて、真っすぐ前を見て本当に綺麗だった。なのに、美しいだけじゃなくて、礼儀正しくて、笑顔は可愛くて……この方のお世話をしたいなって思っちゃったんです」

 少し照れながらも、話してくれたベルナが可愛い。そんな風に思ってくれてたなんて……

「ベルナ……」
「きっと殿下も同じですよ。リリアナ様は本当に魅力的な方だから、知れば知るほど好きになっちゃう」
「ありがとう……」

 アイナまで、ベルナの肩に乗ってウンウンと頷いている。
 あぁ……少し、泣きそう。今まで私のことを見てくれている人なんて、アイナ一人だったのに、今はベルナも私の心強い味方だ。

「それに、仮に殿下に受け入れられなくても大丈夫ですよ、リリアナ様」
「どういうこと?」
「もしリリアナ様と殿下が上手くいかないようであれば、うちの兄がリリアナ様を喜んでめとるでしょう。とりあえず形式上一度殿下と結婚して、数年してからうちの家に……爵位も侯爵ですし、無理な家柄でもないかと――」
「なっ、何を言ってるのよ!」

 ベルナは私をじっと見つめ返す。その目は真剣で、どうやら冗談ではないらしい。

「私は本気ですよ! というか、兄のことを思えば、殿下と上手くいかないほうがありがたいくらいで……」
「どういうこと?」
「ふふっ。うちの兄は不敬にもリリアナ様に惚れちゃったってことですよ」
「そ、そんなはずないでしょ!!」


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