親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第三章

37.一番

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 アルファ様への挨拶を終えた私たちは、庭園を歩いていた。

 「ライル様……。なんでリィナは、あんなに辛そうだったんでしょうか?愛されたかったリィナにとっては、アルファ様との生活は死よりはずっと良い条件だと思うのですが…。」

 ゲームでは確かアルファ様と見つめ合って、二人だけの世界に堕ちていく…という形で終わっていた気がする。私なら絶対にお断りなエンディングだが、真里お姉ちゃんは「たった一人にあんなに深く愛されたら素敵だと思うのよね!」とその後、ヤンデレキャラにハマっていた。だから、愛されたいリィナについては、そう悪いエンディングではないような気がしたのだ。

 「僕は、リィナが求めていたのは愛情じゃないと思うんだ。きっと彼女は、金や地位、周りからの羨望の眼差し……そう言ったものに価値を感じているんだろう。彼女は愛なんて知らないんじゃないかな。」

 「……なんだか、寂しいですね。
 アルファ様の愛情が伝わればいいけど…。」

 ライル様は、苦笑いしている。

 「それに、人の愛し方にも色々あるからね。
 ……何というか…兄上は少し特殊な嗜好の持ち主なんだろう。」

 「特殊な嗜好……。」

 そっか…思い出した。
 真里お姉ちゃんがゲームには出てこない裏設定について話していたっけ。

 アルファ様は、ドSなんだ、って。当時ドSの意味がよく分からなくてお姉ちゃんに聞いた。そしたら、愛する人の痛がる姿や苦痛に歪む表情を見て、快感を覚える人種だよって話していた。まだ、杏奈には早いね!って電話口で笑っていたけど。

 本当にそんな人いるのかしら…。
 好きな人を苦しめて喜ぶなんて全く理解できないわ。
 でも、それが本当だとしたら、アルファ様はあの部屋でリィナに何をー

 「アンナはあの二人のことなんて、考えなくていいんだよ。」

 ライル様が少し拗ねたように私の頬をぷにっと突く。

 ……ライル様はいつだって私に優しい。
 そんな彼にもあるんだろうか?驚くような一面が。

 私はライル様の瞳を真っ直ぐに捉えて尋ねた。

 「ありますか?」

 「え?」

 「ライル様にも、特殊な嗜好って……」

 私の質問にライル様はニッと少し悪い笑みを見せた。

 「あるかもね。」

 まさかの返答に私は軽いパニックだ。

 「え?!……ど、どういう?」

 「秘密。その時が来るまで待ってて。」

 「………私、大丈夫なやつですか!?」

 どうしよう…。なんか変な嗜好だったら…私はライル様を受け入れられるだろうか?……いや、どんなライル様でも受け入れる覚悟はあるが、心の準備をするためにも教えておいて欲しい…。

 「勿論。僕はアンナが嫌がることはしないよ。」

 ライル様はそう言って、笑った。


   ◆ ◇ ◆


  今日は久しぶりにジョシュア様が花束を持って、我が公爵家まで遊びに来てくれた。先日、私が「お話ししたいことがあります」と手紙を送ったからだ。

 庭園にテーブルを出して、花を見ながら、お茶と会話を楽しむ。
 テーブルの上にはジョシュア様お気に入りの野菜チップスも置いてある。

 「随分とバタバタとしてましたから、こういう時間も久しぶりですね。」

 「あぁ、本当に大変だった。でもまぁ…蓋を開けてみれば、全てが丸く収まって、これでよかったんだなって思える。」

 「……はい。」

 暫し私たちの間には沈黙が流れる。
 私は手元のカップをソーサーに戻して、口を開いた。

 「あ、あの…!

 本当に色々と助けて下さって、ありがとうございました!ジョシュア様が居なかったら、きっと…途中で全てを投げ出していたかもしれません。ここまでやって来れたのは、ジョシュア様が側にいて、励まして、守ってくれたおかげです。」

 「あぁ…。」

 ジョシュア様は優しくこちらを見つめて私の言葉を待ってくれている。

 「ジョシュア様は、いつでも真っ直ぐで…本当に頼れるし…私に特別優しくて…いっぱい好きって伝えてくれて…私にとってもジョシュア様はとても大切な存在で……。」

 言わなきゃと思うのに、上手く言葉が出てこない。私の言葉でジョシュア様を傷つけてしまうのが怖い。

 でも、言わなきゃ…!

 「……でも、私には誰よりも大切にしたい…大好きな人がいます。

 だから……ジョシュア様の気持ちにはお応え出来ません…。
 …本当に、ごめんなさい…!」

 そう言って頭を下げるが、ジョシュア様の反応はない。

 少しして私が顔を上げると、ジョシュア様は優しく微笑んでいた。……その顔に切なさが込み上げてくる。辛いのを我慢して笑っているのが分かる。

 「……ありがとう、正直な気持ちを教えてくれて。」

 「すみません……。」

 胸が苦しい。…でも、辛いのはジョシュア様だ。
 私がそうさせてしまった…。

 「いや、謝ることなんてない。

 ……でも、やはり悔しいな。
 アンナを幸せにするのは、私でありたかった。」

 必死で笑顔を作ろうとするジョシュア様の優しさに、そんな権利もないのに、涙が滲む。

 「もう…アンナの涙も拭えない、か。
 だが、アンナの気持ちが一番大事だ。

 それに…アンナがライルの求婚を断ったりしたら、この国が終わりそうだしな。それは私も困る。」

 ジョシュア様はそう言って戯けた。

 「流石に、そんなことは……」

 ない、と言いかけるが、正直否定もできないな…と思ってしまう。

 ジョシュア様は、一つ溜息をついた。

 「覚悟はしていた。……ライルのアンナに対する想いは並々ならぬものがあったから。それにアンナが気付いてしまえば、勝ち目はないかもしれない…とも。いや、そう思った時点で負けていたのかもしれない。

 私もここまで誰かを愛おしいと感じたことなかったんだが……ライルほどアンナを想ってる人はいないと思う。どうか二人で助け合って、幸せになって欲しい。」

 「ジョシュア様…。」

 私が潤んだ目でその紺碧の瞳を見つめると、ジョシュア様はスッと目を逸らした。

 「いつ、結婚するんだ?」

 「……卒業したら直ぐにでもしようと思っています…。」

 「……そうか。」

 ジョシュア様は一口紅茶を啜ると、微笑んだ。

 「……アンナといる時間は、私にとって夢のようにキラキラと輝いた時間だったよ。楽しくて、嬉しくて…人を好きになるとは素晴らしいことなんだな、と思えた。

 だが、その夢から覚める時が来たんだな…。」

 ジョシュア様は、改めて姿勢を正して、私を見つめる。

 「これからは……臣下として、王太子殿下、王太子妃殿下に仕えて参ります。」

 急に距離を置かれた気がして、寂しく感じる。それに私はまだ正式に婚約者にも戻ってないのに、気が早すぎる。

 「まだ、早いです…。」

 俯き、そう言えば、ジョシュア様は寂しそうに笑った。

 「今から練習しておかなければ、一年後…笑顔で祝福できる自信がありませんので。」

 ジョシュア様の綺麗すぎる笑みに胸が痛む。無理しているのが分かるから、テーブルの上にある手を握ってあげたくなってしまう…。

 でも……これは現実だ。皆から愛されるハーレムエンドなんて実在しないのだ。皆を選ぶことは皆を傷付けることになる。

 それに私の一番は、間違いなく…ライル様、だもの。

 私は机の下で両手を握りしめた。

 「……これからも宜しくお願いします。」

 「…はい、勿論です。
 お見送りは結構ですので、こちらで失礼します。」

 ジョシュア様の背中が見えなくなるまで私は立っていた。
 ジョシュア様は一度も振り返ることなく、私の前から消えた。

 脱力したように椅子に座り、テーブルの上に残された野菜チップスを一つ口に運んだ。

 ……それはいつもよりしょっぱい味がした。
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