親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第二章 

30.大切に想う人

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 オーケストラが演奏を始める。卒業生の入場だ。

 華やかな衣装に身を包んだ卒業生が続々と入場する。その胸には思い思いの花が挿してある。皆晴れ晴れとした表情だ。

 ……私は二年後、どんな表情でこの場にいるだろう。断罪を恐れてこの場にいるだろうか。それとも、全ての決着が着いて、晴れやかな表情をしているだろうか。……この場にいない、なんてことだけは避けたい。

 リィナをチラッと盗み見る。
 入場した卒業生がリィナの存在に気付くと腫れ物でも見るような目を向けているが、その視線も物ともせず綺麗に背筋を伸ばして立っていた。

 そして、彼女の側にはウィルガがいた。

 ウィルガも彼女に赤いドレスを贈ったのだろうか…他の男性が贈ったかもしれない彼女の隣にどういう思いで立っているのだろう。

 その時、ふとウィルガと目が合った気がした。

 しかし、彼に憎らしい視線をぶつけられたらと思うと怖くて、思わず目を逸らしてしまった。幼い頃は仲良くしてたのだ…それが嫌な思い出に変わるのが怖かった。……もう遅いかもしれないが。
 
 フロアに全員入ったところで、陛下が挨拶をする。

 陛下の瞳は王家特有の碧眼だが、髪色は金髪というより茶色だ。
 顔つきも美しいと形容されることの多いライル様とは違い、凛々しい眉に切長の目は威厳を感じさせる。美丈夫ではあるが、王子様然としたライル様とはあまり似ていないのだ。

 アルファ様は陛下に似ていて、ライル様は王妃様に似ている。

 ライル様の婚約者である私も陛下とは数回しか言葉を交わしたことがないが、厳しい人という印象だ。そして、特にライル様には厳しく接しているように見えた。一方で、アルファ様のことはとても可愛がっているようだった。

 挨拶が終わり、やはり陛下はそのまま退出されるようだった。去り際にライル様の肩に手を置き、何かを仰っている。ライル様は表情を変えず、頭を下げた。

 ……何でライル様にはあんなに冷たい表情しか見せないのかしら。

 ライル様のことを想うと、胸がキュッと締め付けられた。ライル様はずっと寂しい思いをしてきたに違いない。
 だから、婚約者である私のことをその穴を埋めるように大事にしてくれたのかもしれない。

 その後も何人かの来賓の挨拶が行われる。

 それが終われば、いよいよパーティーの本番がスタートだ。

 最初のダンスは卒業生のみ。
 皆、思い思いの人物にダンスを申し入れる。

 他国などではダンスの申し入れは男性のみ、というところもあるが、我が国はダンスの申し入れはどちらからでも可能だ。そして、卒業記念パーティー最初のダンスでの卒業生からの申し入れは極力受け入れるようにと指導されている。

 申し入れの時間になると、私達のところ……主にジョシュア様に申し入れが殺到した。色とりどりの御令嬢が群がっている。ジョシュア様は予想していたのだろう…特に動じることもなく、後ろの方にいる一人の御令嬢の手を取り、フロアに出て行く。

 「お兄様、逃げたわね。」

 ソフィアが私に耳打ちをする。

 「逃げた?」

 「えぇ、あれはミオナ。私達の従姉妹なのよ。
 この状況を見越して、事前に自分に申し込むように言っておいたんだと思うわ。ミオナなら惚れられたり面倒なことにならないし、彼女はお金が大好きだからそれで買収したのよ、きっと。」

 間違いないわ、とソフィアは真剣な顔つきだ。

 「へ、へぇ…。」

 「きっと…後で従姉妹だと言い訳に来るわよ。」

 ソフィアがニヤッと笑う。

 「え?」

 「好きな人に勘違いなんてさせたくないでしょうからね。」

 ソフィアはそう言い残すと、知り合いなのか、最初に申し込みに来た令息の手を取り、フロアに消えていった。……ソフィアも買収したのかな。

 でも、本当にそういう配慮をジョシュア様がしてくれているとしたら、正直、とても嬉しいな…と思う。ライル様の件があるから、余計そう思うのかもしれない。

 そんなことを考えている私の前にもいつの間にか人だかりが出来ていた。
 三年生とは関わりが殆どないので、知らない令息ばかりで誰の手を掴んだら良いのか分からない。知らない人とは踊りたくないし…考えたくないがリィナに洗脳されている者が危害を加えてくるかもしれないし…と、困っていると、横の方から声が掛かる。

 「アンナさん。」

 そこにいたのは、一緒に魔法学の講義を受けていたシビ先輩だった。

 「シビ先輩。」

 「僕と踊ってくれないかな?」

 シビ先輩はそう言って、少し困ったように眉を下げた。

 「喜んで。」

 私はそう言って、その手を取った。

 シビ先輩は、土の魔力を持つ三年生だ。三年生の中では最実力者と言われていて、ジョシュア様やルフト先生とも仲が良い。卒業後は王宮で勤務することが決まっているという。

 とても優しい性格で、何を言われてもいつも微笑みを浮かべている。そのせいなのか、ただ目が細いだけなのか、私はシビ先輩の目が開いているのをほとんど見たことがない。

 音楽が流れ始め、シビ先輩と踊り始める。シビ先輩のダンスはその性格を表したようなゆったりとした優しいエスコートだった。

 少し踊ると、シビ先輩が口を開く。

 「上手だね、アンナさん。さすが殿下の婚約者だ。」

 「そんなことないです。
 シビ先輩のエスコートが上手いからですわ。」

 「それは光栄だな。
 僕は今日のことを一生の栄誉として生きていくよ。」

 「ふふっ。そんな、大袈裟です。

 それに…ありがとうございます。
 戸惑っている私を助けてくださったんでしょう?」

 「まぁ…否定はしないかな。事前にこの状況を見越したある人に頼まれていたんでね。」

 「ある人…?」

 「君のことを大切に想う人さ。」

 「大切に想う人……。」

 きっと…ジョシュア様なのだろう。
 その優しさに胸がじんわりと温かくなる。

 「アンナさん、あと二年間…素敵な学園生活を。」

 「ありがとうございます。
 シビ先輩も…卒業おめでとうございます。」

 「ありがとう。」

 シビ先輩はそう言うと、目尻に皺を寄せて笑った。

 ダンスが終わる。シビ先輩は私の手を取り、礼をした。
 このまま下がろうとする私の手をギュッと掴む。

 「シビ先輩…?」

 「さぁ、『君のことを大切に想う人』のところへ……
 行っておいで。」

 「へ?」

 そう言って、唖然とする私の手をシビ先輩は引き、誰かに渡す。

 「きゃっ…!」

 バランスを崩した私の腰を抱いたのはー

 ライル様だった。
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