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第二章 

28.魔宝

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 「それにしても、リィナが殿下と頻繁に会っているという噂は耳にしていたんだけれど、本当だったのね。

 学園内で見る限り、殿下はリィナのことを相当嫌っているはずだけど…リィナが寵愛を受けてるなんてことあるかしら?」

 そう言って、ソフィアは首を傾げる。

 「分からないけど…二人の仲を隠すために学園ではリィナに興味のないふりをしているのかも。」

 「……うーん、でも、殿下は間違いなくアンナを想っているわよね。喧嘩の内容だってただの嫉妬でしょ。

 きっと殿下はリィナに従わなければいけない事情があるんだと思うの。それも公に出来ないようなことが。」

 「それって何?」

 想像もつかないので尋ねてみると、ソフィアは怒ったように頬を少し膨らませた。

 「私にもわからないわよ。」

 「そっか…。」

 なんでもソフィアに頼ってはいけない…私も自分で考えなくちゃ。本当にライル様がリィナに脅されているなら、助けてあげたい。私の助けなんてライル様は必要としてないかもしれないけど。

 きっとリィナはゲームの中の知識を使って何かをしているんだ。でも、ライル様ルートでそんな脅しのネタになるような事実はなかったはずだけど…。

 「でも、本当にライル様がリィナ側に付いてるとしたら厄介だわ…。」

 ソフィアが難しい顔をして呟く。

 「厄介??」

 「えぇ。今、ルフト様とお兄様が調査している件に、リィナが絡んでいるみたいなの。リィナを近々呼び出して、話を聞くみたいなんだけど…王家が彼女を守るとしたらこの件は有耶無耶にされてしまうかも知らない。」

 「調査している件って…?」

 私がそう尋ねると、ソフィアは神妙な顔つきで言った。

 「魔宝よ。」

 魔宝とは魔力で作動する数少ない道具のことだ。

 昔の大魔法士が作った通常魔法では出来ないようなことを実現させる幻の宝飾品。ゲームの中でも魔宝は使われていた。

 私が知っているのは、ライル様ルートで出てきた魔宝・夢魅ゆめみの耳飾りだけだ。夢魅の耳飾りはそれを身につけて、異性に触れながら「好き」と唱えると、その異性は盲目的な恋の奴隷となるという代物だった。しかし、これは魔力持ちには効かない。

 そのため、私はリィナが魔力持ちの攻略対象者たちにこれを使う可能性はないと思って、その存在自体すっかり忘れていた。そもそも、この魔宝をゲーム内で使っていたのはソフィアで、これを使って学園内の男性陣を誘惑し、リィナを虐めさせていたのだ。

 そこまで考えて…私はようやく気付いた。

 ……リィナはこれを使ってたんだ…!

 どんなにリィナが好きだとしても、公爵家令嬢であるソフィアや私を虐めるのは、貴族令息として正気の沙汰とは思えない。あんなことが出来たのは、彼らは洗脳されているに等しい状況だったからなのだろう。

 私は自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。
 少し考えたら分かることだったのに…!
 
 急にハッとして、頭を抱え、唸り出した私をソフィアが心配する。

 「アンナ?!だ、大丈夫?」

 「うん。ソフィア、今、ジョシュア様とルフト先生が調査してるのって…夢魅の耳飾り、かな?」

 そう言ってチラッとソフィアの様子を伺うと、ソフィアは目を丸くしていた。

 「……驚いたわ。まさかアンナが知ってるなんて……。」

 「あー……うん、たまたま本で見た気がして……。」

 そう誤魔化すと、ソフィアは一瞬訝しげな顔をした。

 「そう…。相当古い本にしか書かれてないと思うけど…
 まぁいいわ。

 魔宝は全部で五つ。ルデンス公爵家の人間はそのうちの一つを保管していることもあって、魔宝に少し詳しいの。

 今回調査の対象になっているのが、夢魅の耳飾り。これは神殿の奥深くに保管してあったものなんだけど、どうやら何者かが忍び込んで盗み出したらしいの。保管場所は関係者しか知らないはずで、魔法士や公爵家の人間ならともかく勿論ただの男爵令嬢のリィナが知るはずもないんだけど……。」

 きっとリィナはゲームの知識を駆使して手に入れたんだろう。そうなると、他の魔宝も気になってくる。どのような魔宝があるか私には皆目見当もつかないが、五つが全てリィナの手に渡れば、かなり状況は厳しいことは簡単に予想できた。

 「……他の魔宝は大丈夫、かな?
 リィナは他の在処も知ってるかも…。」

 「まさか。でも、今回の耳飾りの件も予想外だったから、確認する必要はあるでしょうね。もう確認してるかもしれないけど…お兄様に聞いてみるわ。」

 神妙な顔をして、ソフィアが頷く。

 「うん…そうした方がいいと思う。

 ついでに…私たちへの虐めが落ち着いたのってー」

 「そう、ルフト様とお兄様のおかげよ。
 元々二人は盗まれた耳飾りの件を調査してたらしいんだけど、私たちのことを聞いて、耳飾りの力なんじゃないかって思ったんですって。
 魔法解除は身に付けてる本人なら簡単に出来るんだけど、それ以外となると魔力を流し込んだ薬を飲ませる必要があるの。ルフト様は耳飾りが盗まれた日からずっと万が一の状況に備えて、解除薬を作り続けていたらしいの。
 私たちから話を聞いたルフト様は、次の日からリィナの周りにいる人達に解除薬を飲ませたの。それで落ち着いたってわけ。」

 私はこの前階段であった二人の令息を思い浮かべた。私を見つめる悪意に満ちた目を思い出して、気分が悪くなる。

 「でも、リィナの周りにはまだ取り巻きの令息がいるよね?」

 「えぇ。どうやら繰り返し魔法を掛けられると、解除に時間がかかるらしいの。保有している魔力量に応じて一日に掛けられる人数も変わるらしいんだけど、おそらく今もリィナは耳飾りを持っているから…。」

 「なんで耳飾りを取り上げないの?」

 「耳飾りは身に付けていると透明化して、目には見えないし、確かにそこにあっても他人には触れられないの。だから、取り上げることが出来ないのよ。取り外せるのは身につけてる本人が外したいと思って触れた時だけ。」

 確かにそうだった。
 ゲームの中でもソフィアは耳飾りを付けていなかったもの。

 「……それは難しそうだわ。」

 「本当よね……。」

 暫く私たちの間には沈黙が流れる。

 「そうだ、アンナ。
 卒業記念パーティーのドレスはもう決めた?」

 卒業記念パーティー、と聞いて、ドキンと心臓が跳ねる。

 「え、えぇ。
 今回は先輩方が主役だから、シンプルな物にするつもりよ。」

 「そうよね。私も。

 リィナさんも参加することになるけど…
 ドレスはあるのかしら?」

 ソフィアが心配している通り、ゲームの通りであるならば、リィナに着るドレスはなかった。

 ゲーム内では、ドレスがなくパーティーへの参加を断念しようとするリィナの元にその時点で最も好感度の高いキャラクターから匿名でドレスが届くのだ。

 ジョシュア様からは青の、ルフト様からは紫の、ウィルガからは赤の、そしてライル様からは黄色のドレスが。

 「……無いと思うけど…
 どなたかがプレゼントするかもしれないわね…。」

 私がぽそっと言葉を溢すと、ソフィアはそれを驚いた顔で見つめる。

 「ドレスをプレゼントするって……。」

 この世界においてドレスをプレゼントするということは、愛する者へ行う行為だ。よって、普通は婚約者や配偶者に対してのみ行われる。そして、それは瞳の色であれば、殊更深い愛情を示す。

 私も何度かライル様からドレスを贈ってもらっているが、今回はー…。

 ふと、ライル様の髪のようにキラキラと輝く黄色のドレスを着て微笑むゲームの中のリィナの姿が思い出される。

 私はキュッと唇を噛んだ。
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