親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

文字の大きさ
上 下
46 / 99
第二章 

19.膝枕

しおりを挟む
 「悪りぃな、驚かせて。」

 唖然とする私にユーリはバツが悪そうだ。
 目を逸らして、頬を掻く。木の上にいたからだろうか、頭には葉っぱがくっついている。

 「木の上で昼寝してたんだよ。で、気付いたら、アンナ達がやって来て話し始めたから、出るタイミングを失って……。」

 「聞いてたんだ…。」

 「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだ。」

 しゅんとして、俯くユーリはなんだか可愛い。
 私はユーリに微笑んだ。

 「ううん。大丈夫よ。気にしてない。」

 「でも、なんか穏やかじゃない話だったな?
 リィナに何かされたのか?」

 「あぁ……うん。」

 私はユーリに資料室で起きた出来事を話した。

 「はぁ?!あいつ、アンナのことを殴ったのか?」

 「な、殴ったっていうか、少し叩かれただけ。」

 「手当てしたって言ってもよく見りゃ赤くなってんじゃねぇか。こんなの少しだなんて言わねぇ!

 ……くそっ!男だったら二度とこんなこと出来ねぇようにボコボコにしてやんのに…!」

 ユーリがギリっと歯を食いしばる。
 全く血気盛んなんだから。

 「ふふっ。怒ってくれてありがとう。
 でも、そんなことしちゃ駄目よ。」

 「分かってるよ。
 ……でも、随分と急に正体を明かして来たもんだな。」

 「うん……。
 今回の試験で二位になれなかったのが相当腹立たしかったんじゃないかな。

 ゲームの中では二位になったことで、お祝いとしてライル様にお忍びデートに誘われるイベントがあるのよ。そのデートはライル様ルートを攻略するには必須だから…。」

 「そんなこと言ったってライルはリィナのこと嫌ってるじゃねぇか。例え二位になったとしても絶対デートなんか誘わないだろ。」

 「そうだね…。だけど、リィナさんはここが完全に自分のためのゲームの中の世界だと思ってる。上手くいかないのは全部私のせいだって。」

 本当に酷い言い草だった。思い出しただけでも腹が立つ。……リィナにとっては私たちはただのゲームの駒でしかなかった。

 「本当ふざけてやがる。
 頭がおかしいとしか思えないな。」

 ユーリはリィナの嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。

 「うん……私の存在だけじゃなくて、ゲームと違うことなんていっぱいあるのに……。」

 大きく肩を落とす私の指先をキュッとユーリが掴む。

 「ライルが付いてるから大丈夫だと思うが…とりあえず絶対に一人になるなよ。リィナが何かをしてくるなら、用心するに越したことはない。俺も出来るだけアンナの目の届くところにいるから。
 それにソフィアが暴走しないよう常に一緒に行動しておけ。ソフィアがリィナにきつく当たるようになったら、思う壺だ。ソフィアと取ってる科目はほとんど一緒なんだろ?」

 「……うん。」

 だけど、先程のことを思い出すと気が重くなる。
 ソフィアは何も話そうとしない私となんか…一緒にいたくないかもしれない。

 視線を落とす私の視界に入るようにユーリは覗き込むように私の瞳を捉えた。

 「気まずいかもしれないけど…頑張れよ。
 守りたいんだろ、ソフィアを。」

 そうだ…。私はソフィアを守りたくて、ここまでやって来たんだ。そう簡単にいかないことは覚悟していたはずなのに、ちょっとリィナに挑発されただけで、弱気になってるんだろう。……あんな人に負ける訳にはいかない。

 私は顔を上げて、真っ直ぐとユーリを見つめた。

 「うん……。そうだね……頑張る!」

 「よっしゃ。その意気だ。」

 ユーリはいつも通りニカッと笑ってくれる。

 「ありがとう……いつも。」

 「おうよ。」

 私達は拳を作って、それをぶつけ合った。


   ◆ ◇ ◆


 リィナと資料室で衝突した日からニヶ月が経った。
 私はソフィアの側にいて、リィナに何かと忠告しようとするのを必死に止めている。しかし、特にリィナが私たちに危害を加えてくることはなかった。

 でも、何もしてこないのが逆に不気味で、私は不安だった。

 「「はぁ…。」」

 隣にいるライル様と溜息が重なる。

 今はライル様と二人で庭園の隅でマットを広げて、ランチタイムだ。普段、ソフィア達と昼食を食べることが多い私だが、週に一度はこうしてライル様ともご飯を食べる。私がお弁当を作ってくることも多いが、今日は気分が乗らず、シェフに任せてしまった。

 「なにか不安なことでも?」

 先ほどからじっと考え込んでいた私にライル様が尋ねる。

 「あ、いえ。少し寝不足で疲れてるだけです。授業の復習をしてたら遅くなっちゃって。」

 「偉いね、アンナは。
 王子妃教育もあって大変なのに。」

 「そんなこと言ったら、ライル様は公務もある中ですから、より大変じゃないですか。最近は以前にも増して忙しくされてますし……。」

 私がそう言うとライル様は微笑んだ。

 「僕はそういう所に望んで生まれて来てしまったんだから、仕方ない。それに今はすっかり兄上が気落ちしてしまっているからね、僕が頑張らないと。」

 そう……今、ライル様が忙しいのは、ライル様のお兄様である王太子のアルファ様が塞ぎ込んでいるからなのだ。

 アルファ様には半年後に婚姻を控えた婚約者がいた。隣国の姫だ。二人は完全な政略結婚でありながらも、互いに惹かれ合い、愛し合っていた。それは国内でも有名で結婚前にも関わらず、姫を連れて、国内各地を案内するほどだった。

 姫はこの国の王太子妃となることを心から楽しみにされていたし、ディバルディ王国ではアルファ様だけではなく、国全体を挙げて、姫の輿入れを心待ちにしていた。

 しかし、悲劇は一ヶ月前に起こった。

 姫が不慮の事故で亡くなったのだ。
 我が国から帰る道中の事故だった。

 アルファ様は深く悲しみ、そのショックから部屋から出なくなった。美しい王太子妃を迎える予定だった我が国全体も大変な騒ぎになり、今もなお寂しげなムードに包まれている。

 しかしながら、公務は溜まる。今はアルファ様が出来ない分の仕事をライル様が負担している。そのせいもあり、最近はライル様が学園に来れない日も多い。顔色も悪いし、ちゃんと寝ているのか心配だ。

 「……まだ少し時間ありますし、ここでお休みになりますか?」

 「んー…そうさせてもらおうかな。
 ごめんね、久しぶりに二人で過ごせる時間なのに。」

 ライル様は大きく欠伸をした。
 きっと昨晩はほとんど寝ていないのだろう。

 「いえ、私は大丈夫です。ライル様が元気でいてくださることの方が大事ですし。」

 「ありがとう。」

 ライル様は目を細めて笑った。
 私は膝の上に広げた弁当箱を片付け、膝を叩いた。

 「では、どうぞ。」

 「へ?」

 ライル様は目を丸くする。

 「え?膝枕いりませんか?」

 嫌だったのかな?でも、枕あった方が寝やすいよね?

 私が不思議に思っていると、ライル様が緊張したような面持ちで尋ねてくる。

 「……い、いいの?」

 その反応にようやくこれは普通の令嬢はやらないことなのだと気付く。

 「……あ…えと、はしたなかったー」

 私が言い終える前にライル様の頭が腿に乗った。

 「ありがとう。最高だよ。」

 「……よ、良かったです。」

 そのままライル様は上を向いて、下から私をじっと見つめている。…ど、どうしたんだろう。

 「寝ないんですか?」

 「アンナをもっと見ていたくて。」

 宝石のような碧眼でライル様に熱く見つめられれば、一気に顔に熱がのぼる。私は思わず左手でライル様の目元を隠した。

 「……恥ずかしいです。見ちゃダメ。」

 「ふふっ。手が冷たいね、気持ちいい……。」

 「じゃあ、寝てるまでこうしてます。」

 「うん……。

 ……ねぇアンナ。
 これからも僕の側にいて…。」

 「急にどうしたんですか?」

 「…………不安なんだ。

 もし姫と同じようにアンナがいなくなったら……
 僕は生きていく自信がない。」

 「ライル様……。」

 「……何よりも怖いんだ。アンナを失うことが。」

 その話す声は少し震えているような気がした。

 「大丈夫です。
 …ライル様の許可なくいなくなったりしませんよ。」

 「…約束、だよ……。」

 少しすると、ライル様から規則正しい寝息が聞こえ始める。ライル様の目元から手を退けると、目元の周りが少し濡れていた。

 ポケットからハンカチを取り出し、目元を拭う。
 さらさらとした金髪に指を通しながら、優しく頭を撫でる。

 ライル様と一緒にいればいるほど、どれだけ私のことを想ってくれているか、伝わってくる。

 学園が始まって、ライル様はリィナさんから何度もアプローチを受けているにも関わらず、全く靡くことはなかった。ライル様がリィナさんを徹底的に避けているため、二人が話しているところなんて、殆ど見たことがないほどだ。

 私をじっと見つめるライル様の瞳もずっと変わらない。二人きりになると、どこか熱っぽい焦がれるような視線をライル様は私に向ける。

 ……王子妃にだってなりたくないわけじゃない。
 ずっと王子妃教育を受けてきて、この国の課題や問題点を知ることもあったが、同時にこの国のことをより深く知って、好きになった。

 そして、何より国のために学び、働くライル様を私は尊敬している。ライル様の妃として、それを隣で支えられたなら……と考えたこともある。

 けれど、婚約者になるはずだった美しく賢いソフィアや、皆に愛される愛らしいリィナこそが王子妃に相応しいのではないかとどうしても考えてしまうのだ。

 以前、ユーリから言われた言葉が頭をよぎる。

 『俺思うんだけど、ライルが側にいれば、破滅なんて恐れる必要ないんじゃね?』

 本当にそうなのだろうか。
 これからもライル様はそばにいてくれるのだろうか?

 だけど、ライル様への情を形成し、私を悪役令嬢に仕立てようとする強制力だと思うと怖くてたまらない。

 一方でそれを理由にライル様のこの真剣な想いを流し続けて、自分の気持ちに気付かないフリをするのも、辛い。

 ……好き、なのかは分からないが、ライル様に人として惹かれているのは確かだった。

 私は寝ているライル様に呟いた。

 「ライル様……。私も……

 一緒にいたいです…。」
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...