親友のために悪役令嬢やってみようと思います!

はるみさ

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第一章

6.ライル

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 私は目の前にいるやたらとキラキラした嘘くさい笑顔を浮かべる少年を見つめる。

 まだ幼いものの、確かにゲームで見たあの王子だ。大変麗しい姿だが、この人物がソフィアを破滅に追い込んだ人物だと思うと全くときめくはずもない。

 私は笑顔を封印して、第二王子殿下との顔合わせに臨んだ。

 「初めまして。知っていると思うが、ライル・ディベルディだ。これから長い間、宜しく頼むよ。」

 私はマナーの先生の美しい礼を思い出しながら、拙いなりに礼を取った。

 「ご機嫌麗しゅう、ライル王子殿下。
 アンナ・クウェスと申します。
 どうぞ宜しくお願い致します。」

 「素敵な名前だね。
 …アンナ、と呼んでも?」

 「えぇ。構いません。」

 「アンナも気軽にライルと呼んでくれ。
 僕たちはもう婚約者なのだから。」

 殿下はそう言って、完璧すぎる微笑みを私に寄越した。

 …そうやって今まで数多の御令嬢を落としてきたんだろうが、私はそうはいかないんだから。

 「いえ、殿下と呼ばせていただきます。」

 「そうなの?それは随分と寂しいな。」

 殿下はそう言って少し目を伏せ、寂しそうな顔をする。
 私よりずっと長い睫毛が顔に影を落とす。

 その顔を見て、少し胸が痛む。

 まだこの子は何も知らないんだもんなぁ…。

 ライル殿下は将来ヒロインと恋に落ちて、無責任にも婚約破棄をする。しかし、目の前で残念がるその姿はあどけなさが残る少年だ。

 …まだ何もしていない彼に罪はないか。

 悩んだ末、私はまだ暫くは普通に接することにした。

 「……分かりました。では、ライル様、と。」

 「良かった!
 アンナにそう呼んでもらえて、嬉しいよ。」

 ライル様はそう言って、満面の笑みを見せる。

 …さすが王道攻略キャラ、笑顔の破壊力がハンパない。

 その後、私たちは当たり障りのない会話を小一時間ほどした。王子は話題が少ない私の話にも熱心に耳を傾け、話を広げてくれた。

 その中で最も盛り上がったのが、お菓子の話だった。「趣味は何かあるの?」と聞かれて、筋トレとも、木刀振りとも、ランニングとも答えられなくて困った私は、絞り出すように「お菓子作りをー」と答えてしまったのだ。

 「アンナは、お菓子を作るの?」

 後悔した時にはもう遅く、ライル様はその話題に興味津々のようだった。碧眼がキラキラと輝いている。

 「あー…えっと、はい。
 殿下の婚約者の趣味として相応しくないですよね。刺繍とかダンスとかが得意だと良かったんですが…。
 外では言わないように気を付けます。」

 「なんで?良いじゃない、お菓子作り!
 令嬢が自ら厨房に入るのははしたないと言う人もいるけど、僕は全然気にならないよ。刺繍なんかより僕には魅力的だな!食べられるし!ハンカチは使い道がなくて困る。」

 きっとライル様は色んな御令嬢から山ほどハンカチを貰っているんだろう。確かにそれはなかなか面倒そうだ。

 それなら、形に残らないお菓子の方が気が楽なのだろう。…とは言っても、王子が何が入ってるか分からない手作りのお菓子を食べるなんて危険なことはしないだろうが。私も図々しく作りますなんて、言うつもりはない。別に食べて欲しくないし。

 「そんな大したものは作りませんが。」

 「今度食べさせてくれる?」

 「は?」

 「だから…次会った時に食べさせてねって言ったの。」

 「え……?いや、えっとー」

 王子に食べさせて、それで腹を壊されたらたまったもんじゃない!学園で悪役令嬢を務める前に不敬罪で投獄されてしまう。そんなの絶対にごめんだ。

 「そ、そんな、ライル様にお出しできるような腕前ではありませんので。」

 「大丈夫だよ。
 だって、アンナも食べてるんでしょう?」

 「まぁ…私は…。」

 「他に食べたことあるのは?」

 「…お父様と、この家の使用人と、親友です。」

 「…親友?」

 …しまった……。

 私とソフィアの関係を伝えるつもりはなかったのに。私がソフィアに余計なことを言って、婚約者の立場に無理矢理おさまったと分かれば、美人で頭もいいソフィアの方が良かったと騒ぐかもしれない。

 「あー、えっと、ただの友達…いや、知り合いです。」

 「そう…。で、その知り合いは誰なの?」

 ただの知り合いなんだから、放っておいてよ!

 「いや…ライル様にお伝えするほどの名前でもありませんので…。」

 「………もしかして、ソフィア嬢?」

 私はぎくっと身体を強張らせた。それはしっかりとライル様にも伝わったようだった。

 「やっぱりソフィア嬢なんだね。二人が仲良くしてるって話は聞いたことがあったけど、本当なんだ…。
 …あのソフィア嬢と仲良くできる子がいるなんて驚きだよ。

 ソフィア嬢には食べさせたのに、私には食べさせて貰えないなんて妬けちゃうな。」

 王子は微笑んでいるが、その笑顔はどこか怖い。

 というか、あの天使のようなソフィアのことをディスったわね!こいつ、本当に見る目のない男だわ!!

 それに、なんでこの人お菓子ひとつにそんなにこだわるの?しかも、私の手作りクッキーなんて食べずに使用人にでも渡すくせにー!!

 もう面倒になった私は、昼に自分のお菓子用に作っておいたクッキーを包んで持ってくるようにオルヒに伝えた。

 「ただ今、持って参りますので、どうぞ持ち帰って、お召し上がりください。」

 食べるのは顔も知らない誰かでしょうけど!とは勿論言わず、キッとライル様を睨みつけた。

 それを、ライル様はふふっと笑った。

 「そんな目で僕のことを見るのは、アンナだけだ。あの口の悪いソフィア嬢だって僕にそんな目を向けたことはないよ。」

 …口の悪いソフィア嬢?

 どういうことかしら?確かにソフィアは所謂ツンデレで、少しきつい言い回しをすることが多いが、それは照れ隠しでそう発言してしまっているだけなのに。本当はとても優しく、可愛い子だと言うことにみんな気付いてないの?

 私は面倒なので体調不良を理由に令嬢令息が集まるお茶会や交流会などに参加したことはないが、その中でソフィアはもしかして馴染めてないのかもしれないと、その時初めて思い至った。

 「……ライル様。ソフィアは、その…交流会などでは誰と一緒に行動していますか?周りに友人の令嬢などはー」

 「僕もほとんど参加しないけど…彼女が誰かと行動を共にしているところは見かけたことがないね。いつも一人で行動し、口を開けば人の揚げ足取りをしている印象だね。」

 私はその言葉を聞いて呆然とする。

 ……なんてことだ!!
 私は今までソフィアには多くの友人がいると思い込んでいた。ソフィアは自分の感情を素直に表現できない性格のせいで、友人がいるどころかたった一人ぼっちだったなんて…!

 ソフィアが交流会で一人、隅にぽつんとしている映像が浮かぶ。…寂しそうなソフィア……。

 私はギュッと膝の上に置いた拳を強く握った。

 「ライル様…ソフィアは悪い子じゃないんです…。ただ言い回しが独特なだけで、優しい良い子なんです。」

 「そうなんだね…。
 でも、そんな彼女の部分を僕は見たことがないや。」

 「そうですか…。」

 しょんぼりする私を見て、ライル様は困ったように笑った。

 「立場上、人の好き嫌いに言及すべきではないと思うんだけど…正直、彼女のことは以前から得意ではなくてね。

 しかし、父上は僕の婚約者は公爵令嬢でなくては、と。アンナは身体が弱く面会も厳しいほどだと聞いていたから、ソフィア嬢と仕方なく婚約しなければならないと思っていたんだ。

 そんな時に騎士団長から君が婚約を希望していると聞いたから、驚いたと同時にとても嬉しかったんだ。」

 「…嬉しかった?」

 ソフィアのような美しさを持ってれば、それも納得だが、顔を見たこともなければ、病弱だと言われる私との婚約の何が嬉しいのだろうか?

 「うん。
 アンナは夕日のように美しく輝く髪と瞳を持つ可愛らしい令嬢だと聞いていたしね。」

 「は?誰がそんなことー」

 「騎士団長だよ。」

 お父様のばかー!!親バカなのは知ってたけど、周りにまで言いふらしてるなんて!私は呆れて、小さく溜息を吐いた。

 「はぁ…。ただの親バカです、すみません。
 実際に会って、がっかりしたことでしょう。
 失礼しました。」

 私は軽く頭を下げる。
 顔を上げると、ライル様は微笑んでいた。

 「いいや、期待以上だった。

 アンナは見た目が可愛らしいだけではなく、素直で話していて清々しい。僕のパートナーとして、非常に好ましく思った。」

 「は?」

 ……好ましく思った…?

 ライル様の発した言葉が信じられなくて、私は開いた口が塞がらない。ついでに顔から火が出そうに熱い。

 お父様以外の人に容姿を褒められたことなどなかった私は、「可愛い」とか「好き」とかいう言葉に極端に弱いのかもしれない。

 「こうやって顔を真っ赤にさせるところも、可愛い。」

 そう言って、ライル様は目を細めて笑った。

 ……この顔は、本当に笑ってる気がする…。

 その時、扉がノックされ、オルカがクッキーを持って帰ってきた。

 私は火照った顔がオルカにバレないように私は俯いた。

 それをライル様はクスクスと笑って見ている。

 オルカの持ってきてくれた小さな袋には、私のお気に入りのジンジャークッキーが五、六個入っていた。

 ライル様はそれを受け取ると、上機嫌で帰って行った。
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