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1巻
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しおりを挟むプロローグ 婚約解消と協力者
「マリエルじゃ勃たない。婚約を解消してほしい」
「……は?」
目の前の婚約者が告げた言葉の意味がわからず、呆然とする。
婚約者であるルブルス様は、さも自分が正しいことを言っている態度で、私をじっと見つめている。
なんで、ルブルス様はこんなに堂々としているの? というか、こんな喫茶店で話す内容じゃなくない? 勃たないとか私にかなり失礼だよね? 第一そんな理由で婚約解消なんてできるの? 家同士で決められた結婚なのに?
私の頭の中は疑問と不満でいっぱいだ。
「とりあえず落ち着いて話しましょうか」
「私は落ち着いている。事実としてマリエルじゃ勃たないのだ。勃たなければ、後継ぎをつくることもできないだろう。結婚する最大の目的が達成されないのだから、婚約解消は妥当だと考える」
……勃たないってまた言った。本当に失礼な人だ。
ルブルス様ってこんなこと言う人だっけ? 会ってない間になんか人が変わったみたい。
その時、喫茶店に誰かが入ってきたと思ったら、目の前のルブルス様がすごい勢いで立った。
「リリー‼」
「ルブルス! 会いたかったわ‼」
喫茶店には場違いな真っ赤なドレスを着たグラマラスな美熟女がこちらへ向かってくる。
私の婚約者を呼び捨てにしたその女性は、私の目の前で彼と抱き合い、見つめ合っている。今にもキスをしてしまいそうな距離だ。ルブルス様は今まで見たこともない蕩けた表情をしている。
そして、私は完全に無視されている。
「ルブルス、話は終わったぁ?」
その女性はそう言いながら、ルブルス様の胸辺りをツンツンしている。
「あぁ、リリー。君が教えてくれたようにマリエルに話したらわかってくれたよ。それなら仕方ないって。ねぇ? マリエル?」
ルブルス様はそう言って、私に微笑みかける。
全くもってわかっていないし、仕方ないとも微塵も思ってないけど、この二人を前にして、話すのは無理なような気がしてきた。なんだ、この茶番は。
私もこんな馬鹿なことを言う人と結婚したくはない。勃たないから婚約解消なんて酷い理由じゃ次の婚約者は望めないかもしれないけど、もういいや。生涯、騎士として国に身を捧げよう。
お父様は怒るかもしれないけど、娘が侮辱されているのに、無理やり嫁がせようとは思わないだろう。厳しく見えるが、私たちのことをしっかり愛してくれている父だ。
「かしこまりました。それでは、今後の手続きに関してはエルスタイン家に直接ご連絡をお願いいたします。ルブルス様、今までありがとうございました。お元気で」
私はルブルス様に微笑みを返した。
ルブルス様はそれを満足そうに見てうなずくと、女性の腰を抱いて歩き出そうとした。
「ルブルス、ちょっと待って。私からも彼女に言いたいことがあるわ」
そう言って彼女がルブルス様を止める。謝罪でもするのかな? もうこうなってしまった以上、そんなのいらないのだけれど。
「マリエルさん……でしたっけ? ごめんなさいね。ルブルスは私に焦がれるあまり、私のような魅力的な身体にしか反応しなくなってしまったの。私は貴方のような控えめな体型も素敵だと話したのだけれど……どうしても私が良いって聞かなくて。でも、ルブルスは私が責任を持って幸せにするから、安心してね!」
彼女はそう言って、勝ち誇った笑みを浮かべる。そして、少し腰をかがめて、私にこっそり耳打ちした。
「ルブルスって胸が大好きで、痛いくらいに揉みしだくのよ。だから、あなたには耐えられないと思うわ。ない胸を揉まれるのは痛いでしょうから」
二人は喫茶店を出ていく。二人で絡みつきながら歩くその後ろ姿に吐き気がした。
喫茶店の中ではコソコソと周りのテーブルに座っている人が話している。「勃たないから婚約解消なんてあり得ないよね~」「勃たないってどれだけ貧相な身体なの?」「顔は美人なのに」等々好き勝手だ。
なんで私がこんな惨めな思いをしなければならないのか。
テーブルにはすっかり冷めた紅茶が残っている。私は、はしたなくもそれをぐいっと飲み干した。
ルブルス様と別れた一時間後、私は騎士団の訓練所で一心不乱に剣を振っていた。
午前中に仕事を終え、婚約者とのデートに向かったはずの私がすぐ帰ってきて、凄まじい形相で素振りを始めたので、同僚たちは何事かとこちらを窺っている。
それでも、誰にも構われたくなくて、私はただただ剣を振り続けた。
流れる汗もそのままに、私は今までのことを思い返していた。
★ ☆ ★
ここは、大陸の端にあるチューニヤ国。大国とは言いがたいが、そこそこ豊かな資源があり、美味しい物が多く採れる恵まれた国だ。陛下も国民を大事にしてくれる人格者で、ここ十年ほどの国内は安定している。
そんな平和な国で、私マリエル・エルスタインは、伯爵家の次女として生まれた。愛情深い両親の下、少し頼りない兄と才色兼備を体現したような姉と共に育った。幼少期は、とにかく外で遊ぶのが好きで、刺繍に興じる姉を横目に兄と一緒に騎士ごっこをして遊ぶような子供だった。
難しいことを考えたり、言葉の裏側に隠された真意を推し量ったりすることが得意ではなかった私には、息をするように嘘やお世辞を言い合う社交界はさっぱり向いていなかった。きっとそういった才能は一つ残らず美しい姉が持っていってしまったのだろう。
結局、兄のやることを真似し、追い越し、剣術も乗馬も兄より上達した私は、五年前、貴族令嬢という窮屈なドレスを脱ぎ捨て、騎士服を着ることにしたのだ。
この国の貴族令嬢は、ほとんどが二十歳までに結婚する。それまでは社交界に参加し、結婚相手を探したり、人脈を築いたりするのが普通だ。私のように騎士になる貴族令嬢は、騎士団全体を見ても片手で数えられるほどしかいない。当然私が騎士になりたいと家族に話した時も大反対された。しかし、ちゃんと結婚はするつもりだと話したところ、渋々入団を許可してくれた。
だから、どんなに騎士の仕事が楽しくても、騎士団の居心地が良くても、伯爵令嬢としての務めは忘れたことなんてなかった。現在十八歳の私も来年には騎士を辞めて、ルブルス様と結婚する予定だった。この結婚は伯爵令嬢として落ちぶれた私にできる唯一の親孝行だと思っていたから……なのに、こんなことになるなんて。
ルブルス様とは七歳の頃から婚約者としてお付き合いをしてきた。親が決めた結婚でそこに恋愛感情はなかったが、彼は温厚な性格で、お転婆と家の者から言われる私のことも元気があるのは良いことだと言ってくれていた。私が騎士団に入りたいと話した時も、結婚するまでは好きにしてもらって構わない、と私の意見を尊重してくれた。
定期的に手紙でやり取りをしていたし、仕事の合間を縫ってお茶にも誘った。私の記憶ではつい数か月前まで上手くやれていた。しかし、この数か月はルブルス様のお仕事が忙しく会うことができなかった。
確かに仕事の関係で今まであまり参加していなかった夜会にも積極的に参加するようになったとは聞いていた。夜会などには婚約者を同伴する人も多いが、ルブルス様に無理しなくて良いと言われ、私は騎士団の仕事に就いていた。
夜会には将来のパートナーを探しに来る人もいれば、ビジネスの繋がりを求めて参加する人も多くいる。ルブルス様は後者の目的だったはずだが、そこで彼女と出会ってしまったのだろう。
ここまで考えたところで、私は剣を止めた。じっと剣先を見つめて思う。
もう婚約解消のことはどうでもいい。ルブルス様とは平和な家庭が築けるかと思っていたけど、あんな失礼な人とはもうやっていけない。別に好きだったわけではないからなんの未練もない。元々なんでもかんでも私任せで、いけ好かないと思っていたのだ。向こうの都合で婚約解消できたのだから、喜ばしいくらいだ。騎士団も続けられるし!
……ただ‼ あの女には腹が立つ‼
たいしてスタイルも良くないくせに、胸部に付いた贅肉くらいで偉そうにして……! 大体私だって極端に胸が小さいわけでもない。騎士で常にサラシを巻いているから、大きくは見えないだけだ。それに私はまだまだ成長期だし、これからのはず。私の母も姉も巨乳だから私もいつかはきっと……‼
そこで、私は一つ名案を思いついた。
巨乳になって、あの女を見返してやろう‼ と。
それに加えて、夜会でルブルス様より格上の人にエスコートしてもらえたら完璧だ。
あの女がわなわなと震える姿を想像して、ふふっと笑みが零れる。
これくらいの仕返しはいいわよね? 善は急げと言うし、副団長に相談に行こう‼ 良い男性を紹介してもらって、胸を大きくする方法を教えてもらおう‼
私はすっかり眉間の皺を消して、指揮官室に向け、足早に歩き出した。
私たち女性騎士はみんななにかあると、副団長に相談しにいく。
副団長のシルヴィ様は女性だが、団長に次ぐ実力者だ。身体のしなやかさと軽さを最大限に活かした素早い剣技で敵を圧倒するため、巷では剣舞姫と呼ばれている。副団長は女性騎士の筆頭として、私たちの要望を取り入れ、女性でも活躍できる騎士団づくりをしてくれている。強く美しい副団長は、女性騎士にとって憧れの存在であり、お姉さん的存在なのだ。ついでに胸も大きい。
息を整え、指揮官室の扉をノックする。
「マリエルです」
「入って良いわよ」
扉を開けると副団長だけではなく、団長のジルベルト様までいた。団長は普段、王城へ呼ばれたり、騎士の指導をしたりと忙しくされているため、日中の指揮官室にはいないことが多い。今朝も王城に行くのを見たため、勝手に団長はいないと思い込んでいた。
「団長もおいででしたか。失礼しました。また改めて参ります」
そう言って退室しようとすると、副団長に止められる。
「え、今聞くよ。それとも、ジルベルトに聞かれちゃまずい話? 騎士団のことなら、直接ジルベルトに話したほうが早いと思うけど」
「騎士団の話ではなく、ごくごく個人的な話なのです。別に聞かれてまずいということはありませんが、団長に不快な思いをさせてしまうかと思いますので」
「大丈夫だ。ここで話して構わない」
団長が即答する。
「……え? でも、本当に個人的な話ですし、お仕事の邪魔になるかと……」
私は重ねて断ったが、副団長に止められた。
「いいのよ、マリエル。マリエルさえ嫌じゃなければ、今話して。ジルベルトもマリエルと話せなくて寂しいのよ。少しは頼ってあげて。ほら、そこの椅子に座って」
「は、はぁ……。では、失礼いたします」
団長が私と話せなくて寂しい意味がわからなかったが、聞かれて困る話でもないので、このまま相談させてもらう。大体、団長も私の婚約解消に興味なんてないだろうし……
「実は、この度、婚約を解消することになりまして――」
「何っ!? 婚約を解消しただと!?」
団長が勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。それを副団長がキッと睨んだ。
「もう、びっくりするじゃない! 気持ちはわからないでもないけど、落ち着いて」
「あ、あぁ……そうだな。すまない、マリエル続けてくれ」
団長がおかしい。男女の色恋なんて興味なさそうなのに、私の婚約解消話にこんなに食いついてくるなんて。団長の反応は気にはなったが、話の続きを急かされているような気がしたので、簡単に婚約解消に至った経緯を説明した。説明をしているうちに、また腹が立ってくる。
「勃たないってすごく失礼じゃないですか? 確かに騎士服の時は男性っぽいですけど、髪だって長いし、身体つきだって男性とは違いますよね? 確かに胸はないように見えますけど、サラシを巻いているからであって、馬鹿にされるほどじゃないっていうのに! 家系的にもちょっと頑張れば大きくなるんじゃないかと――」
私が話をしている間、団長がブツブツと「勃たないなんて信じられない。俺はいつも……」とか「女性らしいほっそりとした腰と脚線美が……」とか「控えめな胸でも俺は……」とか、私を励まそうとしているのか、独り言なのかを呟いていたが、反応に困ったので聞こえないふりをした。
「というわけで、副団長! 半年後の大きな夜会であの女を見返してやりたいんです! その時に協力してくれる素敵な男性を紹介してくれませんか!? あと、どうしたら胸って大きくなりますか? どう頑張ったらいいのかさっぱりわからなくて――」
私の話を聞く副団長はニコニコとして、いやに上機嫌だ。
「大丈夫! ぜーんぶジルベルトが解決してくれるわ♪」
「「……は?」」
団長と私はそろって間抜けな声を出した。副団長はそのまま話し続ける。
「ジルベルトは公爵家嫡男よ。しかも、見ての通りこの整った容姿で騎士団長! こんなに良い男はなかなかいないわ。無愛想だし、いろいろ拗らせてるけど、超オススメよ! 夜会に連れていったら、その女狐も腰抜かすんじゃない? どう?」
私は団長の顔を見つめた。
どうって言われても……私と団長が並び立つなんてあり得ない。
団長は短い黒髪に、美しいコバルトブルーの瞳を持つ美丈夫だ。背は高く、鍛え上げられたその肉体はまるで芸術品のようで、私も見かけると惚れ惚れしてしまう。
その上、家柄も良く、地位も実力もある。私にとっても憧れの存在だし、年頃の令嬢の誰もが一度は夢見るような相手だ。しがない伯爵家の次女である私の相手をお願いしていい方ではない。
しかも、半年後の夜会は年に一度の大きな催しなので、団長もそこで婚約者様と参加されるだろう。団長は二十代後半だったはずなので、いつそういう話があってもおかしくない。それまでに結婚や婚約が決まる可能性だってある。そうなったら、団長だけではなく、その婚約者様にまでご迷惑をお掛けしてしまう。私は毅然と断った。
「さすがに団長にご迷惑をお掛けするわけにはまいりません。それに私の実家は伯爵家です。公爵家の団長とは身分が釣り合いません。団長も婚約者様がいらっしゃるでしょうし、他の方をご紹介――」
そう言いかけた時、団長が机をドンっと叩いた。驚いた私は、口を閉じた。
「俺に婚約者はいない。身分など大した問題ではない。夜会当日は俺がエスコートしよう」
「で、でも……!」
「ちょうど俺も一緒に行く相手を探していた。マリエルが引き受けてくれるなら、俺にも十分メリットがある。どうかエスコートさせてほしい」
団長が私を見つめる。
なんだか熱心に見つめられているが……そんなに一緒に行く相手に困っているのだろうか? 令嬢を遠ざけるために誰かをそばに置いておきたい、とか? それなら私でも迷惑じゃないかな? 確かに団長以上の人なんていないし……私にとっても良い思い出になる。
「では……大変恐れ入りますが、エスコートをお願いしてもよろしいですか?」
私がそう言うと、団長が柔らかく微笑んでくれた。
「あぁ。もちろん構わない。当日はよろしく頼む」
団長ってこんな風に笑うんだ……。普段は見せないその笑顔になんだか胸がざわつく。
「相手が見つかって良かったわね、マリエル。私に相談に来てくれて本当に良かったわ。騎士のうちの一人にでも頼んだら、きっと誰かさんが怒りと悲しみで少なくとも一か月は使い物にならなくなるところだったから」
副団長が何を言ってるかさっぱりわからないが、とりあえずエスコートしてくれる相手は見つかった。あとは、半年後の夜会に向けて、胸を大きくするだけだ。
「それで副団長、どうしたらもっと胸って大きくなりますかね? 団長がこれも解決してくれると言いましたが、鍛え方を教えてもらえるのですか?」
「そんなのもっと簡単よ! 揉んでもらえばいいわ!」
「「……は?」」
またしても私と団長の声が重なる。
「だーかーらー、ジルベルトに揉んでもらえばいいのよ。胸は揉むと大きくなるの。だからって、自分で揉んでも効果ないわよ? 男性に気持ち良く揉まれることが大事なの」
「シ、シルヴィ‼ な……な、何を言ってるんだ!? 付き合っているわけでもないのに、そんなこと‼ ……そ、それにマリエルも俺のような無骨な男では気持ちいいどころか、怖いだろうし……」
「いや……別に怖くはないですけど……」
確かに興奮して、無理やり迫ってきたら怖いだろうけど、団長はそんなことをする人じゃない。怖い顔をしていても、訓練の時にどれだけ厳しくても、団員のことを大事に想っているからこその行動だと理解している。不器用ながらも、根はとても優しい人なんだろうなぁ……と常日頃の行動を見ていればわかる。
胸を揉んでもらうかは別の話だけど。
そんな私の心情を無視して、副団長は話を進める。
「怖くないならいいじゃない! それに、ジルベルト? どれだけ逃げ回ったって、貴方は公爵家嫡男なんだし、結婚しなきゃならないでしょ。いつまでも初恋拗らせてないで、これを機に向き合いなさいよ」
団長は目を泳がせている。
「だ、だが……マリエルに迷惑をかけるわけには――」
団長はやっぱり結婚したくないんだ。初恋を拗らせて今でも相手を想っているだなんて……そんなに想われるなんて随分と幸せな女性だ。私には縁のない話だとわかってはいるけど、少し羨ましい。団長なら皆喜んで告白を受け入れてくれるだろうに、なにか問題があるのだろうか。
「まったく……じゃあ、誰に頼むのよ。マリエル、いいわね? ジルベルトに協力してもらいなさい。ジルベルトなら口が堅いし、万が一のことがあっても、この人なら大丈夫だから。揉んでもらって、胸が大きくなるなんて簡単でしょ。身体を鍛えるのと同じ。訓練……とは違うか。そうね……レッスンつけてもらいなさい。大人のレッスン♪ はい、この話は終わり。解散!」
副団長は立ち上がり、机の上の書類を片付けはじめる。
「え。副団長!? 私はどうすれば――」
「知らないわよ。あとは二人で決めなさい。私は解決策を提示したわ。じゃあ、私は今日早上がりの日だから、もう帰るわね。お疲れさま~」
それだけ言うと、副団長はさっさと指揮官室を出ていってしまった。団長と二人残された室内には微妙な空気が漂う。
「え、えっと……。あ、あはは……。副団長は何を言ってるんですかね。大人のレッスンって……揉んで胸が大きくなるなんて、そんなことあるはず――」
「いや、確かに俺も聞いたことがある……下世話な話だが、団員たちが話していた」
「……そ、そうですか」
まさかの回答に苦笑いで固まる私。団長は私の瞳をじっと見つめて言った。
「手伝わせてくれないか?」
「は……? ほ、本気ですか?」
「本気だ。俺のためにも手伝わせてほしい」
……俺のためってなんだ? 夜会はともかく、胸を揉むことに団長にどんなメリットが? 胸が好きとか? それとも女性に抵抗があって経験が積みたい、とか? 処女であることがそれほど重要ではないこの国であれば、団長なら頼めば触らせてくれる女性くらいすぐに見つかるだろうに。
一瞬団長が知らない令嬢の胸に手を伸ばす場面を想像し、なんだか落ち着かない気分になる。
私は慌ててその想像を振り払った。やっぱり悶々と考えるのは性に合わない。別にいっか。団長がやりたいって言ってるんだし、私もそういうことに興味がないわけではない。この先、結婚できないかもしれないなら、それっぽいことを経験しておくのもいいだろう。
その上、団長ほど素晴らしい肉体の持ち主はいない。顔も誰もが認めるイケメンだ。これを逃したら、こんな素敵な人と関わる機会なんて二度とないだろう……それなら――
「……よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく頼む」
こうして私と団長の秘密のレッスンは始まることとなった。
第一章 レッスン開始
次の日の夜、私は再び指揮官室に来ていた。
昼間は騒がしかった訓練場と官舎だが、ほとんどの騎士が官舎に帰り、夜は当直の騎士がいるだけだ。指揮官室のあるこの階には私たち二人しかいない。やることがやることなので、一応他の騎士にはバレないように会おうと、夜にレッスンをすることにしたのだ。
「で、では、よろしくお願いします」
「……こちらこそよろしく頼む」
ソファで向かい合った私たちは、ぎこちなく目線を合わせる。
「……早速揉んでもらってよろしいでしょうか?」
「わ、わかった。失礼する」
私はワンピースの上に羽織っていたストールを落とし、少し胸を突き出す。……もちろんサラシは外してきた。
団長がそっと胸に触る。
と思ったら、すぐに手を引っ込めた。
「マ、マリエル……まさかワンピースの下は何も着けてないのか!?」
「え、はい。だって、刺激を与えるのが目的だし、なにか着けていたら触りにくいと思って……。ダメでしたか?」
やっぱり迷惑なのかも……。思った以上に貧相な胸できっとがっかりしたんだ。拒絶されたようで悲しくて、少し目が潤んでくる。
「ち、違うんだ、マリエル! 少しびっくりしただけで。布の感触を予想していたのに、温かで柔らかい感触が手に直接伝わってきたから……あの、その、全然ダメじゃない」
団長が顔を赤らめる。なんだか可愛いらしく見えてきてしまうから、不思議だ。それに「ダメじゃない」と言ってもらって、私の気持ちは軽くなった。
「……じゃあ、がっかりしたんじゃないんですね?」
「がっかりなんて、そんなのするはずない‼ ……す、すごく良かった」
団長はごほんっと咳払いをする。
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