騎士団長と秘密のレッスン

はるみさ

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番外編 賢者とジルベルト

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 午後の始めに捻挫をしたという騎士がやってきたのを処置してやり、その後に書類仕事をひとしきり終え、一息つく。そろそろ休憩でも…と、愛飲している東方の茶を戸棚から出す。

 お湯が沸くのを待つ間、窓から見える庭園を観察する。最近、庭師が変わり、庭園の雰囲気も変わった。それに加え、新たな軍神の彫刻が置かれた。どことなくジルベルトを思い出させるその造形にトリスタンが彫った物かと笑みが溢れる。
 自分にはジルベルトとシルヴィは可愛らしい孫のような存在で、あんな彫刻のようには見えない。いつまで経っても、出会った頃の十五歳と十四歳の少年少女に見えてしまう。

 そろそろお湯が沸くかという時に医務室の扉が開く。

 「あぁ、ジルベルトか。どうした?」

 いつもならスタスタと入ってくるくせに、今日は入口のところで立ち止まり、俯いている。そして、小さな声で呟く。

 「…そ、相談があるんだ。」

 ジルベルトがこんなに歯切れ悪く話すことも珍しい。何か深刻な悩みでもあるのかもしれない、と椅子に座るよう促す。

 「そろそろ湯が沸くからの。茶でも飲みながら話そう。いつもの東方の茶じゃ。」

 「ありがとう…。」

 お茶を淹れ、席に着く。

 「で、相談とは何じゃ?」

 ジルベルトはじっと茶を見つめたまま動かない。これは相当話しづらいことなのだろう。こちらもじっと待つ。

 すると、ジルベルトは観念したように話し出した。

 「…女性の身体について教えてほしいんだ。」

 ほほう…こりゃまた珍しい。内心ではこれは楽しそうだと小躍りしながら、それを隠し、あくまでも真剣に聞く。

 「随分とざっくりとした相談じゃな。医学書ならそこにあるが…具体的には何が知りたいんじゃ?」

 ジルベルトはぐっと唇を噛み締める。ジルベルトが欲しい情報は何となく分かるが、ただ教えるだけではつまらない。少し遊ばせてもらおう。

 「………ど、どうやったら…
 …気持ちよく…させられるんだ?」

 脳内では自分の分身が笑い転げている。
 耳がいい自分にはしっかり聞こえたが、かなり小さい声だった。聞き取れなくてもおかしくない。

 「なんじゃって?
 ちょっと年寄りに話すには声が小さいぞ。」

 ジルベルトは、耳を赤くしながらしっかりと言った。

 「女性を性的に気持ちよくさせるにはどうしたらいいのかと聞いている!」

 思わず顔がニヤけてしまう。可愛い孫にようやく春がやって来たのかと、頬が緩む。それを見て、ジルベルトが苦虫を潰したような顔をする。

 「なんだ、パデル。気持ち悪い。」

 「いやぁ…ジルベルトにもようやくそういう相手が出来たんだと思うと嬉しくてな。相手は誰じゃ?」

 ジルベルトは目を逸らす。

 「そ、そんなんじゃない…!お、男として、そういうことも知っておいた方がいいと思っただけだ!」

 …騎士団長ともあろう者が動揺しすぎだ。これは鍛え直す必要がありそうだな、と思いつつ、核心を突く。

 「別に教えてくれなくても構わないがな。
 そういえば、さっき庭園でマリエルがウィルと抱き合ってー」

 わしが言い終えるより先にジルベルトは両手で机を強く叩き、立ち上がり言った。

 「そ、そんなはずない!!」

 「あぁ、嘘じゃ。」

 呆然とするジルベルトに笑顔で告げる。

 「…教えてくれないのでな、ちょっと意地悪をした。その反応からするに、相手はマリエルじゃな。お主があの子を好いておるのは知っておったが、いつから付き合い始めた?」

 ジルベルトは、大きく溜息を吐き、話し出した。

 「そこまで知られてれば、パデルには嘘もつけないな。
 …相手はマリエルだ。でも付き合ってはいない。」

 「なんじゃ、身体だけの関係か?」

 ジルベルトは、顔を真っ赤にして言った。

 「いや…胸を触るだけ、だ。」

 全く意味が分からなかったので、結局ジルベルトに経緯を全て説明させた。

 「はっはっはっ!シルヴィの提案か!!
 まぁ、いいんじゃないか?
 これを機にマリエルに気持ちを伝えたらよい。」

 ジルベルトは首を横に振る。

 「…駄目だ。マリエルは、元婚約者がまだ好きなんだ…俺はそいつを取り戻すために協力するだけだ。」

 マリエルはそんなことのために他人を利用するような子ではないと思うが…ジルベルトはそう思い込んでいるようだった。…まだ愛される自信がないのかもしれんな。

 「まぁ、わしは口を出さんよ。上手くやれ。」

 「あぁ。」

 可愛い孫の恋を叶えるために出来るだけのことはしたいと思った。でも、きっとジルベルトは娼館などに連れて行ってやっても、他の女の身体など触りたがらないだろうし……。
 その時、ある本のことを思い出した。

 「そういうことなら、ちょっと待っておれ。」

 一番奥の戸棚は自分以外触れられないようにしていて、貴重な本や記録が置いてある。常に鍵は肌身離さず持っているし、人前で開けたことはない。ジルベルトが初めてだ。
 そこから紐で纏められた少し古い紙束を取り出す。

 それをそっとジルベルトの前に置いた。

 「これは?」

 ジルベルトが不思議そうに尋ねる。

 「遠い国の閨指南本じゃ。医学的観点からしても素晴らしい内容だったので、取っておいた。わしから話すよりもこれを読み込んで、実践した方がよっぽど良いじゃろう。一週間貸してやるぞい。」

 ジルベルトは優秀だ。言われたらその通りに出来る。だから、変に知識を入れるより、教本という形で教えてやった方が良いと思った。

 「閨指南本…。」

 本をじっと見つめながら、ジルベルトは呟いた。

 「我が国でよく出回っている教本とは違う。実践的な内容で、キスや前戯のやり方から丁寧に書いてある。それにこの教本の最も素晴らしいところは女性のことを第一に考えた、女性が書いた物だと言うところなんじゃ。

 よいか、ジルベルト。男は挿入すれば気持ちいいが、女性はそうではない。時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりほぐしてやることが大切じゃ。男は我慢じゃぞ。焦るなよ。」

 ジルベルトはしっかりと頷いた。

 その真剣な眼差しはなんだか可笑しかったが、少しジルベルトの成長を感じられた気がして嬉しかった。

 茶を飲み終えると、御礼を言って、ジルベルトは大切にその本を抱えて出て行った。

 マリエルは良い子だ。流れとは言え、ジルベルトにそういうことをお願い出来るということは、マリエルも少なからずジルベルトに惹かれているのだろう…本人が気付いているかは別として。
 …これは何とかまとまるかもしれんな。

 一人、外を眺めながら二杯目のお茶を啜る。

 「残るはシルヴィじゃな…。」

 その時、窓枠に鴉が止まり、私の手の上に手紙を落とした。

 「おぉ、ヴァンからか。いつもありがとな。」

 頭を撫でようと手を伸ばすと、鴉はふいっとそっぽを向き、飛び立って行った。どうやら赤い目の主人にしか愛想は振りまかないらしい。

 わしは、鴉の後ろ姿を見ながら、紫の瞳の少女の未来に想いを馳せた。





 ★ ☆ ★ ☆ ★

同シリーズの『女騎士と鴉の秘密』が完結したので、それと通じる話として、こちらの番外編を投稿しました(^^)

 
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