騎士団長と秘密のレッスン

はるみさ

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番外編 シルヴィと地獄のトレーニング

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 私は三ヶ月前に騎士団の副団長を拝命した。

 それと同時に、新人の頃から共に切磋琢磨してきた同志とも言えるジルベルトが団長に就任した。気心知れたジルベルトが団長で私としてはとてもやり易い。
 ジルベルトは私の一つ上の先輩で公爵家の出身だが、偉ぶるところがなく、非常にいい奴だと私は思う。私を女性としてではなく、同じ騎士として扱ってくれるところも好感が持てる。

 ジルベルトに関しては女性関連の話を全く聞いたことないから、おそらくそう言ったことに関心がないんだろう。公爵家の嫡男なのに、後継作れるのかな?と余計なお世話ながら思ったりもする。

 今日はそんな私達が団長と副団長に就任してから初めて新人団員を迎え入れる日だ。実質ここからが私達が育てた騎士となるので、とても楽しみだ。それに今回は女性団員もいると聞いている。女性団員がまだまだ少ないので、是非とも頑張ってほしい。

 私達は指揮官室で新人団員が連れてこられるのを待っていた。
 新人団員と言っても、今の段階では入団希望者だ。入団に当たっては身分確認と基礎体力の確認が審査部で行われる。その後、こちらに配属になった後、入団トレーニングが行われ、それに耐えられた者だけが正式に団員となる。トレーニングは厳しいので、耐えられず辞めてしまう者も一定数いる。

 待ってるとなかなか時間は過ぎないものだ。ジルベルトは落ち着いているようだが、私は楽しみでそわそわしてしまう。
 耐えきれなくてジルベルトに話しかける。

 「そろそろかしら?」

 ジルベルトはいつもの通りだ。

 「さぁな。連れて来られたら挨拶をするだけだ。
 どっちにしろ明日からの訓練で嫌と言うほど顔を見ることになるのに…そんなに楽しみか?」

 「楽しみよ!それに今回は女性団員がいるし♪
 頑張ってほしいわ!」

 ジルベルトは、はっとバカにしたように笑う。

 「まぁ、可愛がるのはいいが、あまり入れ込みすぎるなよ。女だからと言って、容赦する気はないぞ。」

 私は思わずジルベルトを睨みつける。

 「分かってるわよ。訓練を楽にしたら、後々苦労するのは、その子自身だからね。」

 「そう言うことだ。」

 その時、扉がノックされた。

 「今年の入団希望者を連れてきました。」

 やっと来た!私は慌てて、制服を整える。
 ジルベルトが興奮を隠しきれない私を横目で見て、フッと笑うと、いつもより低い声を出した。

 「入れ。」

 ゾロゾロと入団希望者が入ってくる。今年は十二名か…ここからどれくらい残るかしら。先程までの興奮を隠し、私は冷静な頭で考えていた。
 そして、注目すべきは最後尾のまだあどけなさが残る女の子だった。整った顔立ちで、クリクリとした琥珀色の瞳が印象的な子だった。緊張した面持ちで唇をキュッと閉じ、真っ直ぐ前を見据えている。一見普通の女の子なのに、その瞳からは芯の強さが感じられた。
 これはかなり期待できるかも♪
 心の中でガッツポーズをしながら、笑顔を隠す。

 審査部の人が口を開く。

 「今年の入団希望者は十二名となります。
 これより騎士団所属となりますので、何卒宜しくお願いします。
 では、端から順に名前を。」

 新人団員が一人一人名前を言っていく。
 最後に例の女の子が口を開く。

 「マリエル・エルスタインです!
 どうぞ宜しくお願いします。」

 マリエルちゃんって言うのかー!可愛い!
 思わず微笑んでマリエルちゃんを見ると、マリエルちゃんは私に気付き、頬を染めた。
 …なに、この子可愛すぎるわ。
 絶対騎士団に入って欲しい!!

 「以上、十二名となります。
 では、ジルベルト騎士団長より一言お願いします。

 ……ジルベルト団長??」

 審査部の人が二度ジルベルトの名を呼んで、ようやく私も異変に気付いた。
 あのいつも冷静なジルベルトが固まっていた。その目線の先にはマリエルちゃんがいる。
 一体どうしたのだろう…。動かないジルベルトに小声で呼びかける。

 「ジルベルト?挨拶よ、挨拶!」

 ジルベルトは私の声を聞き、ハッとして、短く挨拶を終えた。それに続いて、私も挨拶をする。
 その後、新人団員は先輩騎士に引き渡した。この後、訓練所や騎士寮などの説明を受けるのだ。

 新人が部屋から出ていくと、険しい顔でジルベルトはすぐに私に言った。

 「シルヴィ、入団トレーニングの内容をもう一度検討しよう。」

 「は?昨日まで散々話したじゃない。」

 「いや…もう一度だ。新人の顔を見て、予定が変わった。もっと厳しくする。」

 私は唖然とする。

 「嘘でしょ?去年までのトレーニングと比べても、少しは厳しくなってるのよ?あんまり厳しくすると、みんな辞めてしまうわ!」

 ジルベルトは首を振る。

 「トレーニングに耐えられない奴なんて辞めればいい。そんな奴、騎士団には必要ない。」

 いつも冷静なジルベルトがおかしい。一体どうしたと言うのか。

 「ちょっとジルベルト?
 貴方、さっきからおかしいわよ?」

 「おかしくなどない。ほら、入団トレーニングの内容をもう一度詰めるぞ。」

 ジルベルトはそう言って、トレーニング内容が既に書いてある紙に何やら書き込み始めた。

 「何書いてるの―…って!!
 ジルベルト、これ本気なの?!」

 「あぁ、本気だ。」

 ジルベルトが書き込んだのは、追加のトレーニングだったが、それは今予定している訓練内容が倍になったような内容だった。私は慌てて否定した。

 「こんなのいくらなんでも無理よ!一週間と経たずに半数が辞めるわ!特にあの女の子なんて絶対に耐えられない。お願い、考え直して!」

 ようやく入った女性団員なのだ。是が非でも獲得したい。それなのにジルベルトは首を縦には振ってくれなかった。

 「耐えられない奴は辞めればいい。俺は女であろうと容赦はしないと言ったはずだ。
 それにシルヴィも『訓練を楽にしたら、後々苦労するのは、その子自身だ』と言っていただろう?」

 「だからってこれはやり過ぎよ!!騎士団を潰す気?!」

 「いいや、これは騎士団の基礎力向上に繋がる。
 それに元々の入団トレーニングが軽すぎたんだ。これくらいの方が入団時に振るいにかけられる。
 入団してから、辞める奴も今まではいただろう?それなら、入団トレーニングを厳しすぎるくらいにして、敢えて逃げ出すようにしたらいい。」

 「それはそうだけど…」

 ジルベルトの言うことも一理ある。一理あるが、流石に無理がある。どこで妥協したらいいのか…。私が考えていると、ジルベルトが口を開いた。

 「どれだけ交渉しても無駄だ。俺はこの方針を変える気はない。」

 ジルベルトの意思は強そうだ。こうなったら、きっと変わらないだろう…。私は大きくため息を吐いた。

 「分かったわ。けれど、私にも考えがある。

 ジルベルトが鞭なら、私は飴よ。新人たちが残れるように私は最大限のサポートをする。いいわね?」

 ジルベルトは頷いた。

 「この訓練内容でやれるなら、なんでもいい。」

 こうして、入団トレーニングが始まったのであった。


   ◆◇◆


 トレーニングは凄まじいものだった。ジルベルトは鬼のように新人を指導した。少しでも手を抜こうとすれば、容赦なく追加のトレーニングを命じたし、ノルマが終わるまで帰ることは許さなかった。
 その上、マリエルちゃんにはより一層厳しく当たっているように見えた。ジルベルトは優しい奴だから、あんなに小さな女の子が騎士になるのは反対なのかもしれない。しかも、彼女は伯爵家の令嬢だと言う。騎士団なんかに来なくても、あれだけ可愛ければ嫁の貰い手も多いだろうに。
 もちろん私は騎士団に入って欲しいけど!

 入団トレーニングは側から見ていても酷いものだったらしく、去年までに入団した者たちが今年じゃなくて良かったと心から安堵していた。そして、いつからか入団トレーニングは、地獄のトレーニングと呼ばれるようになっていた。

 私は当初宣言していた通り、新人達のサポートに回った。無駄に負担がかからないような身体の動かし方や疲れが取れやすいストレッチのやり方を伝授したり、身体作りに有効な食事のアドバイスをしたり、食堂に依頼して訓練中にも摘めるような差し入れを準備したり、訓練が休みの日には息抜きが出来るよう先輩騎士にも協力してもらって行きたい場所に連れて行ってやったりもした。新人が相談したいと言えばすぐに時間を取ってやったし、常に新人を可愛がった。

 その甲斐あってか、半分残ったらいい方だと思っていた新人は、九人を残して入団トレーニングを終えた。そして、その中にはなんと、マリエルちゃんが残っていた!
 九人ともあのトレーニングを耐え抜いただけあって、非常に優秀なメンバーだった。これからの騎士団での活躍が楽しみだ。

 そして、そんな上機嫌の私とは正反対にジルベルトは不機嫌だった。正式に九人の入団が決まり、通知を本人達に渡してきたところだった。

 「なんでそんなに機嫌が悪いの?九人も残ったんだし、良かったじゃない!私の献身的なサポートのおかげかなー♪」

 「あぁ、そうかもな…」

 ジルベルトは力なく答える。

 「ほんと…どうしちゃったのよ?」

 その時、終業の鐘が鳴った。
 すると、ジルベルトは帰り支度を始めた。

 「え、帰るの?」

 「あぁ。今日はもうやる気が起きない。」

 「そ、そう…」

 珍しい。ジルベルトはまさに仕事人間で、仕事のストレスを仕事で発散するような奴なのに。こんなに早く帰るなんてこと、団長就任後、初めてじゃないだろうか。

 「じゃあな。戸締り頼んだ。」

 「オッケー。任せといて。」

 ジルベルトはどこか肩を落として、帰って行った。

 ジルベルトのことは気になったが、急ぎの仕事があった私は執務机に向かい合った。


   ◆◇◆


 もうすっかり夜になってしまった。九人も残ったのが嬉しかったからなのか、ついつい仕事が捗ってしまった。でも、これで明日の休みは思い切り羽を伸ばせそう!そう思った私は、久しぶりに呑んで帰ることにした。最近見つけたあまり騎士の出入りがない、あの良い雰囲気のお店に行こう!

 私はお店の扉を開け、店主と挨拶を交わし、席についた。何を呑もうかなーと、メニューを見ていると、目の端に見覚えのあるシルエットが見えた。

 「…あれ?」

 ジルベルトだった。もうかなり酔いが回っているらしく、顔は赤い。
 私は席を移動し、ジルベルトに声をかけた。

 「ジルベルト、お疲れ!」

 ジルベルトは私を見ると、軽く手を上げた。

 「あぁ。シルヴィか。
 先に帰ったのに、こんな所にいて、悪いな。」

 「ううん、そんなのは構わないんだけど。珍しいわね、ジルベルトがここまで呑むなんて…。」

 私は店主にジルベルトと同じものを注文した。

 「あぁ…呑まなきゃやっていられない…。」

 そう言うと、ジルベルトは手元のお酒を一気に煽った。ジルベルトがお酒に強いのは知ってるけど、かなり無茶な呑み方をしているようだ。やっぱり何か辛いことでもあったんだろうか。

 「…ジルベルト。やっぱり新人が来た日から何か変よ?何かあるなら、教えて。私が力になれることもあるかもしれないし。」

 ジルベルトはじっと黙って考えている。
 私はジルベルトが話し出すのを待った。

 すると、ジルベルトはゆっくりと話し出した。

 「好きな子がいるんだ。」

 私は飲み物を吹き出しそうになった。
 …え?!まさかの恋愛話?!
 …あのジルベルトが!?
 
 ジルベルトは真っ直ぐ前を見つめて、話し続ける。

 「幼い頃から知っている子なんだが…
 一年前、ようやく恋をしているんだと気付いた。
 こんな気持ちを人に抱いたのは初めてで…。
 可愛くて、愛おしくて…彼女は俺の全てなんだ。

 俺はその子を守りたくて、ずっと騎士を続けてきた。」

 驚いた。あの冷静なジルベルトが誰かをそんなに熱く想っているだなんて。私は小さく相槌を打った。

 「…その子には愛し合ってる婚約者がいて、どうしたって俺のものにはならないけど、騎士としてこの国を守ることでその子が笑って暮らせればいい、とずっと思っていた…。それがその子を守ることに繋がると…。
 それが俺の原動力だった。」

 地位も身分も容姿も何もかも手に入れているように見えるジルベルトなのに、全てだと言い切るくらい好きな彼女だけ手に入らないなんて、なんて皮肉なんだろう…。

 「そうだったんだ…」

 ジルベルトはそこで拳をギュッと握りしめた。

 「なのに…っ!」

 「なのに?」

 その子に何かあったんだろうか?
 私は続きを待った。

 「まさか、騎士になるだなんて…っ!!」

 ……???

 どういうこと?ジルベルトの好きな人が騎士になる?いつ、どこで騎士になったの?


 あ。もしかして…

 マリエルちゃん…なの?

 確かにマリエルちゃんがジルベルトの好きな人なら色々と説明がつく。訓練を厳しくしたのも、彼女を危険な業務も多い騎士にはしたくなくて、入団トレーニングで追い出そうとしたんだろう。

 うん、色々と納得した。私情でトレーニングを厳しくしたのはいただけないけど、将来有望な九人が残ったからとりあえずは良しとしよう。

 「ジルベルトの好きな子って…
 マリエルちゃん…?」

 「…あぁ。」

 「そうだったんだ…。
 騎士になったから心配なのね。」

 「…あぁ。

 まだあんなに小さいのに…。」

 ジルベルトは目の縁が赤い。
 酔っているのか、泣きそうなのか…

 「でも、なっちゃったものは仕方ないもんね…
 彼女、我慢強いから、今後どれだけ厳しくしても、騎士団を辞めることはないと思うわよ?」

 「あぁ…そうだな。
 そんな芯の強いところもマリエルの魅力なんだ…。」

 なんだ、急にのろけてきた。

 「それにいつもあんなに一生懸命で…
 厳しいことばかり言う俺にも嫌な顔一つしないし。

 同期やシルヴィと話す時に時折見せる笑顔なんて、可愛いすぎる!いつか俺にも笑いかけてほしい…。」

 ジルベルトってこんな奴だったのか…と私は若干引いていた。女性に対して全く興味がないのかと思っていたが、違った。ジルベルトはマリエルちゃんにしか興味がないんだ…!

 その後もジルベルトは「あの琥珀色の瞳に見つめられると動けなくなる」とか「あどけない中にももう色っぽさがある」とか「折れてしまいそうな細い腰をつい抱き寄せたくなる」とか、ちょっとおかしなことを言っていた。

 十三歳の少女によくそこまで…と思ったが、ジルベルトが楽しそうなので、私はただ静かに聞いた。

 ジルベルトの初恋がどうか叶うといいな…と、願いを込めながら、私は手元の一杯を煽った。

 次に顔を合わせた時、ジルベルトが顔を真っ赤にして、誰にも言わないでくれ…と頼んできた時には笑った。いつかチャンスがあれば、この可愛い同志の恋の手伝いをしてやろうと密かに思ったのだった。


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