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連載
番外編 憧れのマリエル様
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私はスピカ・ウォーカー。
由緒ある侯爵家の令嬢で現在、花の十六歳です♪
恋に恋するお年頃の私が今、夢中になっているのは、殿方ではなく、我が国が誇る騎士団の花であるマリエル様なのです!
マリエル様は騎士団の中でも人気が高い女性騎士で、副団長のシルヴィ様と人気を二分しています。華やかな美貌を持ちながらも、見事な剣技と親しみやすさで人気のシルヴィ様ですが、私の推しは断然マリエル様!
マリエル様はシルヴィ様のような圧倒的な剣技は無いものの、弓の腕は見事……狙いを定めるその姿は凛として美しく、惚れ惚れしてしまいます。
それに、すらっとした長い肢体と細い腰。鍛えられた小ぶりなお尻は思わず触りたくなってしまう可愛らしさです。クリクリとした目は可愛らしく、化粧もしてないはずなのに頬はピンクで、唇はツヤツヤしたローズ色! さすがあの社交界を騒がせたライラ様の妹君です。
また、性格も素晴らしく、普段はクールでさっぱりとしているにも関わらず、情に厚いところもある優しい方なのです。特に女性や子供には優しく、笑顔を向けられたものは間違いなく心を鷲掴みにされてしまいます。かくいう私もその一人……マリエル様に助けられ、笑いかけられたあの日から私の心はマリエル様に捕らえられたままなのです。
◆◇◆
あの日、私は馬車でお母様と一緒にバカンスから戻る道中でございました。急遽仕事が入り、先に帰ったお父様に遅れること二日。私達は王都に向かっておりました。
馬車の中でうとうとしていた私でしたが、突然馬車が止まりました。何事かと思っていると、外が騒がしくなりました。お母様が咄嗟に私を下に押し込み、私の上に覆い被さりました。状況が分からない私は、隙間から様子を見ていました。
次の瞬間、馬車の扉が蹴破られ、野蛮な格好をした者がこちらを覗き込みました。私に覆い被さるお母様が震えています。そこで、盗賊に襲われていることを理解し、心臓が煩いくらいに音を立て始めました。
こちらを覗き見た盗賊は欠けた歯を見せて笑いました。そして、馬車に入ってきて、お母様の髪の毛を引っ張って、外に引きづり出しました。
お母様を呼ぶ私の叫びも虚しく、お母様の姿は見えなくなってしまいました。すると、また一人、馬車を覗き込む人影がありました。その盗賊は先程の者より大きく、ジャラジャラと趣味の悪いネックレスを付けていました。
小さな悲鳴を上げ、私が後ずさると、ニヤァと下品な笑みを見せて、「可愛いねぇ……」と言い、手を伸ばして来ました。
もう駄目だ……と涙が零れ落ちたその瞬間、その大きな身体はすっと急に姿を消しました。何があったのか分からず、呆然としていると、また馬車を覗き込む人がいました。
それは、頬に少し泥を付け、汗をかいた美しい女性でした。姿は汚れているのに私にはまるで女神のように見えました。
その方はニコッと優しく私に笑いかけ、「もう大丈夫」と、私に手を差し伸べてくれました。私はボロボロと涙を流し、その手を掴みました。その方は私の手を引き、抱きしめてくれました。
その方は泣く私の背中を撫でて、落ち着かせてくれた後、お姫様抱っこをして、馬車の中から出してくれました。すると、その足元には先程の趣味の悪い大男が倒れ、その首筋には矢が刺さっていました。
私が思わずその方の肩に顔を埋めると優しく頭を撫でて下さいました。「怖かったよね? もう大丈夫」と言ってくださいました。それはもうとても澄んだ優しい声色でした。
気付くと、盗賊はみな捕らえられ、周りには騎士団の方々がいっぱいでした。お母様も無事で、盗賊に殴られて、頬が腫れていたものの大きな怪我はしていませんでした。
後日、あの事件はお父様を脅そうとした者が盗賊に私たちを拐かすよう依頼をしたのだと分かりました。その情報を直前に掴んだ騎士団が助けに駆けつけてくれたそうです。その時に私を助けて下さった女性騎士様のお名前をお父様に聞くと、マリエル様という方だと分かりました。
私はその日からマリエル様に夢中になりました。こっそりとイベントでの護衛や街の巡回をするマリエル様を見つめるようになりました。何も理由がないので近付くことはできませんでしたし、何よりお仕事の邪魔をするわけにはいきませんでした。
あれ以来話すことはありませんでしたが、いつかもう一度しっかりと御礼をお伝えしたいと思っておりました。そして、そんな私に信じられないチャンスが回って来たのです!
◆◇◆
夜会の日、マリエル様は本日の護衛には就かないらしいとマリエル様を愛でる会の仲間から聞いて、すっかり肩を落としていた私でした。魔獣討伐に参加されたこともあり、ここ暫くずっと姿をお見かけしておりません。負傷したという情報が入って来ないのは良いのですが、姿が見えないため、心配な日々を探しておりました。
すっかり夜会への興味は失せ、壁の花と化していたその時、扉が開き、ある一組のカップルが入ってくると、会場が静まり返りました。何事かと入口の方を伺うと、何とそこには美しく着飾ったマリエル様がいらっしゃいました。
私は息をすることも忘れ、月の女神の如きマリエル様に魂を奪われておりました。こんなにも世の中に美しく尊い方がいるなんて……この時代に生まれたことに感謝したくなるほどでした。
夜空を連想させるような美しいドレス、胸元に輝く婚約の首飾り、マリエル様の装いは素晴らしいもののやはり一番輝いていたのはマリエル様ご自身でいらっしゃいました。
普段は一つ結びにしている長い髪をアップにすると、華奢でセクシーな首元が見えます。またお髪も艶々と輝き、シャンデリアの光をキラキラと纏うようです。お顔はただでさえ整っているのに、お化粧をすることによって、その美しさはより際立ち、誰もが見惚れるほどで、特にその可愛らしく綺麗な形の唇は女である私でさえ、キスをしたくなるような魅力を放っていました。
そして、普段騎士服では見ることの出来ない、鎖骨、二の腕、背中……どこを取っても完璧でした! 無駄な肉など一切ついていない理想的なフォルム……肌は吸い付きたくなるほどに滑らかで、その柔らかさが想像できます。
それに加え、驚くべきはお胸でした。普段は騎士としてサラシなどで固定していたのでしょう。特に大きいと感じたことは無かったのですが、本日は思わず顔を埋めたくなるような真っ白な双丘がそこにはありました。歩く度に軽くふるんっふるんっと揺れる様は誰しも目を奪われてしまうでしょう……。隣に立つ貴族令息などは喉をごくりと鳴らしています。マリエル様が減るので、見ないで頂きたいものです。
普段の騎士服は素晴らしいものですが、こういった装いはマリエル様の女性としての魅力をより引き立てるものでした。
この美しさは罪深いものがございます。野蛮人が群がってしまいますわ。ちゃんと婚約者様には守ってもらいたいものです。
そこで初めてマリエル様の隣にいる婚約者様に目がいきました。
……あれは……!!
ダンスを踊らないことで有名なジルベルト様! 騎士団長であり、ウィンタール公爵家嫡男である麗しい方です。こちらも美しい……。もちろんマリエル様の方が百万倍美しいですが。
……確かに我が国最強の呼び声高いジルベルト様ならマリエル様を狙う者から守りきることが出来るわ! 公爵家という身分も私にとっては、マリエル様に相応しいと感じられました。
なんてお似合いなのだろう……と感動に打ち震えていると、ジルベルト様がマリエル様の耳元で何かを囁いています。マリエル様はそれを笑顔でくすぐったそうに受け、少し顔を上げて、ジルベルト様の耳元に何かを囁きます。ジルベルト様がそれを受けて笑うと、マリエル様も見つめ合って、微笑みます。
……な、なんて可愛らしいやりとり!!
そして、最後の妖精のようなマリエル様の笑みには会場からも「ほう……」といくつもため息が漏れていました。マリエル様はどこまで尊いのでしょう。もはやこの会場の空気をその存在で浄化していると言っても過言ではありません!
その後マリエル様は本日の主催者へのご挨拶を終えられましたが、すぐに多くの人に囲まれてしまいました。もちろん私もマリエル様の所へ行き、ただひたすらに自分の順番が来るのを待ちました。
こんなチャンス、二度とないかもしれない。
私も一言御礼を申し上げたい!
待っている間も私はマリエル様を目に焼き付けるように観察致しました。マリエル様は騎士の時とは違う柔らかな笑みを浮かべていました。そして、驚くべきはジルベルト様を見つめるその瞳。今にも蕩けそうな瞳で、いかにジルベルト様を愛しく思っているかが伝わってきます。ジルベルト様もそれに応えるように、同じく蕩けるような目線を向けています。時折り二人だけで呟くように話し、笑い合っております。いかに二人がお互いを愛し合っているか、ひしひしと伝わってきます。……ジルベルト様はマリエル様を愛しているから、他の御令嬢には見向きもしなかったのですね……納得です! マリエル様に敵う御令嬢なんていませんもの!
そんな時、マリエル様に悪意をぶつける御令嬢がいました。遠くからこれ見よがしに「伯爵家の癖に」「野蛮な騎士が……」「図々しい」だとか周りの御令嬢と噂をしています。
何なの、あれは!?
平気な顔をしているけれど、きっとマリエル様の耳にも届いているはず。
許せないわ……! 一言言ってやろうかと一歩踏み出そうとしたその時、御令嬢達が「ひっ」と小さく息を呑む声が聞こえました。その視線の先を見ると、ジルベルト様が今にも射殺しそうな視線で御令嬢を見ています……側から見ているだけでも恐ろしい。
それに気付いたマリエル様は、眉を下げて、ちょんっとジルベルト様の肘あたりの服を引っ張り、振り向かせると、首を横に振りました。御令嬢達はその隙にそそくさと逃げていきます。
もしかして、あの文句を言ってた御令嬢達を庇ってあげたの? ……なんてお優しいんだろう。やはりマリエル様は本当の女神様なんだわ……!私は思わず目を瞑り、手を組んで、どこかにいるであろう神様にマリエル様を生み出してくれたことに感謝の祈りを捧げました。
私が一人そうして感動していると、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。はっと我に返ると、父様がマリエル様とジルベルト様の前に立ち、呼んでいたのです! 父様、そんなところにいたの?!
……なんてこと! 素晴らしいわ!!
私はそそくさと父様の横に立ち、お二人に礼を取りました。
「私、ウォーカー侯爵家が長女スピカ・ウォーカーと申します。本日はお二人にお目にかかることができ、心より光栄に存じます。また、この度はご婚約おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 」
憧れのマリエル様を目の前になんとか声を震わさず、言い切ることが出来ました!
「ありがとうございます」
顔を上げるとマリエル様が柔和な笑みでこちらを見つめてくださって……あぁ、なんて美しい琥珀色の瞳なの……。思わずぽーっとしていると父様が口を開きました。
「スピカ?! ぼーっとするな、しっかりしろ!
まったく……。実はスピカはマリエルさんに助けていただいたことがありまして、それ以来マリエルさんが大好きなんです。よく任務中のマリエルさんを遠くから見つめているくらいで。そこらへんの男よりマリエル様の方が格好良いとか言って、相手を探す気も全然ないんですよ!!」
「父様!!」
なんて余計なことを!! 見つめているなんて、気持ち悪いと思われたらどうするのよ! 私は急いで弁解しました。
「あ、あの、見つめていると言っても、邪魔しないようにしておりますので……そ、それに任務中のお姿は本当に凛々しくて……本当に素敵で……」
あー!! これじゃいつも見てますって言ってるようなものじゃない! 慌てる私を見て、マリエルさまはフフフっと可愛らしく笑いました。
「いつも応援して下さってありがとうございます。
先ほど侯爵がおっしゃっていた、私が助けたというのはスピカ様がバカンスの帰りに盗賊に襲われた時の話ですか? 私もよく覚えています。スピカ様がとても可愛らしかったものですから。お力になれたようで良かったです」
……私のことを可愛いだなんて……! それにマリエル様があの時のことを覚えていて下さるなんて、嬉しすぎます!
私は感動して、少し視界が滲むのを感じながら、改めてマリエル様に御礼を伝えました。
「本当にあの時はありがとうございました。
大丈夫だと言って、優しくマリエル様が私の手を取ってくれたあの瞬間は私の宝です。
あの……その……だ、大好きです!!」
侯爵家令嬢らしからぬ告白をしてしまいましたが、マリエル様は優しく私の手を取って下さいました。
「私も可愛らしく、一生懸命なスピカ様が好きになってしまいました。これからもどうぞ仲良くして下さいね」
夢のようでした。あのマリエル様にまた触れることが出来るなんて….! しかも、仲良くしてだなんて……! 私、今日という日を一生忘れないわ!!
「も、もちろんです!
これからも宜しくお願いします!」
私が勢いよく答えると、マリエル様はニコッと笑って下さいました。父様は私を見て微笑むと、話し出しました。
「……良かったな、スピカ。
では、ジルベルト様、マリエルさん、こちらで失礼致します。あまりお二人を独占しても、後続の方に悪いので」
私達はそうしてマリエル様とジルベルト様から離れました。私達が去る時に、ジルベルト様がマリエル様のこめかみにキスを落として、何かを呟き、マリエル様の顔が赤く染まるのを私は見て、あぁ……可愛いだけでなく色っぽい……と最後に思いました。
その後の夜会も主役はマリエル様たちでした。
途中からマリエル様の元婚約者である浮気男のルブルスが年増女と登場しましたが、もう誰も見向きもしませんでした。あの二人は夜会で幾度となくトラブルを起こしているのです。誰も近寄るものはいないでしょう。
一方でマリエル様たちは素晴らしいダンスを披露し、拍手喝采を浴びていました。あまりの素晴らしさに私は瞬きを忘れるほどでした。
ついでにその時にたまたま隣にいた御令息と意気投合しました。その御令息はジルベルト様に憧れているらしく、二人でマリエル様とジルベルト様がいかにベストカップルであるかを夜会会場の庭で語り尽くし、久しぶりに楽しい夜会を過ごすことが出来ました。
再び会場に戻った際には、マリエル様たちはもういらっしゃらなくて、愛でる会の会員に聞くと、大変な騒ぎがあったことが分かりました。
そこで毅然とジルベルト様への愛を示すマリエル様が凛として美しかったと聞き、会場を離れたことを激しく後悔することになったのでした……
由緒ある侯爵家の令嬢で現在、花の十六歳です♪
恋に恋するお年頃の私が今、夢中になっているのは、殿方ではなく、我が国が誇る騎士団の花であるマリエル様なのです!
マリエル様は騎士団の中でも人気が高い女性騎士で、副団長のシルヴィ様と人気を二分しています。華やかな美貌を持ちながらも、見事な剣技と親しみやすさで人気のシルヴィ様ですが、私の推しは断然マリエル様!
マリエル様はシルヴィ様のような圧倒的な剣技は無いものの、弓の腕は見事……狙いを定めるその姿は凛として美しく、惚れ惚れしてしまいます。
それに、すらっとした長い肢体と細い腰。鍛えられた小ぶりなお尻は思わず触りたくなってしまう可愛らしさです。クリクリとした目は可愛らしく、化粧もしてないはずなのに頬はピンクで、唇はツヤツヤしたローズ色! さすがあの社交界を騒がせたライラ様の妹君です。
また、性格も素晴らしく、普段はクールでさっぱりとしているにも関わらず、情に厚いところもある優しい方なのです。特に女性や子供には優しく、笑顔を向けられたものは間違いなく心を鷲掴みにされてしまいます。かくいう私もその一人……マリエル様に助けられ、笑いかけられたあの日から私の心はマリエル様に捕らえられたままなのです。
◆◇◆
あの日、私は馬車でお母様と一緒にバカンスから戻る道中でございました。急遽仕事が入り、先に帰ったお父様に遅れること二日。私達は王都に向かっておりました。
馬車の中でうとうとしていた私でしたが、突然馬車が止まりました。何事かと思っていると、外が騒がしくなりました。お母様が咄嗟に私を下に押し込み、私の上に覆い被さりました。状況が分からない私は、隙間から様子を見ていました。
次の瞬間、馬車の扉が蹴破られ、野蛮な格好をした者がこちらを覗き込みました。私に覆い被さるお母様が震えています。そこで、盗賊に襲われていることを理解し、心臓が煩いくらいに音を立て始めました。
こちらを覗き見た盗賊は欠けた歯を見せて笑いました。そして、馬車に入ってきて、お母様の髪の毛を引っ張って、外に引きづり出しました。
お母様を呼ぶ私の叫びも虚しく、お母様の姿は見えなくなってしまいました。すると、また一人、馬車を覗き込む人影がありました。その盗賊は先程の者より大きく、ジャラジャラと趣味の悪いネックレスを付けていました。
小さな悲鳴を上げ、私が後ずさると、ニヤァと下品な笑みを見せて、「可愛いねぇ……」と言い、手を伸ばして来ました。
もう駄目だ……と涙が零れ落ちたその瞬間、その大きな身体はすっと急に姿を消しました。何があったのか分からず、呆然としていると、また馬車を覗き込む人がいました。
それは、頬に少し泥を付け、汗をかいた美しい女性でした。姿は汚れているのに私にはまるで女神のように見えました。
その方はニコッと優しく私に笑いかけ、「もう大丈夫」と、私に手を差し伸べてくれました。私はボロボロと涙を流し、その手を掴みました。その方は私の手を引き、抱きしめてくれました。
その方は泣く私の背中を撫でて、落ち着かせてくれた後、お姫様抱っこをして、馬車の中から出してくれました。すると、その足元には先程の趣味の悪い大男が倒れ、その首筋には矢が刺さっていました。
私が思わずその方の肩に顔を埋めると優しく頭を撫でて下さいました。「怖かったよね? もう大丈夫」と言ってくださいました。それはもうとても澄んだ優しい声色でした。
気付くと、盗賊はみな捕らえられ、周りには騎士団の方々がいっぱいでした。お母様も無事で、盗賊に殴られて、頬が腫れていたものの大きな怪我はしていませんでした。
後日、あの事件はお父様を脅そうとした者が盗賊に私たちを拐かすよう依頼をしたのだと分かりました。その情報を直前に掴んだ騎士団が助けに駆けつけてくれたそうです。その時に私を助けて下さった女性騎士様のお名前をお父様に聞くと、マリエル様という方だと分かりました。
私はその日からマリエル様に夢中になりました。こっそりとイベントでの護衛や街の巡回をするマリエル様を見つめるようになりました。何も理由がないので近付くことはできませんでしたし、何よりお仕事の邪魔をするわけにはいきませんでした。
あれ以来話すことはありませんでしたが、いつかもう一度しっかりと御礼をお伝えしたいと思っておりました。そして、そんな私に信じられないチャンスが回って来たのです!
◆◇◆
夜会の日、マリエル様は本日の護衛には就かないらしいとマリエル様を愛でる会の仲間から聞いて、すっかり肩を落としていた私でした。魔獣討伐に参加されたこともあり、ここ暫くずっと姿をお見かけしておりません。負傷したという情報が入って来ないのは良いのですが、姿が見えないため、心配な日々を探しておりました。
すっかり夜会への興味は失せ、壁の花と化していたその時、扉が開き、ある一組のカップルが入ってくると、会場が静まり返りました。何事かと入口の方を伺うと、何とそこには美しく着飾ったマリエル様がいらっしゃいました。
私は息をすることも忘れ、月の女神の如きマリエル様に魂を奪われておりました。こんなにも世の中に美しく尊い方がいるなんて……この時代に生まれたことに感謝したくなるほどでした。
夜空を連想させるような美しいドレス、胸元に輝く婚約の首飾り、マリエル様の装いは素晴らしいもののやはり一番輝いていたのはマリエル様ご自身でいらっしゃいました。
普段は一つ結びにしている長い髪をアップにすると、華奢でセクシーな首元が見えます。またお髪も艶々と輝き、シャンデリアの光をキラキラと纏うようです。お顔はただでさえ整っているのに、お化粧をすることによって、その美しさはより際立ち、誰もが見惚れるほどで、特にその可愛らしく綺麗な形の唇は女である私でさえ、キスをしたくなるような魅力を放っていました。
そして、普段騎士服では見ることの出来ない、鎖骨、二の腕、背中……どこを取っても完璧でした! 無駄な肉など一切ついていない理想的なフォルム……肌は吸い付きたくなるほどに滑らかで、その柔らかさが想像できます。
それに加え、驚くべきはお胸でした。普段は騎士としてサラシなどで固定していたのでしょう。特に大きいと感じたことは無かったのですが、本日は思わず顔を埋めたくなるような真っ白な双丘がそこにはありました。歩く度に軽くふるんっふるんっと揺れる様は誰しも目を奪われてしまうでしょう……。隣に立つ貴族令息などは喉をごくりと鳴らしています。マリエル様が減るので、見ないで頂きたいものです。
普段の騎士服は素晴らしいものですが、こういった装いはマリエル様の女性としての魅力をより引き立てるものでした。
この美しさは罪深いものがございます。野蛮人が群がってしまいますわ。ちゃんと婚約者様には守ってもらいたいものです。
そこで初めてマリエル様の隣にいる婚約者様に目がいきました。
……あれは……!!
ダンスを踊らないことで有名なジルベルト様! 騎士団長であり、ウィンタール公爵家嫡男である麗しい方です。こちらも美しい……。もちろんマリエル様の方が百万倍美しいですが。
……確かに我が国最強の呼び声高いジルベルト様ならマリエル様を狙う者から守りきることが出来るわ! 公爵家という身分も私にとっては、マリエル様に相応しいと感じられました。
なんてお似合いなのだろう……と感動に打ち震えていると、ジルベルト様がマリエル様の耳元で何かを囁いています。マリエル様はそれを笑顔でくすぐったそうに受け、少し顔を上げて、ジルベルト様の耳元に何かを囁きます。ジルベルト様がそれを受けて笑うと、マリエル様も見つめ合って、微笑みます。
……な、なんて可愛らしいやりとり!!
そして、最後の妖精のようなマリエル様の笑みには会場からも「ほう……」といくつもため息が漏れていました。マリエル様はどこまで尊いのでしょう。もはやこの会場の空気をその存在で浄化していると言っても過言ではありません!
その後マリエル様は本日の主催者へのご挨拶を終えられましたが、すぐに多くの人に囲まれてしまいました。もちろん私もマリエル様の所へ行き、ただひたすらに自分の順番が来るのを待ちました。
こんなチャンス、二度とないかもしれない。
私も一言御礼を申し上げたい!
待っている間も私はマリエル様を目に焼き付けるように観察致しました。マリエル様は騎士の時とは違う柔らかな笑みを浮かべていました。そして、驚くべきはジルベルト様を見つめるその瞳。今にも蕩けそうな瞳で、いかにジルベルト様を愛しく思っているかが伝わってきます。ジルベルト様もそれに応えるように、同じく蕩けるような目線を向けています。時折り二人だけで呟くように話し、笑い合っております。いかに二人がお互いを愛し合っているか、ひしひしと伝わってきます。……ジルベルト様はマリエル様を愛しているから、他の御令嬢には見向きもしなかったのですね……納得です! マリエル様に敵う御令嬢なんていませんもの!
そんな時、マリエル様に悪意をぶつける御令嬢がいました。遠くからこれ見よがしに「伯爵家の癖に」「野蛮な騎士が……」「図々しい」だとか周りの御令嬢と噂をしています。
何なの、あれは!?
平気な顔をしているけれど、きっとマリエル様の耳にも届いているはず。
許せないわ……! 一言言ってやろうかと一歩踏み出そうとしたその時、御令嬢達が「ひっ」と小さく息を呑む声が聞こえました。その視線の先を見ると、ジルベルト様が今にも射殺しそうな視線で御令嬢を見ています……側から見ているだけでも恐ろしい。
それに気付いたマリエル様は、眉を下げて、ちょんっとジルベルト様の肘あたりの服を引っ張り、振り向かせると、首を横に振りました。御令嬢達はその隙にそそくさと逃げていきます。
もしかして、あの文句を言ってた御令嬢達を庇ってあげたの? ……なんてお優しいんだろう。やはりマリエル様は本当の女神様なんだわ……!私は思わず目を瞑り、手を組んで、どこかにいるであろう神様にマリエル様を生み出してくれたことに感謝の祈りを捧げました。
私が一人そうして感動していると、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。はっと我に返ると、父様がマリエル様とジルベルト様の前に立ち、呼んでいたのです! 父様、そんなところにいたの?!
……なんてこと! 素晴らしいわ!!
私はそそくさと父様の横に立ち、お二人に礼を取りました。
「私、ウォーカー侯爵家が長女スピカ・ウォーカーと申します。本日はお二人にお目にかかることができ、心より光栄に存じます。また、この度はご婚約おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。 」
憧れのマリエル様を目の前になんとか声を震わさず、言い切ることが出来ました!
「ありがとうございます」
顔を上げるとマリエル様が柔和な笑みでこちらを見つめてくださって……あぁ、なんて美しい琥珀色の瞳なの……。思わずぽーっとしていると父様が口を開きました。
「スピカ?! ぼーっとするな、しっかりしろ!
まったく……。実はスピカはマリエルさんに助けていただいたことがありまして、それ以来マリエルさんが大好きなんです。よく任務中のマリエルさんを遠くから見つめているくらいで。そこらへんの男よりマリエル様の方が格好良いとか言って、相手を探す気も全然ないんですよ!!」
「父様!!」
なんて余計なことを!! 見つめているなんて、気持ち悪いと思われたらどうするのよ! 私は急いで弁解しました。
「あ、あの、見つめていると言っても、邪魔しないようにしておりますので……そ、それに任務中のお姿は本当に凛々しくて……本当に素敵で……」
あー!! これじゃいつも見てますって言ってるようなものじゃない! 慌てる私を見て、マリエルさまはフフフっと可愛らしく笑いました。
「いつも応援して下さってありがとうございます。
先ほど侯爵がおっしゃっていた、私が助けたというのはスピカ様がバカンスの帰りに盗賊に襲われた時の話ですか? 私もよく覚えています。スピカ様がとても可愛らしかったものですから。お力になれたようで良かったです」
……私のことを可愛いだなんて……! それにマリエル様があの時のことを覚えていて下さるなんて、嬉しすぎます!
私は感動して、少し視界が滲むのを感じながら、改めてマリエル様に御礼を伝えました。
「本当にあの時はありがとうございました。
大丈夫だと言って、優しくマリエル様が私の手を取ってくれたあの瞬間は私の宝です。
あの……その……だ、大好きです!!」
侯爵家令嬢らしからぬ告白をしてしまいましたが、マリエル様は優しく私の手を取って下さいました。
「私も可愛らしく、一生懸命なスピカ様が好きになってしまいました。これからもどうぞ仲良くして下さいね」
夢のようでした。あのマリエル様にまた触れることが出来るなんて….! しかも、仲良くしてだなんて……! 私、今日という日を一生忘れないわ!!
「も、もちろんです!
これからも宜しくお願いします!」
私が勢いよく答えると、マリエル様はニコッと笑って下さいました。父様は私を見て微笑むと、話し出しました。
「……良かったな、スピカ。
では、ジルベルト様、マリエルさん、こちらで失礼致します。あまりお二人を独占しても、後続の方に悪いので」
私達はそうしてマリエル様とジルベルト様から離れました。私達が去る時に、ジルベルト様がマリエル様のこめかみにキスを落として、何かを呟き、マリエル様の顔が赤く染まるのを私は見て、あぁ……可愛いだけでなく色っぽい……と最後に思いました。
その後の夜会も主役はマリエル様たちでした。
途中からマリエル様の元婚約者である浮気男のルブルスが年増女と登場しましたが、もう誰も見向きもしませんでした。あの二人は夜会で幾度となくトラブルを起こしているのです。誰も近寄るものはいないでしょう。
一方でマリエル様たちは素晴らしいダンスを披露し、拍手喝采を浴びていました。あまりの素晴らしさに私は瞬きを忘れるほどでした。
ついでにその時にたまたま隣にいた御令息と意気投合しました。その御令息はジルベルト様に憧れているらしく、二人でマリエル様とジルベルト様がいかにベストカップルであるかを夜会会場の庭で語り尽くし、久しぶりに楽しい夜会を過ごすことが出来ました。
再び会場に戻った際には、マリエル様たちはもういらっしゃらなくて、愛でる会の会員に聞くと、大変な騒ぎがあったことが分かりました。
そこで毅然とジルベルト様への愛を示すマリエル様が凛として美しかったと聞き、会場を離れたことを激しく後悔することになったのでした……
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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ハッピーエンドです。
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