騎士団長と秘密のレッスン

はるみさ

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【sideジルベルト】夜会までの日々(1)

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 気付くと、冷たい土の上に横たわっていた。
 
 「……うっ」

 頭がガンガンする。
 さっきまで魔女の城にいたはずなのに……
 ここはどこなんだ……

 そこでさっき城で起こったことを思い出した。

 「マリエル!!」

 起き上がり、周囲を確認する。
 俺は城の前にいた。高い城門を見上げて、その鉄格子を掴む。必死に開けようとするが、森にガシャンガシャンと虚しい音が響くだけで、門はびくともしない。

 「くそっ!!
 マリエル!!」

 その時、真っ白な封筒が足元に落ちていることに気付いた。
 それを拾い上げ、中からメモのようなものを取り出す。

 「……っ!!」

 中には脅迫とも取れるような文章が書いてあった。

 『今日中にここを出立しろ。
 少しでも遅れれば、女の命はないと思え』

 思わず、メモをグシャッと握りしめる。

 「……マリエル……なんで……っ!」

 分かっている。マリエルは俺の左腕を治すために魔女にその身を差し出したことくらい。
 けれど、騎士団長という立場も、爵位も何もいらないと言ってくれたのに……俺だけいればいいと言ってくれたのに……

 唇を痛いくらいに噛み締めれば、血の味がした。

 ……今朝、剣を振る俺の姿を見て、騎士への未練を感じ取ってしまったのかもしれない……。俺はただマリエルを守りたかっただけなのに。
 俺にはマリエルさえいたらいい。腕だって、地位だって、爵位だっていらない。俺が欲しいのはマリエルだけなのに……

 城門に両手を叩きつけると、何処かで鴉が鳴く声がした。


   ◆◇◆


 俺は一人で拠点に戻った。

 一人で戻ってきた俺に騎士団は騒然となった。
 ドリーが何事かと駆けてくるのが見える。

 「ジルベルト、どうした?! 酷い顔色だ。

 ……マリエルは、どこだ……?」

 俺は無言で騎士服を脱ぎ、左肩に巻いてあった包帯を取った。傷跡が綺麗になくなっている。

 「……お前、その腕……!」

 ドリーだけではなく、全員が俺に注目しているのが分かる。俺は口を開いた。

 「マリエルは俺の怪我を治すために、魔女にその身を差し出した」

 沈黙が広がる……誰かが息を呑む音が聞こえる。

 「俺は……マリエルを守れなかった……。
 ……すまない」

 尚も誰も喋らない。
 誰かに罵って欲しかった。能無し、役立たずと皆が罵倒してくれれば、少しは気が晴れるかと思った。

 しかし、誰も俺を責めてはくれなかった。

 しばらくして、ドリーが口を開いた。

 「とりあえず話を聞こう。各班のリーダーはテントに集合。それ以外は待機。くれぐれも勝手に行動しないように。
 アラン、みんなを監視しておいてくれ。……できるな?」

 「分かりました」

 「頼んだ」

 俺はドリーに支えられるようにして、テントに向かった。

 テントに着くと、説明を求められた。
 俺は城であったことを話した。
 そして、最後にあの封筒を机の上に投げた。

 「城の外に倒れていた俺の傍にこれが」

 ドリーがそれを開き、固まる。
 リーダー達が何事かと言葉を待つ。
 
 「……今日中にここを出立しなきゃマリエルの命はないだとよ。
 ……くそっ!!

 これじゃあ、出立するしかないじゃねぇか!」

 「駄目だ。
 マリエルは置いていかない」

 「だが……っ!お前が一瞬で気絶させられた相手だ。戻って戦うのは得策じゃない」

 「嫌だ。マリエルを取り戻す。
 俺一人でも城に乗り込む」

 「おいっ!? なに勝手なこと言ってんだよ!!
 一人でなんて許すはずがないだろ!」

 「じゃあ、騎士団全員で乗り込む」

 「ふざけんなよっ!! それが一番良いと本当に思ってんのか! お前らしくもねぇ」

 「じゃあ、どうしろって言うんだ!!!」

 思わず机に思いっきり拳を叩きつける。

 テント内は沈黙に包まれる。

 ドリーが口を開いた。

 「魔女は夜会の日にマリエルを戻すと約束したんだろう? 殺されるわけじゃない。だったら、一旦王都に戻って、待とう。もし、夜会の日に戻らなければ、その時に迎えに来たらいい」

 「それまでにマリエルに何かあったら、どうするんだ」

 「魔女も王家からの援助があって暮らしているんだ。魔獣ならともかく、魔女が直接うちの騎士団員に手を下すことがあれば、さすがの王家も黙っちゃいないだろう。魔女も馬鹿じゃない。簡単に手を出すようなことはしないさ。
 お前も分かってるだろ?」

 ドリーの言うことは尤もだった。それでも、俺の心はマリエルを城に残すことを拒否した。

 「俺だけ残る」

 「残ればマリエルの命が危ない」

 「これから助けに行く」

 俺は立ち上がり、剣を取る。
 ドリーが俺の腕を掴む。

 「駄目だ。万全でも冷静でもないお前が行って敵う相手じゃない。相手は魔女だ、得体が知れない。
 お前が行こうとするなら、殴ってでも止める」

 「お前に俺は止められない。
 俺は命に換えてもマリエルを取り戻す」

 「馬鹿野郎!
 そんなのマリエルが望んでると思うか?」

 何も言えなかった。マリエルは俺がきっと王都に真っ直ぐ戻ることを願っているだろう。必ず王都に戻ると約束した……夜会で婚約者としてエスコートしてくれとも……

 固く両手を握りしめる。

 「ジルベルトが目を覚さなかった間、マリエルはお前から片時も離れなかった。お前の手を握って、静かに泣きながら、祈り続ける姿は痛々しくて見ていられないほどだったよ。

 マリエルはお前のことを心から愛しているんだろう……自分の身を犠牲にしても守りたいと思うほどに」

 ……目を閉じて、マリエルの姿を思い浮かべる。

 こんなに取り乱して、団員を私情で危険に巻き込もうとしている姿を見たら、マリエルはなんと言うだろうか……

 「今はマリエルの想いを汲んでやるべきだ。みんなを危険に晒すことをあいつは望んじゃいない。

 もし夜会の日にマリエルが戻ってこなかったら、俺も全てを捨てて、一緒に城に乗り込んでやる」

 ドリーの気持ちが有り難かった。

 ……俺は騎士団長だ。

 団員を守る役目がある。その姿をマリエルは尊敬していると言ってくれていた。

 ……こんな無様な姿を晒すわけにはいかない。

 夜会までマリエルを信じて……待ってみよう。
 最後まで待てるかどうかはわからないが。

 だが……

 「ドリー、俺を思いきり一発殴ってくれないか?」

 「あぁ? ……いいぜ。」

 そう言って、ドリーは容赦なく俺の右頬を殴った。口の中に鉄の味が広がり、ペッと血を吐き出した。

 「感謝する」

 それから、俺は王都に帰ることを騎士団に告げたのであった。


   ◆◇◆


 王都へ戻ってきた。

 事前に死者なしで魔獣討伐を終えたと連絡しているため、婚約式も終えた今、帰還式は華やかに催された。街道を通り、国民に顔を見せて、騎士達の無事を知らせる。
 俺は先頭でゆっくりと馬を歩かせるものの、もちろん気持ちは暗い。ただ誰を見ることもなく、正面だけを見据え、進んだ。

 その時、目の端にマリエルの亜麻色のサラサラとした太陽にキラキラと光る髪が見えた気がした。

 ばっとそちらに目を向けると、そこにはマリエルのお母上がいた。その隣にはお父上もいる。久しぶりにお姿を拝見したが、少しお年を召され、疲れたように見えた。……いや、マリエルが魔獣討伐に参加したからかもしれない。
 お二人は不安そうに俺の後ろに連なる騎士団に目を向け、マリエルを探していた。
 ……あとで、ご挨拶とご説明に伺わなければ。

 帰還式が終わり、俺はお二人の元へ急いで向かった。幸いにも陛下への謁見までまだ時間がある。まだ会場近くにいるであろう、お二人の姿を探す。

 お二人は先程居た場所で立ち尽くしておられた。
 ……ショックだろう。愛する娘が魔獣討伐に行って帰ってきてないのだから。

 俺はお二人に声を掛けた。

 「エルスタイン伯爵、伯爵夫人、ご無沙汰しております。現騎士団長を務めております、ジルベルト・ウィンタールでございます」

 伯爵はハッとしたように俺に向き直った。

 「いつも娘がお世話になっております。
 公爵家のジルベルト様が現在の騎士団長でいらっしゃいましたか。……ご無沙汰とは、どこかでお会いしましたでしょうか……?」

 伯爵夫人が目を見開いて、俺を見つめる。

 「もしかして……ジルベルト……君なの?」

 「おいっ、ラナ! なんて失礼な呼び方を!」

 「いえ。構いません。
 はい。十年ほど前にはそう呼んでいただいていました」

 「……やっぱり!! まさか公爵家の方だったなんて……
 存じ上げず、失礼なことをしてしまったわ……!」

 「とんでもありません。いつも暖かく迎えてくださったことを今でもよく覚えています」

 伯爵はまだ分からないようで、眉を顰めている。

 「ラナ、どういうことだ?」

 「やだ! 忘れちゃったの? ジルベルト君よ!

 迷子になったマリエルを背負って送ってくれたじゃない!!」

 「え?
 
 ……あぁ!!
 ほ、本当にジルベルト君か?
 すっかり見違えたな……!あの頃はまだ小柄な男の子という感じだったのに……。こんなに大きく……立派になるなんて驚きだ」

 「ありがとうございます。

 ところでマリエルさんのことでご報告したいことがございます。この後、お時間をいただいても宜しいでしょうか?」

 伯爵は真剣な表情になる。

 「こちらからも頼む。帰ってきた騎士の中にマリエルの姿を見つけることが出来ず、どうしようかと思っていたところだった」

 「では、応接室へ。ご案内致します」


   ◆◇◆


 俺はマリエルのご両親にマリエルが討伐に参加することになった経緯を話した。怪我をしたアンゼリカの代わりに討伐に参加することになった話をご両親は「マリエルはそういう子なのよね……」と寂しそうな顔をして聞いていた。

 その後、魔獣討伐の話をした。

 「実は、私は討伐中に魔獣に噛まれ、左腕を失いかけました。もう騎士を続けることが出来ないだろうと言われ、私自身も諦めていました」

 伯爵夫人は、信じられないと言った様子で口を両手で覆う。

 「うそでしょう……」

 「本当なんです。
 でも……それをマリエルさんが治してくれました」

 伯爵は、訝しげな顔をする。

 「マリエルが? どうやって?」

 「魔獣討伐を終えた私達には今回の魔獣発生に関する件で魔女との面談が残っていました。魔女側の指定により、私とマリエルさんの二人で魔女に会いに行きました。

 その時に魔女がマリエルさんが一ヶ月半この城に滞在すれば、私の怪我を治すと言ったんです」

 ご両親の息を呑む音が聞こえた。

 「もちろんマリエルさんには断るように伝えました。発言は許されなかったので、身振りでですが……。しかし、マリエルさんは私の腕を治すよう魔女に頼みました」

 夫人は目を潤ませた。

 「……なんてこと……!
 じゃあ、マリエルは魔女の城に今もいるの?」

 「はい……。その日中に出立しなければ、マリエルさんの命はないというので、マリエルさんを置いて、王都に戻ってくることになりました」

 「……マリエル」

 伯爵は祈るように手を組んで、俯く。

 俺は床に手足をついて、深く頭を下げた。

 「マリエルさんを守りきれず、本当に申し訳ありませんでした!私のせいで、マリエルさんは魔女の城に……。私は……本当に無力で…」

 泣けるような立場に無いのに、思わず視界が滲む。一番辛いのは、マリエルのご両親だ。

 伯爵が頭の上から呼びかける。

 「ジルベルト君。君は公爵家の人間だろう。こんな風に私達に頭を下げたことが知れたら大変だ。顔を上げなさい」

 「しかし……っ!」

 「今の騎士団は優秀だと聞く。それはジルベルト君が良い団長だからだろう。いつも国民を守ってくれる君に感謝こそすれ、責めるつもりはないよ。
 それにマリエルも騎士団の一員だ。危険な目に遭うことがあることくらい、私たちも覚悟していた。
 責めるべきはそんな取引を持ちかけた魔女であり、ジルベルト君は悪くない。マリエルは正しい判断をした」

 もっと俺を責めていいのに……

 夫人からも声が掛かる。

 「そうよ、ジルベルト君。そんなに気に病まないで、ちゃんと座って話しましょう」

 顔を上げて、夫人を見ると、俺に微笑んでくれる。その目は真っ赤だ。

 ほら、と伯爵に促され、私は椅子に座った。
 大きく一呼吸し、私は言った。

 「エルスタイン伯爵……伯爵夫人……。
 私はマリエルさんを愛しています」

 お二人は目を丸くする。声も出ないようだ。

 「今回の件があったからではありません。
 私は以前からマリエルさんを慕っておりました。しかし、婚約をされていたので、想いを伝えることは出来ませんでした。

 しかし、数ヶ月前にマリエルさんが婚約を解消されてから、度々二人で会うようになり、遠征に行く前にお互いの想いを伝え合いました。……マリエルさんも私と同じ気持ちだと言ってくれました。

 私はこの魔獣討伐が終わり、王都へ戻ってきたら正式に婚約を申し入れるつもりでした」

 「そうだったのか……」

 伯爵は小さな声で呟いた。夫人は唖然としている。

 「私はマリエルさんを諦めるつもりはありません。仮に魔女との約束の日までに戻って来なかったとしても、城までマリエルさんを迎えに行きます。出て来なかったとしたら、魔女の城に乗り込み、マリエルさんをこの命に換えても奪い返します」

 「ジルベルト君……」

 伯爵が真剣な表情で話を聞いてくれる。

 「私にはマリエルさんしかいないんです。
 心からマリエルさんを愛しています。

 必ず連れ戻します!
 どうか不甲斐ない私ではありますが、信じてマリエルさんの帰りを待っていただけませんか?」

 俺は再び頭を深く下げた。

 「ジルベルト君、顔を上げておくれ」

 顔を上げると、伯爵も夫人も優しく笑っている。

 「そこまでマリエルのことを想ってくれて、ありがとう。あの子に愛する人が見つかって、私も嬉しい。しかも、ジルベルト君のような素晴らしい青年だとは」

 「いえ、そんな……」

 「いいや、謙遜はよくない。ジルベルト君も、そして我が娘ながらマリエルも素晴らしい子だ。
 ジルベルト君を愛しているからこそ、マリエルは魔女の城に留まることを決めたのだろう。
 ……きっとあの子なら大丈夫だ。本当に戻りたい場所が出来たんだ、魔女なんかには負けないさ」

 夫人も涙を流しながらも、微笑んでくれる。

 「そうね……! こんな素晴らしい婚約者様がいるんだもの! 帰って来ないはずないわ!!
 私もマリエルを……ジルベルト君を……
 信じて待つわ。」

 「あぁ、そうだな。ジルベルト君、マリエルのことをどうか宜しく頼む」

 「ありがとうございます……!」

 俺は伯爵と強く強く握手を交わした。


 
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