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本編

24.結婚してくれますか

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 「お母様、どうかしら?」

 「ふふっ!とっても可愛いわ!
 サーシャは十三の頃から胸元が開いたドレスは着れなかったものね。…とっても似合ってる。それに胸が目立つわね。これなら、あの方もイチコロなんじゃない?」

 「もうお母様ったら茶化さないで!」

 「そんなこと言って、いつあの方が来てもいいようにめかし込んでるくせに。」

 「うっ…いいでしょ、別に。
 …それに来るかどうか分かんないわ。」

 「そんなこと言って。来ると思ってる癖に。」

 二人はドレスを着て、庭に出る。侍女にお茶を用意してもらい、これからティータイムだ。

 「別に来なかったら、来なかったでいいわよ。
 こっちから迎えに行ってやるんだから!」

 「そうね…こんなにサーシャを愛してくれる男性は他にいないでしょうしね。」

 侍女によって、机にカップが置かれたその時だった。

 子爵邸の高い塀をもふもふした何かが超えてきた。

 「…犬?」

 それは見事に庭に着地すると、スンッと鼻を鳴らす。そして、銀色の瞳でサーシャを捉えると、走り出した。

 「…え?うそ。」

 その犬はサーシャに飛びかかる。

 「きゃあっ!」

 サーシャが尻餅をつくと、その犬は上半身に体重をかけ、サーシャを押し倒すと、その顔をペロペロと舐め回す。

 「ちょっ…や、待って…っ!!

 レイ様!!」

 犬の動きがぴたっと止まる。
 サーシャは、その瞳を覗き込んで言う。

 「レイ様、なんでしょう?

 狼なんて見たことないけど…毛並みは青っぽいし、銀色の瞳だし…。レイ様、ですよね…?」

 狼姿のレイがすっと身を引いて、サーシャの前に毅然と立つ。そして、サーシャの質問に答えるように一回吠えた。

 「やっぱりレイ様なのね…!なんて…かわいい!!」

 サーシャはもふもふしたレイを抱きしめると、その毛並みを確かめるように優しく優しく撫でていく。最初は訳も分からず強張っていたレイの身体もサーシャに撫でられると溶けるように気持ちよく、すっかりリラックスしてしまっていた。

 (きゃぁ~、もふもふ!!気持ちいいー、かわいいー!)

 それを侍女やサーシャの母は、唖然として見つめている。

 「何事だ?」

 その時、サーシャの父が顔を出した。
 そこでようやくサーシャとレイは顔を上げた。

 「あ、お父様。レイ様が帰ってきました。狼姿で。」

 「…バフっ。」

 「は?」

 レイの予想外の姿にサーシャの父は固まった。

 その後、サーシャに言われるがまま、人化したレイは、何も身につけていなかった。獣化するのが久しぶりすぎて、すっかり衣服のことを忘れていたレイは「しまった」と気づいた時にはもう遅く、レイは皆に裸体を晒すことになった。

 サーシャはレイの身体を少しでも隠そうとレイに抱きつき、サーシャの母は少し頬を赤らめ顔を隠したが、指の間から彫刻のような身体を観察した。その場に居合わせた侍女たちはレイのあまりの色気に呆然として、中には鼻血を流す者もいた。
 サーシャの父は大きく溜息を吐き、頭に手をやると、執事に急いで洋服を用意するようにと伝えた。


   ◆ ◇ ◆


 レイが無事に服を着て、今は皆で応接間に座っている。

 「皆様、大変失礼しました。」

 レイが頭を下げると、サーシャとサーシャの母はクスクスと笑った。子爵はまた一つ溜息を吐くと、口を開いた。

 「で、突然今日はどうした?」

 「…子爵からの手紙を読みました。」

 「ほう、それで?」

 レイは拳を握りしめた。

 「確かに決意したはずなのに…サーシャが婚約すると聞いて、いても立ってもいられませんでした…。サーシャを縛り付けるのを止めると決めたはずなのに、気付いたらサーシャを婚約者から奪うために走り出していてー」

 「レイ様…。」

 レイは深く頭を下げた。

 「子爵、お願いです。婚約を無かったことにしてはいただけないでしょうか?

 本当に馬鹿で身勝手なお願いだと分かっています。
 決断が遅すぎることも分かっています。

 でも…サーシャだけは失いたくないんです!
 今までサーシャを傷つけた報いなら何でも受けます。
 一生をかけてでも、償います。

 …だから、サーシャと共に生きることを許してください。彼女を心から愛しているんです。

 サーシャがいないと…私は…。」

 皆、じっと黙って、レイの話を聞いていた。
 サーシャの父が口を開く。

 「…婚約は予定通り受け入れる。」

 「子爵!!」

 レイが声を荒げる。

 「予定通り、君からの婚約を受け入れる、と言っているんだ。」

 「は?」

 部屋に沈黙が流れる。
 サーシャがフフッと笑う。

 「レイ様、私の婚約者になって下さいますか?」

 「え…あ、あぁ。」

 半ば放心状態のレイは、サーシャから婚約者と言われた事実をまだ受け止めきれないでいた。

 サーシャはレイに微笑んだ。

 「レイ様にとって愛せる相手が私しかいないように、私にとってもレイ様しかいないんです。
 
 …だって、私たちは番、でしょ?」

 レイは目を見開いて、笑顔のサーシャを見つめた。

 「…サーシャ、何故それを…。」

 「すまないね、レイ君。
 …結局、妻にも娘にも全て話したんだ。」

 「そんな…。」

 唖然とするレイにサーシャの母が言葉をかける。

 「レイさん…。先日は失礼なことを言って、申し訳なかったわ。貴方はサーシャのことを一番に考えてくれていたのに。」

 「子爵夫人…。」

 「…サーシャが私の子でないことも知ったわ。

 けれど、例え血の繋がりがなくとも、私達はもうちゃんと家族として繋がっている。共に積み重ねた時間が私たちを本当の家族にしたの。
 だから、大丈夫。貴方が全ての責任を負うことなんてないわ。番のことも、痣のことも、サーシャがいた元の世界ではそういう仕組みだったというだけ。貴方が償うべきことなんてなにもないの。」

 サーシャの母はそう言って美しく微笑んだ。その笑みはどこかサーシャと似ているな、とレイは思った。

 「レイ様。私、レイ様に本当のことを教えてもらえないことが辛かったんです。レイ様が帰ってから、ずっと考えました。本当のことを教えてもらえないような関係性なら結婚してもこの先一緒にやっていけないかもしれないって。

 …でも、これからのことを考えれば考えるほど、私の人生にはレイ様が必要だと気付いたんです。

 例え痣がなくなっても他の人に触られるなんて絶対に嫌だった。もし私が結婚するなら、レイ様しか考えられなかった。レイ様と一緒にいるのが、一番私らしくいられる気がするんです。これからもレイ様の隣で笑っていたい。

 そう思ったら、痣の理由なんてどうでもよくなっちゃいました。大切なのは過去じゃなくて、これからだから。

 それにレイ様が理由を話せないのは、きっと私のことを想って、何かを隠そうとしているからだと思いました。レイ様は訳もなく嘘をついたり、何かを隠そうとする人じゃないもの。」

 その言葉にレイの瞳は潤む。
 サーシャの父が優しく微笑んで言った。

 「サーシャから、たとえ真実を教えてもらえなくても、レイ君の婚約の申込みを受けたい、と言われたんだ。レイ君を信じている、何を隠されていたとしてもいい、と。それを聞いてね…私はサーシャは本当にレイ君を愛してるんだな、と思った。

 そして、私も愛する妻とサーシャを、信じてみようと思ったんだ。」

 「…そうだったんですね。」

 「レイ様、私は紛れもなくこの家の娘よ。だって、異世界人だったのなんて、ほんの一瞬だもの。血の繋がりよりも強い絆が私たちにはちゃんとある。」

 「あぁ、そうだな。
 良かった…サーシャ…。」

 サーシャとレイは互いに瞳を滲ませながら、心からの笑みを交わした。

 「レイ様、ありがとう。沢山悩ませてしまってごめんなさい。それに、私がこっちに来たことで、きっとレイ様も今まで苦しい思いをしたんじゃないかと思うの。

 もうレイ様は一人じゃない…私がずっと側にいます。」

 「サーシャの夫なら、レイ君は私達の息子だ。」

 サーシャの父がそう言って微笑む。

 「こんな格好いい息子が増えるなんて、鼻高々だわ!」

 おどけたようにサーシャの母がレイに言う。

 「…ありがとう…ございます。」

 レイの目には涙が浮かんでいた。レイはそれをぐいっと拭うと、サーシャの父に尋ねた。

 「それにしても、何であんなに紛らわしい手紙を寄越したんですか?私はてっきり何処かの令息と婚約するのかと…。」

 「あぁ…あれはサーシャがー」

 サーシャはぷぅと膨れた。

 「私もちょっとはレイ様に怒ってるんですよ!

 一人で考えさせて欲しかっただけなのに、レイ様はさっさと水晶宮へ帰っちゃうから…。あんなに愛してるって言ったのに、嘘だったのかも…って不安になったし…。

 だから、少し意地悪をしました。
 …でも、獣化するほど焦って来るなんて思わなくてー
 ごめんなさい。」

 レイは首を横に振った。

 「いや、俺も…ごめん。

 サーシャを失って苦しみながら生きていくことが俺にとって出来る唯一の償いだと勘違いしていた。でも、結局…サーシャも自分も傷つけただけだった。二人の問題なのに、サーシャの気持ちを置いてきぼりにしてしまった。
 本当にごめん。不安にさせて、サーシャを手放すような真似をして…もう二度と間違わない。サーシャを離さないと誓うよ。」

 レイは席を立ち、サーシャの足元に跪き、手を差し出す。

 「…サーシャ、俺と結婚してくれますか?」

 サーシャはレイの手に自らの手を重ねると、涙を流しながらも笑顔で言った。

 「はい、喜んで。」
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