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第六章

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 「アヴィス様が……ギフト持ち?」

 驚いたが、納得した部分も大きかった。アヴィス様のような人なら、私が神様だとしてもギフトを与えたくなるもの。彼はヘッドボードに身体を預け、私を抱き寄せた。アヴィス様の素肌が直に感じられて、恥ずかしいけれど、嬉しい。

 「おそらくメロディアとの接触で自分を回復できるギフトを持っているんじゃないかと思う」

 「なる……ほど?」

 私は首を傾げた。話を聞いても全くイメージが付かない。だって、色々と読み漁ったギフト関連の本には、ギフトは女神に気に入られた個人に与えられるものと確かに記載してあったもの。

 「調べたところ、過去の文献にもあったんだ。他者の介入によって発現するギフトもあると。ただ圧倒的に数が少ないため、ほぼ幻のような存在らしい」

 「……過去にはどのようなものが?」

 「私が見つけたのはたったの二例だ。
 一つ目は、夫婦が同時に歌うことで植物の成長を促進するギフト。
 二つ目は妻のキスで一時的に筋肉増強が起きるというギフトだ。

 ただそれもありえない話として笑い話のように紹介されていたから、その真偽は分からない。だが、今私たちに起きていることを考えれば、ありえない話じゃないだろう」

 「はい……。きっとそれらも本当にあった話なんでしょうね」

 「あぁ、そう思う」

 アヴィス様は、寄りかかった私の頭を撫でてくれる。彼の心臓の音がトクトクと聴こえる。振り回されたけど……こうして彼が生きている、それだけでいいと思えた。

 「ごめんな」

 アヴィス様はそう呟いた。

 「なにがです? 勝手に傷を作ったこと?」

 「それもそうだが……私のギフトでメロディアを面倒なことに巻き込んでしまった。それに……」

 「それに?」

 私がアヴィス様の顔を見上げると、彼は何かを口にするのを迷っているようだった。しかし、私の視線に耐えきれなくなったのか、口を開いた。

 「実は……最初からギフトが宿っているのは、私の可能性もあると思っていたんだ。本当にはっきりさせたのは、四日前だが……一人でいる時に鑑定石を使って」

 「え?」

 「あー……私が急ぎで手に入れたのは、純度の低い鑑定石だったから、ギフトの形跡を判定することしかできなかったんだ。だから、ギフトを使ったのは確かだったんだが、メロディアのギフトで私を癒したのか、私のギフトでメロディアを通し、治癒したのか、分からなかった。
 で、でも勿論、後者は例も少ないし、可能性が低いという思いもあったんだ!」

 何も責めていないというのに、何をそんなに慌てているのだろうか?

 「その可能性があるなら話してくれても良かったのに……。それに曖昧にしておくなんて、アヴィス様らしくないですね」

 その後、私一人で鑑定石を使うなり、アヴィス様一人で鑑定石を使うなり、方法はあったはず。なのに、それをはっきりさせなかったのには理由があるはずで……

 じーっとアヴィス様の顔を見つめていると、彼は顔を赤くして白状した。

 「……メロディアにギフトがあるということにしておけば……その、無闇に他の男と接触しないかと思った……」

 思っていたよりもずっとくだらない理由に私は呆然とした。

 いや、でも待って欲しい。アヴィス様は確かに言ったはず。

 「『彼らとはギフトが発動しないような接触のみに』とか言って、愛人作っていいみたいなこと言ってたじゃないですか!」

 「そ、それは! あまり厳しく閉じ込めて、メロディアが出ていきたくなったら困ると思ったから言ったまでで――」

 「私、すごい傷付いたんですからね! 愛人作れ、なんて言うくらいだから、私のこと好きじゃないんだって」

 「す、好きだ! ずっと好きだった! 本当は他の男になんて指一本触らせたくなかった!!」

 あまりにもアヴィス様が必死に好きだと弁明するものだから、私はつい噴き出してしまう。

 「ぷっ、ふふふっ! 分かりましたよ。その可能性を黙ってたこと、許してあげます。アヴィス様は私が大好きなんですものね?」

 「あぁ……好きだ」

 アヴィス様が甘えるように私の頭に顔を擦りつける。なんか大きな犬みたい。私は彼を抱きしめるように、脇腹に手を添えた。

 「でも、傷が治って良かったです……」

 「心配かけた……。フォードの王太子が鑑定石を持っていると知ってたなら、こんな傷作らなかったんだがな。目の前でメロディアにさっさと嵌めてもらって、ギフト持ちでないことを証明して終われた。というか、高純度のものはどうしても手に入らなかったから、無いのではないかとも思っていたんだ。それをあぁやって持ち歩くんだから、さすが大国の王太子だな」

 「でも、全部終わりました。もう大丈夫ですよね?」

 「あぁ。私は、傷を見たらメロディアが治しに来てしまうのではないかとドキドキしていたんだ。よく我慢してくれた」

 「すごく我慢しました。すぐにでもキスして治したいのを我慢して……」

 「頑張ったな。ありがとう」

 私は首を横に振った。全部頑張ったのはアヴィス様だもの。痛い思いをして傷を作ったのも、閃光弾を用意したのも……そう言えば、結局閃光弾とはなんだったんだろう……

 私は顔を上にあげて、アヴィス様に尋ねた。

 「あの、最初に話していた閃光弾とは一体なんなのですか?」

 「あれは、フォードの王太子にあの光の理由を納得させるために私が独自で作ったものだ」

 独自で作った……?

 「えぇっ!? 国家機密じゃなかったんですか?」

 私はあまりの驚きに身体を離して、アヴィス様の顔を見つめた。彼は再び私の手を引き、自分の胸に抱き寄せた。

 「あれは、ここ数日で私が作ったものだ。国家機密などではない」

 「数日で……。で、でも、国王陛下の書状とかなんとか言ってませんでしたか?」

 「当日に説明できなかった理由も用意しなければならないだろう? だから、国家機密ということにした。国王陛下には国内の特殊な材料で作れる閃光弾というものを作ったと説明した上で、これ以上の技術発展はこの国では見込めないため、フォードに技術を渡し、材料をフォードに買ってもらうことで国を発展させるべきだと話した」

 数日でそんなことを考えてやってのけてしまうだなんて……。圧倒的な能力に愕然とする。

 「国王陛下はなんと仰っておいででした?」

 「よくやったと。フォードとのパイプを欲しがっていたからな、二つ返事で書状を用意してくれた。ただその後の交渉がとにかく大変だったが……」

 アヴィス様は眉間に皺を深く刻んだ。

 「な、何を交渉したんですか?」

 「宰相を辞めさせてほしいと、と」

 「……宰相を、辞める?」

 突然の告白に思考が付いていかない。アヴィス様といえば宰相……なのにそれを辞める?

 アヴィス様は私が呆然としているのを見て、少し離れると頭を深く下げた。

 「事前に相談も説明もできなくて悪かった……。ただ色んな策を探る中で、これが最善の道だったんだ。国家機密を漏らしたのに宰相の座に居座るのは、フォードの王太子から見たらかなり不自然に映るだろうし、そうなればまたいつこちらに来て、真実を暴こうとするか分からない……。それであれば、国家機密漏洩が事実だったとして、表舞台から姿を消すのが一番だと思った」

 「それで……いいんですか? 宰相のお仕事が、好きだったんですよね……?」

 私のせいで、こんなことになってしまったのだろうか? アヴィス様から何か奪いたかったわけじゃないのに……

 彼は驚いたように目を見開いた後、フッと笑った。

 「メロディアは、本当にいつも私のことばかり考えてくれるんだな……。メロディアこそいいのか? 私はこの国の宰相ではなくなり、ただの公爵に戻るだけだ。宰相でなくなれば、そう王都にいる理由もないから、ここより公爵領で過ごす時間がほとんどになるだろう。さびれているわけではないが、王都ほどの華やかさはない」

 「私はアヴィス様が嬉しいのが嬉しいんです。私はアヴィス様がいればいいの。そこが私の居場所だから」

 「私も同じだ。メロディアの隣が私の居場所だと思っている。これからは公爵領でメロディアと一緒に、公爵の仕事に専念するつもりだ。それに……『これでメロディアの側を離れるのは最後にする』と約束したろう?」

 アヴィス様は私の手を取り、新緑の指輪にキスを落とすと、どろりと熱の宿った瞳で見つめた。

 「もう頼んでも……一生離してやれないから」





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