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第六章
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「……え?」
一瞬、時が止まったような気がした。その一瞬で色んなことが頭をよぎる。
今、嵌められたのはギフト保持者か判定する腕輪? 友情の握手じゃなかったの? いい人のふりして、騙した? 私がその存在を忘れてたからいけないんじゃない! アヴィス様に言っておけば良かった! 大丈夫なの? 腕輪はいつ光るの? 早く外せば間に合う? アヴィス様といられなくなっちゃうの!? どうしよう、どうしたらいいの……!?
しかし、混乱した私の思考はリュシーの気の抜けた声で現実に戻された。
「やっぱり光らない、か……俺の勘が当たらないことあるんだな。運命の相手だと思ったんだけどな」
「は?」
手首を見ると、先ほどと同じ古ぼけた腕輪が腕についているだけだった。
「『は?』ってそんなに驚くことないだろ。俺は俺なりに真剣にメロディアを口説いてたんだよ! あーあ……こんなにも眼中にないとは」
「殿下、申し訳ございませんが、彼女は私の妻ですので、お戯れはこのあたりでご勘弁を。ほら、メロディア、その腕輪をお返ししなさい」
「あ、はい」
放心状態から何とか返事をし、私は慌てて腕輪を外し、リュシーに差し出す。なんで光らなかったの……? この数日の間にギフトがなくなった……ってこと?
私が上の空で腕輪を差し出した。
しかし、リュシーはなかなか受け取ってくれない。そこでようやくリュシーが私をじっと見つめていることに気づいた。
「メロディアが好きだ。ギフトなど持っていなくてもいいから、一緒にフォードへ来てほしい」
アヴィス様が思わず動こうとするが、私は首を横に振って、それを止めた。だって、リュシーは真剣に私と向き合おうと……私への気持ちを断ち切ろうとしてくれているのだから。
「リュシー……助けてくれて、ありがとう。でも、ごめんなさい。私には愛する人がいるんです。彼には私が必要で、私にも彼が必要なんです」
リュシーは、納得したようにうなずくと、腕輪を受け取ってくれた。そして、アヴィス様の方を向いて、口を開いた。
「こんなに愛されるなんて、宰相はなかなか良い旦那なんだな。前に三流って言ったこと取り消す! メロディアが言ってたよ。『私が隣に立ちたいと思うのはアヴィス・シルヴァマーレただ一人なんですー!』ってな」
「リュシーっ!」
「にししっ! 色々とありがとな! 見送りは結構。夫婦仲良くお元気で~」
リュシーは、にかっと笑うと、私たちに背を向けて、ひらひらと手を振り帰っていった。
最後まで嵐のような人だった。彼の背中を見つめる。
アヴィス様より大きい分厚い背中。彼にはどれだけの責務と重圧がのしかかっていることだろう。
なのに、あぁやって常に笑顔で……強い人だな、と思った。
彼にもいつか素敵な出会いがありますように……
「な、何を考えている?」
熱心にリュシーを見ていたのが気に入らないのか、アヴィス様は固い表情で私に問う。この顔……また嫉妬してるのかしら? あぁ、なんて可愛い人なんだろう……私は笑顔でアヴィス様の手を握った。
「王太子殿下も、いつか私にとってのアヴィス様みたいに愛する人に出会えたらいいなって思ってました!」
「そうか……。そうだな」
私たちは指を絡ませて、互いに強く握って、リュシーの背中を見送った。
♪
私たちは寝室に移動していた。
怪我人のアヴィス様を無理やりベッドに寝かせて、私は先ほどの出来事の説明を求めた。
「で……アヴィス様。言いたいことはたくさんありますが……まず! 一体その怪我は何なのですか?!」
こちらが本気で怒っているのに、アヴィス様は微笑みながらこちらを見つめている。
「あぁ……確かにメロディアがこの屋敷にいる。こっちへ、来てくれないか?」
「……だって、怪我してるじゃないですか……。でも、私はもうギフトがなくなって……アヴィス様の怪我も治せないのに……」
本当は思いきり抱きつきたかった。その胸に抱かれて、これからはずっと一緒だって笑い合いたかったのに、脇腹には大きな傷……。まだ痛々しくて、彼に触れることさえ躊躇われるほどの大怪我。痛い思いなんて、してほしくなかった……
どれだけ痛かっただろうと想像したら、視界が歪む。こんな怪我、間違ったら死んでしまってたかもしれないのに……
ぐすぐすと鼻を啜り、唇を噛みしめる私をアヴィス様が優しい声で呼ぶ。
「泣かないでくれ。メロディアが治してくれるだろう?」
「でも、私にはもうギフトが――」
「大丈夫。ほら、キスを」
アヴィス様が手を伸ばし、誘われるままにベッドに乗る。彼の手が後頭部に回り、私を引き寄せる。アヴィス様の高い鼻が鼻先に当たる。
「これからも私の側で……癒してくれ。メロディアが隣にいてくれるなら、私に怖いものなどない」
「私も……アヴィス様がいれば、強くなれる気がします……」
「メロディア。愛している」
「アヴィス様……愛しています」
ゆっくりと唇が重なった。目を瞑って、アヴィス様の温かくて柔らかな唇の感触を確かめる。生きて、こうして愛を交わして……幸せすぎて涙が出てくる。
名残惜しさを感じながらも、唇を離し、目を開ける。アヴィス様は優しく微笑んでいて、その顔色は先ほどよりも良い気がした。
「ま、まさか……」
「確認してごらん」
アヴィス様がシャツを開く。すると、その脇腹には傷がなかった。手を伸ばし、傷があったであろう場所を恐る恐る触ってみる。真っ赤になっていた傷口は、真っ白く滑らかな肌があるだけだった。
「なんで……私にギフトはないんじゃ……」
「あぁ。最初からメロディアにはギフトはなかった。
ギフトを持っていたのは……私だったんだ」
一瞬、時が止まったような気がした。その一瞬で色んなことが頭をよぎる。
今、嵌められたのはギフト保持者か判定する腕輪? 友情の握手じゃなかったの? いい人のふりして、騙した? 私がその存在を忘れてたからいけないんじゃない! アヴィス様に言っておけば良かった! 大丈夫なの? 腕輪はいつ光るの? 早く外せば間に合う? アヴィス様といられなくなっちゃうの!? どうしよう、どうしたらいいの……!?
しかし、混乱した私の思考はリュシーの気の抜けた声で現実に戻された。
「やっぱり光らない、か……俺の勘が当たらないことあるんだな。運命の相手だと思ったんだけどな」
「は?」
手首を見ると、先ほどと同じ古ぼけた腕輪が腕についているだけだった。
「『は?』ってそんなに驚くことないだろ。俺は俺なりに真剣にメロディアを口説いてたんだよ! あーあ……こんなにも眼中にないとは」
「殿下、申し訳ございませんが、彼女は私の妻ですので、お戯れはこのあたりでご勘弁を。ほら、メロディア、その腕輪をお返ししなさい」
「あ、はい」
放心状態から何とか返事をし、私は慌てて腕輪を外し、リュシーに差し出す。なんで光らなかったの……? この数日の間にギフトがなくなった……ってこと?
私が上の空で腕輪を差し出した。
しかし、リュシーはなかなか受け取ってくれない。そこでようやくリュシーが私をじっと見つめていることに気づいた。
「メロディアが好きだ。ギフトなど持っていなくてもいいから、一緒にフォードへ来てほしい」
アヴィス様が思わず動こうとするが、私は首を横に振って、それを止めた。だって、リュシーは真剣に私と向き合おうと……私への気持ちを断ち切ろうとしてくれているのだから。
「リュシー……助けてくれて、ありがとう。でも、ごめんなさい。私には愛する人がいるんです。彼には私が必要で、私にも彼が必要なんです」
リュシーは、納得したようにうなずくと、腕輪を受け取ってくれた。そして、アヴィス様の方を向いて、口を開いた。
「こんなに愛されるなんて、宰相はなかなか良い旦那なんだな。前に三流って言ったこと取り消す! メロディアが言ってたよ。『私が隣に立ちたいと思うのはアヴィス・シルヴァマーレただ一人なんですー!』ってな」
「リュシーっ!」
「にししっ! 色々とありがとな! 見送りは結構。夫婦仲良くお元気で~」
リュシーは、にかっと笑うと、私たちに背を向けて、ひらひらと手を振り帰っていった。
最後まで嵐のような人だった。彼の背中を見つめる。
アヴィス様より大きい分厚い背中。彼にはどれだけの責務と重圧がのしかかっていることだろう。
なのに、あぁやって常に笑顔で……強い人だな、と思った。
彼にもいつか素敵な出会いがありますように……
「な、何を考えている?」
熱心にリュシーを見ていたのが気に入らないのか、アヴィス様は固い表情で私に問う。この顔……また嫉妬してるのかしら? あぁ、なんて可愛い人なんだろう……私は笑顔でアヴィス様の手を握った。
「王太子殿下も、いつか私にとってのアヴィス様みたいに愛する人に出会えたらいいなって思ってました!」
「そうか……。そうだな」
私たちは指を絡ませて、互いに強く握って、リュシーの背中を見送った。
♪
私たちは寝室に移動していた。
怪我人のアヴィス様を無理やりベッドに寝かせて、私は先ほどの出来事の説明を求めた。
「で……アヴィス様。言いたいことはたくさんありますが……まず! 一体その怪我は何なのですか?!」
こちらが本気で怒っているのに、アヴィス様は微笑みながらこちらを見つめている。
「あぁ……確かにメロディアがこの屋敷にいる。こっちへ、来てくれないか?」
「……だって、怪我してるじゃないですか……。でも、私はもうギフトがなくなって……アヴィス様の怪我も治せないのに……」
本当は思いきり抱きつきたかった。その胸に抱かれて、これからはずっと一緒だって笑い合いたかったのに、脇腹には大きな傷……。まだ痛々しくて、彼に触れることさえ躊躇われるほどの大怪我。痛い思いなんて、してほしくなかった……
どれだけ痛かっただろうと想像したら、視界が歪む。こんな怪我、間違ったら死んでしまってたかもしれないのに……
ぐすぐすと鼻を啜り、唇を噛みしめる私をアヴィス様が優しい声で呼ぶ。
「泣かないでくれ。メロディアが治してくれるだろう?」
「でも、私にはもうギフトが――」
「大丈夫。ほら、キスを」
アヴィス様が手を伸ばし、誘われるままにベッドに乗る。彼の手が後頭部に回り、私を引き寄せる。アヴィス様の高い鼻が鼻先に当たる。
「これからも私の側で……癒してくれ。メロディアが隣にいてくれるなら、私に怖いものなどない」
「私も……アヴィス様がいれば、強くなれる気がします……」
「メロディア。愛している」
「アヴィス様……愛しています」
ゆっくりと唇が重なった。目を瞑って、アヴィス様の温かくて柔らかな唇の感触を確かめる。生きて、こうして愛を交わして……幸せすぎて涙が出てくる。
名残惜しさを感じながらも、唇を離し、目を開ける。アヴィス様は優しく微笑んでいて、その顔色は先ほどよりも良い気がした。
「ま、まさか……」
「確認してごらん」
アヴィス様がシャツを開く。すると、その脇腹には傷がなかった。手を伸ばし、傷があったであろう場所を恐る恐る触ってみる。真っ赤になっていた傷口は、真っ白く滑らかな肌があるだけだった。
「なんで……私にギフトはないんじゃ……」
「あぁ。最初からメロディアにはギフトはなかった。
ギフトを持っていたのは……私だったんだ」
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