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第六章
6-3
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「私は人妻ですから」
「俺は人妻相手でも負けなしだったんだぜ?」
この王太子は何を言っているのか……。私は呆れながら、忠告する。
「お立場的にもお相手は選んだ方が良いかと思いますよ……」
「おいおい、そんな目で見るなよ! でも、まぁ、経験は豊富だから、満足させる自信はある」
「はぁ……。経験が豊富など、何の自慢にもなりませんわ」
実際、経験がなくたってアヴィス様は素晴らしい手管を持っているし。何の自慢にもならないじゃない。
「へぇー、そう言いのけるってことは旦那相手に満足してるってことか」
「なっ、何を仰るんですか!?」
急にこちらの夫婦事情に足を突っ込まないでほしい。リュシーは楽しそうに言った。
「旦那は今頃、女といちゃいちゃしてるのに?」
一瞬沈黙が流れる。私はリュシーへの苛立ちを隠すことなく、口を開いた。
「……嘘はやめてください」
「本当に嘘だと思うか?」
いい人そうな顔をしているのに、知れば知るほど、なかなかに性格が悪い。私は、声を大きくして言った。
「絶っ対に、嘘だと思います。アヴィス様は今日という日にそんなことをする方ではありません。
もしそのような事態に陥っているのだとしたら、それこそ何かの罠でしょう。あなたの口をどうにか割って、すぐに助けに行くつもりです」
リュシーはプハっと笑いだす。
「そんな怖い顔するなって! 冗談だって。泣き顔が可愛かったから、また泣かせてみようかと思ったんだが、失敗だな。大体前回はピーピー泣いて可愛かったのに、猫被ってたのか?」
「そ、そんなことありません! 前回は動揺して、あんな対応になってしまっただけで」
「ギフトを言い当てられたから?」
「だから、ギフトなんて持っていません!」
「本当に強情だな。出来ればメロディアにも望まれた上で、フォードに連れ帰りたかったが……」
「私がフォードに行くことを望むことはありません……」
「でもな、メロディア。ギフト持ちは隠せるものじゃないんだ」
リュシーはポケットから腕輪のようなものを取り出した。銀製のブレスレットの中央には灰色の宝石がはめられていて、決して美しいと言えるようなものではなかった。
彼は指先にブレスレットをかけて、くるくると回した。
「このブレスレットは謂わば、ギフト持ちの鑑定アイテムだ。真ん中に高純度の鑑定石がついていてな。手首にこれを付ければ、真ん中の鑑定石が光り、ギフト持ちか否かがすぐに分かるんだ。宰相が何を俺に見せようとしているが知らないが、そんなものは全部無意味なんだ。ほら、付けて。俺と一緒にフォード国へ行こう」
鑑定石と聞いて、嫌な汗が背中を伝った。アヴィス様が私の力が発現した時の説明では、鑑定石が反応したと確かに言っていた。だとしたら、このブレスレットを付ければ、私がギフト持ちだということはどうしたって隠せない……
リュシーは私の目の前に腕輪を差し出した。灰色の宝石は不気味な仄暗い光を宿している。その光が怖くて、私は目を逸らした。
「もうすぐ夫が帰ってきますので……全てはそれからです」
「……いい加減、待つのは飽きたんだけど」
リュシーの声が低くなる。先ほどまでとは雰囲気が違った。ピリピリとした空気を漂わせ、人の言うことを聞かせる威厳がこの人にはある。
「……も、もうすぐ参ります」
「メロディア。分かっているか分からないが、俺は大国の王太子だ。人を待たせることはあっても、人に待たされることはない。だが、今、君の夫をこうやって待ってやっているのは、君のためだ。君が納得のいく別れ方をしたいだろうと配慮してやっているんだ。後腐れなく別れた方が、この先、君の気持ちをここに残すことはないと思ったから」
怖い……でも、逃げるわけにも泣くわけにもいかない。私はぐっと唇を噛みしめた。リュシーは追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「しかし、結局どんなに待ったところで、君の夫は来ないじゃないか。諦めたんだよ。どんなに好きでもどうにもならないこともある。メロディア、君の未来はフォードにある」
「お言葉ですが……私の未来は、私が決めます」
「メロディア……もう時間切れだ。さぁ、変えようもない未来を見せてあげる」
「嫌です!」
リュシーが腕輪を片手に立ち上がった。私はソファの端に逃げる。
けれど、彼の大きな手に捕まれそうになった時――
「はぁ……はぁ……。お待たせして、申し訳ありません……っ」
扉が勢いよく開けられたと思ったら、そこにはアヴィス様がいた。ようやく、ようやく、来てくれた……
「待たせすぎだ。メロディアを連れて、フォードに帰るところだった」
「失礼、しました。どうぞ席にお戻りを……」
いつの間にかリュシーは腕輪をポケットにしまっていた。それをアヴィス様に伝えようとすると、リュシーが言うな、と厳しい目線を送ってくる。私は口を開けなくて、アヴィス様に目で訴えるが、彼は微笑みを返してくれただけだった。
アヴィス様は何故か私の隣に座らずに、机の横に立った。近くに来るとより分かるが、体調はすこぶる悪そうだった。脂汗をかいているし、息も苦しそうだ。
「リュシアン王太子殿下、まず大変お待たせしてしまったことをお詫び申し上げます。今回の説明には準備とルクス国王陛下の許可がどうしても必要でしたので、時間がかかってしまいました」
「やはり陛下もメロディアのギフトについてご存じだったのか」
「いえ、ギフトとは全く関係ありません。第一、妻のメロディアは本当にギフトを持っていないのです」
……私がギフトと持っていない? 一体どういうことだろうか?
私がアヴィス様を一晩にして健康にさせたし、あの港での負傷も治した。それは私が一番知っているのに……
「俺は人妻相手でも負けなしだったんだぜ?」
この王太子は何を言っているのか……。私は呆れながら、忠告する。
「お立場的にもお相手は選んだ方が良いかと思いますよ……」
「おいおい、そんな目で見るなよ! でも、まぁ、経験は豊富だから、満足させる自信はある」
「はぁ……。経験が豊富など、何の自慢にもなりませんわ」
実際、経験がなくたってアヴィス様は素晴らしい手管を持っているし。何の自慢にもならないじゃない。
「へぇー、そう言いのけるってことは旦那相手に満足してるってことか」
「なっ、何を仰るんですか!?」
急にこちらの夫婦事情に足を突っ込まないでほしい。リュシーは楽しそうに言った。
「旦那は今頃、女といちゃいちゃしてるのに?」
一瞬沈黙が流れる。私はリュシーへの苛立ちを隠すことなく、口を開いた。
「……嘘はやめてください」
「本当に嘘だと思うか?」
いい人そうな顔をしているのに、知れば知るほど、なかなかに性格が悪い。私は、声を大きくして言った。
「絶っ対に、嘘だと思います。アヴィス様は今日という日にそんなことをする方ではありません。
もしそのような事態に陥っているのだとしたら、それこそ何かの罠でしょう。あなたの口をどうにか割って、すぐに助けに行くつもりです」
リュシーはプハっと笑いだす。
「そんな怖い顔するなって! 冗談だって。泣き顔が可愛かったから、また泣かせてみようかと思ったんだが、失敗だな。大体前回はピーピー泣いて可愛かったのに、猫被ってたのか?」
「そ、そんなことありません! 前回は動揺して、あんな対応になってしまっただけで」
「ギフトを言い当てられたから?」
「だから、ギフトなんて持っていません!」
「本当に強情だな。出来ればメロディアにも望まれた上で、フォードに連れ帰りたかったが……」
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「でもな、メロディア。ギフト持ちは隠せるものじゃないんだ」
リュシーはポケットから腕輪のようなものを取り出した。銀製のブレスレットの中央には灰色の宝石がはめられていて、決して美しいと言えるようなものではなかった。
彼は指先にブレスレットをかけて、くるくると回した。
「このブレスレットは謂わば、ギフト持ちの鑑定アイテムだ。真ん中に高純度の鑑定石がついていてな。手首にこれを付ければ、真ん中の鑑定石が光り、ギフト持ちか否かがすぐに分かるんだ。宰相が何を俺に見せようとしているが知らないが、そんなものは全部無意味なんだ。ほら、付けて。俺と一緒にフォード国へ行こう」
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「……も、もうすぐ参ります」
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怖い……でも、逃げるわけにも泣くわけにもいかない。私はぐっと唇を噛みしめた。リュシーは追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「しかし、結局どんなに待ったところで、君の夫は来ないじゃないか。諦めたんだよ。どんなに好きでもどうにもならないこともある。メロディア、君の未来はフォードにある」
「お言葉ですが……私の未来は、私が決めます」
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「嫌です!」
リュシーが腕輪を片手に立ち上がった。私はソファの端に逃げる。
けれど、彼の大きな手に捕まれそうになった時――
「はぁ……はぁ……。お待たせして、申し訳ありません……っ」
扉が勢いよく開けられたと思ったら、そこにはアヴィス様がいた。ようやく、ようやく、来てくれた……
「待たせすぎだ。メロディアを連れて、フォードに帰るところだった」
「失礼、しました。どうぞ席にお戻りを……」
いつの間にかリュシーは腕輪をポケットにしまっていた。それをアヴィス様に伝えようとすると、リュシーが言うな、と厳しい目線を送ってくる。私は口を開けなくて、アヴィス様に目で訴えるが、彼は微笑みを返してくれただけだった。
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