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第六章

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 「ようこそ。いらっしゃいました」

 私は一人でリュシーを迎えていた。今日のリュシーは王太子殿下スタイルで、しっかりと礼服を着こんでいる。彼はニッと笑った。

 「表情からして、あまり歓迎されてないように思うが、まぁいい。宰相は?」

 「……もうすぐ戻ります」

 「まったくこんな時にも仕事だとは……ほとほと呆れる。あとどれくらいで戻る?」

 「もう間もなくかと」

 「いいだろう、少し待たせてもらう」

 「こちらへどうぞ」

 私はリュシーを応接室へ案内する。部屋へ向かう途中、リュシーが話しかけてくる。

 「なぁ、メロディア?」

 「王太子殿下。お言葉ですが、私のことは公爵夫人と。帝国のマナーは分かりませんが、この国では名前は親しい人しか呼び合わないのです」

 ツンと前を向いたまま、そう答えると、リュシーは私の隣に並んで歩き始めた。

 「これはパンを運んだ報酬だろ」

 「それはあの日限りです」

 「またリュシーって呼んでくれよー」

 「できません」

 「この前は隣を笑って歩いてくれたじゃないか。あの日は楽しかったな!」

 「王太子殿下だと気付いていれば、あのようなことをお願いしませんでした」

 「ちぇっ。王太子だなんて明かさずに最後まで口説くんだったな」

 「口説くなんて冗談はおやめください」

 「冗談じゃないと何度も言っているだろ」

 もう相手にしていたら、ずっとふざけたことを言い続けると思った私は、応接室に向かうスピードを上げた。

 「メロディアって、本当に真面目でかわいいのな」

 またくだらないことを言いながら、彼はクスクスと笑って後をついてくる。

 「王太子殿下。こちらが応接室でございます。どうぞこちらでお待ちください」

 礼をして、向きを変える。しかし、私の手はリュシーに掴まれていた。ぼろが出ないように、アヴィス様が来るまで下がっていようと思ったのに……

 「もちろん、メロディアも一緒にいてくれるんだよな? 大国の王太子を一人で放置するような無礼な真似はしないだろう?」

 「……もちろんでございます。どうぞ、中へ」

 私がそう言うと、リュシーは満足そうに笑って、応接室へ入り、ソファへ座った。彼はお茶が出されるのも待たずに言った。

 「メロディア、単刀直入に言う。俺とフォード国へ来い」

 お茶を準備しているシャシャの動きがほんの一瞬止まる。彼女をこのような雰囲気の中に置いておくことを申し訳なく思った。私は背筋を伸ばし、毅然と答えた。

 「行きません」

 「何を画策しているか知らないが、メロディアには癒しのギフトがあると、俺は確信している。ギフト持ちだから、なんとなくギフトの痕跡を感じることができるんだ。まぁ、ほぼ勘みたいなものだが」

 「私は、ギフトなんて持っていません」

 リュシーは目の前に置かれたお茶をそっと啜った。その所作一つ取っても優雅で、彼が大国の王太子であることを改めて実感する。

 「宰相にそう言えって言われているんだろ? 妻に嘘を吐かせるなんて、甲斐性がないんじゃないか?」

 「夫は関係ありません。持っていないものを、どう認めろと?」

 少し声に刺々しさが表れていたのだろうか……リュシーは眉間に皺を寄せた。

 「得意じゃないのに、嘘なんてつかないほうがいい」

 「嘘では、ありません」

 部屋に沈黙が流れた。リュシーは、はぁ……とこれ見よがしに溜息を吐いた。

 「意外にメロディアは頑固だ」

 「そうでしょうか」

 リュシーは前かがみになり、真剣な表情で私を見つめた。

 「なぁ、メロディア……ギフト持ちとして大国へ行けば、今ここでは想像できないほどの恩恵が受けられる。

 何もしなくても大国にいるだけで王家からの援助金もあるし、ギフトを使って仕事をすれば多くの給金を稼ぐこともできる。大国では女性の社会進出も盛んだから、好きな仕事だってできる。

 その上、君は若く美しい。何にだってなれる。小国の公爵夫人で終わっていい存在じゃない」

 「私の欲しいものはフォード国にはありません」

 フォード国にはアヴィス様がいないもの。それでもリュシーは諦めないようで、真剣な目で見つめてくる。

 「王妃になれる、と言っても? 貴族女性なら、誰もが一度は憧れたことのある地位だ」

 「あいにく私は一度も憧れたことはありません」

 ずっとアヴィス様のお嫁さんになるのが目標だったもの。

 「君は何が欲しい?」

 「私が欲しいものはお金では買えません。私は今の生活を守りたいのです」

 私がどんなに行く気がないと伝えても、リュシーには引き下がる気がなかった。

 「正直に言うが……メロディア、君の世界は狭い。世界はもっと広くて、君の知らないことが沢山ある。
 可能性を狭めているという愚かさになぜ気付かないんだ」

 「愚かでも構いません。それでも私はここにいたいのです。私の愛する人の隣に」

 「……それは、俺じゃ駄目か?」

 リュシーの真っ赤な瞳が私を見つめていた。新緑とは違う、燃え盛るような赤。情熱的で素敵な瞳だけど、私が見つめられたいのはこの瞳じゃない。
 
 「申し訳ありません……。私が隣に立ちたいと思うのはアヴィス・シルヴァマーレただ一人なんです」

 リュシーは、私の真意を測るようにじっと見つめた後、どさっと背もたれへ背中を預けた。

 「自分で言うのもなんだけど、女性に振られたのなんて初めてかもなぁ」





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