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第五章

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 目を開けると、そこはアヴィス様の寝室だった。

 「ん……あれ? わたし……」

 さっきまで応接室で話していたはず。でも、リュシーが帰って、でも涙が止まらなくて……

 「メロディア、起きたのか」

 パタンとドアを閉める音がして、アヴィス様が部屋に入ってきたことに気付く。

 「アヴィス様。私どうしてここに……?」

 「泣き疲れて寝てしまったんだ。……幼い頃の君を思い出すな。遊び疲れては寝て、泣き疲れては寝て……私は君を何度おんぶしたか分からない」

 「そ、その節は失礼しました……」

 「少し、昔話をしようか?」

 ベッドがギシっと鳴る。ヘッドボードに身体を預けたアヴィス様は、自分の腿を叩いた。

 「おいで」

 私はずりずりと身体を移動させて、彼の膝枕に甘えることにした。下から見上げるアヴィス様も一部の隙もなく美しかった。顎のラインはシャープで綺麗だし、鼻も高いし、睫毛も長い。私は下から彼の顔に手を伸ばす。

 アヴィス様は少し微笑むと、その手を取り手の甲にキスを落とした。

 「知っているか? 幼い頃の私はずっと騎士になりたかったんだ」

 「アヴィス様が、騎士? なんか……想像もつかないです」

 「そうだな。自分で言うのも何だが騎士という性分じゃない」

 私たちは顔を見合わせて、くすくす笑った。

 「だが、私はメロディアを守る騎士になりたかった」

 「私を?」

 「あぁ。絵本や童話の中では、剣を持った王子や騎士が姫を守るだろう? 私もそんな風に強くなりたいと思っていたんだ。だが、人には向き不向きがあるからな……私には剣の才能も体術の才能もなかった」

 「アヴィス様は剣なんて持たなくていいです」

 私は口を尖らせて言った。アヴィス様が騎士なんかになったら心臓が持たないもの。彼は私の頭を撫でて話を続ける。

 「そうは言うが、自分に守る力がないというのは幼心にショックだった。才能がないと剣の先生に見放された後でも、一人で練習したりしてな……だが、父が我が公爵家からは過去に武人を輩出したことはないと聞いて、本当に向いていないのだと思った」

 「ふふっ……アヴィス様はあまり運動が得意でないですからね」

 「二歳下のメロディアにさえ、何度かけっこで負けたか分からないな。当時は勝ちを譲ったような顔をしていたが、本当は情けなくてたまらなかったんだ」

 「そんなこと思ってたんですか? アヴィス様は、情けなくなんてないです。頭が良くて、何でも知っていて……剣なんてなくても、アヴィス様は誰よりも強いです」

  私は彼の腿にスリっと顔を擦り付けた。アヴィス様は私の耳の淵を優しくなぞる。

 「メロディアは覚えているか分からないが、幼い頃の君も同じことを言っていた。剣なんて持たないでいい、アヴィス様は頭がいいんだから、参謀になればいいんだって。そっちの方がかっこいいからって」

 「参謀? 私、そんなこと言いました?」

 「あぁ、言った。メロディアが当時読んでいた物話に出てきてたみたいでな。作戦を立て、勇者を導くエルフの参謀が」

 そういえば、そんな話にハマっていたことがある。周りの年頃の子は勇者派だったけど、私はアヴィス様にそっくりなエルフの参謀に夢中だった。銀髪緑眼で、優しくて頭が良くて……アヴィス様を彷彿とさせる大好きなキャラクターだった。

 「思い出しました。アヴィス様に似てて、大好きだったなぁ」

 「そうだったのか……私に似てるとは初耳だったな。だが、その参謀になればいいという一言で、私は宰相を目指すことにしたんだ」

 「え、その一言だけで?」

 「あぁ、馬鹿馬鹿しいと思ったか?」

 「いえ……でも、私がほんの少し口にしただけで……」

 そう、私が覚えてもいない小さな頃の記憶。それをずっと覚えてて、そのために努力してきただなんて。私はどこか信じられなくて、目を丸くして彼を見上げる。彼の優しい瞳が私を見つめていた。

 「メロディアは、私の唯一だから」

 「唯一?」

 「私は幼い頃からどこか冷めてた子供でな……特に人というものが好きじゃなかった。子供心に公爵家という権力に擦り寄ってくる者の雰囲気はよく分かっていたし、感情も伴わない上辺だけの言葉だけのやり取りが気持ち悪くて堪らなかった。幼い子供でさえ、親の真似をして擦り寄ってくるのが違和感で……私には友達の一人もいなかった」

 そういえば私と初めて会った時も笑っていなかったっけ。子供心に何でこの子は怒っているんだろうって思っていた。だから、私は一緒に遊ぼうってアヴィス様を誘った。そしたら、彼は私の知らないことをたくさん教えてくれたっけ。

 「そんな中、父上の友人の子としてやってきたメロディアは……まるで絵画から飛び出た妖精のように、本当に可愛かった。
 その上、なんてことない知識を披露しただけで、目をキラキラさせて、すごいすごいと私の後を追いかけ回して。泣いたり、笑ったり、怒ったり……いつしか私の方がメロディアに夢中だった気がする」

 「わ、私もずっとアヴィス様に夢中でしたよっ!」

 「嘘だな。メロディアは私以外に友達もいたし、人気者だったじゃないか」

 それを言うなら、私も何度も友達にアヴィス様を紹介してくれとねだられたのに。




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