41 / 60
第五章
5-4
しおりを挟む
目を開けると、そこはアヴィス様の寝室だった。
「ん……あれ? わたし……」
さっきまで応接室で話していたはず。でも、リュシーが帰って、でも涙が止まらなくて……
「メロディア、起きたのか」
パタンとドアを閉める音がして、アヴィス様が部屋に入ってきたことに気付く。
「アヴィス様。私どうしてここに……?」
「泣き疲れて寝てしまったんだ。……幼い頃の君を思い出すな。遊び疲れては寝て、泣き疲れては寝て……私は君を何度おんぶしたか分からない」
「そ、その節は失礼しました……」
「少し、昔話をしようか?」
ベッドがギシっと鳴る。ヘッドボードに身体を預けたアヴィス様は、自分の腿を叩いた。
「おいで」
私はずりずりと身体を移動させて、彼の膝枕に甘えることにした。下から見上げるアヴィス様も一部の隙もなく美しかった。顎のラインはシャープで綺麗だし、鼻も高いし、睫毛も長い。私は下から彼の顔に手を伸ばす。
アヴィス様は少し微笑むと、その手を取り手の甲にキスを落とした。
「知っているか? 幼い頃の私はずっと騎士になりたかったんだ」
「アヴィス様が、騎士? なんか……想像もつかないです」
「そうだな。自分で言うのも何だが騎士という性分じゃない」
私たちは顔を見合わせて、くすくす笑った。
「だが、私はメロディアを守る騎士になりたかった」
「私を?」
「あぁ。絵本や童話の中では、剣を持った王子や騎士が姫を守るだろう? 私もそんな風に強くなりたいと思っていたんだ。だが、人には向き不向きがあるからな……私には剣の才能も体術の才能もなかった」
「アヴィス様は剣なんて持たなくていいです」
私は口を尖らせて言った。アヴィス様が騎士なんかになったら心臓が持たないもの。彼は私の頭を撫でて話を続ける。
「そうは言うが、自分に守る力がないというのは幼心にショックだった。才能がないと剣の先生に見放された後でも、一人で練習したりしてな……だが、父が我が公爵家からは過去に武人を輩出したことはないと聞いて、本当に向いていないのだと思った」
「ふふっ……アヴィス様はあまり運動が得意でないですからね」
「二歳下のメロディアにさえ、何度かけっこで負けたか分からないな。当時は勝ちを譲ったような顔をしていたが、本当は情けなくてたまらなかったんだ」
「そんなこと思ってたんですか? アヴィス様は、情けなくなんてないです。頭が良くて、何でも知っていて……剣なんてなくても、アヴィス様は誰よりも強いです」
私は彼の腿にスリっと顔を擦り付けた。アヴィス様は私の耳の淵を優しくなぞる。
「メロディアは覚えているか分からないが、幼い頃の君も同じことを言っていた。剣なんて持たないでいい、アヴィス様は頭がいいんだから、参謀になればいいんだって。そっちの方がかっこいいからって」
「参謀? 私、そんなこと言いました?」
「あぁ、言った。メロディアが当時読んでいた物話に出てきてたみたいでな。作戦を立て、勇者を導くエルフの参謀が」
そういえば、そんな話にハマっていたことがある。周りの年頃の子は勇者派だったけど、私はアヴィス様にそっくりなエルフの参謀に夢中だった。銀髪緑眼で、優しくて頭が良くて……アヴィス様を彷彿とさせる大好きなキャラクターだった。
「思い出しました。アヴィス様に似てて、大好きだったなぁ」
「そうだったのか……私に似てるとは初耳だったな。だが、その参謀になればいいという一言で、私は宰相を目指すことにしたんだ」
「え、その一言だけで?」
「あぁ、馬鹿馬鹿しいと思ったか?」
「いえ……でも、私がほんの少し口にしただけで……」
そう、私が覚えてもいない小さな頃の記憶。それをずっと覚えてて、そのために努力してきただなんて。私はどこか信じられなくて、目を丸くして彼を見上げる。彼の優しい瞳が私を見つめていた。
「メロディアは、私の唯一だから」
「唯一?」
「私は幼い頃からどこか冷めてた子供でな……特に人というものが好きじゃなかった。子供心に公爵家という権力に擦り寄ってくる者の雰囲気はよく分かっていたし、感情も伴わない上辺だけの言葉だけのやり取りが気持ち悪くて堪らなかった。幼い子供でさえ、親の真似をして擦り寄ってくるのが違和感で……私には友達の一人もいなかった」
そういえば私と初めて会った時も笑っていなかったっけ。子供心に何でこの子は怒っているんだろうって思っていた。だから、私は一緒に遊ぼうってアヴィス様を誘った。そしたら、彼は私の知らないことをたくさん教えてくれたっけ。
「そんな中、父上の友人の子としてやってきたメロディアは……まるで絵画から飛び出た妖精のように、本当に可愛かった。
その上、なんてことない知識を披露しただけで、目をキラキラさせて、すごいすごいと私の後を追いかけ回して。泣いたり、笑ったり、怒ったり……いつしか私の方がメロディアに夢中だった気がする」
「わ、私もずっとアヴィス様に夢中でしたよっ!」
「嘘だな。メロディアは私以外に友達もいたし、人気者だったじゃないか」
それを言うなら、私も何度も友達にアヴィス様を紹介してくれとねだられたのに。
「ん……あれ? わたし……」
さっきまで応接室で話していたはず。でも、リュシーが帰って、でも涙が止まらなくて……
「メロディア、起きたのか」
パタンとドアを閉める音がして、アヴィス様が部屋に入ってきたことに気付く。
「アヴィス様。私どうしてここに……?」
「泣き疲れて寝てしまったんだ。……幼い頃の君を思い出すな。遊び疲れては寝て、泣き疲れては寝て……私は君を何度おんぶしたか分からない」
「そ、その節は失礼しました……」
「少し、昔話をしようか?」
ベッドがギシっと鳴る。ヘッドボードに身体を預けたアヴィス様は、自分の腿を叩いた。
「おいで」
私はずりずりと身体を移動させて、彼の膝枕に甘えることにした。下から見上げるアヴィス様も一部の隙もなく美しかった。顎のラインはシャープで綺麗だし、鼻も高いし、睫毛も長い。私は下から彼の顔に手を伸ばす。
アヴィス様は少し微笑むと、その手を取り手の甲にキスを落とした。
「知っているか? 幼い頃の私はずっと騎士になりたかったんだ」
「アヴィス様が、騎士? なんか……想像もつかないです」
「そうだな。自分で言うのも何だが騎士という性分じゃない」
私たちは顔を見合わせて、くすくす笑った。
「だが、私はメロディアを守る騎士になりたかった」
「私を?」
「あぁ。絵本や童話の中では、剣を持った王子や騎士が姫を守るだろう? 私もそんな風に強くなりたいと思っていたんだ。だが、人には向き不向きがあるからな……私には剣の才能も体術の才能もなかった」
「アヴィス様は剣なんて持たなくていいです」
私は口を尖らせて言った。アヴィス様が騎士なんかになったら心臓が持たないもの。彼は私の頭を撫でて話を続ける。
「そうは言うが、自分に守る力がないというのは幼心にショックだった。才能がないと剣の先生に見放された後でも、一人で練習したりしてな……だが、父が我が公爵家からは過去に武人を輩出したことはないと聞いて、本当に向いていないのだと思った」
「ふふっ……アヴィス様はあまり運動が得意でないですからね」
「二歳下のメロディアにさえ、何度かけっこで負けたか分からないな。当時は勝ちを譲ったような顔をしていたが、本当は情けなくてたまらなかったんだ」
「そんなこと思ってたんですか? アヴィス様は、情けなくなんてないです。頭が良くて、何でも知っていて……剣なんてなくても、アヴィス様は誰よりも強いです」
私は彼の腿にスリっと顔を擦り付けた。アヴィス様は私の耳の淵を優しくなぞる。
「メロディアは覚えているか分からないが、幼い頃の君も同じことを言っていた。剣なんて持たないでいい、アヴィス様は頭がいいんだから、参謀になればいいんだって。そっちの方がかっこいいからって」
「参謀? 私、そんなこと言いました?」
「あぁ、言った。メロディアが当時読んでいた物話に出てきてたみたいでな。作戦を立て、勇者を導くエルフの参謀が」
そういえば、そんな話にハマっていたことがある。周りの年頃の子は勇者派だったけど、私はアヴィス様にそっくりなエルフの参謀に夢中だった。銀髪緑眼で、優しくて頭が良くて……アヴィス様を彷彿とさせる大好きなキャラクターだった。
「思い出しました。アヴィス様に似てて、大好きだったなぁ」
「そうだったのか……私に似てるとは初耳だったな。だが、その参謀になればいいという一言で、私は宰相を目指すことにしたんだ」
「え、その一言だけで?」
「あぁ、馬鹿馬鹿しいと思ったか?」
「いえ……でも、私がほんの少し口にしただけで……」
そう、私が覚えてもいない小さな頃の記憶。それをずっと覚えてて、そのために努力してきただなんて。私はどこか信じられなくて、目を丸くして彼を見上げる。彼の優しい瞳が私を見つめていた。
「メロディアは、私の唯一だから」
「唯一?」
「私は幼い頃からどこか冷めてた子供でな……特に人というものが好きじゃなかった。子供心に公爵家という権力に擦り寄ってくる者の雰囲気はよく分かっていたし、感情も伴わない上辺だけの言葉だけのやり取りが気持ち悪くて堪らなかった。幼い子供でさえ、親の真似をして擦り寄ってくるのが違和感で……私には友達の一人もいなかった」
そういえば私と初めて会った時も笑っていなかったっけ。子供心に何でこの子は怒っているんだろうって思っていた。だから、私は一緒に遊ぼうってアヴィス様を誘った。そしたら、彼は私の知らないことをたくさん教えてくれたっけ。
「そんな中、父上の友人の子としてやってきたメロディアは……まるで絵画から飛び出た妖精のように、本当に可愛かった。
その上、なんてことない知識を披露しただけで、目をキラキラさせて、すごいすごいと私の後を追いかけ回して。泣いたり、笑ったり、怒ったり……いつしか私の方がメロディアに夢中だった気がする」
「わ、私もずっとアヴィス様に夢中でしたよっ!」
「嘘だな。メロディアは私以外に友達もいたし、人気者だったじゃないか」
それを言うなら、私も何度も友達にアヴィス様を紹介してくれとねだられたのに。
300
お気に入りに追加
1,609
あなたにおすすめの小説
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる