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第五章
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アヴィス様は恭しく頭を下げた。リュシーはシャツの襟を緩める。
「宰相も、オレに啖呵を切ったんだ。もう取り繕っても無駄だし、お互い気楽でいいんだぜ」
「さすがに大国フォードの王太子殿下に馴れ馴れしく話すわけにはいきません」
「全く堅苦しいこった。まぁ、いい。単刀直入に聞くが、メロディアは癒しのギフト持ちだな? メロディアがキスをした瞬間、脇腹が光ったろう? 俺も実物を見たことはないが、癒しのギフトは自身の体液にそのパワーを秘めているという。また発動時には発光するのが一つの特徴だ」
返答に戸惑う。リュシーの推測が当たり過ぎていて、怖い。
アヴィス様も珍しく返答に困っているのか、なかなか口を開かない。
その状況に痺れを切らしたのか、結局最初に口を開いたのは、リュシーだった。
「あのなぁ、黙っていても状況が変わらないことは分かってるだろ? 早く認めた方がいいと思うんだが。……そんなに妻を連れて行かれるのが嫌か?」
ドクンと心臓が跳ねる。私は震える声で尋ねた。
「連れて行かれる……ってどういうことですか?」
「メロディア、ギフト持ちはその強大な力故に常に狙われているんだ。常時発動型のギフトならただ能力が高いだけで誤魔化すこともできるが、随時発動型の君の力は隠して生きていけるものではない。
メロディアは目の前で子供が馬車に轢かれて怪我をしてるのを放っておける人間じゃないだろう? 隠していてもいつかは真実が露呈するはずだ」
『いつかは真実が露呈する』その言葉がアヴィス様と別れろと言われているようだった。
「わ、私……ギフトなんて持っていません!」
「だったら、あの光はどうやって説明をするんだ?」
「王太子殿下、諸事情によりご説明はできませんが、あの光と妻はなんの関係もありません」
「本当に私じゃ……私じゃないんです……」
リュシーはアヴィス様の言うことも私の言うことも全く信じていない。私を見つめているリュシーの赤い瞳を怖いと思った。その圧に耐えられなくて、アヴィス様の腕にしがみつき、顔を隠す。
「嫌……嫌です、アヴィス様……」
アヴィス様は私の肩を抱きしめてくれる。それでも、不安が拭えない。
「メロディア、君のためなんだ。決して君を悲しませたいわけじゃない」
リュシーが優しい声でそう語りかけてくれても、私の心は彼を拒否していた。
「やめて、ください……。アヴィス様とずっと一緒にいたいの……お願い邪魔しないで。誰も……もう誰も入ってこないでよ……」
「メロディア……」
アヴィス様の腕に顔を埋めて、私は子供のようにぐすぐすと泣いた。無礼だとも、みっともないとも分かっていたけれど、アヴィス様と引き離されるかもしれないという事実が恐ろしくて、顔を上げることなんてできなかった。
アヴィス様は、リュシーに対して深く頭を下げた。
「リュシアン王太子殿下。大変申し訳ないのですが、もう少し時間をください。私も、妻も……整理するには時間が必要なのです」
「……そんなに長くは待てない」
問答無用で連れて行かれるかもしれない……その恐怖で息が上手くできない。アヴィス様が私を落ち着かせるように背中をとんとんと叩いて落ち着かせてくれる。
リュシーは私を暫く見つめていたが、呆れたように大きくため息を吐いた。そして、立ち上がるとアヴィス様に冷たく言い放った。
「五日後に俺はフォードへ帰る。それまでだ。その時にメロディアを連れて行くから、準備しておけ」
「……私は妻を連れて行くことを是としたわけではありません」
アヴィス様は私を抱いたまま、下からリュシーを睨みつける。だが、リュシーは余裕の笑みを浮かべた。
「宰相はなかなか頑固者なんだな。だが、私は嘘に騙されるほど馬鹿じゃないからな」
「フォード国の王太子殿下を前に嘘を吐く度量など持ち合わせてはおりません。ただ当日までにご納得いただけるよう準備をいたします」
「せいぜい頑張ってくれ。心から納得できたら、この身を引こう。生半可な警備体制で守りますと言ったところで、そんなものは無意味だと分かっているんだろうな? お前の我儘で彼女を不幸にするつもりじゃないだろうな」
「私、不幸だなんて……っ――」
言い換えそうと思ったところで、アヴィス様の指が唇の前に添えられた。
「もちろん分かっております。それに、王太子殿下が私の妻の身を案じてくださっていることも」
「どうだかな……。分かっていたら、メロディアを攫われたりなどされなかったはずだ」
「確かに今回の件は、私の不徳の致すところでございます。ですが、もう二度とメロディアを一人にはさせません。私が隣で彼女を守ります」
「アヴィス、様……」
アヴィス様の力強い声に胸の奥がじんわりと熱くなる。泣いてばかりの私とは違い、アヴィス様はすでに覚悟を決めているようだった。
「……口ではなんとも言える。見送りは結構だ。じゃあな」
「では、五日後に」
リュシーは、すたすたと扉に向かって歩く。しかし、扉の前で立ち止まると呟くように言った。
「メロディア……ごめんな」
扉が閉まる。私が泣いたことで、リュシーを悪者にしてしまった。彼も私の身を案じてくれているのに過ぎないのに。みんなの気持ちが嬉しくて、悲しくて、怖くて……私はまたアヴィス様の胸の中で静かに泣いたのだった。
「宰相も、オレに啖呵を切ったんだ。もう取り繕っても無駄だし、お互い気楽でいいんだぜ」
「さすがに大国フォードの王太子殿下に馴れ馴れしく話すわけにはいきません」
「全く堅苦しいこった。まぁ、いい。単刀直入に聞くが、メロディアは癒しのギフト持ちだな? メロディアがキスをした瞬間、脇腹が光ったろう? 俺も実物を見たことはないが、癒しのギフトは自身の体液にそのパワーを秘めているという。また発動時には発光するのが一つの特徴だ」
返答に戸惑う。リュシーの推測が当たり過ぎていて、怖い。
アヴィス様も珍しく返答に困っているのか、なかなか口を開かない。
その状況に痺れを切らしたのか、結局最初に口を開いたのは、リュシーだった。
「あのなぁ、黙っていても状況が変わらないことは分かってるだろ? 早く認めた方がいいと思うんだが。……そんなに妻を連れて行かれるのが嫌か?」
ドクンと心臓が跳ねる。私は震える声で尋ねた。
「連れて行かれる……ってどういうことですか?」
「メロディア、ギフト持ちはその強大な力故に常に狙われているんだ。常時発動型のギフトならただ能力が高いだけで誤魔化すこともできるが、随時発動型の君の力は隠して生きていけるものではない。
メロディアは目の前で子供が馬車に轢かれて怪我をしてるのを放っておける人間じゃないだろう? 隠していてもいつかは真実が露呈するはずだ」
『いつかは真実が露呈する』その言葉がアヴィス様と別れろと言われているようだった。
「わ、私……ギフトなんて持っていません!」
「だったら、あの光はどうやって説明をするんだ?」
「王太子殿下、諸事情によりご説明はできませんが、あの光と妻はなんの関係もありません」
「本当に私じゃ……私じゃないんです……」
リュシーはアヴィス様の言うことも私の言うことも全く信じていない。私を見つめているリュシーの赤い瞳を怖いと思った。その圧に耐えられなくて、アヴィス様の腕にしがみつき、顔を隠す。
「嫌……嫌です、アヴィス様……」
アヴィス様は私の肩を抱きしめてくれる。それでも、不安が拭えない。
「メロディア、君のためなんだ。決して君を悲しませたいわけじゃない」
リュシーが優しい声でそう語りかけてくれても、私の心は彼を拒否していた。
「やめて、ください……。アヴィス様とずっと一緒にいたいの……お願い邪魔しないで。誰も……もう誰も入ってこないでよ……」
「メロディア……」
アヴィス様の腕に顔を埋めて、私は子供のようにぐすぐすと泣いた。無礼だとも、みっともないとも分かっていたけれど、アヴィス様と引き離されるかもしれないという事実が恐ろしくて、顔を上げることなんてできなかった。
アヴィス様は、リュシーに対して深く頭を下げた。
「リュシアン王太子殿下。大変申し訳ないのですが、もう少し時間をください。私も、妻も……整理するには時間が必要なのです」
「……そんなに長くは待てない」
問答無用で連れて行かれるかもしれない……その恐怖で息が上手くできない。アヴィス様が私を落ち着かせるように背中をとんとんと叩いて落ち着かせてくれる。
リュシーは私を暫く見つめていたが、呆れたように大きくため息を吐いた。そして、立ち上がるとアヴィス様に冷たく言い放った。
「五日後に俺はフォードへ帰る。それまでだ。その時にメロディアを連れて行くから、準備しておけ」
「……私は妻を連れて行くことを是としたわけではありません」
アヴィス様は私を抱いたまま、下からリュシーを睨みつける。だが、リュシーは余裕の笑みを浮かべた。
「宰相はなかなか頑固者なんだな。だが、私は嘘に騙されるほど馬鹿じゃないからな」
「フォード国の王太子殿下を前に嘘を吐く度量など持ち合わせてはおりません。ただ当日までにご納得いただけるよう準備をいたします」
「せいぜい頑張ってくれ。心から納得できたら、この身を引こう。生半可な警備体制で守りますと言ったところで、そんなものは無意味だと分かっているんだろうな? お前の我儘で彼女を不幸にするつもりじゃないだろうな」
「私、不幸だなんて……っ――」
言い換えそうと思ったところで、アヴィス様の指が唇の前に添えられた。
「もちろん分かっております。それに、王太子殿下が私の妻の身を案じてくださっていることも」
「どうだかな……。分かっていたら、メロディアを攫われたりなどされなかったはずだ」
「確かに今回の件は、私の不徳の致すところでございます。ですが、もう二度とメロディアを一人にはさせません。私が隣で彼女を守ります」
「アヴィス、様……」
アヴィス様の力強い声に胸の奥がじんわりと熱くなる。泣いてばかりの私とは違い、アヴィス様はすでに覚悟を決めているようだった。
「……口ではなんとも言える。見送りは結構だ。じゃあな」
「では、五日後に」
リュシーは、すたすたと扉に向かって歩く。しかし、扉の前で立ち止まると呟くように言った。
「メロディア……ごめんな」
扉が閉まる。私が泣いたことで、リュシーを悪者にしてしまった。彼も私の身を案じてくれているのに過ぎないのに。みんなの気持ちが嬉しくて、悲しくて、怖くて……私はまたアヴィス様の胸の中で静かに泣いたのだった。
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