40 / 60
第五章
5-3
しおりを挟む
アヴィス様は恭しく頭を下げた。リュシーはシャツの襟を緩める。
「宰相も、オレに啖呵を切ったんだ。もう取り繕っても無駄だし、お互い気楽でいいんだぜ」
「さすがに大国フォードの王太子殿下に馴れ馴れしく話すわけにはいきません」
「全く堅苦しいこった。まぁ、いい。単刀直入に聞くが、メロディアは癒しのギフト持ちだな? メロディアがキスをした瞬間、脇腹が光ったろう? 俺も実物を見たことはないが、癒しのギフトは自身の体液にそのパワーを秘めているという。また発動時には発光するのが一つの特徴だ」
返答に戸惑う。リュシーの推測が当たり過ぎていて、怖い。
アヴィス様も珍しく返答に困っているのか、なかなか口を開かない。
その状況に痺れを切らしたのか、結局最初に口を開いたのは、リュシーだった。
「あのなぁ、黙っていても状況が変わらないことは分かってるだろ? 早く認めた方がいいと思うんだが。……そんなに妻を連れて行かれるのが嫌か?」
ドクンと心臓が跳ねる。私は震える声で尋ねた。
「連れて行かれる……ってどういうことですか?」
「メロディア、ギフト持ちはその強大な力故に常に狙われているんだ。常時発動型のギフトならただ能力が高いだけで誤魔化すこともできるが、随時発動型の君の力は隠して生きていけるものではない。
メロディアは目の前で子供が馬車に轢かれて怪我をしてるのを放っておける人間じゃないだろう? 隠していてもいつかは真実が露呈するはずだ」
『いつかは真実が露呈する』その言葉がアヴィス様と別れろと言われているようだった。
「わ、私……ギフトなんて持っていません!」
「だったら、あの光はどうやって説明をするんだ?」
「王太子殿下、諸事情によりご説明はできませんが、あの光と妻はなんの関係もありません」
「本当に私じゃ……私じゃないんです……」
リュシーはアヴィス様の言うことも私の言うことも全く信じていない。私を見つめているリュシーの赤い瞳を怖いと思った。その圧に耐えられなくて、アヴィス様の腕にしがみつき、顔を隠す。
「嫌……嫌です、アヴィス様……」
アヴィス様は私の肩を抱きしめてくれる。それでも、不安が拭えない。
「メロディア、君のためなんだ。決して君を悲しませたいわけじゃない」
リュシーが優しい声でそう語りかけてくれても、私の心は彼を拒否していた。
「やめて、ください……。アヴィス様とずっと一緒にいたいの……お願い邪魔しないで。誰も……もう誰も入ってこないでよ……」
「メロディア……」
アヴィス様の腕に顔を埋めて、私は子供のようにぐすぐすと泣いた。無礼だとも、みっともないとも分かっていたけれど、アヴィス様と引き離されるかもしれないという事実が恐ろしくて、顔を上げることなんてできなかった。
アヴィス様は、リュシーに対して深く頭を下げた。
「リュシアン王太子殿下。大変申し訳ないのですが、もう少し時間をください。私も、妻も……整理するには時間が必要なのです」
「……そんなに長くは待てない」
問答無用で連れて行かれるかもしれない……その恐怖で息が上手くできない。アヴィス様が私を落ち着かせるように背中をとんとんと叩いて落ち着かせてくれる。
リュシーは私を暫く見つめていたが、呆れたように大きくため息を吐いた。そして、立ち上がるとアヴィス様に冷たく言い放った。
「五日後に俺はフォードへ帰る。それまでだ。その時にメロディアを連れて行くから、準備しておけ」
「……私は妻を連れて行くことを是としたわけではありません」
アヴィス様は私を抱いたまま、下からリュシーを睨みつける。だが、リュシーは余裕の笑みを浮かべた。
「宰相はなかなか頑固者なんだな。だが、私は嘘に騙されるほど馬鹿じゃないからな」
「フォード国の王太子殿下を前に嘘を吐く度量など持ち合わせてはおりません。ただ当日までにご納得いただけるよう準備をいたします」
「せいぜい頑張ってくれ。心から納得できたら、この身を引こう。生半可な警備体制で守りますと言ったところで、そんなものは無意味だと分かっているんだろうな? お前の我儘で彼女を不幸にするつもりじゃないだろうな」
「私、不幸だなんて……っ――」
言い換えそうと思ったところで、アヴィス様の指が唇の前に添えられた。
「もちろん分かっております。それに、王太子殿下が私の妻の身を案じてくださっていることも」
「どうだかな……。分かっていたら、メロディアを攫われたりなどされなかったはずだ」
「確かに今回の件は、私の不徳の致すところでございます。ですが、もう二度とメロディアを一人にはさせません。私が隣で彼女を守ります」
「アヴィス、様……」
アヴィス様の力強い声に胸の奥がじんわりと熱くなる。泣いてばかりの私とは違い、アヴィス様はすでに覚悟を決めているようだった。
「……口ではなんとも言える。見送りは結構だ。じゃあな」
「では、五日後に」
リュシーは、すたすたと扉に向かって歩く。しかし、扉の前で立ち止まると呟くように言った。
「メロディア……ごめんな」
扉が閉まる。私が泣いたことで、リュシーを悪者にしてしまった。彼も私の身を案じてくれているのに過ぎないのに。みんなの気持ちが嬉しくて、悲しくて、怖くて……私はまたアヴィス様の胸の中で静かに泣いたのだった。
「宰相も、オレに啖呵を切ったんだ。もう取り繕っても無駄だし、お互い気楽でいいんだぜ」
「さすがに大国フォードの王太子殿下に馴れ馴れしく話すわけにはいきません」
「全く堅苦しいこった。まぁ、いい。単刀直入に聞くが、メロディアは癒しのギフト持ちだな? メロディアがキスをした瞬間、脇腹が光ったろう? 俺も実物を見たことはないが、癒しのギフトは自身の体液にそのパワーを秘めているという。また発動時には発光するのが一つの特徴だ」
返答に戸惑う。リュシーの推測が当たり過ぎていて、怖い。
アヴィス様も珍しく返答に困っているのか、なかなか口を開かない。
その状況に痺れを切らしたのか、結局最初に口を開いたのは、リュシーだった。
「あのなぁ、黙っていても状況が変わらないことは分かってるだろ? 早く認めた方がいいと思うんだが。……そんなに妻を連れて行かれるのが嫌か?」
ドクンと心臓が跳ねる。私は震える声で尋ねた。
「連れて行かれる……ってどういうことですか?」
「メロディア、ギフト持ちはその強大な力故に常に狙われているんだ。常時発動型のギフトならただ能力が高いだけで誤魔化すこともできるが、随時発動型の君の力は隠して生きていけるものではない。
メロディアは目の前で子供が馬車に轢かれて怪我をしてるのを放っておける人間じゃないだろう? 隠していてもいつかは真実が露呈するはずだ」
『いつかは真実が露呈する』その言葉がアヴィス様と別れろと言われているようだった。
「わ、私……ギフトなんて持っていません!」
「だったら、あの光はどうやって説明をするんだ?」
「王太子殿下、諸事情によりご説明はできませんが、あの光と妻はなんの関係もありません」
「本当に私じゃ……私じゃないんです……」
リュシーはアヴィス様の言うことも私の言うことも全く信じていない。私を見つめているリュシーの赤い瞳を怖いと思った。その圧に耐えられなくて、アヴィス様の腕にしがみつき、顔を隠す。
「嫌……嫌です、アヴィス様……」
アヴィス様は私の肩を抱きしめてくれる。それでも、不安が拭えない。
「メロディア、君のためなんだ。決して君を悲しませたいわけじゃない」
リュシーが優しい声でそう語りかけてくれても、私の心は彼を拒否していた。
「やめて、ください……。アヴィス様とずっと一緒にいたいの……お願い邪魔しないで。誰も……もう誰も入ってこないでよ……」
「メロディア……」
アヴィス様の腕に顔を埋めて、私は子供のようにぐすぐすと泣いた。無礼だとも、みっともないとも分かっていたけれど、アヴィス様と引き離されるかもしれないという事実が恐ろしくて、顔を上げることなんてできなかった。
アヴィス様は、リュシーに対して深く頭を下げた。
「リュシアン王太子殿下。大変申し訳ないのですが、もう少し時間をください。私も、妻も……整理するには時間が必要なのです」
「……そんなに長くは待てない」
問答無用で連れて行かれるかもしれない……その恐怖で息が上手くできない。アヴィス様が私を落ち着かせるように背中をとんとんと叩いて落ち着かせてくれる。
リュシーは私を暫く見つめていたが、呆れたように大きくため息を吐いた。そして、立ち上がるとアヴィス様に冷たく言い放った。
「五日後に俺はフォードへ帰る。それまでだ。その時にメロディアを連れて行くから、準備しておけ」
「……私は妻を連れて行くことを是としたわけではありません」
アヴィス様は私を抱いたまま、下からリュシーを睨みつける。だが、リュシーは余裕の笑みを浮かべた。
「宰相はなかなか頑固者なんだな。だが、私は嘘に騙されるほど馬鹿じゃないからな」
「フォード国の王太子殿下を前に嘘を吐く度量など持ち合わせてはおりません。ただ当日までにご納得いただけるよう準備をいたします」
「せいぜい頑張ってくれ。心から納得できたら、この身を引こう。生半可な警備体制で守りますと言ったところで、そんなものは無意味だと分かっているんだろうな? お前の我儘で彼女を不幸にするつもりじゃないだろうな」
「私、不幸だなんて……っ――」
言い換えそうと思ったところで、アヴィス様の指が唇の前に添えられた。
「もちろん分かっております。それに、王太子殿下が私の妻の身を案じてくださっていることも」
「どうだかな……。分かっていたら、メロディアを攫われたりなどされなかったはずだ」
「確かに今回の件は、私の不徳の致すところでございます。ですが、もう二度とメロディアを一人にはさせません。私が隣で彼女を守ります」
「アヴィス、様……」
アヴィス様の力強い声に胸の奥がじんわりと熱くなる。泣いてばかりの私とは違い、アヴィス様はすでに覚悟を決めているようだった。
「……口ではなんとも言える。見送りは結構だ。じゃあな」
「では、五日後に」
リュシーは、すたすたと扉に向かって歩く。しかし、扉の前で立ち止まると呟くように言った。
「メロディア……ごめんな」
扉が閉まる。私が泣いたことで、リュシーを悪者にしてしまった。彼も私の身を案じてくれているのに過ぎないのに。みんなの気持ちが嬉しくて、悲しくて、怖くて……私はまたアヴィス様の胸の中で静かに泣いたのだった。
290
お気に入りに追加
1,565
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
誤解の代償
トモ
恋愛
天涯孤独のエミリーは、真面目な性格と努力が実り、大手企業キングコーポレーションで働いている。キングファミリー次男で常務のディックの秘書として3年間働き、婚約者になった。結婚まで3か月となった日に、ディックの裏切りをみたエミリーは、婚約破棄。事情を知らない、ディックの兄、社長のコーネルに目をつけられたエミリーは、幸せになれるのか
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる