39 / 60
第五章
5-2
しおりを挟む
「あぁ、本当に許せないことだ」
「あと……パーティの時にクライ伯爵があることないこと話したというのも聞きました。私が男性と休憩室に入って行ったとかそういう嘘もついたと話してました」
「そんな馬鹿馬鹿しい話を信じていた自分を殴ってやりたいよ」
「……でも、私も軽率でした。アヴィス様を見たいがためにパーティに参加して、マナーとはいえ、名前も知らない男性とダンスを踊って……。アヴィス様がそれを見てどう思うかなんて考えてもいませんでした」
私が下を向くと、アヴィス様は頭を撫でてくれる。
「メロディアは、悪くないって言っているだろ。私を心配してパーティで様子を伺ってくれていたんだろう?」
「ん……心配っていうのもあったし……、アヴィス様を見ていたくて……」
「まったく……可愛すぎるな。ずっと見ててくれて……ありがとう。気付けなくて悪かった」
私は涙を堪えて、ぶんぶんと首を横に振った。『ありがとう』の一言だけで、今までの想い、全てが報われる気がした。確かにあの日々は辛かったけれど、アヴィス様に恋をして、幸せだったのも事実だもの。
「私こそ、たくさん待たせて……たくさん傷つけて、ごめんなさい。私、今こうやってアヴィス様と結婚できて、本当に幸せです。ずっと、ずっと一緒にいてください……」
「……あぁ」
しかし、ほんの少しアヴィス様の返答がぎこちない気がした。
そこから、アヴィス様に促され、私は昨晩の続きを話した。屋敷にやってきた馬車に乗ったところ途中で伯爵が乗ってきたこと、伯爵から奴隷になるよう言われ拘束されたこと、奴隷商人に引き渡される直前でリュシーが助けてくれたこと。
「すごい剣さばきだったんです。目にも止まらぬ速さで、二、三十人の奴隷商人をあっという間に制圧してしまって……」
「調べたところによると、リュシアン王太子殿下は剣術のギフト持ちなんだそうだ。彼は護衛を付けずにふらっと出かけてしまうと聞いたが、そこまでの実力者とはすごいものだな。……だから、護衛も付けずに王都を歩き回っていたのか」
「でも、私、彼が王太子殿下だとは知らなかったんです。前にうちに来た時も、『アンドリュー・マイシス伯爵』って名乗ってましたよね?」
「それがマイシス伯爵は、後ろに護衛のように立っていた方だったんだ。王太子殿下は身分を隠すために、彼に護衛のように振る舞うよう命じたんじゃないかと思う。私はマイシス伯爵という名前が視察団の中に入っていることは確認していたが、外交大臣が面会を担当していたから、容姿まではチェックできていなかったんだ」
アヴィス様によると、リュシーはフォード国の王太子であることを隠し、ここ数ヶ月王都に滞在していたらしい。アヴィス様もその事実を把握したのはごく最近で、それがまさかリュシーだとは思っていなかったようだった。しかし、王太子との会談に際し、絵姿を視察団から渡されたことで、今日リュシーが王太子であることに気付いたそうだ。
「だが、正直リュシアン王太子殿下には癒しのギフトだとばれている可能性が高いな……。大国には他の国に比べ、ギフトに関する研究も進んでいるようだから、あの光が何か勘付いたのだろう」
「どうなっちゃうんでしょうか……?」
「それは……」
アヴィス様は物音に気付き、窓際に立った。彼に付き従うように窓から外を覗くと、馬車が到着したのが確認できた。中からリュシーが出てくる。
リュシーはこちらをじっと見つめている。私は怖くなって、アヴィス様の服の裾をキュッと握る。
「絶対にギフト持ちだとは、言わないでくれ」
アヴィス様は私の手を強く握った。
♪
リュシーは、今までのリュシーとは違っていた。庶民に混ざって快活な笑顔を浮かべていた彼は、今は王太子然としていて、私を……私たちを厳しい目で見ていた。
まず、昨晩の奴隷商人に関する出来事をアヴィス様が順を追って話していく。私がなぜ狙われたのか、どのようにあの晩、港に行くことになったのかまで、リュシーに伝えていく。ずっと厳しい目で見ていたリュシーが私が伯爵にどのように扱われたか聞いている時は、悲しみの色を浮かべていて、心配してくれているんだな……ということが分かった。
リュシーは、厳しい王太子殿下の顔をしていても優しい人なんだわ……
「分かった。情報を共有いただき、感謝する。後ほどこちらも詳細をまとめて送るとしよう。宰相夫人の前でこれ以上、この件については触れない方が良いだろうから」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
私とアヴィス様は二人揃って頭を下げた。
「では……本題に移りたいと思うが、良いだろうか?」
人払いをして、部屋には私たち三人だけになった。
「まず……この堅苦しい話し方を辞めていいか? もうこないだ話したんだから、オレがどういう人間か分かってるよな?」
「……かしこまりました」
「あと……パーティの時にクライ伯爵があることないこと話したというのも聞きました。私が男性と休憩室に入って行ったとかそういう嘘もついたと話してました」
「そんな馬鹿馬鹿しい話を信じていた自分を殴ってやりたいよ」
「……でも、私も軽率でした。アヴィス様を見たいがためにパーティに参加して、マナーとはいえ、名前も知らない男性とダンスを踊って……。アヴィス様がそれを見てどう思うかなんて考えてもいませんでした」
私が下を向くと、アヴィス様は頭を撫でてくれる。
「メロディアは、悪くないって言っているだろ。私を心配してパーティで様子を伺ってくれていたんだろう?」
「ん……心配っていうのもあったし……、アヴィス様を見ていたくて……」
「まったく……可愛すぎるな。ずっと見ててくれて……ありがとう。気付けなくて悪かった」
私は涙を堪えて、ぶんぶんと首を横に振った。『ありがとう』の一言だけで、今までの想い、全てが報われる気がした。確かにあの日々は辛かったけれど、アヴィス様に恋をして、幸せだったのも事実だもの。
「私こそ、たくさん待たせて……たくさん傷つけて、ごめんなさい。私、今こうやってアヴィス様と結婚できて、本当に幸せです。ずっと、ずっと一緒にいてください……」
「……あぁ」
しかし、ほんの少しアヴィス様の返答がぎこちない気がした。
そこから、アヴィス様に促され、私は昨晩の続きを話した。屋敷にやってきた馬車に乗ったところ途中で伯爵が乗ってきたこと、伯爵から奴隷になるよう言われ拘束されたこと、奴隷商人に引き渡される直前でリュシーが助けてくれたこと。
「すごい剣さばきだったんです。目にも止まらぬ速さで、二、三十人の奴隷商人をあっという間に制圧してしまって……」
「調べたところによると、リュシアン王太子殿下は剣術のギフト持ちなんだそうだ。彼は護衛を付けずにふらっと出かけてしまうと聞いたが、そこまでの実力者とはすごいものだな。……だから、護衛も付けずに王都を歩き回っていたのか」
「でも、私、彼が王太子殿下だとは知らなかったんです。前にうちに来た時も、『アンドリュー・マイシス伯爵』って名乗ってましたよね?」
「それがマイシス伯爵は、後ろに護衛のように立っていた方だったんだ。王太子殿下は身分を隠すために、彼に護衛のように振る舞うよう命じたんじゃないかと思う。私はマイシス伯爵という名前が視察団の中に入っていることは確認していたが、外交大臣が面会を担当していたから、容姿まではチェックできていなかったんだ」
アヴィス様によると、リュシーはフォード国の王太子であることを隠し、ここ数ヶ月王都に滞在していたらしい。アヴィス様もその事実を把握したのはごく最近で、それがまさかリュシーだとは思っていなかったようだった。しかし、王太子との会談に際し、絵姿を視察団から渡されたことで、今日リュシーが王太子であることに気付いたそうだ。
「だが、正直リュシアン王太子殿下には癒しのギフトだとばれている可能性が高いな……。大国には他の国に比べ、ギフトに関する研究も進んでいるようだから、あの光が何か勘付いたのだろう」
「どうなっちゃうんでしょうか……?」
「それは……」
アヴィス様は物音に気付き、窓際に立った。彼に付き従うように窓から外を覗くと、馬車が到着したのが確認できた。中からリュシーが出てくる。
リュシーはこちらをじっと見つめている。私は怖くなって、アヴィス様の服の裾をキュッと握る。
「絶対にギフト持ちだとは、言わないでくれ」
アヴィス様は私の手を強く握った。
♪
リュシーは、今までのリュシーとは違っていた。庶民に混ざって快活な笑顔を浮かべていた彼は、今は王太子然としていて、私を……私たちを厳しい目で見ていた。
まず、昨晩の奴隷商人に関する出来事をアヴィス様が順を追って話していく。私がなぜ狙われたのか、どのようにあの晩、港に行くことになったのかまで、リュシーに伝えていく。ずっと厳しい目で見ていたリュシーが私が伯爵にどのように扱われたか聞いている時は、悲しみの色を浮かべていて、心配してくれているんだな……ということが分かった。
リュシーは、厳しい王太子殿下の顔をしていても優しい人なんだわ……
「分かった。情報を共有いただき、感謝する。後ほどこちらも詳細をまとめて送るとしよう。宰相夫人の前でこれ以上、この件については触れない方が良いだろうから」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
私とアヴィス様は二人揃って頭を下げた。
「では……本題に移りたいと思うが、良いだろうか?」
人払いをして、部屋には私たち三人だけになった。
「まず……この堅苦しい話し方を辞めていいか? もうこないだ話したんだから、オレがどういう人間か分かってるよな?」
「……かしこまりました」
320
お気に入りに追加
1,608
あなたにおすすめの小説
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる