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第五章
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「メロディア、おはよう。そろそろ起きれるか?」
「ん……アヴィスさまぁ、おはようございますぅ……」
私はあの後、お風呂に入ったり、傷の手当をしたりして、アヴィス様と同じベッドで彼の腕の中で眠りについた。彼の匂いは安心して、私は彼に絡みつくように眠った。この腕の中にいれば、安心なんだと心から思えた。
アヴィス様はカーテンを開けると、朝の光を浴びた。光を浴びる彼は神聖な雰囲気さえ漂わせている。
「今日は、リュシアン王太子殿下がいらっしゃるからな。まずは準備をして、朝食を食べようか」
「……はい。分かりました」
今日はリュシーが来る。それがこれからの私たちにどう関係してくるのか分からなかったけれど、今だけは優しい朝の雰囲気に浸っていたかった。
♪
朝食を食べ終わり、私たちは昨日の出来事について自分たちが持っている情報を共有することにした。
「思い出すのも辛いと思うが、悪いな」
アヴィス様は悲しそうな顔をして、私の腕の包帯を見つめた。私は袖をぐっと引っ張って、包帯を隠した。縄の痕はまだ残ってはいるけど、大して痛くないのに。彼の悲しそうな顔のほうが、ずっと胸が痛くなる。
「大丈夫です! 今日、話すためにも共有しておく必要がありますものね」
「あぁ……。では、まず私が昨晩あそこに行くことになった経緯について話そう」
アヴィス様は順を追って話してくれた。
ルクス国内で奴隷商人の目撃情報が上がった頃から秘密裏に捜査は始まっていた。しかし、尻尾は掴んだと思っても、決定的な場面を抑えようとすると、現場はもぬけの殻という状況が何度も続いたそうだ。
そこで、アヴィス様は内部にリークしている者がいると考えた。陛下のみに相談した上で、極秘で少人数の独立した組織を結成し、細々と調査を続けてきた。
そして、副宰相であるクライ伯爵が奴隷商人の手引きをしている可能性に辿り着き、彼を捕らえるための証拠を集めている段階で、彼が行方をくらました。同時に奴隷商人が港に来る情報も入ったため、あの日港へ向かったとのことだった。
会談を予定していたフォード国側からも王太子が諸事情により参加できないということで、直前に連絡が入っていたそうだ。
「まさかあの港にメロディアがいるとは思いもしなかったが。
……正直、姿を見た瞬間、心臓が止まるかと思った」
「ごめんなさい」
アヴィス様は、肩を抱き、私の手を握ってくれた。
「何度も言っているが、メロディアには何の落ち度もない。謝るのは守り切れなかった私のほうだ。クライ伯爵が私に悪感情を持っていることには気付いていたのに……放置をした私がいけなかった」
彼が悔しさを滲ませる。
「それこそアヴィス様のせいではありません! それに……今回の件で、アヴィス様はずっと傷ついていたって、私、知ったんです」
「どういう、ことだ?」
「……今回、私が馬車に乗ったのは、一昨日アヴィス様からの手紙を受け取ったからなのですが……」
「私からの手紙?」
「はい。……こちらです」
私は、机の上に手紙を置いた。アヴィス様は、不思議そうにその手紙を開いたが、文面を確認すると、眉間に深い皺を刻んだ。
「これを……一昨日受け取っただと?」
「……はい。一昨日、この屋敷に届きました。文面に違和感は感じましたが、文字が完全にアヴィス様の筆跡だったので、信じてしまったのです」
アヴィス様は、手紙をじっと見つめて、深く考えこんでいる。私は、話を続けた。
「私が王宮に手紙を送るようになってから、クライ伯爵は私たちの手紙を抜き取っていた、と言っていました。私が幾度もアヴィス様に出した手紙は一通も届かず、アヴィス様から出していただいた手紙も私には届いていません……」
「ではこの手紙も……。君が見たのは一昨日が初めて、ということか」
アヴィス様は、淡々と言うが、静かに怒っているのが分かる。
「はい……。あの……クライ伯爵が言っていました。……それはプロポーズをするつもりで送った手紙だったと」
長い溜息を吐いて、彼は唇を噛み締めた。そして、悔しさを滲ませた声で答えた。
「あぁ、そうだ。……宰相になって、メロディアをようやく迎えに行けると思ったんだ。忙しさ故に会えてはいなかったが、きっとメロディアはプロポーズは受けてくれるはずだと信じて……。しかし、当日、メロディアは現れなかった……」
「ごめん、なさい……」
私は謝った。私の存在がアヴィス様を傷つけたことは確かだから。しかし、アヴィス様は首を大きく横に振った。
「メロディアのせいではない。手紙が届いていない可能性も十分に考えられた。けれど、メロディアから届かなくなった手紙と、他の男性との噂を何度も聞いているうちに……臆病な私は、もしかしたらメロディアは私と結婚などしたくないんだと考えてしまったんだ」
「私、ずっと待っていました……。本当に……ずっと……」
「私のほうこそ待たせて、すまなかった。全ては傷付くのが怖くて、メロディア本人に何も確認せず、逃げてきた私のせいだ……」
「分かります。私もアヴィス様に拒否されるのが怖かったから……」
アヴィス様は私を抱きしめてくれた。
「手紙や、差し入れなど、気付けば違和感ばかりなのに……メロディアが私が知らないところで変わったのかと――」
「差し入れ……? もしかして、それも届いていなかったのですか……?」
「あぁ。この前、メロディアが差し入れをしてくれた時、様子がおかしかったろう? だから、窓口担当を問い詰めたら、本当のことを吐いた。クライ伯爵から賄賂を受け取り、メロディアの差し入れは全部クライ伯爵夫人からの差し入れだと偽ったと」
「アヴィス様のことを考えながら、全部選んだのに……」
「ん……アヴィスさまぁ、おはようございますぅ……」
私はあの後、お風呂に入ったり、傷の手当をしたりして、アヴィス様と同じベッドで彼の腕の中で眠りについた。彼の匂いは安心して、私は彼に絡みつくように眠った。この腕の中にいれば、安心なんだと心から思えた。
アヴィス様はカーテンを開けると、朝の光を浴びた。光を浴びる彼は神聖な雰囲気さえ漂わせている。
「今日は、リュシアン王太子殿下がいらっしゃるからな。まずは準備をして、朝食を食べようか」
「……はい。分かりました」
今日はリュシーが来る。それがこれからの私たちにどう関係してくるのか分からなかったけれど、今だけは優しい朝の雰囲気に浸っていたかった。
♪
朝食を食べ終わり、私たちは昨日の出来事について自分たちが持っている情報を共有することにした。
「思い出すのも辛いと思うが、悪いな」
アヴィス様は悲しそうな顔をして、私の腕の包帯を見つめた。私は袖をぐっと引っ張って、包帯を隠した。縄の痕はまだ残ってはいるけど、大して痛くないのに。彼の悲しそうな顔のほうが、ずっと胸が痛くなる。
「大丈夫です! 今日、話すためにも共有しておく必要がありますものね」
「あぁ……。では、まず私が昨晩あそこに行くことになった経緯について話そう」
アヴィス様は順を追って話してくれた。
ルクス国内で奴隷商人の目撃情報が上がった頃から秘密裏に捜査は始まっていた。しかし、尻尾は掴んだと思っても、決定的な場面を抑えようとすると、現場はもぬけの殻という状況が何度も続いたそうだ。
そこで、アヴィス様は内部にリークしている者がいると考えた。陛下のみに相談した上で、極秘で少人数の独立した組織を結成し、細々と調査を続けてきた。
そして、副宰相であるクライ伯爵が奴隷商人の手引きをしている可能性に辿り着き、彼を捕らえるための証拠を集めている段階で、彼が行方をくらました。同時に奴隷商人が港に来る情報も入ったため、あの日港へ向かったとのことだった。
会談を予定していたフォード国側からも王太子が諸事情により参加できないということで、直前に連絡が入っていたそうだ。
「まさかあの港にメロディアがいるとは思いもしなかったが。
……正直、姿を見た瞬間、心臓が止まるかと思った」
「ごめんなさい」
アヴィス様は、肩を抱き、私の手を握ってくれた。
「何度も言っているが、メロディアには何の落ち度もない。謝るのは守り切れなかった私のほうだ。クライ伯爵が私に悪感情を持っていることには気付いていたのに……放置をした私がいけなかった」
彼が悔しさを滲ませる。
「それこそアヴィス様のせいではありません! それに……今回の件で、アヴィス様はずっと傷ついていたって、私、知ったんです」
「どういう、ことだ?」
「……今回、私が馬車に乗ったのは、一昨日アヴィス様からの手紙を受け取ったからなのですが……」
「私からの手紙?」
「はい。……こちらです」
私は、机の上に手紙を置いた。アヴィス様は、不思議そうにその手紙を開いたが、文面を確認すると、眉間に深い皺を刻んだ。
「これを……一昨日受け取っただと?」
「……はい。一昨日、この屋敷に届きました。文面に違和感は感じましたが、文字が完全にアヴィス様の筆跡だったので、信じてしまったのです」
アヴィス様は、手紙をじっと見つめて、深く考えこんでいる。私は、話を続けた。
「私が王宮に手紙を送るようになってから、クライ伯爵は私たちの手紙を抜き取っていた、と言っていました。私が幾度もアヴィス様に出した手紙は一通も届かず、アヴィス様から出していただいた手紙も私には届いていません……」
「ではこの手紙も……。君が見たのは一昨日が初めて、ということか」
アヴィス様は、淡々と言うが、静かに怒っているのが分かる。
「はい……。あの……クライ伯爵が言っていました。……それはプロポーズをするつもりで送った手紙だったと」
長い溜息を吐いて、彼は唇を噛み締めた。そして、悔しさを滲ませた声で答えた。
「あぁ、そうだ。……宰相になって、メロディアをようやく迎えに行けると思ったんだ。忙しさ故に会えてはいなかったが、きっとメロディアはプロポーズは受けてくれるはずだと信じて……。しかし、当日、メロディアは現れなかった……」
「ごめん、なさい……」
私は謝った。私の存在がアヴィス様を傷つけたことは確かだから。しかし、アヴィス様は首を大きく横に振った。
「メロディアのせいではない。手紙が届いていない可能性も十分に考えられた。けれど、メロディアから届かなくなった手紙と、他の男性との噂を何度も聞いているうちに……臆病な私は、もしかしたらメロディアは私と結婚などしたくないんだと考えてしまったんだ」
「私、ずっと待っていました……。本当に……ずっと……」
「私のほうこそ待たせて、すまなかった。全ては傷付くのが怖くて、メロディア本人に何も確認せず、逃げてきた私のせいだ……」
「分かります。私もアヴィス様に拒否されるのが怖かったから……」
アヴィス様は私を抱きしめてくれた。
「手紙や、差し入れなど、気付けば違和感ばかりなのに……メロディアが私が知らないところで変わったのかと――」
「差し入れ……? もしかして、それも届いていなかったのですか……?」
「あぁ。この前、メロディアが差し入れをしてくれた時、様子がおかしかったろう? だから、窓口担当を問い詰めたら、本当のことを吐いた。クライ伯爵から賄賂を受け取り、メロディアの差し入れは全部クライ伯爵夫人からの差し入れだと偽ったと」
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