上 下
35 / 60
第四章

4-4

しおりを挟む
 「誰か! 誰かいませんかっ!?」

 港でそう叫んでみても、無情にも私の声は波音にかき消されるばかりだった。

 「無駄だよ。この港は普段使われていないんだ。ここにいるのは私と奴隷商人たちだけさ。ほら、お迎えだ」

 港に大きな船が止まっているのが見えた。そして、そこからは屈強な海の男たちが二十、いや三十人は出てきた。

 「あんなに……」

 「あの人数じゃもし衛兵がこの場を目撃したとしても、逃げ出すだろうなぁ。騎士団でも連れて来れば、何とかなるかもしれないが、今日はちょうど出払っているんだ。副宰相とは何かと便利な役職でな。重要人物がどこで何をしているのか、大方把握できるんだ」

 伯爵が何を言おうとしているのか分かった。彼はさぞ楽しそうに、私に告げた。

 「だから、あいつが王子様みたいに助けに来るのを期待してるなら、無駄だ。今日は前々から予定されていたフォード国視察団との会談だ。今日来たばかりのフォード国の王太子が参加するから、絶対に抜け出せない」

 「ずっと機会を伺ってたのね……」

 「あぁ。奴隷商人もあっちの王太子に目を付けられているらしくてな。王太子と宰相の会談日なんて、私の計画を実行するのに、またとない好機だったよ! 今頃、どーでもいい決め事について議論している頃だろうさっ」

 「うっ」

 私は奴隷商人たちの前に放り投げられた。奴隷商人のリーダーらしき者が一人、前に出てくる。

 「おいおい、売り物なんだ。大事に扱ってくれよ」

 「すまないな、あまりにもこの女が嫌いなもんで」

 奴隷商人は私の顔を持ち上げ、色んな確度から確認する。顔を見終わると、まじまじと身体を上から下まで確認する。

 「こりゃあ、とんでもない上玉だな。顔も身体も最高級品だ。大丈夫なのか? よほど高貴な身分に見えるが、足が付かねぇか?」

 「大丈夫だ。今まで私が失敗したことなどないだろう」

 「それもそうか。お取引先が優秀だと仕事もしやすいぜ。ほら、今回の御礼だ。これからも頼むぜ」

 どさっと伯爵の前に麻袋が投げられた。中身は宝石のようだった。

 「中身が足りないようだが? これだけの女を渡すんだ。少なくとももう一袋必要だろう」

 「……ったく。本当にこれで貴族かよ。お前さんは本物の悪党だよ」

 「誉め言葉として受け取ろう」

 もう一回り大きい麻袋が伯爵の前に置かれて、彼は私を縛る縄を奴隷商人に手渡した。奴隷商人は、顔を近づけると、私の耳元で囁いた。

 「俺たちの手を煩わせたら、この耳を切り落とすからな。おい、この女に何か噛ませろ」

 「うっ……ん゛ー!!」

 腐ったような匂いのする布を噛まされる。何度、アヴィス様の名前を叫んでも誰にも届かない。

 「じゃあ、また頼む。メロディア嬢、どうかお元気で、死ぬことも出来ない地獄をせいぜい楽しんでくれ」

 伯爵が笑顔で踵を返し、馬車の方へ歩いていく。その背中がどんどんと小さくなる。悔しい、悔しい、悔しい……っ!

 「ん゛んー!!」

 私が叫んだ瞬間、伯爵の背中がぐわんと揺れて、倒れた。

 「ん゛……?」

 「やべぇ! 逃げろ」「奴だっ」「王太子だっ!」奴隷商人は口々にそう叫んで、途端に走り去ろうとするが、ばたばたと倒れていく。

 目にも止まらず速さで、誰かが奴隷商人を斬りつけていた。

 そして、その人は、その場にいる奴隷商人を圧倒的な強さで、あっという間に制圧してしまった。

 その人が私に一歩一歩近づいてくる。手に持つ剣は血で濡れていて、思わず私は後ずさった。港はすっかり暗くなっていて、そのフードの下は見えない。

 彼は私の目の前で止まると、フードを取った。

 「メロディアが……なんでここに?」

 私の目の前に現れたのは、リュシーだった。彼は私の姿を見て、唖然としていたが、私の姿を見て、急いで口の布を取ってくれた。

 「大丈夫か?」

 「……リュシーこそ、なんで……ここに?」

 リュシーは私の縄を切ってくれる。

 「俺がずっと追っていた組織がルクス王国の港に来るって情報が入ったんだ。だが、どこの港かまでは分からなくて、端から端まで確認してきたんだが……」

 私を縛っていた縄が切り終わった彼は、悔しそうに唇を噛んだ。

 「リュシー?」

 「遅かったな、ごめん……。痛かったろ?」

 「え……あぁ、これ……」

 私が激しく抵抗したせいもあってか、手首には縄で縛られていたところが赤く擦り切れていた。

 「全然大丈夫! それよりも、本当に助けてくれて、ありがとうございます。正直、本当にもう無理かと……」

 「メロディア、こういう時は無理して笑わなくていいんだ。怖かったろう?」

 そう問われてドキッとした。本当は腰が抜けて立てないし、身体の震えだって止まらない。けれど、これ以上リュシーに迷惑は掛けられないと思った。

 「…………大丈夫、です!」

 脂汗を流しながら、笑顔を作ると、リュシーは驚いたように目を開く。そして、少し寂しそうに笑った。

 「全く……君は見かけによらず、強いんだな。じゃあ……ちょっくらあいつら縛っちまうな。終わったら、すぐに安全なところへ連れてくから」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

処理中です...