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第四章
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「誰か! 誰かいませんかっ!?」
港でそう叫んでみても、無情にも私の声は波音にかき消されるばかりだった。
「無駄だよ。この港は普段使われていないんだ。ここにいるのは私と奴隷商人たちだけさ。ほら、お迎えだ」
港に大きな船が止まっているのが見えた。そして、そこからは屈強な海の男たちが二十、いや三十人は出てきた。
「あんなに……」
「あの人数じゃもし衛兵がこの場を目撃したとしても、逃げ出すだろうなぁ。騎士団でも連れて来れば、何とかなるかもしれないが、今日はちょうど出払っているんだ。副宰相とは何かと便利な役職でな。重要人物がどこで何をしているのか、大方把握できるんだ」
伯爵が何を言おうとしているのか分かった。彼はさぞ楽しそうに、私に告げた。
「だから、あいつが王子様みたいに助けに来るのを期待してるなら、無駄だ。今日は前々から予定されていたフォード国視察団との会談だ。今日来たばかりのフォード国の王太子が参加するから、絶対に抜け出せない」
「ずっと機会を伺ってたのね……」
「あぁ。奴隷商人もあっちの王太子に目を付けられているらしくてな。王太子と宰相の会談日なんて、私の計画を実行するのに、またとない好機だったよ! 今頃、どーでもいい決め事について議論している頃だろうさっ」
「うっ」
私は奴隷商人たちの前に放り投げられた。奴隷商人のリーダーらしき者が一人、前に出てくる。
「おいおい、売り物なんだ。大事に扱ってくれよ」
「すまないな、あまりにもこの女が嫌いなもんで」
奴隷商人は私の顔を持ち上げ、色んな確度から確認する。顔を見終わると、まじまじと身体を上から下まで確認する。
「こりゃあ、とんでもない上玉だな。顔も身体も最高級品だ。大丈夫なのか? よほど高貴な身分に見えるが、足が付かねぇか?」
「大丈夫だ。今まで私が失敗したことなどないだろう」
「それもそうか。お取引先が優秀だと仕事もしやすいぜ。ほら、今回の御礼だ。これからも頼むぜ」
どさっと伯爵の前に麻袋が投げられた。中身は宝石のようだった。
「中身が足りないようだが? これだけの女を渡すんだ。少なくとももう一袋必要だろう」
「……ったく。本当にこれで貴族かよ。お前さんは本物の悪党だよ」
「誉め言葉として受け取ろう」
もう一回り大きい麻袋が伯爵の前に置かれて、彼は私を縛る縄を奴隷商人に手渡した。奴隷商人は、顔を近づけると、私の耳元で囁いた。
「俺たちの手を煩わせたら、この耳を切り落とすからな。おい、この女に何か噛ませろ」
「うっ……ん゛ー!!」
腐ったような匂いのする布を噛まされる。何度、アヴィス様の名前を叫んでも誰にも届かない。
「じゃあ、また頼む。メロディア嬢、どうかお元気で、死ぬことも出来ない地獄をせいぜい楽しんでくれ」
伯爵が笑顔で踵を返し、馬車の方へ歩いていく。その背中がどんどんと小さくなる。悔しい、悔しい、悔しい……っ!
「ん゛んー!!」
私が叫んだ瞬間、伯爵の背中がぐわんと揺れて、倒れた。
「ん゛……?」
「やべぇ! 逃げろ」「奴だっ」「王太子だっ!」奴隷商人は口々にそう叫んで、途端に走り去ろうとするが、ばたばたと倒れていく。
目にも止まらず速さで、誰かが奴隷商人を斬りつけていた。
そして、その人は、その場にいる奴隷商人を圧倒的な強さで、あっという間に制圧してしまった。
その人が私に一歩一歩近づいてくる。手に持つ剣は血で濡れていて、思わず私は後ずさった。港はすっかり暗くなっていて、そのフードの下は見えない。
彼は私の目の前で止まると、フードを取った。
「メロディアが……なんでここに?」
私の目の前に現れたのは、リュシーだった。彼は私の姿を見て、唖然としていたが、私の姿を見て、急いで口の布を取ってくれた。
「大丈夫か?」
「……リュシーこそ、なんで……ここに?」
リュシーは私の縄を切ってくれる。
「俺がずっと追っていた組織がルクス王国の港に来るって情報が入ったんだ。だが、どこの港かまでは分からなくて、端から端まで確認してきたんだが……」
私を縛っていた縄が切り終わった彼は、悔しそうに唇を噛んだ。
「リュシー?」
「遅かったな、ごめん……。痛かったろ?」
「え……あぁ、これ……」
私が激しく抵抗したせいもあってか、手首には縄で縛られていたところが赤く擦り切れていた。
「全然大丈夫! それよりも、本当に助けてくれて、ありがとうございます。正直、本当にもう無理かと……」
「メロディア、こういう時は無理して笑わなくていいんだ。怖かったろう?」
そう問われてドキッとした。本当は腰が抜けて立てないし、身体の震えだって止まらない。けれど、これ以上リュシーに迷惑は掛けられないと思った。
「…………大丈夫、です!」
脂汗を流しながら、笑顔を作ると、リュシーは驚いたように目を開く。そして、少し寂しそうに笑った。
「全く……君は見かけによらず、強いんだな。じゃあ……ちょっくらあいつら縛っちまうな。終わったら、すぐに安全なところへ連れてくから」
港でそう叫んでみても、無情にも私の声は波音にかき消されるばかりだった。
「無駄だよ。この港は普段使われていないんだ。ここにいるのは私と奴隷商人たちだけさ。ほら、お迎えだ」
港に大きな船が止まっているのが見えた。そして、そこからは屈強な海の男たちが二十、いや三十人は出てきた。
「あんなに……」
「あの人数じゃもし衛兵がこの場を目撃したとしても、逃げ出すだろうなぁ。騎士団でも連れて来れば、何とかなるかもしれないが、今日はちょうど出払っているんだ。副宰相とは何かと便利な役職でな。重要人物がどこで何をしているのか、大方把握できるんだ」
伯爵が何を言おうとしているのか分かった。彼はさぞ楽しそうに、私に告げた。
「だから、あいつが王子様みたいに助けに来るのを期待してるなら、無駄だ。今日は前々から予定されていたフォード国視察団との会談だ。今日来たばかりのフォード国の王太子が参加するから、絶対に抜け出せない」
「ずっと機会を伺ってたのね……」
「あぁ。奴隷商人もあっちの王太子に目を付けられているらしくてな。王太子と宰相の会談日なんて、私の計画を実行するのに、またとない好機だったよ! 今頃、どーでもいい決め事について議論している頃だろうさっ」
「うっ」
私は奴隷商人たちの前に放り投げられた。奴隷商人のリーダーらしき者が一人、前に出てくる。
「おいおい、売り物なんだ。大事に扱ってくれよ」
「すまないな、あまりにもこの女が嫌いなもんで」
奴隷商人は私の顔を持ち上げ、色んな確度から確認する。顔を見終わると、まじまじと身体を上から下まで確認する。
「こりゃあ、とんでもない上玉だな。顔も身体も最高級品だ。大丈夫なのか? よほど高貴な身分に見えるが、足が付かねぇか?」
「大丈夫だ。今まで私が失敗したことなどないだろう」
「それもそうか。お取引先が優秀だと仕事もしやすいぜ。ほら、今回の御礼だ。これからも頼むぜ」
どさっと伯爵の前に麻袋が投げられた。中身は宝石のようだった。
「中身が足りないようだが? これだけの女を渡すんだ。少なくとももう一袋必要だろう」
「……ったく。本当にこれで貴族かよ。お前さんは本物の悪党だよ」
「誉め言葉として受け取ろう」
もう一回り大きい麻袋が伯爵の前に置かれて、彼は私を縛る縄を奴隷商人に手渡した。奴隷商人は、顔を近づけると、私の耳元で囁いた。
「俺たちの手を煩わせたら、この耳を切り落とすからな。おい、この女に何か噛ませろ」
「うっ……ん゛ー!!」
腐ったような匂いのする布を噛まされる。何度、アヴィス様の名前を叫んでも誰にも届かない。
「じゃあ、また頼む。メロディア嬢、どうかお元気で、死ぬことも出来ない地獄をせいぜい楽しんでくれ」
伯爵が笑顔で踵を返し、馬車の方へ歩いていく。その背中がどんどんと小さくなる。悔しい、悔しい、悔しい……っ!
「ん゛んー!!」
私が叫んだ瞬間、伯爵の背中がぐわんと揺れて、倒れた。
「ん゛……?」
「やべぇ! 逃げろ」「奴だっ」「王太子だっ!」奴隷商人は口々にそう叫んで、途端に走り去ろうとするが、ばたばたと倒れていく。
目にも止まらず速さで、誰かが奴隷商人を斬りつけていた。
そして、その人は、その場にいる奴隷商人を圧倒的な強さで、あっという間に制圧してしまった。
その人が私に一歩一歩近づいてくる。手に持つ剣は血で濡れていて、思わず私は後ずさった。港はすっかり暗くなっていて、そのフードの下は見えない。
彼は私の目の前で止まると、フードを取った。
「メロディアが……なんでここに?」
私の目の前に現れたのは、リュシーだった。彼は私の姿を見て、唖然としていたが、私の姿を見て、急いで口の布を取ってくれた。
「大丈夫か?」
「……リュシーこそ、なんで……ここに?」
リュシーは私の縄を切ってくれる。
「俺がずっと追っていた組織がルクス王国の港に来るって情報が入ったんだ。だが、どこの港かまでは分からなくて、端から端まで確認してきたんだが……」
私を縛っていた縄が切り終わった彼は、悔しそうに唇を噛んだ。
「リュシー?」
「遅かったな、ごめん……。痛かったろ?」
「え……あぁ、これ……」
私が激しく抵抗したせいもあってか、手首には縄で縛られていたところが赤く擦り切れていた。
「全然大丈夫! それよりも、本当に助けてくれて、ありがとうございます。正直、本当にもう無理かと……」
「メロディア、こういう時は無理して笑わなくていいんだ。怖かったろう?」
そう問われてドキッとした。本当は腰が抜けて立てないし、身体の震えだって止まらない。けれど、これ以上リュシーに迷惑は掛けられないと思った。
「…………大丈夫、です!」
脂汗を流しながら、笑顔を作ると、リュシーは驚いたように目を開く。そして、少し寂しそうに笑った。
「全く……君は見かけによらず、強いんだな。じゃあ……ちょっくらあいつら縛っちまうな。終わったら、すぐに安全なところへ連れてくから」
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