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第四章

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 「いいだろう、奴隷になる前に、いいことを教えてやる。君が今まであいつに送りつけた山のような手紙もは、一通もあいつに渡っていないんだ。君からあいつ宛の手紙は全て私が抜き取ったからな。あ、ついでにあいつから君に宛てた手紙も送る前に私が抜き取ったから、君には渡っていないな」

 「…………うそ……」

 私たちの大事な手紙がこんな風に踏みにじられていたなんて……。悔しくて、悲しくて、腹が立って……涙が溢れる。なんでこんなに酷いことができるのか。

 「大丈夫さ、大したことは書いてなかったろ? 毎回吐き気がするようなどうでもいい内容だったよ」

 「人の手紙を見るなんて最低よ……っ」

 「まぁ、怒るなら私を信用したあいつに怒るんだな。あ、でも、今日の手紙だけは役に立ったな」

 いやらしく笑う伯爵の笑みに血の気が引いていく。頭に手紙の文面が浮かんだ。

 『ずっと連絡できなくて、すまない。ようやくメロディアを迎えに行く約束が果たせる。明日の十八時、王宮の庭園で待っている。ロストルム伯爵には言わず、一人で来てほしい。必ず夜には帰すから』

 あの手紙は、過去にアヴィス様が私宛に書いた手紙だったんだわ……。だから、お父様には言わず一人で来てほしい、と。メロディアを迎えに行く約束が果たせるというのは、もしかして――

 「宰相になった少し後だったか、あいつは君にプロポーズをしようとしてたみたいでね。あぁ、あの時、約束をすっぽかされた次の日は、魂が抜けたように仕事になってなくて、本当に傑作だったよ! 今思い出しても笑いが止まらない」

 「なんで、そんなこと……っ」

 「恩を忘れて、宰相なんぞになるあいつがいけないのさ。だから、それからも色んな嫌がらせをしたけど、やはり君を使って嫌がらせをするのが、一番面白かったよ。知ってるか? 心配するふりをして、君がどこかの令息と休憩室に入って朝まで出てこなかったって話してやると、あの白い顔をもっと青白くするんだ」

 アヴィス様の心情を想うと、涙が止まらなかった。私ならアヴィス様が他の令嬢と一晩過ごしたと想像しただけで、気が狂ってしまいそうなのに……それをさぞ本当のことのように聞かされていたなんて……っ。

 「あなたは……異常よ……。まるで、悪魔だわ……」

 「あいつを苦しめられるなら、悪魔でもなんでもいいさ。そうだ、悪魔ついでに、君をここで犯してしまおうか」

 伯爵が目を見開いて、こちらを見ている。私を人間とも思っていない野獣のような眼が恐ろしくて、身体が震える。嫌だと叫びたいのに、口がパクパクと動くだけで、胃をぎゅっと掴まれたように声が出ない。

 「拒否してくれて構わないよ。喜んで抱かれてほしいわけじゃない。あいつのものを征服するという事実が私を酷く興奮させるんだ……! ほら、叫んでごらん」

 彼は大きく手を広げて、座席を立ち上がろうとした。その時――

 「着きました」

 いつの間に馬車は止まっていたらしく、外から御者の声が掛かる。

 「全く空気の読めない奴め。まぁいい。確かに売り物に傷をつけちゃ価値が落ちるというものだ。あぁ、でも本当に男を惑わす身体だな……」

 クライ伯爵が私の首筋に顔を寄せて、匂いを嗅ぐ。私はカタカタと震えて、目をギュッと瞑った。

 しかし、伯爵はスッと身体を離した。

 「だが、私は目の前の欲望に負けて、商品価値を下げるほど馬鹿ではない。精液の匂いがするという理由で、価格を下げされたら敵わんからな」

 クライ伯爵は、私の胸を指さして出て行った。馬車を降りた彼は、御者に私を拘束するよう指示をした。御者は私の胸の下で二回、そして手首を縛った。何度も私の胸に注がれる視線が気持ち悪かったが、伯爵が見ている手前が御者も私に必要以上に触れることはなかった。

 縄を引っ張られ、馬車を降りると、そこは港だった。

 潮風がびゅっうっと強く吹いて、私の髪飾りを飛ばした。シャシャが「旦那様の色ですよ」って笑顔で付けてくれた銀色の髪飾り。もう本当にみんなに、アヴィス様に会えないのだろうかと涙が溢れる。

 ……そんなの、絶対に嫌……!

 私は立ち止まった。そして、しゃがみこんだ。

 「何してる? 早く歩け」

 「嫌、です……!」

 「こいつ……っ」

 クレイ伯爵が私を蹴とばした。

 「きゃっ!」

 私はバランスを崩して、地面に転がった。

 「商品だから、傷がつかないように手加減したんだ。だが、次は本当に蹴り飛ばすぞ」

 伯爵が足を上げて、私を脅す。怖い……今にも身体が震えて、動かなくなりそうだった。
 だから、私は唇を強く、噛んだ。そして、伯爵を下から思いきり睨みつけてやった。

 「……蹴り飛ばされたってなんだって、構わない……。私はここを動かない!」

 私は地面に這いつくばった。伯爵は縄をぐっと引っ張るが、私は全力で抵抗した。

 「公爵夫人がそんな風に地面にしがみついて、這いつくばって、恥ずかしくないのか? 最後の瞬間まで美しくあれ、と貴族夫人の嗜みを知らないとは――」

 「美しく奴隷になるくらいなら、いくらでもみっともなくあがくわ! 私が一番怖いのは……アヴィス様を一人にしてしまうことよっ!」

 ご両親を失った上に、私までいなくなったら、アヴィス様がどれだけ悲しむかと想像したら、辛くて、堪らなかった。絶対にもう彼を一人になんてしない。生きて、絶対彼の胸の中に帰る……っ!




 
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