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第四章
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王宮の馬車の御者は恭しく馬車の扉を開けた。確かに用意されたのはルクス王国の紋章が掲げられている王宮の馬車で間違いなかった。王宮の馬車を用立てるのは、王宮の中でも役職を持った身分の確かな者だけだったはず。
無事に馬車の中に乗り、みんなに見送られて、王宮へ向かう。乗り心地もよく、王宮への道は順調で、私は胸をなでおろした。
「ふぅ……。私の考えすぎだったみたいね」
外の景色を眺めれば、周りは暗くなってきていた。知っている人はいないかと眺めるけれど、特に見つけられなかった。私は座席に背中を預ける。
人通りの多い道を抜け、あとは王宮へ向かうだけ。しかし、そこで馬車は突如として止まった。まだ王宮までは少しあるが、どうしたのかしら? 御者に声を掛けようかと迷っているところで、馬車の扉がやけに嫌な音を立てて開いた。
そこにいたのは……
「こんばんわ。メロディア嬢」
「クライ、伯爵……」
クライ伯爵はいつもと同じ微笑みを顔に貼り付け、私に挨拶をした。その作り物の笑顔が恐ろしくて、身体に悪寒が走る。
「どうも。メロディア嬢。ちょっと失礼するよ」
伯爵は馬車の中に入ってこようとする。私は後ずさり、馬車の端に逃げた。馬車に二人きりなど余程の仲でない限り許されることじゃない。
「い、嫌です! 入ってこないで!」
「あははっ! それは難しいな。私は少しメロディア嬢と話がしたいのだよ」
「出て行ってくれないのなら、私が降ります!」
しかし、逃げようとした私の腕は易々と伯爵に捕まれてしまう。彼は笑顔を途端に消して、今までにない低い声で言った。
「無理だと言ったろう。御者、早く馬車を出せ」
扉は閉められ、馬車は走り出してしまう。馬車が走り出すと、何もできないと踏んだのか、伯爵は私の腕を放した。私は伯爵から出来るだけ距離を取り、馬車の端に身体を寄せた。
「そんなに警戒しなくてもいい。大丈夫だよ?」
「大丈夫なはずないじゃない。同じ馬車に無理矢理乗り込んできている時点で正気じゃないわ」
「あははっ! そうだなぁ、私は暫く前から正気ではないのかもしれないなぁ」
私の知っているクライ伯爵ではない。その目は血走っている。
「こんなことをして……目的は、何なの?」
「目的……そうだな。ビジネスと……復讐、かな?」
「復讐?」
「そうさ。最愛の妻が失踪でもすれば、優秀な宰相様の面白い姿が見れるだろうからな」
「アヴィス様? もしかして、あなた……アヴィス様に復讐がしたくて、私を攫おうとしているの?」
伯爵は口角を綺麗に上げて笑った。
「あぁ、そうさ。あと、ビジネスと言ったろう? 我が国の男を魅了した君は、間違いなく高く売れる」
「う、売る……ってあなた、まさか!」
最近行方不明者が増えていると聞いていた。そして、帝国の奴隷業者が入国しているという噂も……
「ははっ、ご想像の通りさ。私は、奴隷商人と繋がっている! 奴らをこの国に引き入れたのも私さ! 副宰相職だけでは物足りなくてなぁ、私は全てを手に入れたいのだよ、全てを。そのためには、邪魔で仕方ないんだ……君の夫であるあいつがな! 君が失踪したと知ればあいつはどんな顔をするかなぁ……あぁ、楽しみで仕方ないよ!!」
「最低……っ!」
伯爵は私からの軽蔑の言葉さえも嬉しそうに受け取った。その笑顔はまるで人間ではなく、悪魔のようだった。
「本当はあいつの目の前で君を殺してしまうことも考えたんだが、それだと苦しみが一瞬だろう? ならば、性奴隷として売り飛ばして、利益も得たほうがいいかと思ったんだよ。失踪すればあいつはずっと君を探し続けるだろうし、宰相職もままならないから、宰相の座も私の元に帰ってくる」
性奴隷……それだけは避けなければならない。アヴィス様としか、キスも性交渉もしないから最近はほとんど考えていなかったけど、私にはギフトがある。それが知れれば、私は性奴隷以上の価値を持ち、道具として一生使い捨てられることだろう。
私は伯爵を睨みつけた。きっと大丈夫、アヴィス様が助けに来てくれる。十八時に私が来なければ、不審に思って、私を探してくれるはずだもの。
「あなたの悪だくみなんて、すぐにアヴィス様が――」
「見抜けないね。あいつは私を信用している。王宮に来たばかり頃、ガキだったあいつに仕事を教えてやったのは誰だったと思う? 私さ! 一から優しく丁寧に私が教えてやったんだ! だから、あいつは私が何をしても気付かない。本当に間抜けな奴だ」
「アヴィス様は間抜けなんかじゃない! あなたと違って――」
「間抜けじゃないって? 婚約者からの手紙が抜かれてることにも気付けないのに?」
「……え?」
私は言葉を失った。
「あぁ、あいつも馬鹿なら婚約者も間抜けか」
「どういう……こと?」
無事に馬車の中に乗り、みんなに見送られて、王宮へ向かう。乗り心地もよく、王宮への道は順調で、私は胸をなでおろした。
「ふぅ……。私の考えすぎだったみたいね」
外の景色を眺めれば、周りは暗くなってきていた。知っている人はいないかと眺めるけれど、特に見つけられなかった。私は座席に背中を預ける。
人通りの多い道を抜け、あとは王宮へ向かうだけ。しかし、そこで馬車は突如として止まった。まだ王宮までは少しあるが、どうしたのかしら? 御者に声を掛けようかと迷っているところで、馬車の扉がやけに嫌な音を立てて開いた。
そこにいたのは……
「こんばんわ。メロディア嬢」
「クライ、伯爵……」
クライ伯爵はいつもと同じ微笑みを顔に貼り付け、私に挨拶をした。その作り物の笑顔が恐ろしくて、身体に悪寒が走る。
「どうも。メロディア嬢。ちょっと失礼するよ」
伯爵は馬車の中に入ってこようとする。私は後ずさり、馬車の端に逃げた。馬車に二人きりなど余程の仲でない限り許されることじゃない。
「い、嫌です! 入ってこないで!」
「あははっ! それは難しいな。私は少しメロディア嬢と話がしたいのだよ」
「出て行ってくれないのなら、私が降ります!」
しかし、逃げようとした私の腕は易々と伯爵に捕まれてしまう。彼は笑顔を途端に消して、今までにない低い声で言った。
「無理だと言ったろう。御者、早く馬車を出せ」
扉は閉められ、馬車は走り出してしまう。馬車が走り出すと、何もできないと踏んだのか、伯爵は私の腕を放した。私は伯爵から出来るだけ距離を取り、馬車の端に身体を寄せた。
「そんなに警戒しなくてもいい。大丈夫だよ?」
「大丈夫なはずないじゃない。同じ馬車に無理矢理乗り込んできている時点で正気じゃないわ」
「あははっ! そうだなぁ、私は暫く前から正気ではないのかもしれないなぁ」
私の知っているクライ伯爵ではない。その目は血走っている。
「こんなことをして……目的は、何なの?」
「目的……そうだな。ビジネスと……復讐、かな?」
「復讐?」
「そうさ。最愛の妻が失踪でもすれば、優秀な宰相様の面白い姿が見れるだろうからな」
「アヴィス様? もしかして、あなた……アヴィス様に復讐がしたくて、私を攫おうとしているの?」
伯爵は口角を綺麗に上げて笑った。
「あぁ、そうさ。あと、ビジネスと言ったろう? 我が国の男を魅了した君は、間違いなく高く売れる」
「う、売る……ってあなた、まさか!」
最近行方不明者が増えていると聞いていた。そして、帝国の奴隷業者が入国しているという噂も……
「ははっ、ご想像の通りさ。私は、奴隷商人と繋がっている! 奴らをこの国に引き入れたのも私さ! 副宰相職だけでは物足りなくてなぁ、私は全てを手に入れたいのだよ、全てを。そのためには、邪魔で仕方ないんだ……君の夫であるあいつがな! 君が失踪したと知ればあいつはどんな顔をするかなぁ……あぁ、楽しみで仕方ないよ!!」
「最低……っ!」
伯爵は私からの軽蔑の言葉さえも嬉しそうに受け取った。その笑顔はまるで人間ではなく、悪魔のようだった。
「本当はあいつの目の前で君を殺してしまうことも考えたんだが、それだと苦しみが一瞬だろう? ならば、性奴隷として売り飛ばして、利益も得たほうがいいかと思ったんだよ。失踪すればあいつはずっと君を探し続けるだろうし、宰相職もままならないから、宰相の座も私の元に帰ってくる」
性奴隷……それだけは避けなければならない。アヴィス様としか、キスも性交渉もしないから最近はほとんど考えていなかったけど、私にはギフトがある。それが知れれば、私は性奴隷以上の価値を持ち、道具として一生使い捨てられることだろう。
私は伯爵を睨みつけた。きっと大丈夫、アヴィス様が助けに来てくれる。十八時に私が来なければ、不審に思って、私を探してくれるはずだもの。
「あなたの悪だくみなんて、すぐにアヴィス様が――」
「見抜けないね。あいつは私を信用している。王宮に来たばかり頃、ガキだったあいつに仕事を教えてやったのは誰だったと思う? 私さ! 一から優しく丁寧に私が教えてやったんだ! だから、あいつは私が何をしても気付かない。本当に間抜けな奴だ」
「アヴィス様は間抜けなんかじゃない! あなたと違って――」
「間抜けじゃないって? 婚約者からの手紙が抜かれてることにも気付けないのに?」
「……え?」
私は言葉を失った。
「あぁ、あいつも馬鹿なら婚約者も間抜けか」
「どういう……こと?」
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