癒しの花嫁は幼馴染の冷徹宰相の執愛を知る

はるみさ

文字の大きさ
上 下
32 / 60
第四章

4-1

しおりを挟む
 あの夜から一週間が経った。アヴィス様は、まだ帰ってこない。

 寂しいと言えば嘘になるけれど、嫉妬をしてしまうくらい想っているのが、私だけではないという事実が私を安心させてくれた。アヴィス様が好き。その気持ちは毎日毎日どんどん膨らんで留まるところをしらない。

 「ちゃんと……伝えたいな……」

 『好き』その言葉を私は、大きくなってからアヴィス様に言ったことも、言われたこともなかった。

 子供の頃に、こそこそと伝え合ったことはあったけど、大きくなって、アヴィス様と距離を感じるようになってから伝えられなくなってしまった。もし『好き』と伝えて、相手から同じ気持ちが返ってこなかったら……と考えたら怖くて堪らなかったから。

 でも、今は伝えたいと思えるようになった。アヴィス様に大切にしてもらってることが分かるから。

 「奥様、休憩いかがですか?」

 東屋で作業をしている私に話しかけたのはシャシャ。彼女は私に紅茶を用意してくれたようだった。

 「ありがとう。いただくわ」 

 私は手を止めて、彼女の淹れてくれた紅茶を飲んだ。添えてあるのは、小さなクッキー。なんだか少し不格好だが、素朴な味でとても美味しかった。

 「このクッキー美味しいわね。しかも、あまり見ない形。新作かしら?」

 「ふふふっ。これはサリーが奥様のために作ったクッキーなのです。夫に習いながら、一人の力で作ったそうです」

 「サリーが、私のために……? 嬉しい」

 あの小さな手でこのクッキーを作ったのかと思ったら、なんだか感慨深いものがある。

 「私も一つ味見をさせてもらおうと思ったら、奥様のなんだから駄目ー! って怒られちゃいました」

 シャシャは、嬉しそうに笑った。子供の成長がとても嬉しいのだろう。

 その時、パデルがこちらに小走りで駆けてくるのが見えた。もしかしてアヴィス様が帰ってくる?

 私は思わず立ち上がった。

 「奥様、旦那様からお手紙が」

 私はそれを受け取って、中身を確認した。

 『ずっと連絡できなくて、すまない。ようやくメロディアを迎えに行く約束が果たせる。明日の十八時、王宮の庭園で待っている。ロストルム伯爵には言わず、一人で来てほしい。必ず夜には帰すから』

 どういう……ことかしら?
 連絡できなかったことに対する謝罪はまだ分かるけど、『迎えに行く約束が果たせる』というのは……ようやく会えるということかしら? もっと分からないのはロストルム伯爵……お父様の名前が出ていること。これじゃまるで私がまだお父様の庇護下にあるみたいな言い方……結婚した今、連絡なんて数えるほどしか取っていないというのに。

 アヴィス様の言いたいことが分からず、頭を抱える私をパデルとシャシャが心配そうに見つめている。

 「あ、ごめんね。明日の十八時に王宮の庭園まで来てほしいって手紙なんだけど……」

 「そうですか! 良かったですね! きっとようやく仕事が落ち着いたのですわ!」

 シャシャが自分のことのように喜んでくれる。パデルも微笑んで、頷いた。

 「おそらく屋敷に戻るほどの時間はないのでしょう。短い時間でも奥様を補給したいということですな」

 違和感を感じたものの、自分のことのように喜んでくれるシャシャとパデルを前に私は何も言えなかった。


   ♪


 次の日。約束の時間に向けて、私は準備をしていた。侍女たちが楽しそうに私を飾り付けていく。

 「久しぶりの逢瀬デートですからね。とびきり綺麗にしていきませんと。ですが、あくまでお忍びなので、派手さは抑えつつも、奥様の魅力を最大限に引き出してみせましょう!」

 「あ、ありがとう……」

 「馬車も執事長が手配してくださっておりますからね。控え目なものであれば、ドレスでも構わないと思いますわ」

 「いや、私は動きやすい服装でも大丈夫よ?」

 「駄目です! 旦那様をどきっとさせるのです。そして、こんなに奥様を待たせたことを後悔なさるといいんですわ!」

 テンションの上がったシャシャだけではなく、他の侍女たちも、うんうんと首を縦に振った。

 結局私は彼女たちにされるがまま飾られていった。準備しながらも、あの手紙の意味が分からなくて、悶々とする。

 でも、あの文字は確かにアヴィス様が書いたもので間違いはないし、便箋も封筒も王宮のものだった。おかしなのはお父様に知らせるなという文言だけ……何かお父様が今起こっている問題の関係者なのかもしれない。だとしたら、これは逢瀬などではなく、少し深刻な話なのかもしれないわ。

 胸騒ぎがする。それはお父様が問題の関係者だからなのか、それとも……

 その時、パデルがノックをして、私の準備が終わっていることを確認すると、部屋に入ってきた。

 「奥様、私のほうでも馬車を用意していたのですが、王宮からもお迎えがいらっしゃいましたよ」

 「そう、分かった。すぐ行くわね」

 「馬車までしっかり準備するなんて、旦那様にしてはやりますわね?」

 シャシャと侍女たちがクスクス笑っている。私は彼女たちに「そんなこと言わないの」と小言を言って、部屋を出た。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

メカ喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

処理中です...