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第四章

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 あの夜から一週間が経った。アヴィス様は、まだ帰ってこない。

 寂しいと言えば嘘になるけれど、嫉妬をしてしまうくらい想っているのが、私だけではないという事実が私を安心させてくれた。アヴィス様が好き。その気持ちは毎日毎日どんどん膨らんで留まるところをしらない。

 「ちゃんと……伝えたいな……」

 『好き』その言葉を私は、大きくなってからアヴィス様に言ったことも、言われたこともなかった。

 子供の頃に、こそこそと伝え合ったことはあったけど、大きくなって、アヴィス様と距離を感じるようになってから伝えられなくなってしまった。もし『好き』と伝えて、相手から同じ気持ちが返ってこなかったら……と考えたら怖くて堪らなかったから。

 でも、今は伝えたいと思えるようになった。アヴィス様に大切にしてもらってることが分かるから。

 「奥様、休憩いかがですか?」

 東屋で作業をしている私に話しかけたのはシャシャ。彼女は私に紅茶を用意してくれたようだった。

 「ありがとう。いただくわ」 

 私は手を止めて、彼女の淹れてくれた紅茶を飲んだ。添えてあるのは、小さなクッキー。なんだか少し不格好だが、素朴な味でとても美味しかった。

 「このクッキー美味しいわね。しかも、あまり見ない形。新作かしら?」

 「ふふふっ。これはサリーが奥様のために作ったクッキーなのです。夫に習いながら、一人の力で作ったそうです」

 「サリーが、私のために……? 嬉しい」

 あの小さな手でこのクッキーを作ったのかと思ったら、なんだか感慨深いものがある。

 「私も一つ味見をさせてもらおうと思ったら、奥様のなんだから駄目ー! って怒られちゃいました」

 シャシャは、嬉しそうに笑った。子供の成長がとても嬉しいのだろう。

 その時、パデルがこちらに小走りで駆けてくるのが見えた。もしかしてアヴィス様が帰ってくる?

 私は思わず立ち上がった。

 「奥様、旦那様からお手紙が」

 私はそれを受け取って、中身を確認した。

 『ずっと連絡できなくて、すまない。ようやくメロディアを迎えに行く約束が果たせる。明日の十八時、王宮の庭園で待っている。ロストルム伯爵には言わず、一人で来てほしい。必ず夜には帰すから』

 どういう……ことかしら?
 連絡できなかったことに対する謝罪はまだ分かるけど、『迎えに行く約束が果たせる』というのは……ようやく会えるということかしら? もっと分からないのはロストルム伯爵……お父様の名前が出ていること。これじゃまるで私がまだお父様の庇護下にあるみたいな言い方……結婚した今、連絡なんて数えるほどしか取っていないというのに。

 アヴィス様の言いたいことが分からず、頭を抱える私をパデルとシャシャが心配そうに見つめている。

 「あ、ごめんね。明日の十八時に王宮の庭園まで来てほしいって手紙なんだけど……」

 「そうですか! 良かったですね! きっとようやく仕事が落ち着いたのですわ!」

 シャシャが自分のことのように喜んでくれる。パデルも微笑んで、頷いた。

 「おそらく屋敷に戻るほどの時間はないのでしょう。短い時間でも奥様を補給したいということですな」

 違和感を感じたものの、自分のことのように喜んでくれるシャシャとパデルを前に私は何も言えなかった。


   ♪


 次の日。約束の時間に向けて、私は準備をしていた。侍女たちが楽しそうに私を飾り付けていく。

 「久しぶりの逢瀬デートですからね。とびきり綺麗にしていきませんと。ですが、あくまでお忍びなので、派手さは抑えつつも、奥様の魅力を最大限に引き出してみせましょう!」

 「あ、ありがとう……」

 「馬車も執事長が手配してくださっておりますからね。控え目なものであれば、ドレスでも構わないと思いますわ」

 「いや、私は動きやすい服装でも大丈夫よ?」

 「駄目です! 旦那様をどきっとさせるのです。そして、こんなに奥様を待たせたことを後悔なさるといいんですわ!」

 テンションの上がったシャシャだけではなく、他の侍女たちも、うんうんと首を縦に振った。

 結局私は彼女たちにされるがまま飾られていった。準備しながらも、あの手紙の意味が分からなくて、悶々とする。

 でも、あの文字は確かにアヴィス様が書いたもので間違いはないし、便箋も封筒も王宮のものだった。おかしなのはお父様に知らせるなという文言だけ……何かお父様が今起こっている問題の関係者なのかもしれない。だとしたら、これは逢瀬などではなく、少し深刻な話なのかもしれないわ。

 胸騒ぎがする。それはお父様が問題の関係者だからなのか、それとも……

 その時、パデルがノックをして、私の準備が終わっていることを確認すると、部屋に入ってきた。

 「奥様、私のほうでも馬車を用意していたのですが、王宮からもお迎えがいらっしゃいましたよ」

 「そう、分かった。すぐ行くわね」

 「馬車までしっかり準備するなんて、旦那様にしてはやりますわね?」

 シャシャと侍女たちがクスクス笑っている。私は彼女たちに「そんなこと言わないの」と小言を言って、部屋を出た。




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