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第三章
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ずっと差し入れしてたでしょう? そう言いたいけど、言いたくない。過去のことを引っ張り出して、彼を責めるのなんて良くないって分かっているもの……
「メロディア、どうした? 何か言いたいことでも?」
急いで次の仕事に向かわなきゃいけないはずなのに、アヴィス様が私の言葉を待ってくれている。
「アヴィス様っ! …………あれは、なに?」
勇気を出して口を開いたその時、私の目に飛び込んできたのは、アヴィス様に向かって突進してくる女性たちの姿だった。
「はぁ……奴らか……。メロディア、話は屋敷で聞く。気を付けて帰れ」
「え? アヴィス様?」
彼女たちは私の姿など見えないように、あっという間にざっとアヴィス様を囲んでしまった。
「宰相様、王妃様がお待ちですので、急いでくださいまし。あぁ、今日も麗しいですわね」
「そうそう。よそ見なんてせずに、エメラルド宮にお越しください。おもてなしいたしますわ」
「皆、首を長くして、宰相様をお待ちしておりますの。どうぞ私たちの下で羽を伸ばしていかれて?」
その女性たちは王妃殿下付きの侍女たちのようだった。
アヴィス様は、彼女たちにべたべた触られながらも、それを特に拒否する様子もなく、足早に歩いて行ってしまった。
「な、何だったのかしら……今のは……」
侍女たちの発言は色々と気になるけど、一番イライラしたのはアヴィス様が彼女たちの手を払いのけないことだった。アヴィス様があの女性たちに興味がないのは分かっているけど……触られないでほしかった。やめてくれ、触るなって拒否してほしかった。
「特に変わりはないなんて……嘘じゃない……。アヴィス様の、ばか……」
王宮の庭の木々がざわっと音を立てて揺れた。
アヴィス様が元気になったのは嬉しい。でも、他の女性に触られてほしくない。だから、私は……
「メロディア……もう、寝ているのか……」
私はあれから数日間、アヴィス様の帰宅を待たずに眠るようにしていた。キスをしたり、身体を重ねたりすれば、彼が回復して、美しくなってしまうと思ったから。そうなれば、またあんな風に色んな女性に囲まれて、べたべた触られて……
あの場面を思い出して、苦しくなる。私はアヴィス様の呼びかけを無視して、寝たふりをした。私の反応がなくても、彼は私の頭を撫でてくれている。彼の大きな手はこんなに優しいのに、ギフトを発動したくないと思ってしまうなんて、私はなんて心が狭いんだろう。でも、どうしたってアヴィス様が注目を集めるのは嫌だった。私だけのアヴィス様でいてほしかった。
「おやすみ、メロディア」
静かに扉が閉まる。私は毛布にくるまって、欲張りで傲慢な醜い自分を隠すしかなかった。
♪
日に日に元気がなくなっていくのは、アヴィス様ではなく私だった。このモヤモヤをどうしたらいいのか分からない。アヴィス様が悪いわけじゃないから、彼を責めても仕方ない。でも、彼を回復させたくない……
ギフトのことは軽々しく口に出せないし、公爵家のみんなにも心配はかけたくなかった。
「はぁ……一体、私はどうしたいのかしら……」
纏まらない思考に天井を見上げる。
その時、遠慮がちに扉がノックされた。
「あの、奥様……。奥様のご友人だと申される方がいらっしゃいまして……」
「友人?」
私にも全く友人がいないわけではない。けれど、彼女たちは早くに結婚して、ここ数年は領地に戻っているはず。前触れもなく、尋ねてくるかしら……私は一人、首を傾げた。
「男性がお二人、なのですが……」
「男性? その方の名前は?」
「フォード国のアンドリュー・マイシス伯爵、とお一人の方は名乗っておいででした。リュシーとも……」
「え……リュシー? 黒髪にバンダナを巻いた赤い瞳の方?」
「さようでございます」
「分かった、すぐに行くから応接室に通してくれる?」
「かしこまりました」
私は応対用に着替えを済ませ、応接室へ向かった。
応接室の扉を開けると、そこには確かにリュシーがいた。彼の後ろには護衛のような方が立っている。
「おう、メロディア!」
「リュシー! どうしてこちらに?」
「近くまで寄ったんだ。折角だから挨拶していこうと思ってな。ご主人は仕事か?」
「えぇ、日中は忙しくて。夜にならないと帰ってきません」
「そうか。ご主人がいない時に邪魔しちゃ悪かったかな?」
「いえ、友人として歓迎いたします」
「ありがとう、嬉しいよ」
私はシャシャに頼んで、紅茶を淹れてもらった。シャシャもリュシーのことは知っており、何度か顔を合わせたことがあるとのことで、二人も楽しそうに話していた。リュシーは本当に分け隔てなく人に接する人で、誰と話す時も態度が変わることがない。いつも明るく、少し失礼で、でもどこか憎めなくて。みんなが彼を好きで、彼も人が好きなんだろうな、と思う。
部屋にはシャシャと護衛の方と、リュシーと私の四人。もちろん二人きりになどなったりしない。リュシーが尋ねてきただけで、使用人が少しざわざわしていたというのに、これで二人きりなどになったら、みんなからの信頼を失ってしまうものね。
「メロディア、どうした? 何か言いたいことでも?」
急いで次の仕事に向かわなきゃいけないはずなのに、アヴィス様が私の言葉を待ってくれている。
「アヴィス様っ! …………あれは、なに?」
勇気を出して口を開いたその時、私の目に飛び込んできたのは、アヴィス様に向かって突進してくる女性たちの姿だった。
「はぁ……奴らか……。メロディア、話は屋敷で聞く。気を付けて帰れ」
「え? アヴィス様?」
彼女たちは私の姿など見えないように、あっという間にざっとアヴィス様を囲んでしまった。
「宰相様、王妃様がお待ちですので、急いでくださいまし。あぁ、今日も麗しいですわね」
「そうそう。よそ見なんてせずに、エメラルド宮にお越しください。おもてなしいたしますわ」
「皆、首を長くして、宰相様をお待ちしておりますの。どうぞ私たちの下で羽を伸ばしていかれて?」
その女性たちは王妃殿下付きの侍女たちのようだった。
アヴィス様は、彼女たちにべたべた触られながらも、それを特に拒否する様子もなく、足早に歩いて行ってしまった。
「な、何だったのかしら……今のは……」
侍女たちの発言は色々と気になるけど、一番イライラしたのはアヴィス様が彼女たちの手を払いのけないことだった。アヴィス様があの女性たちに興味がないのは分かっているけど……触られないでほしかった。やめてくれ、触るなって拒否してほしかった。
「特に変わりはないなんて……嘘じゃない……。アヴィス様の、ばか……」
王宮の庭の木々がざわっと音を立てて揺れた。
アヴィス様が元気になったのは嬉しい。でも、他の女性に触られてほしくない。だから、私は……
「メロディア……もう、寝ているのか……」
私はあれから数日間、アヴィス様の帰宅を待たずに眠るようにしていた。キスをしたり、身体を重ねたりすれば、彼が回復して、美しくなってしまうと思ったから。そうなれば、またあんな風に色んな女性に囲まれて、べたべた触られて……
あの場面を思い出して、苦しくなる。私はアヴィス様の呼びかけを無視して、寝たふりをした。私の反応がなくても、彼は私の頭を撫でてくれている。彼の大きな手はこんなに優しいのに、ギフトを発動したくないと思ってしまうなんて、私はなんて心が狭いんだろう。でも、どうしたってアヴィス様が注目を集めるのは嫌だった。私だけのアヴィス様でいてほしかった。
「おやすみ、メロディア」
静かに扉が閉まる。私は毛布にくるまって、欲張りで傲慢な醜い自分を隠すしかなかった。
♪
日に日に元気がなくなっていくのは、アヴィス様ではなく私だった。このモヤモヤをどうしたらいいのか分からない。アヴィス様が悪いわけじゃないから、彼を責めても仕方ない。でも、彼を回復させたくない……
ギフトのことは軽々しく口に出せないし、公爵家のみんなにも心配はかけたくなかった。
「はぁ……一体、私はどうしたいのかしら……」
纏まらない思考に天井を見上げる。
その時、遠慮がちに扉がノックされた。
「あの、奥様……。奥様のご友人だと申される方がいらっしゃいまして……」
「友人?」
私にも全く友人がいないわけではない。けれど、彼女たちは早くに結婚して、ここ数年は領地に戻っているはず。前触れもなく、尋ねてくるかしら……私は一人、首を傾げた。
「男性がお二人、なのですが……」
「男性? その方の名前は?」
「フォード国のアンドリュー・マイシス伯爵、とお一人の方は名乗っておいででした。リュシーとも……」
「え……リュシー? 黒髪にバンダナを巻いた赤い瞳の方?」
「さようでございます」
「分かった、すぐに行くから応接室に通してくれる?」
「かしこまりました」
私は応対用に着替えを済ませ、応接室へ向かった。
応接室の扉を開けると、そこには確かにリュシーがいた。彼の後ろには護衛のような方が立っている。
「おう、メロディア!」
「リュシー! どうしてこちらに?」
「近くまで寄ったんだ。折角だから挨拶していこうと思ってな。ご主人は仕事か?」
「えぇ、日中は忙しくて。夜にならないと帰ってきません」
「そうか。ご主人がいない時に邪魔しちゃ悪かったかな?」
「いえ、友人として歓迎いたします」
「ありがとう、嬉しいよ」
私はシャシャに頼んで、紅茶を淹れてもらった。シャシャもリュシーのことは知っており、何度か顔を合わせたことがあるとのことで、二人も楽しそうに話していた。リュシーは本当に分け隔てなく人に接する人で、誰と話す時も態度が変わることがない。いつも明るく、少し失礼で、でもどこか憎めなくて。みんなが彼を好きで、彼も人が好きなんだろうな、と思う。
部屋にはシャシャと護衛の方と、リュシーと私の四人。もちろん二人きりになどなったりしない。リュシーが尋ねてきただけで、使用人が少しざわざわしていたというのに、これで二人きりなどになったら、みんなからの信頼を失ってしまうものね。
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