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第三章

3-2

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 子供の素早さを甘く見ていた。王都内だから衛兵が常に巡視しているし、そこまでの危険はないと思うけど、放っておくわけにはいかない。裏路地などはほとんど通った経験がないから緊張するけど……

 サリーを見つけなくちゃと自身を奮い立たせて、裏路地に入って行った。大通りより一本外れただけなのに、少し雰囲気が暗い。

 汗が滲む手をぎゅっと握り、深呼吸して歩を進める。

 「サリー……? サリー、どこにいるの? パパのところに行きましょう……?」

 返事はない。しかも、なんだか他に人気も感じられないので、心もとなく思えてくる。遠くで犬の遠吠えが聴こえただけで、私は小さく悲鳴を上げてしまった。

 「ひゃ! うぅ……アヴィスさまぁ……」

 幼い頃は私が迷子になったりすれば一番に見つけてくれるのはアヴィス様だった。けれど、今は仕事中。アヴィス様が来てくれるはずもなかった。

 「サ、サリー……へっ――!?」

 目の前に突如として、男性が立ちふさがった。

 「こんなとこで何してる?」

 恐る恐る顔を上げ、その人の顔を見る。

 赤い、瞳……。ルクス王国では珍しい瞳の色。この人は海の向こうの出身なのだろうが、なぜ王都の裏路地なんかに? 服は着崩して安物に見せかけているけど、かなり上等な生地の物を着ている。

 ――奴隷商人。

 そんな言葉が頭によぎり、ドクドクと心臓が脈打つ。真偽は不明だが、少し前に私腹を肥やす大国の奴隷商人がわが国の王都に出没したという噂があった。ただ実際に見たという者はおらず、噂止まりの情報だったのだけれど……

 まさか裏路地に入ったサリーも奴隷商人に……!? 嫌な想像ばかりしてしまう。

 背中を汗が一筋伝った時ーー

 「あ、おくさまだぁ!」

 その男性の足元から満面の笑みでぴょこっと顔を出したのは、いつもと変わらぬ様子のサリーだった。

 「サリー……? サリー!」

 サリーがテテテと私の方に駆けてくる。私はサリーをぎゅうっと抱きしめた。

 「おくさま、ごめんね? お友達がいたから走っちゃったの」

 「お友達はどこにいるの?」

 サリーは不思議そうな顔をした後、今度は男性の方を振り返り、指を差した。

 「リュ―だよ! お友達なの!」

 「おとも、だち?」

 サリーのいうお友達がこんなに大きい大人の男性だとは思わなかった。私は驚いて、失礼にも彼の顔を見上げてしまう。

 この国では珍しい赤い瞳に、少し浅黒い肌。真っ黒な髪に額にはバンダナのようなものを巻いている。よく見ると彫りの深いとても整った顔立ちをしている。胸元が大きく開いたシャツからは、彼が筋肉質なのがよく分かる。海の男を連想させるようなその風貌でありながら、なんとも人懐こそうなその笑顔で彼は、ニカッと笑った。 

 「おう、俺はリューだ! 驚かせちまったようで悪りぃな」

 悪い人ではなさそう。こんなに親切そうな笑顔を浮かべる青年を一瞬でも疑ってしまったことが申し訳なくて、後ろめたい気分になる。

 「い、いえ……。サリーを保護してくださってありがとうございました」

 「いやいや、そっちこそ俺のせいではぐれたんだよな。悪かった。サリーが俺のことを追いかけてきていたなんて気付かなくて。ちょうど今、パン屋まで送っていこうとしてたところだったんだ」

 「いえいえ、目を離してしまった私の責任ですので」

 それを聞いて、サリーがしょぼんと下を向く。

 「おくさま、ごめんなさい」

 私はサリーの頭に手を置いて、彼女に視線を合わせた。

 「大丈夫よ。でも、次は手を繋いで、私も一緒に連れて行ってくれると嬉しいわ。ファルコも待ってるわ」

 「そうだった! おくさま、パパのところ、行こ! リュ―も!」

 「えぇ、俺も!? 分かったよ」

 サリーは、右手に私の手を、左手にリュ―さんの手を取って引っ張っていく。ふと、リュ―さんと視線が合う。彼は困ったように人の良さそうな顔で笑っていた。


   ♪


 「奥様、申し訳ありません!」

 ファルコが頭を深く下げた。

 「大丈夫よ、ファルコ。そういう事情なら仕方ないもの。アヴィス様にお持ちするのはまた今度にするわ」

 パン屋には無事着いたのだが、パン屋では少し困った事態が起きていた。つい先ほどパン屋の店主が転んで腰を打ってしまったらしい。今は治療院に運ばれ手当てを受けているのだが、その間ファルコが店番と窯の番をすることになってしまったとのことだった。

 元々の予定だと、この後ファルコは私と一緒に王宮へパンを持っていってくれる予定だった。差し入れするパンの量はなかなか多いので、私一人じゃ持てないから。でも、ファルコが一緒に来れないということなら、差し入れを諦めるしかない。残念だけど、今日は運が悪かったみたい。

 「俺で良ければ、運ぼうか?」

 諦めようとした矢先、リュ―さんから思わぬ提案を受ける。

 「え、そんなの申し訳ないです!」

 「今日の予定はもうほぼ終わってるから、気にしなくていいって。それに俺も今から王宮に戻るところだったんだ」

 「王宮に?」

 「実は俺、フォード国から視察に来てる視察団の一員なんだよ。一か月くらい前からこの国に滞在させてもらっているんだが、この国の人々の暮らしぶりを知るために時間があれば、王都内をみて回っててさ。あ、ほらこれ」

 彼はポケットからルクス国の賓客に贈られる胸章を取り出した。私は慌てて丁寧なお辞儀を取る。

 「大国からのお客様だとは知れず、大変な無礼をいたしました。私、シルヴァマーレ公爵夫人のメロディアと申します」

 




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