16 / 60
第二章
2-8
しおりを挟む
「もういいだろ。はぁ……来た理由はわかってる。癒しのギフトで私を回復させようとしたんだろ」
何も言えない。だって、肯定すれば怒られるに決まっている。それに、今すぐ部屋を出て行けと追い出されるかもしれない。私はベッドから動けず、下を向くだけだった。
けれど、予想に反して、アヴィス様は私の隣にそっと座った。肩と肩が当たるくらいの距離。突然二の腕に感じる彼の体温に、戸惑う。
「何も言えないってことは正解だな。私の知ってる君なら、そうするだろうと思ってた。一応礼を言っておく」
「じゃあ……」
癒しのギフトを使わせてもらえるのかな……? 期待感で私は顔を上げた。
「でも、駄目だ」
「え?」
一瞬届いたかと思った光が途切れたように目の前が暗くなる。アヴィス様は淡々と続けた。
「言ったろう。初めて使った時は三日も眠り続けたんだ。次はどうなるか分からない。もっとよく考えて、慎重に行動をしていくべきだ」
「でも、ギフトの反動が強いのは初回だけって――」
「それは今までの人の話だ。全員が同じとは限らない。今度はもっと長く眠るかもしれない」
そんな可能性の話を出されたら、何もできなくなってしまう。それにギフトを使いすぎて死んだなんて話は聞いたことがないから大丈夫だと思う。
「できることの少ない私が眠りこけるだけで、アヴィス様が元気になるなら、そのほうがいいです」
「私はそんなこと頼んでない」
まただ。私が何かをしようとするとすぐに否定する。私は口を尖らせて反論した。
「頼まれてないけど、私がそうしたいんです。大体私のギフトなんだから、私がどう使おうが勝手じゃないですか。少しくらい私にも何かさせてくれたって……」
「駄目だ。今までだって一人でやってきた。大丈夫だ。私には君の力なんて必要ない」
アヴィス様は真っすぐ私の目を見てそう言った。必要としていないだなんて、酷すぎる……。怒りで、悲しみで、視界が滲んだ。
「なんで、いつも、そんな風に言うの……?」
絞り出した言葉と同時に涙が一粒あふれ出た。
「っ……。わかったら出て行ってくれ」
アヴィス様は私の顔から目を逸らした。私は涙をグイッと拭い、アヴィス様に訴える。
「嫌。私はアヴィス様が癒しのギフトを使わせてくれるまで、絶対ここを出て行かない」
「ギフトは使わせない」
「使う!」
「駄目だ!」
アヴィス様のこんな大きな声は初めて聞いた。私を否定して何がしたいの? 分からない、アヴィス様の考えていることが。もう頭がぐちゃぐちゃだった。
「いつも……いつも……駄目だ、無理だって、何もしなくていいって……。なんで私には何もさせてくれないの……なんで私と結婚したのよ……。一人でやってきた? 君の力は必要としていない? じゃあ……それなら、ボロボロになる前に帰って来てよ! そんな姿を見せられて、放置できるほど私は我慢強くない!!」
いつの間にか叫んでいた。こんな風に責めるつもりじゃなかったのに。良い妻でいたいのに。アヴィス様を……好きなだけなのに。
私たちの間に重い沈黙が流れる。アヴィス様はピクリとも動かなくて、もうこの先、彼は口をきいてくれないのかもしれないとぼんやり思う。
どれくらい時間がたっただろう。それはほんの数十秒だった気もするし、とても長い時間経っていたような気もする。でも、外はまだ暗かった。月は雲に覆われたのか、カーテンの隙間から入り込むのは暗闇だけで。
「もう……行きますね」
私は立ち上がった。
けど、アヴィス様が私の手首を弱々しく掴んだ…まるで縋るように。
「……絶対なんてないからだ」
「どういう、ことです?」
私が訳も分からず聞き返すと、アヴィス様は、か細い声でぽつぽつと話し出した。
「当たり前だと思っていた日常が一瞬で崩れ去ってしまうことも、大切な人に突然会えなくなることも実際に起きることなんだ…… 私はそれを知っている。あの日、両親はいつもと同じ馬車で、何度も通った道を、いつもと同じ時間に通った。朝見送った時にはこれが最後の別れになるだなんて、私は勿論誰一人想像できなかっただろう。でも、両親は帰ってこなかった。たまたまが重なっただけの不運な事故で……」
彼の声が、彼の身体が、震えていた。
「だから……。一度ギフトを使って三日間、目覚めなかった君が……もう目覚めないなんてこともあるかもしれないじゃないか……っ」
アヴィス様は事故で突然両親を亡くした。だからこそ、極端に家族を失うことを恐れているのかもしれない。
肩を震わせるその姿はまるで十六歳の少年のようだった。
何も言えない。だって、肯定すれば怒られるに決まっている。それに、今すぐ部屋を出て行けと追い出されるかもしれない。私はベッドから動けず、下を向くだけだった。
けれど、予想に反して、アヴィス様は私の隣にそっと座った。肩と肩が当たるくらいの距離。突然二の腕に感じる彼の体温に、戸惑う。
「何も言えないってことは正解だな。私の知ってる君なら、そうするだろうと思ってた。一応礼を言っておく」
「じゃあ……」
癒しのギフトを使わせてもらえるのかな……? 期待感で私は顔を上げた。
「でも、駄目だ」
「え?」
一瞬届いたかと思った光が途切れたように目の前が暗くなる。アヴィス様は淡々と続けた。
「言ったろう。初めて使った時は三日も眠り続けたんだ。次はどうなるか分からない。もっとよく考えて、慎重に行動をしていくべきだ」
「でも、ギフトの反動が強いのは初回だけって――」
「それは今までの人の話だ。全員が同じとは限らない。今度はもっと長く眠るかもしれない」
そんな可能性の話を出されたら、何もできなくなってしまう。それにギフトを使いすぎて死んだなんて話は聞いたことがないから大丈夫だと思う。
「できることの少ない私が眠りこけるだけで、アヴィス様が元気になるなら、そのほうがいいです」
「私はそんなこと頼んでない」
まただ。私が何かをしようとするとすぐに否定する。私は口を尖らせて反論した。
「頼まれてないけど、私がそうしたいんです。大体私のギフトなんだから、私がどう使おうが勝手じゃないですか。少しくらい私にも何かさせてくれたって……」
「駄目だ。今までだって一人でやってきた。大丈夫だ。私には君の力なんて必要ない」
アヴィス様は真っすぐ私の目を見てそう言った。必要としていないだなんて、酷すぎる……。怒りで、悲しみで、視界が滲んだ。
「なんで、いつも、そんな風に言うの……?」
絞り出した言葉と同時に涙が一粒あふれ出た。
「っ……。わかったら出て行ってくれ」
アヴィス様は私の顔から目を逸らした。私は涙をグイッと拭い、アヴィス様に訴える。
「嫌。私はアヴィス様が癒しのギフトを使わせてくれるまで、絶対ここを出て行かない」
「ギフトは使わせない」
「使う!」
「駄目だ!」
アヴィス様のこんな大きな声は初めて聞いた。私を否定して何がしたいの? 分からない、アヴィス様の考えていることが。もう頭がぐちゃぐちゃだった。
「いつも……いつも……駄目だ、無理だって、何もしなくていいって……。なんで私には何もさせてくれないの……なんで私と結婚したのよ……。一人でやってきた? 君の力は必要としていない? じゃあ……それなら、ボロボロになる前に帰って来てよ! そんな姿を見せられて、放置できるほど私は我慢強くない!!」
いつの間にか叫んでいた。こんな風に責めるつもりじゃなかったのに。良い妻でいたいのに。アヴィス様を……好きなだけなのに。
私たちの間に重い沈黙が流れる。アヴィス様はピクリとも動かなくて、もうこの先、彼は口をきいてくれないのかもしれないとぼんやり思う。
どれくらい時間がたっただろう。それはほんの数十秒だった気もするし、とても長い時間経っていたような気もする。でも、外はまだ暗かった。月は雲に覆われたのか、カーテンの隙間から入り込むのは暗闇だけで。
「もう……行きますね」
私は立ち上がった。
けど、アヴィス様が私の手首を弱々しく掴んだ…まるで縋るように。
「……絶対なんてないからだ」
「どういう、ことです?」
私が訳も分からず聞き返すと、アヴィス様は、か細い声でぽつぽつと話し出した。
「当たり前だと思っていた日常が一瞬で崩れ去ってしまうことも、大切な人に突然会えなくなることも実際に起きることなんだ…… 私はそれを知っている。あの日、両親はいつもと同じ馬車で、何度も通った道を、いつもと同じ時間に通った。朝見送った時にはこれが最後の別れになるだなんて、私は勿論誰一人想像できなかっただろう。でも、両親は帰ってこなかった。たまたまが重なっただけの不運な事故で……」
彼の声が、彼の身体が、震えていた。
「だから……。一度ギフトを使って三日間、目覚めなかった君が……もう目覚めないなんてこともあるかもしれないじゃないか……っ」
アヴィス様は事故で突然両親を亡くした。だからこそ、極端に家族を失うことを恐れているのかもしれない。
肩を震わせるその姿はまるで十六歳の少年のようだった。
350
お気に入りに追加
1,569
あなたにおすすめの小説
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた
宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる