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第二章

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 「もういいだろ。はぁ……来た理由はわかってる。癒しのギフトで私を回復させようとしたんだろ」

 何も言えない。だって、肯定すれば怒られるに決まっている。それに、今すぐ部屋を出て行けと追い出されるかもしれない。私はベッドから動けず、下を向くだけだった。

 けれど、予想に反して、アヴィス様は私の隣にそっと座った。肩と肩が当たるくらいの距離。突然二の腕に感じる彼の体温に、戸惑う。

 「何も言えないってことは正解だな。私の知ってる君なら、そうするだろうと思ってた。一応礼を言っておく」

 「じゃあ……」

 癒しのギフトを使わせてもらえるのかな……? 期待感で私は顔を上げた。

 「でも、駄目だ」

 「え?」

 一瞬届いたかと思った光が途切れたように目の前が暗くなる。アヴィス様は淡々と続けた。

 「言ったろう。初めて使った時は三日も眠り続けたんだ。次はどうなるか分からない。もっとよく考えて、慎重に行動をしていくべきだ」

 「でも、ギフトの反動が強いのは初回だけって――」

 「それは今までの人の話だ。全員が同じとは限らない。今度はもっと長く眠るかもしれない」

 そんな可能性の話を出されたら、何もできなくなってしまう。それにギフトを使いすぎて死んだなんて話は聞いたことがないから大丈夫だと思う。

 「できることの少ない私が眠りこけるだけで、アヴィス様が元気になるなら、そのほうがいいです」

 「私はそんなこと頼んでない」

 まただ。私が何かをしようとするとすぐに否定する。私は口を尖らせて反論した。

 「頼まれてないけど、私がそうしたいんです。大体私のギフトなんだから、私がどう使おうが勝手じゃないですか。少しくらい私にも何かさせてくれたって……」

 「駄目だ。今までだって一人でやってきた。大丈夫だ。私には君の力なんて必要ない」

 アヴィス様は真っすぐ私の目を見てそう言った。必要としていないだなんて、酷すぎる……。怒りで、悲しみで、視界が滲んだ。

 「なんで、いつも、そんな風に言うの……?」

 絞り出した言葉と同時に涙が一粒あふれ出た。

 「っ……。わかったら出て行ってくれ」

 アヴィス様は私の顔から目を逸らした。私は涙をグイッと拭い、アヴィス様に訴える。

 「嫌。私はアヴィス様が癒しのギフトを使わせてくれるまで、絶対ここを出て行かない」

 「ギフトは使わせない」

 「使う!」

 「駄目だ!」

 アヴィス様のこんな大きな声は初めて聞いた。私を否定して何がしたいの? 分からない、アヴィス様の考えていることが。もう頭がぐちゃぐちゃだった。

 「いつも……いつも……駄目だ、無理だって、何もしなくていいって……。なんで私には何もさせてくれないの……なんで私と結婚したのよ……。一人でやってきた? 君の力は必要としていない? じゃあ……それなら、ボロボロになる前に帰って来てよ! そんな姿を見せられて、放置できるほど私は我慢強くない!!」

 いつの間にか叫んでいた。こんな風に責めるつもりじゃなかったのに。良い妻でいたいのに。アヴィス様を……好きなだけなのに。

 私たちの間に重い沈黙が流れる。アヴィス様はピクリとも動かなくて、もうこの先、彼は口をきいてくれないのかもしれないとぼんやり思う。

 どれくらい時間がたっただろう。それはほんの数十秒だった気もするし、とても長い時間経っていたような気もする。でも、外はまだ暗かった。月は雲に覆われたのか、カーテンの隙間から入り込むのは暗闇だけで。
 
 「もう……行きますね」

 私は立ち上がった。

 けど、アヴィス様が私の手首を弱々しく掴んだ…まるで縋るように。

 「……絶対なんてないからだ」

 「どういう、ことです?」

 私が訳も分からず聞き返すと、アヴィス様は、か細い声でぽつぽつと話し出した。

 「当たり前だと思っていた日常が一瞬で崩れ去ってしまうことも、大切な人に突然会えなくなることも実際に起きることなんだ…… 私はそれを知っている。あの日、両親はいつもと同じ馬車で、何度も通った道を、いつもと同じ時間に通った。朝見送った時にはこれが最後の別れになるだなんて、私は勿論誰一人想像できなかっただろう。でも、両親は帰ってこなかった。たまたまが重なっただけの不運な事故で……」

 彼の声が、彼の身体が、震えていた。

 「だから……。一度ギフトを使って三日間、目覚めなかった君が……もう目覚めないなんてこともあるかもしれないじゃないか……っ」

 アヴィス様は事故で突然両親を亡くした。だからこそ、極端に家族を失うことを恐れているのかもしれない。

 肩を震わせるその姿はまるで十六歳の少年のようだった。




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