10 / 60
第二章
2-2
しおりを挟む
一番の不安が解消された私は、そこからまた深い眠りについたが、翌日には起き上がれるほどに回復した。そこで改めてアヴィス様から話を聞き、詳しい状況を知ることになった。
初夜の日、私は突然気を失い、その直後にアヴィス様も酷い眠気に襲われ、意識を失ったらしい。そして、翌日目を覚ますと、身体の不調が全て改善されていたとのことだった。
今回話を聞いて初めて知ったのだが、アヴィス様はずっと酷い頭痛と腰痛に悩まされていたらしい。それに加え、目もどんどん悪くなり、眼鏡をかけていても、目を細めないとよく見えなかった。不眠症もあり、目の下の隈も全く消えなかったが、目を覚ました時には驚くほど身体が軽く、目の下の隈も綺麗に消えていた、と話してくれた。
「鏡に映った自分を見て、そう言えば自分はこのような顔をしていたな、と思い出した。多忙なこともあり、何年もろくに鏡を見ていなかったんだ。貧相な自分の顔も見たくないしな」
「そんな……もちろん今のお顔も素敵ですが、以前のアヴィス様もお仕事に一生懸命な姿が魅力的でしたよ」
アヴィスは私の返答にふんっと鼻を鳴らした。どうやら私の誉め言葉は届かなかった模様。
「令嬢たちから『陰険眼鏡』と呼ばれていた私だ。本当にあの姿が魅力的だと言うのなら、君の趣味は相当特殊だな」
「と、特殊……」
そんなんじゃなくて、アヴィス様だから好きだからなんだけど……
「まぁ、いい。私が元気になっても君が困ることはないだろ」
「それはもちろんです。以前は見ていて心配になる程疲れておいででしたから」
「そうか。ならいい」
そう言って長い前髪を掻き上げる彼は、溜息が出るほど美しい。……見れる顔どころか、とんでもなく美しくなっていることに本人は気づいているのかな?
「ついでに君がギフト持ちだということは、執事長のパデルにしか伝えていない。この国にいたいのであれば、君も口外しないように」
「はい、勿論です。でも、私をギフト持ちだと診断したのは……」
「私だ。あらゆる文献と照らし合わせた限り、そう判断した。また、鑑定石に反応があったことも確認している」
「すごい、ですね……。早速ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「こんなこと造作もない」
アヴィス様はそう言ってのけるけれど、このような事象が起きて、すぐにギフトだと判断できるその知識量がすごい。それに鑑定石も使ったというが、それはギフト大国であるフォード国がほぼ全てを所有しているはずだから、ルクス王国で入手するのは非常に困難だったはず。それをすぐに秘密裏に行えちゃうってアヴィス様はやっぱり有能。
「おそらく、ギフトの能力は癒し。約百年前に現れたきり出ていない貴重なギフトだ。ギフトの発動条件は、過去の文献を見る限りは、体液の交換もしくは性交渉だと推測されるが、はっきりしたことはわかっていない。通常であればギフトは初回発動時に反動が大きく、二回目以降の発動からは寝込むこともないはずだが、様子を見たほうがいい」
じゃあ、中途半端に終わった初夜はお預けかな……
残念だが、彼の凶暴なアレに対する心の準備も必要だし、少し間が空くのは、ありがたいのかもしれない。
「とにかく君は何も気にせず、好きなことをしながら、公爵夫人としてこの屋敷にいてくれればいい」
「あの、公爵夫人としてのお仕事は……」
「そんなことしなくていい」
「……え、でも――」
「母が死んでから、我が公爵家には女主人はいなかった。今更必要ないから、気にするな」
必要ない……その一言がズンとお腹の底に重い鉛のように沈んだ気がした。
確かにアヴィス様が一人で全てを切り盛りしてきたのだろうけど、これからは公爵家のお仕事については一緒にやっていけると……彼の負担を軽くしてあげられると思っていたのに。
私は悔しくて、拳を握りしめた。
「……余計なことはするなと?」
「そうは言ってない。何も進んで慣れないことをしなくていいと言っているだけだ。好きなように過ごしたらいい」
「好きなようにって……一人じゃなにも……」
侯爵家にいる頃は、いつも屋敷にお母様かフェルがいた。一人で刺繍などを楽しむこともあったが、公爵夫人になるための勉強の他の時間は、二人のどちらかと過ごすことが多かった。
「……節度ある範囲なら知人をこの屋敷に呼んでも構わない」
「知人……?」
私は首を傾げた。誰のことを言っているんだろう? 私には数年前ならともかく、現在の社交界で仲良くしていた令嬢もいないし、家族以外に積極的に呼びたい人はいなかった。
彼はもう話を終わりにしたいのか、席を立って、扉に向かった。その背中は以前と比べ、丸まっていないのに、どこか小さく寂しそうに見える。
「アヴィス様……?」
「煩わしいだろうが、彼らとはギフトが発動しないような接触のみにしてくれ」
「え?」
私が言葉の意味を理解する前に、冷たく扉は閉められた。
初夜の日、私は突然気を失い、その直後にアヴィス様も酷い眠気に襲われ、意識を失ったらしい。そして、翌日目を覚ますと、身体の不調が全て改善されていたとのことだった。
今回話を聞いて初めて知ったのだが、アヴィス様はずっと酷い頭痛と腰痛に悩まされていたらしい。それに加え、目もどんどん悪くなり、眼鏡をかけていても、目を細めないとよく見えなかった。不眠症もあり、目の下の隈も全く消えなかったが、目を覚ました時には驚くほど身体が軽く、目の下の隈も綺麗に消えていた、と話してくれた。
「鏡に映った自分を見て、そう言えば自分はこのような顔をしていたな、と思い出した。多忙なこともあり、何年もろくに鏡を見ていなかったんだ。貧相な自分の顔も見たくないしな」
「そんな……もちろん今のお顔も素敵ですが、以前のアヴィス様もお仕事に一生懸命な姿が魅力的でしたよ」
アヴィスは私の返答にふんっと鼻を鳴らした。どうやら私の誉め言葉は届かなかった模様。
「令嬢たちから『陰険眼鏡』と呼ばれていた私だ。本当にあの姿が魅力的だと言うのなら、君の趣味は相当特殊だな」
「と、特殊……」
そんなんじゃなくて、アヴィス様だから好きだからなんだけど……
「まぁ、いい。私が元気になっても君が困ることはないだろ」
「それはもちろんです。以前は見ていて心配になる程疲れておいででしたから」
「そうか。ならいい」
そう言って長い前髪を掻き上げる彼は、溜息が出るほど美しい。……見れる顔どころか、とんでもなく美しくなっていることに本人は気づいているのかな?
「ついでに君がギフト持ちだということは、執事長のパデルにしか伝えていない。この国にいたいのであれば、君も口外しないように」
「はい、勿論です。でも、私をギフト持ちだと診断したのは……」
「私だ。あらゆる文献と照らし合わせた限り、そう判断した。また、鑑定石に反応があったことも確認している」
「すごい、ですね……。早速ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「こんなこと造作もない」
アヴィス様はそう言ってのけるけれど、このような事象が起きて、すぐにギフトだと判断できるその知識量がすごい。それに鑑定石も使ったというが、それはギフト大国であるフォード国がほぼ全てを所有しているはずだから、ルクス王国で入手するのは非常に困難だったはず。それをすぐに秘密裏に行えちゃうってアヴィス様はやっぱり有能。
「おそらく、ギフトの能力は癒し。約百年前に現れたきり出ていない貴重なギフトだ。ギフトの発動条件は、過去の文献を見る限りは、体液の交換もしくは性交渉だと推測されるが、はっきりしたことはわかっていない。通常であればギフトは初回発動時に反動が大きく、二回目以降の発動からは寝込むこともないはずだが、様子を見たほうがいい」
じゃあ、中途半端に終わった初夜はお預けかな……
残念だが、彼の凶暴なアレに対する心の準備も必要だし、少し間が空くのは、ありがたいのかもしれない。
「とにかく君は何も気にせず、好きなことをしながら、公爵夫人としてこの屋敷にいてくれればいい」
「あの、公爵夫人としてのお仕事は……」
「そんなことしなくていい」
「……え、でも――」
「母が死んでから、我が公爵家には女主人はいなかった。今更必要ないから、気にするな」
必要ない……その一言がズンとお腹の底に重い鉛のように沈んだ気がした。
確かにアヴィス様が一人で全てを切り盛りしてきたのだろうけど、これからは公爵家のお仕事については一緒にやっていけると……彼の負担を軽くしてあげられると思っていたのに。
私は悔しくて、拳を握りしめた。
「……余計なことはするなと?」
「そうは言ってない。何も進んで慣れないことをしなくていいと言っているだけだ。好きなように過ごしたらいい」
「好きなようにって……一人じゃなにも……」
侯爵家にいる頃は、いつも屋敷にお母様かフェルがいた。一人で刺繍などを楽しむこともあったが、公爵夫人になるための勉強の他の時間は、二人のどちらかと過ごすことが多かった。
「……節度ある範囲なら知人をこの屋敷に呼んでも構わない」
「知人……?」
私は首を傾げた。誰のことを言っているんだろう? 私には数年前ならともかく、現在の社交界で仲良くしていた令嬢もいないし、家族以外に積極的に呼びたい人はいなかった。
彼はもう話を終わりにしたいのか、席を立って、扉に向かった。その背中は以前と比べ、丸まっていないのに、どこか小さく寂しそうに見える。
「アヴィス様……?」
「煩わしいだろうが、彼らとはギフトが発動しないような接触のみにしてくれ」
「え?」
私が言葉の意味を理解する前に、冷たく扉は閉められた。
364
お気に入りに追加
1,544
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる